経済分析第184号
経済分析184号(ジャーナル版)

平成23年1月
(論文)
世界同時不況による日本の貿易への影響:貿易統計を利用した貿易変化の分解
伊藤 萬里(専修大学経済学部 / 内閣府経済社会総合研究所客員研究員)
設備投資のタイミングと不確実性
嶋 恵一(弘前大学人文学部)
雇用主の性別役割意識に関する実証分析
─雇用主が持つのは「好みによる差別」意識か、「固定観念」か─
安田 宏樹(慶應義塾大学経済学部)
Structural FAVAR による世界景気の要因分析
竹内 文英(日本経済新聞社)
応益課税としての固定資産税の検証
宮崎 智視(東洋大学経済学部)
佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科)
首都直下地震がマクロ経済に及ぼす影響についての分析
佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科)
小黒 一正(一橋大学経済研究所/経済産業研究所)
(資料)
『家族関係、就労、退職金及び教育・資産の世代間移転に関する世帯アンケート調査』の概要
堀 雅博(内閣府経済社会総合研究所/一橋大学経済研究所)
濱秋 純哉(内閣府経済社会総合研究所)
前田 佐恵子(内閣府経済社会総合研究所/内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付)
村田 啓子(内閣府経済社会総合研究所/首都大学東京大学院社会科学研究科)
経済社会総合研究所の概要と実績
「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」(歴史編等)の出版について

(要旨)

(論文)

世界同時不況による日本の貿易への影響:貿易統計を利用した貿易変化の分解

伊藤 萬里(専修大学経済学部 / 内閣府経済社会総合研究所客員研究員)

2008年の米国を震源とする金融危機は世界的な信用収縮を招き、世界経済は資産価格の急落や需要減退など急激な景気後退に直面した。この世界同時不況は、大恐慌時のように国際貿易を通じて各国の実体経済に大きな影響を与えた。特に日本は危機直後から大きく貿易を減らし、わずか4ヶ月で輸出が前年同月比で半減するなど、他の主要国に比べ最も大きい減少率を示した。こうした急激な貿易縮小がどのようにして生じたかという点は、研究者や行政官の大きな関心事項となっている。本稿は、2007年1月~2010年3月の品目かつ取引相手国別に細分化された日本の貿易統計を利用して、2008年の金融危機による世界同時不況の貿易への影響を定量的に分析している。分析は2つに分けられる。第一に、貿易総額の変化を品目数や品目当たりの取引国数の増減による変化(extensive margin)と、品目当たりの平均輸出額の増減(intensive margin)へそれぞれ分解し、危機前後の変化を明らかにする。第二に、貿易の決定要因に関して重力モデルを推計し、危機前後の各要素への影響変化を分析する。分析結果から第一に、危機後の貿易減少が品目当たりの平均輸出額すなわちintensive marginの急激な減少によってもたらされたことが判明した。品目数の退出によるextensive marginの貢献度は非常に限定的であり、この結果は貿易参入に係わる固定費用が存在していることを示唆している。第二に、重力モデルの分析から経済規模や距離など貿易に与える影響に関して、危機後にその影響が強まっていることが判明した。特に輸入国の経済規模が与える影響は危機後に統計的に有意に増加しており、各国の需要減退が危機後の貿易縮小にとりわけintensive marginに対して強く働いたことを示している。


設備投資のタイミングと不確実性

嶋 恵一(弘前大学人文学部)

本稿は、不確実性が設備投資のタイミングへ及ぼす効果に関する実証分析である。日本の製造業種に属する上場企業623社をサンプルに用い、設備投資のスパイクのスペルをもとに投資のタイミングをハザード関数により推定する。投資収益の不確実性、配当支出、キャッシュフロー、社債市場へのアクセスをハザード関数の共変数として用い、それらの要因が投資のタイミングに与える効果を分析する。以上の分析により、オプションモデルが示唆する不確実性の増大から投資延期への効果や、不確実性が資本市場の不完全性を通じて投資のタイミングに及ぼす効果の検出を試みる。

推定結果より、収益の不確実性、キャッシュフローの潤沢さ、社債市場へのアクセスなどが投資のタイミングに影響を及ぼすことが認められる。不確実性の増大には設備投資のタイミングを延期するという特徴が見出される。この結果はオプションモデルの含意と合致する。また、キャッシュフローの増加や社債市場へのアクセスには設備投資のタイミングに対する不確実性の効果を緩和する効果が見られる。デフォルト確率やハードルレートの観点から、流動性制約の強弱や資本市場へのアクセスの違いにより投資に対する不確実性の効果は変化すると考えられる。推定結果にはそのような理論的含意を支持する特徴が確認できる。


雇用主の性別役割意識に関する実証分析
─雇用主が持つのは「好みによる差別」意識か、「固定観念」か─

安田 宏樹(慶應義塾大学経済学部)

本稿では、我が国で女性の活躍が進展しない背景に関して、雇用主の女性に対するどのような嗜好がその背景に存在するのかについて検証を行った。

まず、「知事候補の女性に投票するか否か」という設問を基に雇用主の女性に対する「好みによる差別」意識を検証したところ、雇用主(経営者・役員)は女性に対する「好みによる差別」意識を持っているわけではなく、むしろ、「好みによる差別」意識は持っていない可能性を示唆する結果を得た。

次に、雇用主の女性に対する「固定観念による差別」を検証したところ、雇用主(経営者・役員)は、他の職位にある者に比べて固定観念を強く持っていることが示された。また、雇用主は特に「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」、「妻にとっては、自分の仕事をもつよりも、夫の仕事の手助けをする方が大切である」という固定観念を強く持つ傾向にあることが分かった。

最後に、雇用主の固定観念と実際の女性割合との相関関係を算出したところ、「夫に充分な収入がある場合には、妻は仕事をもたない方がよい」、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」、「母親が仕事をもつと、小学校へ上がる前の子どもによくない影響を与える」という固定観念を強く持つ雇用主がいる企業ほど女性割合が低く、雇用主が持つ固定観念が女性の過少雇用につながっている可能性がうかがえた。

本稿の分析結果から、我が国で観察される雇用主の女性に対する非合理的差別は、雇用主の女性に対する「固定観念による差別」から生じている可能性が示唆される。


Structural FAVAR による世界景気の要因分析

竹内 文英(日本経済新聞社)

今回の米国発の世界同時不況は、米国経済の動向は世界経済に影響を与えにくくなっているという「デカップリング」論の考え方に大幅な見直しを迫ることになった。その一方で、より長期的な視点から国際的な景気循環のあり方を分析した先行研究では近年、世界規模の景気の連動性よりも、欧州や北米、東アジアなどの地域経済圏の動向に関心が集まっており、域内各国、および、地域間の景気の連動性が高まっているという指摘も出ている。このような地域経済圏の醸成に加え、今回のような特定国に生じたショックが他国に与える影響や、貿易や投資の世界的な拡大、国際的な資源価格の上昇などの要因が複雑に絡み合う中で、世界各国の景気の関係性はどのように変化しているのだろうか。

本稿は、複数国の景気循環に影響を与えている構造ショックや国際間のスピルオーバー効果を抽出できるstructural FAVAR(structural factor-augmented vector autoregression)を使い、東アジア9カ国と主要先進7カ国をあわせた16カ国の景気の変動要因を分析した。従来一般的なdynamic factor modelと異なり、structural FAVARでは構造ショックを抽出できるために、各国に影響を与えている景気変動要因が何なのかを特定しやすい。現実の生産性や資源価格ショック、金融ショックなどと比較したところ、東アジア、先進諸国ともに、2000年代に入ってからのエネルギー価格上昇の影響を強く受けていることが分かった。また、通貨統合などの、いわゆる制度的な統合を果たした欧州よりも東アジアの方が、地域要因の果たす役割が大きいことが明らかになった。同地域の工程間分業に伴い活発にやり取りされている資本財に体化した技術(投資特殊的技術進歩)の蓄積や、輸出競争力と密接な関係を持つ円ドルレートの動向が背景にあると考えられる。一方、先進諸国は全要素生産性(TFP)や金融ショックの影響を受けている。


応益課税としての固定資産税の検証

宮崎 智視(東洋大学経済学部)

佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科)

本稿では、現行の固定資産税の応益性を、実証分析と試算により検証する。具体的には、「Benefit View」に従い、固定資産税が応益課税であるのか否かを検証した。その上で、地方分権が進み支出と固定資産税収とが完全にリンクした場合、応益性がどこまで確保されるのかとの点を明らかにしている。

数値計算の結果、現行の固定資産税は、居住者(=住宅消費者)にとって応益課税となる一方、住宅所有者(=住宅供給者)には応益課税でない可能性が示された。これは、地方の課税自主権が認められていない現行制度下では、固定資産税収と公共サービスとが完全にリンクしていないため、公共サービスが完全に資本化しないことが一因と考えられる。一方、予算制約上公共サービスと固定資産税収とを関連付けたケースにおける数値計算からは、住宅所有者の税負担が公共サービスにより減殺され、住宅所有者にとっても応益課税となり得ることが示された。

地域別で比較をするならば、現行制度を前提とした場合、居住者の負担は都市圏ほどゼロに近くなる。さらに、固定資産税収と公共サービスがリンクしたケースでは、住宅所有者の純便益が正になる地域も散見された。とりわけ都市圏では、住宅所有者の負担がより大きく相殺されるという意味で固定資産税が「応益課税」として強く機能することは勿論、公共サービスの水準が、「Benefit View」からみた場合に過少になるとの結果を得た。

固定資産税は、現状では居住者にとって応益課税である一方、住宅所有者にとっては応益課税ではない。しかしながら、本稿の分析は、地方分権が進展し、地方の財政責任が徹底された場合には、住宅所有者にとっても応益課税となり得ることを示すものである。


首都直下地震がマクロ経済に及ぼす影響についての分析

佐藤 主光(一橋大学大学院経済学研究科)

小黒 一正(一橋大学経済研究所/経済産業研究所)

中央防災会議がまとめた「首都直下地震」(東京湾北部地震M7.3)の被害想定によると、その経済的な被害は甚大となり、建物・インフラ設備の損害だけで復旧費用は66.6兆円、間接被害を加えると、経済被害は約112兆円(国内総生産の約2割)に達すると試算されている。しかし、1事実確認としての資金調達が金利、為替、物価水準などマクロ経済に与えるインパクト、2政策提言としての公債を円滑に消化するための仕組みなどについて十分な検討がなされていない。本稿では、簡単なマクロ計量モデルを用いて、首都直下地震が金利、物価、為替、失業などマクロ変数に及ぼすインパクト、具体的には、災害による資本ストックの減失、復旧・復興事業による国内需要の増加(合わせて借入の増加に伴う財政の悪化)がマクロ経済に与える影響について分析する。その際は、我が国の固有の課題への留意が必要だろう。即ち、1現行の公的債務の累積であり、2社会の高齢化(労働人口の低下)である。災害の被害の程度はこれらの進行度合いにも依存することになる。結果、「平均的」にみれは、首都直下地震の影響は限定的なことが示された。ただし、インパクトの「分布」で評価すれば、金利の急上昇、財政の破たんの確率を総じて高めることも示された。例えば、財政破綻の確率は2015年に震災のある場合、2020年時点で震災のないケースの12%から43%まで急激に高まることになる。本稿では、巨大災害の影響を抑える事前の対策とその効果についても検証する。事前策として取り上げるのは、1災害基金(キャプティブ)の積み立て、及び2財政再建である。前者は、災害の直接被害を補てんするもので、迅速な復興を促す。他方、後者は復興需要の増加による金利の上昇圧力を緩和する効果を発揮する。


(資料)

『家族関係、就労、退職金及び教育・資産の世代間移転に関する世帯アンケート調査』の概要

堀 雅博(内閣府経済社会総合研究所/一橋大学経済研究所)

濱秋 純哉(内閣府経済社会総合研究所)

前田 佐恵子(内閣府経済社会総合研究所/内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付)

村田 啓子(内閣府経済社会総合研究所/首都大学東京大学院社会科学研究科)

わが国で進行する少子・高齢化は、1990年代以降に生じた成長見込みの低下とも相俟って、税や社会保障をはじめとする経済・社会制度の効率性・公平性・持続可能性等に大きな影響を与えている。また、急激な構造変化の下で、近年、世帯間の経済力格差が拡大しているとの議論も聞かれる。こうした問題に対し適切な政策対応・制度設計を行っていくためには、現在進行形の経済・社会の構造変化の実態を把握するとともに、その方向性を予測する等、客観的な材料に基づいた分析・検討を深めておくことが欠かせない。

内閣府経済社会総合研究所では、こうした問題意識に立って、我が国における世帯の諸属性の分布を把握し、経済・社会制度を分析する際の基礎データとするため、個別世帯を対象とする『家族関係、就労、退職金及び教育・資産の世代間移転に関する世帯アンケート調査』を実施した。調査項目は、家族関係、就労状況、資産保有、相続、教育等多岐にわたるが、特に、既成のデータ(公的統計の個票等)では十分な情報が得られない個別世帯の保有資産、及びその世代間移転状況を把握するための設問を多く含んでいる点に調査の特徴がある。具体的には、(1)保有資産に大きく影響する退職金制度、及び遺産相続行動の実態を探る問を多く設けた他、(2)調査対象世帯の情報だけではなく、対象世帯の尊属(両親)世帯の情報についても可能な範囲で収集を試みた。

本概要では、『家族関係、就労、退職金及び教育・資産の世代間移転に関する世帯アンケート調査』の調査内容や実施方法を概説し、調査の回収状況と回収世帯の分布を確認した後、得られたデータの特性を明らかにする簡易集計の結果を紹介している。

経済社会総合研究所の概要と実績

「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」(歴史編等)の出版について


本号は、政府刊行物センター、官報販売所等別ウィンドウで開きます。にて刊行しております。

全文の構成

(論文)

世界同時不況による日本の貿易への影響:貿易統計を利用した貿易変化の分解別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.48 KB)

伊藤 萬里

  1. 3ページ
    1.はじめに
  2. 5ページ
    2.世界同時不況によるショックの特徴
  3. 10ページ
    3.貿易額変化の分解
  4. 19ページ
    4.国横断的な貿易変化の分解と危機前後の変化
  5. 24ページ
    5.おわりに
  6. 28ページ
    参考文献

設備投資のタイミングと不確実性別ウィンドウで開きます。(PDF形式 824 KB)

嶋 恵一

  1. 32ページ
    1.はじめに
  2. 34ページ
    2.分析モデル
  3. 36ページ
    3.データ
  4. 39ページ
    4.実証結果
  5. 44ページ
    5.結論
  6. 44ページ
    A.付録
  7. 49ページ
    参考文献

雇用主の性別役割意識に関するに関する実証分析
─雇用主が持つのは「好みによる差別」意識か、「固定観念」か─別ウィンドウで開きます。
(PDF形式 887 KB)

安田 宏樹

  1. 53ページ
    1.はじめに
  2. 55ページ
    2.先行研究と本稿の位置づけ
  3. 58ページ
    3.データ
  4. 59ページ
    4.雇用主の「好みによる差別」の検証
  5. 61ページ
    5.雇用主の「固定観念による差別」の検証
  6. 67ページ
    6.考察
  7. 70ページ
    7.おわりに
  8. 72ページ
    参考文献

Structural FAVARによる世界景気の要因分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.16 MB)

竹内 文英

  1. 77ページ
    1.はじめに
  2. 80ページ
    2.Structural FAVAR
  3. 82ページ
    3.推計結果
  4. 95ページ
    4.結語
  5. 96ページ
    参考文献

応益課税としての固定資産税の検証別ウィンドウで開きます。(PDF形式 838 KB)

宮崎 智視・佐藤 主光

  1. 101ページ
    1.はじめに
  2. 102ページ
    2.フォーミュラの説明
  3. 104ページ
    3.実証分析と数値計算
  4. 116ページ
    4.結論と今後の課題
  5. 116ページ
    補論1.データセットの説明
  6. 118ページ
    補論2.賃貸住宅の割引現在価値の計算方法
  7. 118ページ
    参考文献

首都直下地震がマクロ経済に及ぼす影響についての分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 893 KB)

佐藤 主光・小黒 一正

  1. 122ページ
    1.はじめに
  2. 123ページ
    2.既存研究
  3. 124ページ
    3.モデルの概要および係数の推定
  4. 129ページ
    4.シミュレーション分析
  5. 138ページ
    5.まとめと今後の課題
  6. 139ページ
    参考文献

(資料)

『家族関係、就労、退職金及び教育・資産の世代間移転に関する世帯アンケート調査』の概要別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.48 MB)

堀 雅博・濱秋 純哉・前田 佐恵子・村田 啓子

  1. 143ページ
    1.調査の趣旨
  2. 144ページ
    2.主な調査内容
  3. 146ページ
    3.調査の方法
  4. 146ページ
    4.回収状況と回答世帯の分布
  5. 147ページ
    5.主な調査結果
  6. 158ページ
    6.今後の活用
  7. 159ページ
    参考文献
  8. 160ページ
    参考資料
  9. 168ページ
  10. 179ページ
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)