経済分析第200号
経済分析第200号(特別編集号)

令和元年6月
(エディトリアル)
経済の活性化:我が国企業と家計が直面する構造的な課題
塩路 悦朗(一橋大学大学院経済学研究科教授)
(論文)
高齢者の遺産動機と貯蓄行動:日本の個票データを用いた実証分析
濱秋 純哉(法政大学経済学部准教授、内閣府経済社会総合研究所客員研究員)
堀 雅博(一橋大学国際・公共政策大学院教授、内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官)
アベノミクス、住宅市場と消費
Joshua K. HAUSMAN(ミシガン大学助教授)
宇南山 卓(一橋大学経済研究所准教授)
Johannes F. WIELAND(カリフォルニア大学サンディエゴ校助教授)
堅調な企業収益と低調な設備投資のパズル
田中 賢治(日本政策投資銀行設備投資研究所副所長)
日本企業の海外企業買収と事業パフォーマンス
鯉渕 賢(中央大学商学部金融学科教授)
後藤 瑞貴(一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程)
日本企業の現金保有行動:大規模企業レベルパネルデータを用いた実証分析
細野 薫(学習院大学経済学部経済学科教授)
宮川 大介(一橋大学大学院経営管理研究科准教授)
滝澤 美帆(学習院大学経済学部経済学科教授)
企業が直面する不確実性と現金保有
Aubhik KHAN(オハイオ州立大学教授)
千賀 達朗(ロンドン大学助教授)

研究報告会と経済社会総合研究所の概要


(要旨)

(論文)

高齢者の遺産動機と貯蓄行動:日本の個票データを用いた実証分析

法政大学経済学部准教授、内閣府経済社会総合研究所客員研究員/濱秋 純哉

一橋大学国際・公共政策大学院教授、内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官/堀 雅博

本稿では高齢層を対象として、遺産動機が貯蓄率に与える影響を明らかにすることに取り組んだ。まず、金融広報中央委員会の集計データで貯蓄目的の時系列変化を確認したところ、「遺産として子孫に残す」を選ぶ割合は1990年代には非常に低かったものの、2000年代半ば以降その割合が大きく上昇していた。これは、日本経済の低成長が続き今後の成長について悲観的な見方が広がったことで、子や孫の生活水準低下に対する懸念が生じたことを反映している可能性がある。つぎに、著者らが独自に行った「家族とくらしに関するアンケート」の個票データで貯蓄率関数を推定した。この推定では、回答者が自分よりも子供の暮らし向きが悪化することを予想する場合に遺産動機が貯蓄率を高めるという仮説を検証した。その結果、遺産動機を持っているだけでなく、子供の将来の暮らしが自分よりも悪くなることを予想している場合に貯蓄率が有意に高まるという、上記の仮説と整合的な結果を得た。最後に、推定結果に基づいて、遺産動機が我が国高齢世帯の平均貯蓄率に与える影響をいくつかの仮定の下で計算したところ、子供の方が自分より貧しくなると予想する世帯の割合が上昇すると、2012年から2032年にかけて平均貯蓄率は約2 %ポイント上昇するという結果が得られた。

JEL Classification Codes: D14, D15, E21

Keywords: 貯蓄、遺産動機、ライフサイクル仮説


アベノミクス、住宅市場と消費

ミシガン大学助教授/Joshua K. HAUSMAN

一橋大学経済研究所准教授/宇南山 卓

カリフォルニア大学サンディエゴ校助教授/Johannes F. WIELAND

アベノミクス期における日本の家計消費は、期待されていたほどの成長を達成していない。この消費の伸び悩みが、日本の住宅市場・住宅金融市場の制度的な要因によってどの程度説明されるのかを考察した。日本の金融市場では、政策的に長期金利を引き下げても、既存の住宅ローンについては金利がほとんど低下しないという特徴があることが分かった。そのため、米国や英国では住宅ローン金利の低下が消費の増加をもたらしたのに対し、日本では金利低下の消費刺激効果は限定的と考えられる。家計調査の個票にもとづく分析によれば、住宅ローンのある持家世帯の消費は、住宅ローンのない持家世帯や賃貸住宅世帯と比較して有意な違いはなかった。

JEL Classification Codes: D15, E21, E52, R21

Keywords: アベノミクス、消費、住宅市場、金融政策、金利パススルー


堅調な企業収益と低調な設備投資のパズル

日本政策投資銀行設備投資研究所副所長/田中 賢治

企業収益が堅調にもかかわらず、なぜ設備投資が盛り上がらないのか。本稿では、このパズルを解き明かすために、上場企業のパネルデータを用いて設備投資関数の推定を行い、世界金融危機を乗り越え企業収益の拡大が続く中、設備投資が力強さを欠く原因について考察した。得られた結果は以下の通りである。

投資機会を表すトービンのqは2012年度以降上昇傾向にあるが、企業収益の堅調な拡大に比べトービンのqは見劣りし、堅調な企業収益が今後も持続することを織り込むような成長期待を企業が抱いているわけではない。設備投資に力強さが戻ってこない背景に、こうした成長期待の回復の弱さがあるとみられる。

こうした中、不確実性の存在が設備投資の下押し圧力の一つとして指摘できる。世界金融危機直後に急拡大した不確実性は、落ち着きを取り戻してからも、設備投資へ負の影響を及ぼしている。トービンのqに対する設備投資の感応度が以前よりも低下し、不確実性の存在が設備投資の意思決定のための調整コストを押し上げた可能性がある。加えて、2000年代半ば以降に実施された大型投資は企業収益の改善には結びついておらず、こうした過去の投資の失敗経験もその後の設備投資の抑制要因になった可能性がある。

JEL Classification Codes: D22, D25, D81

Keywords: 設備投資、不確実性、トービンのq


日本企業の海外企業買収と事業パフォーマンス

中央大学商学部金融学科教授/鯉渕 賢

一橋大学大学院経営管理研究科博士後期課程/後藤 瑞貴

近年活発に行われている日本企業による海外企業の大型買収は買い手である日本企業にどのような影響を与えているのか。本研究では、1999年から2015年までに実施された日本の上場企業による買収価格1000億円以上の大型海外企業事例25社37事例について、買収直後と買収後の長期に渡る事業パフォーマンスを計測した。次の3つの主要な結果が得られた。第1に、買収のアナウンスが取得企業の株価に与える影響は、初報道日の周辺においてサンプル全体で平均的に顕著な下落は観察されず、買収直後に大きく株価が下落した事例でも、その後の企業結合完了までの交渉期間を経て株価が回復する傾向が観察された。第2に、買収後の被取得企業の事業パフォーマンスについては、10事例において取得によって計上された事業ののれんに何らかの減損損失が発生していたが、減損損失累計額が取得価格の50%超であった事例は3事例に留まった。さらに、事業セグメント情報を用いて、被取得事業が含まれたセグメントの売上高及び利益率の推移を長期的に計測すると、被取得事業を含む事業セグメントは、買収完了直後の決算期から順調に売上高が増加し、同期間の既存事業セグメントや日本地域の売上高成長率を大きく上回る傾向が顕著であった。また買収後の被取得事業を含む事業セグメントの利益率は正であり、主要既存事業セグメントの利益率とほぼ同水準であった。以上の結果は、主要既存事業と日本市場の趨勢的な縮小傾向の下で、日本企業による大型の海外企業買収は、より高い成長性を追求する事業ポートフォリオの再構築において有効な経営戦略となりうることを示唆している。

JEL Classification Codes: G34, G32, G15

Keywords: 海外企業買収、買収後パフォーマンス、イベントスタディ


日本企業の現金保有行動 : 大規模企業レベルパネルデータを用いた実証分析

学習院大学経済学部経済学科教授/細野 薫

一橋大学大学院経営管理研究科准教授/宮川 大介

学習院大学経済学部経済学科教授/滝澤 美帆

本稿では、日本企業の現金保有行動について、1994年から2016年の期間に亘る最大40万社からなる企業レベルの大規模パネルデータを用いて実証的に検討した。得られた結果は、以下の通りである。第一に、日本企業の現金保有比率(対総資産及び対売上高)は2000年代後半から平均的に上昇しているが、同時にそのばらつきも拡大している。第二に、こうした現金保有比率の平均的な上昇に際して、現金保有比率のキャッシュインフローに対する感応度が上昇している。また、こうした傾向は、運転資金需要が低く企業金融面で有利なポジションにあると考えられる企業でより顕著である一方、信用力の乏しい少数の販売先を顧客として抱えている企業においてもまた強く確認される。これらの結果は、近年における日本企業の現金保有比率の上昇傾向が、良好な企業業績と金融環境を背景としている一方、依然として予備的貯蓄動機に基づく現金保有行動も窺えるなど、個々の企業の異質な動機を反映したものであることを示唆している。

JEL classification: E22, G31, G32

Keywords: 現金保有、キャシュインフロー、予備的貯蓄動機


企業が直面する不確実性と現金保有—理論分析と企業データからのエビデンス—

オハイオ州立大学教授/Aubhik KHAN

ロンドン大学助教授/千賀 達朗

本稿ではまず日本の上場企業について以下の3つの事実を示す。11993年から2017年にかけて総資産に対する負債の比率が趨勢的に低下している一方、2総資産に対する現金の比率はU字型を描き、特に2000年以降の増加が顕著であるほか、32000年以降は売上増加率のボラティリティが上昇し、最近まで高位に推移している。こうした事実を踏まえて、生産性が異なる企業が多数存在し、各企業が将来の生産性についての不確実性に直面し、また企業による債務不履行が内生的に発生するよう金融制約を取り込んだ一般均衡モデルを構築して、企業が直面する不確実性と現金保有との間における負の関係を理論的に示した。こうした不確実性と現金保有に関する負の関係は、日本の上場企業を対象にしたパネルデータ分析からも示された。

JEL Classification Codes:E44, G33, E20

Keywords:不確実性、現金保有、個別の生産性ショック、金融制約


研究報告会と経済社会総合研究所の概要


本号は、政府刊行物センター、官報販売所等別ウィンドウで開きます。にて刊行しております。

全文の構成

(エディトリアル)

経済の活性化:我が国企業と家計が直面する構造的な課題別ウィンドウで開きます。(PDF形式 655 KB)

  1. 1
    塩路 悦朗

(論文)

第1章 高齢者の遺産動機と貯蓄行動:日本の個票データを用いた実証分析別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.77 MB)

濱秋 純哉・堀 雅博

  1. 13
    1.はじめに
  2. 15
    2.遺産動機と予備的動機
  3. 18
    3.データの概要
  4. 23
    4.実証モデル
  5. 25
    5.推定結果と遺産動機が貯蓄率に与える影響
  6. 34
    6.結論
  7. 35
    参考文献

第2章 アベノミクス、住宅市場と消費(*)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.14 MB)

Joshua K. HAUSMAN・宇南山 卓・Johannes F. WIELAND

  1. 39
    1.Introduction
  2. 41
    2.The Japanese housing market
  3. 44
    3.Abenomics and housing market
  4. 48
    4.Abenomics, Consumption, and Housing
  5. 57
    5.Conclusion
  6. 58
    References
  7. 60
    Data appendix

第3章 堅調な企業収益と低調な設備投資のパズル別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.23 MB)

田中 賢治

  1. 65
    1.はじめに
  2. 66
    2.先行研究とそれを踏まえた問題設定
  3. 68
    3.実証分析の枠組み
  4. 73
    4.データ
  5. 79
    5.実証分析
  6. 95
    6.結果の要約と今後の課題
  7. 97
    参考文献
  8. 99
    補論

第4章 日本企業の海外企業買収と事業パフォーマンス別ウィンドウで開きます。(PDF形式 3.0 MB)

鯉渕 賢・後藤 瑞貴

  1. 103
    1.はじめに
  2. 105
    2.企業買収の動機とコーポレート・ガバナンス
  3. 107
    3.近年の大型海外企業買収事例と事業構造の変化
  4. 117
    4.大型海外企業買収の取得企業株価への影響
  5. 121
    5.買収後の被取得事業のパフォーマンス
  6. 129
    6.本研究のまとめとインプリケーション
  7. 130
    参考文献
  8. 131
    付論

第5章 日本企業の現金保有行動:大規模企業レベルパネルデータを用いた実証分析(*)別ウィンドウで開きます。(PDF形式 1.72 MB)

細野 薫・宮川 大介・滝澤 美帆

  1. 137
    1.Introduction
  2. 139
    2.Related studies
  3. 140
    3.Data and empirical findings
  4. 161
    4.Conclusion
  5. 162
    References

第6章 企業が直面する不確実性と現金保有
—理論分析と企業データからのエビデンス—(*)別ウィンドウで開きます。
(PDF形式 914 KB)

Aubhik KHAN・千賀 達朗

  1. 166
    1.Introduction
  2. 168
    2.Facts
  3. 172
    3.Model
  4. 176
    4.Quantitative Analysis
  5. 180
    5.Empirical test
  6. 183
    6.Conclusion
  7. 184
    References

研究報告会と経済社会総合研究所の概要別ウィンドウで開きます。(PDF形式 141 KB)

  1. 186

(*)がついている論文の本文は英語。

  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)