ERI Discussion Paper Series No.75
社会保障負担増加の雇用への影響

May 1997
  • 八代 尚宏(経済企画庁経済研究客員主任研究官、上智大学国際関係研究所教授)
  • 五十嵐 義明(同元委嘱調査員、三井情報開発株式会社研究員)

(はじめに)

21世紀の日本経済の大きな課題は、急速に発展する人口高齢化と経済活動の国際化への対応である。日本ではすでに生産年齢人口が、過去の出生率低下の影響を受けて1995年から減少を始めており、女性の就業率の高まりを考慮しても、2000年以降には労働力供給が減少に転じることについては、ほぼ共通の認識が得られている。しかしそれにもかかわらず、「大失業時代」への懸念は絶えない。これは企業の労働力への需要が、仮にその供給量を上回るペースで減少すれば、労働市場における需給の逼迫は生じず、かえって欧州諸国のように失業率が傾向的に高まる可能性をもつためである。こうした企業の労働力需要が長期的に減少することのひとつの可能性として、いわゆる「産業空洞化(disindustrialization)」の現象がある。

ここでいう「産業の空洞化」とは、「円高や税・社会保険料等による賃金コストの高まりが、輸入浸透度の高まり、輸出比率の低下、海生産比率の上昇、等の様々なルートを通じて国内生産を縮小させ、その結果、製造業をはじめその周辺産業の雇用の減少等が生じること」と定義される(経済企画庁「地域経済レポート1996」)。

しかし、こうした一般に用いられている産業や雇用の「空洞化」という概念を、経済学的な論理に沿って明確に定義することは必ずしも容易ではない。本来、国際間の貿易や直接投資の拡大と、それにともなって生じる各国産業の比較優位の変化は、国際分業のダイナミックな進展を通じて、日本を含む戦後の世界経済の発展を支えてきた大きな原動力であった。それは日本の今度の直接投資の拡大については、なぜ「国際分業の利益」のプラス面よりも、「産業空洞化」というマイナス面が危惧されているのだろうか。

世界市場における貿易や直接投資の拡大が、将来の日本経済にとってプラスではなく雇用機会の縮小というマイナスの影響をもたらすとすれば、そこには何らかの「市場の失敗」が生じているためと見られる。例えば、国産産業構造のダイナミックな転換を妨げるような社会的・経済的規制や資本・労働市場の硬直性が存在すれば、それが衰退産業部門から成長産業部門への資本や労働の円滑な移動を抑制し、結果的に特定の産業や地域に集中した失業が発生する危険性がある。

こうした視点から、本稿ではまず、海外直接投資拡大の要因と産業空洞化の概念を考察し、その日本経済の現状についての妥当性を検討する。次に、人口高齢化の進展にともなう税・社会保険料の高まりが、とくに海外直接投資の増加を通じて、国内雇用機会の縮小をもたらす具体的な効果の大きさを、マクロ経済モデルを用いて推計する。最後に、雇用の空洞化を防ぐための政策的なインプリケーションについて検討したい。


全文の構成

  1. 1ページ
    はじめに別ウィンドウで開きます。(PDF形式 281 KB)
  2. 2ページ
    1.海外直接投資と海外生産の拡大
    1. 2ページ
      1.1 直接投資増加の要因
    2. 3ページ
      1.2 直接投資の経済効果
  3. 4ページ
    2.産業空洞化と国際分業の違い
    1. 4ページ
      2.1 国際分業の概念
    2. 4ページ
      2.2 産業空洞化の懸念
    3. 5ページ
      2.3 「産業空洞化」と市場の不均衡
    4. 5ページ
      2.4 空洞化論議の妥当性
    5. 7ページ
      2.5 ミクロとマクロの「空洞化」
  4. 7ページ
    3.海外投資と国内雇用
    1. 7ページ
      3.1 雇用流出の変化と水準
    2. 8ページ
      3.2 産業空洞化のシナリオ
  5. 9ページ
    4.人口高齢化と社会保障負担の拡大
    1. 9ページ
      4.1 人口高齢化の将来見通しと社会保険料
    2. 9ページ
      4.2 社会保険料負担増加への企業の対応
    3. 10ページ
      4.3 実証分析
  6. 16ページ
    5.おわりに
  7. 20ページ
    図表
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