ESRI Discussion Paper Series No.17
非営利神話の検証

2002年12月
清水谷
(内閣府経済社会総合研究所研修企画官)
野口晴子
(東洋英和女学院大学専任講師)

要旨

1.趣旨、問題設定

2000年4月に公的介護保険制度が導入されてから、約2年半が経過した。この改革は、創設以来「措置」制度の支配下に置かれていた福祉サービス分野に市場メカニズムを導入したという点で、先駆的な実験だった。介護保険の導入は、訪問介護市場への営利法人の参入と利用者による業者の自由な選択を可能にした。2003年4月に介護報酬単価などが改定されるのをはじめ、2005年4月には制度の全体的な見直しが予定されている。

この論文を皮切りとする「介護サービス市場の実証研究」シリーズでは、主にミクロデータを用いた実証分析を行った。そのねらいは、介護サービス市場の全貌を明らかにし、制度改革に向けた政策提言を行うことにある。

2.目的及び分析手法

本論文では、2000年秋時点の介護労働従事者に関する豊富なミクロデータをもとに、以下の2点について定量的な分析を行った。

(1) 介護保険導入以後、訪問介護市場への参入が可能となった営利法人と非営利法人の間で賃金格差はみられるのか。

(2) 営利法人と非営利法人の間では提供するサービスの質に差があるのか。

日本では長い間、非営利法人にのみ介護サービス市場への参入が認められてきた。このため、非営利法人はより高い賃金を支払って資格や経験豊富な職員を確保し、サービスの質も高いという「非営利神話」が信じられてきた。この点について、アメリカではすでに数多くの実証研究が行われているが、いまだに明確な結論は得られていない。本論文は、営利・非営利法人間の賃金格差と職員の質によって生じるサービスの違いを実証的に分析した初めての研究である。

まず、賃金格差については、以下の二通りの考え方がある。

(1) 非営利主体は利益を外部に配分することができない利益分配制約があるために、営利主体よりも賃金を高く設定する。

(2) 非営利主体で働く労働者は賃金だけでなく社会的貢献などを重視するため、営利主体で働く労働者よりも賃金は低い。

日本ではこれまで、どちらの賃金が高いのかという点さえも本格的に分析されてこなかった。このため、今回の分析によって、これらのいずれの仮説がより日本に当てはまるかが初めて実証される。

介護サービスが資本よりも労働力を重点的に投入する「労働集約的産業」であるため、労働者の質がサービスの質に直接的な影響を与える。このため、介護サービスの質に密接に関連する労働者の熟練度や地位、さらに定着率などに代表されるサービスの安定的供給が営利主体と非営利主体で有意に異なるのかを定量的に検証した。その際、賃金水準や賃金以外の便益(福利厚生)、職員を対象とした各種保険の有無の違いを営利・非営利主体別に考慮した。

3.分析結果の主要なポイント

(1)賃金

日本の介護サービス市場では、非営利法人の賃金が営利法人の賃金を上回っている。職員や職場の属性を考慮した場合、非営利法人の賃金は17.8%高い。営利法人と比べて、非営利法人は職員の年齢や資格により高い価値を置いて賃金を算定している。労働者は賃金面で自分をより高く評価してくれる職場を選んでおり、現実として経験や資格のある労働者は非営利法人で働く傾向が強い。

(2)サービスの質

営利法人と比べ、非営利法人は職員の定着率が高く、安定的にサービスを供給している。サービスの質を職員の質という観点に絞って考えると、非営利法人の提供する介護サービスの質は営利法人を上回っている。したがって、介護保険導入後に参入した営利法人のサービスの質は、職員の質という点に限って言えば、非営利法人に追いついていない。

4.結び

多くの営利法人が介護保険の導入にともなって市場に新規参入した。導入後約半年経過した時点では、本分析で見る限り、苦戦を強いられていると言わざるを得ない。その意味で「非営利神話」は現実となっており、営利法人はまだ、賃金面およびサービスの質の面で、非営利法人に追いついていない。営利法人参入による消費者へのプラス効果を生み出すためには、両者が同じ条件で競争できる市場環境を整えることが不可欠である。また、今後の研究課題としては、更に新しいデータセットを使って賃金面やサービスの質の差を分析し、営利法人が非営利法人に追いついたのかどうかを検証していく必要があろう。

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Earnings and Quality Differentials in For-Profit versus Nonprofit Long-Term Care:Evidence from Japan’s Long-Term Care Market別ウィンドウで開きます。(PDF形式 215 KB)

全文の構成

PART 1 :
Are Nonprofit Earnings Differentials Observed in Japan? Evidence from Micro-level Data in Japanese Nursing Homes

  1. 1ページ
    Abstract
  2. 2ページ
    1. Introduction
  3. 4ページ
    2. Previous Research
  4. 6ページ
    3. Empirical Specification
  5. 11ページ
    4. Data
  6. 15ページ
    5. Results
  7. 18ページ
    6. Factor Decomposition Analysis of Wage Differentials Between Two Sectors
  8. 20ページ
    7. Conclusion

PART 2 :
Quality Differentials in For-Profit versus Nonprofit Long-Term Care: Evidence from Japanese Micro-level Data

  1. 35ページ
    Abstract
  2. 36ページ
    1. Introduction
  3. 37ページ
    2. Previous Research
  4. 39ページ
    3. Empirical Specification and Econometric Issues
  5. 42ページ
    4. Data
  6. 44ページ
    5. Empirical Results and Discussions
  7. 48ページ
    6. Conclusion
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