ESRI Discussion Paper Series No.21
社会資本の生産効果と同時性

2002年12月
  • 林 正義(経済社会総合研究所客員研究員、明治学院大学助教授)

要旨

1.趣旨及び背景

我が国の研究を嚆矢とする社会資本の生産効果の実証研究は、米国における研究の高まりをうけ、我が国においても1990年代から「ブーム」と呼べるほどの数多くの実証分析を生み出してきた。その背景には、(1)公共投資に関する社会的・政策的関心が強くなったこと、(2)90年以降においては、米国の先行研究で使用された分析手法の雛型を応用すれば良いという状況になっていたこと、(3)分析手法が比較的理解しやすく、実証研究を始める障壁が小さかったことなどが考えられる。しかし、「ブーム」であるがゆえに、実証分析上の諸問題が適切に認識され相応の計量分析手法が用いられているのかという疑問が残る。そのためには、実証分析の方法論観点から既存の実証研究を鳥瞰することが必要であるが、そのようなサーベイは存在しない。社会資本の生産効果に関する推定結果とその含意に関するサーベイが複数存在するのと対照的である。

2.目的及び手法

本稿では社会資本の生産効果の推定における「同時性」に関わる計量分析上の論点を中心に既存研究を批判的にサーベイする。社会資本の同時性は社会資本の実証分析において頻繁に言及される重要な論点であるが、その概念を誤って理解し、当該問題に対する不適切な対処方法を用いている研究も少なくない。さらに、先行研究の誤った手法を無批判的に再生産している研究も散見される。したがって、 社会資本の生産効果という文脈で「同時性の問題」に関する明示的な分析を行なうことは相応の意義があると考える。

3.分析結果の主要なポイント

  1. (1) 計量経済学における内生性と同時性の関連
  2. 生産関数の中で想定されている社会資本から生産量という因果ではなく、生産量から社会資本量への因果は「逆の因果(reverse causation)」と呼ばれる。これは計量経済学的に「同時性の問題」と呼ばれるが、この同時性によって攪乱項が説明変数と相関すること(=内生性)により最小二乗推定量は一致性を失う。先行研究の一部は、固定効果モデルを用いることにより「逆の因果」に対応できるとしているが、この主張は同時性による内生性と除外された変数による内生性を混同していることに起因する。同時性による内生性は操作変数や連立方程式体系を利用した推定によってのみしか対処できない。
  3. (2) 資本ストックデータのタイミング
  4. 社会資本が同時性を有するためには、所与の期間になされた公共投資が社会資本として瞬時に生産能力に影響を及ぼすことを前提としなければならない。既存研究においては、(1)t期首(t-1期末)値、(2)t期末(t+1期首)値、および、(3)t期首(t-1期末)値とt期末(t期首)値との単純平均がストックデータとして使用されているが、(2)と(3)の場合にのみ公共投資の「逆の因果」を介した社会資本の同時性が問題となり、(1)の場合は攪乱項が時系列的に独立である限り内生性は問題とならないことに注意したい。しかし既存研究では、社会資本の同時性が重要であると繰り返し主張されているにも関わらず、このストックデータのタイミングの重要性は十分に認識されていない。例えば、大半の研究ではストックデータのタイミングは明記されていないし、明記されている場合でも、極一部の研究を例外として特定のタイミングを利用した理由は述べられていない。本稿では、(1)ストック(社会資本)とフロー(生産量)の因果関係に関して説得的な解釈が可能であること、(2)標準的なマクロ動学理論と整合的であること、(3)日常言語と整合的であること、(4)「みせかけの生産効果」の程度を和らげること、そして、(5)他の選択肢が優れているという積極的な理由が存在しないことを理由に、期首値(前期末値)をストックデータとして使用するべきであると議論する。
  5. (3) 攪乱項の系列相関
  6. 攪乱項が系列的に相関すると、分散共分散行列は一致性をもたないため、誤った仮説検定が行なわれるおそれがある。また、既述のように、攪乱項の系列相関は、社会資本が期首値で測られていても内生性の問題をひきおこす。それにもかかわらず、我が国における社会資本の実証分析では系列相関の問題は十分に配慮されてこなかった。特に、系列相関を考慮しているときは内生性を考慮せず(操作変数法を用いず)、内生性を考慮している(操作変数法を用いている)ときは、系列相関を考慮しない傾向があるようである。これは、ポピュラーな手法を用いて系列相関に対処すると同時性に対処することが困難になるためと考えられる。本稿では、系列相関と同時性による問題は非線形操作変数法によって対処できることを例示し、また、共通要因制約(common factor restrictions)の検定により特定化のテストが行なわれるべきことが指摘される。
  7. (4) 社会資本以外の生産要素の同時性
  8. 経済理論を前提とすると社会資本以外の説明変数も均衡モデル内で決定される内生変数となる。我が国では労働時間の調整を通じて景気循環に対応した雇用調整が行なわれることや稼働率が景気を測る指標として利用されていることを考えると、時間単位で計測された労働投入や稼働率で調整された民間資本の問題は十分に懸念される。しかし、社会資本以外の変数の内生性を考慮して推定を行なっているのは一部の研究に限られる。また、変数の同時性が適切に認識されていないと、適切な操作変数を選択することが不可能となり、適切な推定量を算定することも不可能になる。操作変数の選択には幾つかのガイドラインがあり、その妥当性も過剰識別制約検定(over-identifying restrictions test)や内生変数の操作変数への回帰(first-stage regression)を用いた検定によってある程度は判断できる。

4.結び

本稿では社会資本の生産効果の推定における「同時性」に関し、我が国の既存研究の多くが看過していた計量分析上の論点を整理した。ここで議論された論点は、同時性の適切な認識、ストックデータのタイミングとその含意、攪乱項の系列相関、および、労働投入と民間資本稼働率の内生性ならびに操作変数の選択という観点である。これらの観点から我が国の先行研究をレビューしたが、本稿で整理した論点を全て適切に対処した既存研究は存在しなかった。より適切な推定方法が望まれるところである。

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全文の構成

  1. 要旨
  2. 1ページ
    1.はじめに
  3. 3ページ
    2.同時性の内生性
    1. 3ページ
      2.1. 逆の因果
    2. 4ページ
      2.2. 内生性
  4. 7ページ
    3.ストックデータのタイミングと同時性
    1. 7ページ
      3.1. 公共投資の同時性と社会資本の同時性
    2. 9ページ
      3.2. 期首(前期末)値か期末値か
  5. 11ページ
    4.攪乱項の系列相関と社会資本の内生性
  6. 14ページ
    5.労働・民間資本の同時性と操作変数の選択
    1. 14ページ
      5.1. 同時性の対処法と操作変数の選択基準
    2. 17ページ
      5.2. 説明変数の同時性と操作変数の選択
    3. 19ページ
      5.3. 内生性の検定
  7. 19ページ
    6.結語
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