ESRI Discussion Paper Series No.22
消費者信用市場の競争と効率性 -個人金融におけるモラルハザードと法制の在り方-

2002年12月
  • 中村 賢一(前内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官)

要旨

1.趣旨及び問題設定

個人破産の大幅な増加が引き続いており、このところ消費者金融会社の貸倒れ費用が急激に増加している。ところで消費者信用の動向には、(1)消費者信用残高は1996年の75兆円をピークに2000年にはほぼ10年前の水準の65兆円まで減少した。この消費者信用の収縮は家計の消費や融資需要の停滞以外の要因から引き起こされている可能性がある。(2)90年から96年まで年平均4.8%で増加した消費者金融会社や販売信用などのノンバンクからの消費者信用は96年以降年平均1.0%の増へと大幅に伸び率を低下させた。一方、ノンバンクからの借入を主な破産原因とする個人破産は引き続き大幅な増加を続けておりノンバンクからの信用供給でデフォルトリスクの高い融資が拡大している可能性が有る。(3)消費者金融会社の供給する消費者金融は消費者信用全体の伸びが大幅に低下した96年以降も金利以外の要因で年平均10%の大幅な増加を続けている、などの特徴がある。これらの特徴は消費者金融市場で競争の結果デフォルトリスクの高い融資が生み出されている可能性を示唆している。

2.目的及び手法

通常、競争は市場の効率性を改善すると考えられているが信用市場には情報の非対称性があり、融資の効果的なリスク管理を行なうインセンティブと条件が整備されていない市場での競争がデフォルトリスクの高い融資を生み出す可能性がある。融資のリスク管理の問題で注目されるのは実質的な破綻状態にありながら負債を増加させ続ける深刻な多重債務者問題の存在である。多額の負債を抱え返済可能性の低い借り手でも融資に応じる貸し手を見つけることができる市場で深刻な多重債務者問題が発生するが、こうした市場ではデフォルトリスクの高い借り手に融資しても、長期間、破綻が顕在化せず損失が発生しない。多重債務者への融資がノイズとなってデフォルトリスクの市場での評価を狂わせてしまうので、収益拡大のための激しい顧客獲得競争がデフォルトリスクの高い融資を増加させる可能性が有る。本論では、このような金融のアノマリィ現象としての多重債務者問題に着目し、その発生メカニズムと制度的要因を明らかにし、また、多重債務者問題が市場の安定性や効率性に与える影響を動学的に検討して、消費者信用市場を整備する具体的な改善方策を検討している。

3.分析結果の主要なポイント

  1. (1) 破産・個人再生などの救済制度は融資の破綻に伴う損失を債権・債務両当事者に分担させる。債務不履行に陥った借り手が負担する損失は免責される負債額に応じて増加しないので、負債額が一定の限度を超えると返済可能性を考慮せず借り入れ続けるモラルハザードが発生する。
  2. (2) 利用し易い救済制度や全ての貸し手が利用できる個人信用情報が充分整備されていないので、複数の貸し手からの借入が一般的な消費者金融市場では借り手の過剰な借入行動を効果的に抑制できない、また、借り手の返済可能性を考慮せず融資する貸し手が発生し深刻な多重債務者を発生させる。
  3. (3) 深刻な多重債務者を発生させる制度的条件を持つ市場で一定の市場条件が満たされると、借り手の返済可能性を考慮せず融資する貸し手(以下、ノイズレンダ―と呼ぶ)が大量に発生する。ノイズレンダ―が大量に発生するとノイズレンダ―からの融資がノイズとなって市場でのリスク評価を狂わせしまい、激しい顧客獲得競争がデフォルトリスクの高い借り手への融資を拡大させるアドバースセレクションが発生する。
  4. (4) アドバースセレクションは貸倒れ費用を長期的に上昇させ、この結果、ノイズレンダ―が市場で存続するための条件が一気に消滅して大量の債務不履行が一斉に発生する可能性があり、消費者信用市場に不安定性をもたらす可能性が有る。また、借入金の返済のための融資は破綻の時期を延ばすだけの社会的浪費であり、深刻な多重債務者を生み出す市場は社会的浪費を大量に発生させる非効率な市場である。
  5. (5) 現行の硬直的な上限金利の規制に効果的なリスク管理を期待するのは難しく効率的な資源配分を阻害する弊害が大きい。利用の容易な救済制度の充実と個人信用情報の整備で効率的な消費者信用市場の整備を急ぐべきである。

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全文の構成

  1. 1ページ
    はじめに
  2. 4ページ
    第1章 消費者信用の現状
    1. 5ページ
      1-1. 消費者信用供給の現状
    2. 7ページ
      1-2. 金融機関の消費者信用
    3. 8ページ
      1-3. ノンバンクの消費者信用
    4. 9ページ
      1-4. 消費者金融会社
  3. 11ページ
    第2章 消費者金融の特徴
  4. 16ページ
    第3章 多重債務者問題
    1. 16ページ
      3-1. 多重債務者の特性
    2. 17ページ
      3-2. 多重債務者の現状
  5. 19ページ
    第4章 救済制度
    1. 19ページ
      4-1. 救済制度
    2. 20ページ
      4-2. 救済制度の効果と特徴
  6. 22ページ
    第5章 消費者金融市場でのモニタリング
    1. 23ページ
      5-1. 個人向け融資取引と債務不履行
    2. 24ページ
      5-2. 貸し手
    3. 25ページ
      5-3. 多重債務者発生のメカニズム
    4. 27ページ
      5-4. モニタリングのインセンティブと条件
    5. 30ページ
      5-5. 安易な破産のモラルハザード
  7. 35ページ
    第6章 個人信用情報利用の現状
    1. 35ページ
      6-1. 業界毎の個人信用情報機関の現状
    2. 37ページ
      6-2. 各機関間の相互交流の現状
  8. 39ページ
    第7章 消費者信用市場の競争と効率性
    1. 39ページ
      7-1. 消費者金融市場と個人信用情報
    2. 41ページ
      7-2. 消費者信用市場の競争と効率性
  9. 51ページ
    むすび
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