ESRI Discussion Paper Series No.29
名目短期金利ゼロの下限と金融政策 -金融緩和消極論への批判的検討-

2003年3月
  • 松岡 幹裕(ドイツ証券会社 東京支店株式調査部 シニアエコノミスト)

要旨

1.趣旨および背景

名目短期金利がゼロに達した中で、中央銀行や金融市場関係者を中心に、追加的な金融緩和の効果に対する疑問、副作用に対する懸念(いわゆる金融緩和消極論)が提示される場合が見られる。そこで本研究では、金融緩和消極論の根拠の頑健さについて、さまざまな側面から批判的に検討してみた。

2.目的および手法

金融緩和消極論の各側面に対して、実証的な反証を提示することで、批判を試みた。なお、実証分析のツールとして、多変量自己回帰分析(VAR)、主要先進国におけるパネルデータ分析、共和分分析、及び歴史的な叙述を用いた。金融政策の役割と物価、経済活動への影響を普遍的、歴史的、長期的な観点から見る意味で、パネルデータ、共和分、大恐慌時代の分析も適宜採用することとした。

3.分析結果の主なポイント

名目短期金利がゼロの下でも、金融政策はさまざまな波及経路を維持している。銀行貸出を経由しなくても金融政策は、実体経済に影響を及ぼすことが可能である。デフレの下で流動性のわなに陥っているという議論だけでは、現下の消費の底堅い推移を説明することはできない。デフレ(及びデフレ期待)は消費を先送りさせるが、一方で、名目金利ゼロの下では、実物資産による価値の保存と金融資産による価値の保存との境界線が曖昧になり、特定の耐久財や高額品の消費が刺激されている。流動性金融資産から消費への資産効果が消費を支えていると考えられる。貨幣の保有そのものから効用は生じず、貨幣需要には臨界点(飽和点)があって、そこまで金融緩和を実施すれば、徐々に実物資産を含めたポートフォリオ・リバランスが実現するであろう。金融政策が無効であるという議論と、金融緩和を続けていけば中央銀行の信認の毀損を通じてハイパーインフレになるという議論を、同時に展開することは自己矛盾である。中央銀行による国債の直接引受と、現行の国債買切りオペに、本質的な相違は見出されず、「直接引受け=ハイパーインフレ」というのは矮小化された議論である。

4.おわりに

金融政策が、前人未到の領域に入っていく中では、手探りながらも何らかの新たなガイドラインの下で金融政策を運営することが必要となる。目安ながら、マネタリーベースの「伸び率」目標の導入によって、インフレ期待にも影響を与えつつ、名目GDP成長率の回復を目指すことが必要であろう。一定の前提の下で、(GDPデフレーターで測った)インフレ率を年率1~2%に維持するために必要なマネーサプライ(M2+CD)の伸びは、年率5~6%となる。それに必要なマネタリーベースの伸びは年率12~22%であり、必要な買切りオペの額は月間1.3~2.1兆円である。デフレの下で民間部門の資産選択への歪みを排除するために、民間部門が保有する各種証券の残高にほぼ比例する形で買切りオペを実施することが望ましい。国債2:外債1:株式(ETF含む)1という配分が、資産選択に対して中立的であろう。年間の買切りオペ額は15~25兆円となるが、一般政府構造的プライマリー財政赤字(約30兆円)以下に収まっており、急激なインフレを生じさせるリスクは低いであろう。

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全文の構成

  1. 要約
  2. 4ページ
    1.はじめに
  3. 4ページ
    2.金融緩和消極論への批判的検討
    1. 5ページ
      (1) ゼロ金利の下で貨幣と短期国債との代替性は完全である
    2. 6ページ
      (2) 不良債権によって銀行貸出チャンネルが疲弊している
    3. 13ページ
      (3) ゼロ金利の下で日本経済は「流動性のわな」に陥っており、貨幣需要は無限大に増加する
    4. 15ページ
      (4) フィッシャー効果によって実質金利は一定に維持される
    5. 17ページ
      (5) インフレは一旦発生すると手におえない(インフレの慣性)
    6. 21ページ
      (6) 構造問題による物価低下圧力が存在する
    7. 23ページ
      (7) 非正統的な金融政策手段の効果は不確実である
    8. 23ページ
      (8) 金利生活者の金利所得の減少を考えると、これ以上低金利を続けるべきではない
    9. 23ページ
      (9) ゾンビ企業を駆逐し構造改革を推進するために金利を引き下げるべきだ
    10. 27ページ
      (10) 超低金利になったために、銀行の債券保有増大によって金利上昇が銀行収益に与える影響が大きくなっている
    11. 27ページ
      (11) 非伝統的な金融緩和を続けていくと、日銀のバランスシートの劣化が起こり、中央銀行の信認を既存する
    12. 28ページ
      (12) さらなる金融緩和は中央銀行による国債の直接引受につながり極めてインフレ的である
    13. 29ページ
      (13) 物価に影響を与えるのは金融政策ではなく財政政策である
  4. 31ページ
    3.金融政策の望ましい将来の方向について
    1. 31ページ
      (1) 第一の思考実験:国債買切りオペの増額
    2. 32ページ
      (2) 第二の思考実験:ヘリコプターマネー
    3. 33ページ
      (3) マネタリーベース「伸び率」目標の導入
    4. 38ページ
      (4) 購入資産の多様化:デフレの下での資産選択への歪みの是正
    5. 40ページ
      (5) インフレターゲットの意義
    6. 40ページ
      (6) デフレ終了に伴う混乱とコスト
  5. 40ページ
    4.おわりに
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