ESRI Discussion Paper Series No.30
為替レートの減価とインフレ期待 -70年代初頭の沖縄の教訓

2003年4月
  • 清水谷 諭(内閣府経済社会総合研究所研修企画官)
  • 与儀 達博(琉球銀行調査部)

要旨

1.趣旨、問題設定

現在の日本のデフレ状況を解消する一つの手段として円安政策を提唱する論者も多い。しかし、どの程度の為替レートの減価がどの程度の期待インフレ率の上昇をもたらすかについては、実証分析はほとんどないのが現状である。このような状況では、どの程度まで為替レートを減価させればデフレ期待を克服できるかについて、明確な処方箋を出すことは難しい。

本論文は、1970年代初めに沖縄経済が実際に経験した歴史的事実に注目し、定量的な評価を試みた。沖縄の法定通貨は1958年以来1972年5月の本土復帰前までドルであった。1971年8月にニクソンショックが起こり、固定相場制から変動相場制に移行した。その後為替レートは約17%切り下げられ、同時に物価上昇率も高まった。この為替レートの減価がどの程度インフレ期待を変化させたのかを検証した。

2.手法

期待インフレ率の計測にはいくつかの方法がある。その中で、本論文では、データの利用可能性を考慮し、期待物価上昇率を組み入れたフィリップスカ-ブ(expectations-augmented Phillips Curve)の枠組みを用いた。インフレ期待の変化によって、失業率と物価上昇率の関係を示すフィリップスカーブがシフトするという考え方である。具体的には、期待インフレ率の変化はフィリップスカーブの推計における定数項が、ニクソンショックの後(1971年第3四半期以後)、統計的に有意に変化したかを調べることでとらえられる。

3.分析結果の主なポイント

ドル通貨制の下にあった沖縄で発生した通貨安(ドル安)によって、沖縄のインフレ期待は明らかに高まった。約17%の為替レートの減価によって、インフレ期待は5-7%程度上昇したと推計される。このインフレ期待は1972年5月の本土復帰によって、法定通貨がドルから円に変更されたにもかかわらず、沈静化することなく持続した。

70年代初めのこうした沖縄の経験は、為替レート変更が期待インフレ率に影響を与えうることを明瞭に示している。(1)当時の沖縄の高い輸入依存率、(2)為替レートの先行きに対する認識の違い、(3)初期条件としてのインフレとデフレの違い、(4)インフレ期待の慣性など、現在の日本の置かれた状況との違いを考慮する必要があるものの、沖縄の教訓は、通貨安政策が、現在の日本のデフレを解消する有効な手段となりうることを明確に示唆している。

4.おわりに

本論文は為替レートとインフレ期待の関係が明瞭であることを定量的に示した。今後の課題としては、(1)消費者や企業に対するサーベイデータ、あるいは金利データを用いた期待インフレ率の計測、(2)インフレ期待形成機構の分析によって、為替レートがインフレ期待に及ぼす影響を明らかにすることである。さらに、為替レートの減価を経験した他のケース、具体的には、1930年代の金輸出再禁止後の日本の戦間期、1970年代のニクソン・ショック時のアメリカ、さらには1990年代に通貨危機を経験したタイ、韓国、インドネシアなどについても、期待インフレ率がどの程度変化したのかについて実証分析を積み重ねていくことで、本論文で取り上げた70年代初頭の沖縄の状況がより明らかとなるだけでなく、現在日本への政策的インプリケーションがより鮮明になることは間違いない。

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全文の構成

  1. 要旨
  2. 1ページ
    1.はじめに
  3. 2ページ
    2.6回の通貨変更を経験した戦後沖縄の通貨史
  4. 5ページ
    3.沖縄返還の決定とニクソンショック、本土返還
  5. 8ページ
    4.為替レート変更と期待インフレ率の変化
  6. 14ページ
    5.沖縄の経験の教訓と現代日本への政策的インプリケーション
  7. 15ページ
    6.今後の課題
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