ESRI Discussion Paper Series No.40
誰が所得再分配政策を支持するのか?

2003年6月
  • 大竹 文雄(大阪大学社会経済研究所教授)
  • 富岡 淳(大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程)

要旨

1.主旨および背景

一般に、所得再分配政策の強化を支持するのは、その政策によって便益を受ける低所得者であると考えられている。しかし、現時点で年間収入が低いことは必ずしもその人が将来に渡って低所得者であることを意味しない。将来高所得を得られると予想している現時点で低所得の若者であれば、所得再分配政策の強化に反対する可能性がある。逆に、失業の可能性が高い中高年であっても、現時点で高所得であったとしても所得再分配政策の強化に賛成する可能性がある。このように、所得再分配政策への支持は、単に一時点の所得水準の大きさではなく、将来の所得の変動を考慮して決定されている可能性が高い。実際のデータが、このような経済学的な仮説と整合的か否かを確認することは、経済政策の観点から重要である。

2.目的及び手法

本稿は、独自に設計・実施した意識調査の個票データを用いて、所得再分配政策強化に対する支持・不支持を決定する個人属性を計量経済学的に明らかにする試みである。独自に行った意識調査では、再分配政策の強化に対する賛否、危険回避度、所得水準、失業経験、失業不安、将来所得に変動などを質問した。このデータを用いて、様々な個人属性や経済変数が、所得再分配政策の強化への賛否を説明する推定式を推定し分析を行った。

3.分析結果の主なポイント

分析の結果、再分配政策強化への支持が強いのは、所得階層でみると低所得者の方であった。他方で、現時点での所得水準が再分配支持と不支持のすべてを説明してはいないことも明らかにされた。そして、その理由は、動学的な要因、すなわち人々が将来の所得水準の変動を考慮に入れているためであることが明らかにされた。また、危険回避度や失業の経験・不安は、所得水準で制御してもなお有意な影響をもっている。危険回避的な個人は、現在豊かな暮らしを送っていても、将来へのセーフティ・ネットとして再分配政策を支持するものと解釈できる。

世帯の所得水準や金融資産保有額が同じ水準の個人を比較した場合であっても、失業経験、失業不安をもった回答者は、再分配強化政策を支持している。これは、厚生評価の方法について興味深い含意をもっているといえる。ただし高齢者は、失業経験や失業の不安があったとしても、それは所得平準化を求める態度につながってはいなかった。労働市場からの退出が間近であることがこの理由として考えられる。消費水準の落ち込みや、予想所得の低下は、再分配政策支持と正の相関が見出された。

5割前後の人びとが様々な経済格差の拡大を実感しているものの、それらの格差自体が所得平準化政策への選好を左右してはいない。また日本社会の全体的な階層上昇性および下降性の高まりは有意でなかったが、最底辺層の拡大、すなわち貧困家庭・ホームレスの増加を認識している人々は、再分配の強化に賛成する確率がかなり高い。これは、通常の社会生活が破壊されるような現象に対しては、人々の意識が敏感になっているものと解釈できる。あるいは、人々は貧困が社会不安をもたらすという外部性をもつため再分配政策に賛成している可能性もある。

他方、日本社会における機会の平等や階層移動性は、それ自体では有意な影響力をもたないが、「階層移動性は高い方がよいにも関わらず、実際には低い」といった「規範と現実のギャップ」を感じている人々は、結果の平等としての所得平準化を求める傾向があった。この意味では、機会の平等と再分配政策の間に代替性が想定されているといえよう。

4.結び

 所得再分配政策の選好を実証的に明らかにすることは次のような政策的な意義がある。第一に、年齢や失業経験といった個人属性が再分配への選好に与える影響を明らかにすることで、人口高齢化や失業率の上昇により、再分配政策への支持がどのように変化するかが予測できる。第二に、所得階層間の流動性が高いことが再分配政策への支持を弱めるというPOUM仮説が成り立つならば、所得再分配政策と所得階層間の流動性の拡大政策は代替的政策として考えられる。第三に、所得を考慮しても、失業経験が再分配政策に対する支持を高めるのであれば、失業に対して金銭的な補償をするよりも、失業を低下させる政策の方が効率性が高いことを示している。

本稿で得られた結果から、第一に高齢化と高失業率化は再分配政策の支持を高める方向に働く、第二に所得階層間移動が低下しているとすれば再分配政策への支持が高まる、第三に失業に対しては金銭的補償よりも雇用創出政策が有効である、という政策的な含意が導かれる。

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全文の構成

  1. 2ページ
    要旨
  2. 3ページ
    1.はじめに
  3. 4ページ
    2.所得再分配政策に対する支持・不支持の決定要因
  4. 6ページ
    3.推定モデルとデータ
    1. 6ページ
      3-1.モデルと推定方法
    2. 7ページ
      3-2.データと記述統計
  5. 9ページ
    4.推定結果
    1. 9ページ
      4-1.基本モデル
    2. 10ページ
      4-2.リスク態度
    3. 10ページ
      4-3.失業
    4. 11ページ
      4-4.年齢と失業
    5. 12ページ
      4-5.消費・所得水準の変化
    6. 13ページ
      4-6.所得階層間の流動性
    7. 14ページ
      4-7.所得階層別推定
    8. 14ページ
      4-8.格差の認識
    9. 14ページ
      4-9.失業の理由、利他主義
    10. 15ページ
      4-10.機会の平等と階層上昇性
  6. 15ページ
    5.おわりに
  7. 17ページ
    参考文献
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