ESRI Discussion Paper Series No.42
累進所得税と厚生変化-公的資金の社会的限界費用の試算-

2003年6月
  • 林 正義(内閣府経済社会総合研究所客員研究員、明治学院大学助教授)
  • 別所 俊一郎(東京大学大学院博士課程)

要旨

1.趣旨及び背景

価格弾力的な課税標準に対する課税は、経済主体の行動に「歪み」をもたらし、「厚生損失」を発生させる。このような税で政府支出がファイナンスされている限り、担税者は名目的な税額に加えて厚生損失に相当する費用を負担することになる。歪みをもたらす税収が1単位増加することによる実効費用の追加的変化を「公的資金の限界費用(MCPF:Marginal Cost of Public Funds)」と呼ぶ。MCPFは費用便益分析や税制改革の指針に有用な情報をもたらすにもかかわらず、わが国では本格的なMCPFの推計は十分に行われておらず、累進所得税を想定したMCPF(ここではとくにSMCF(Social Marginal Cost of public Funds)と呼ぶ)はほとんど推計されたことはない。

2.目的及び手法

本稿の目的は、異なった所得獲得能力を持つ消費者を想定することにより、累進所得税を明示的に考慮した厚生評価を行うことである。そのために、(1)いくつかの社会厚生関数のもとでのSMCFの試算、(2)所得ブラケットごとにSMCFを試算し、特定の社会厚生関数のもとでの累進度の最適性や税制改革の方向性の提示、(3)現行の所得税率の組み合わせを最適な税率とする分配ウェイトの逆算、を行う。

3.分析結果の主要なポイント

ベンサム型の社会厚生関数を前提にするとSMCFの値は1.1~1.2となり、同質的経済を前提とした先行研究とほぼ同じ値をとる。また、不平等回避度が大きくなるに従い、SMCFも高い値を示す。これは、SMCFの値が最高位ブラケットを基準としており、不平等回避度が高くなると、下位ブラケットの厚生費用が相対的に大きく評価されることによる。これらの結果は、「累進度」の定義によらずそれほど大きな差はない。

特定のブラケットの税率を変更させることによるSMCFを推計すると、多くの場合で第9分位(年収911~1,184万円)の限界税率を引き上げることによる税収確保がもっとも社会厚生を悪化させることが分かる。また、ベンサム型社会厚生関数を仮定すると、より上位ブラケットの限界税率を引き上げるほうがSMCFをより増加させる。不平等度が比較的高い場合では、最高ブラケットの税率を引き上げることによるSMCFが最低ブラケットのSMCFより大きい。

現行の所得税率プロファイルを最適なプロファイルとする分配ウェイトを、6つのケースを想定して「逆算」した。いずれのケースにおいても、一部のブラケットに負の値が算定された。このことは、各ブラケットに正のウェイトを与えるようなBergson-Samuelson型社会厚生関数では現在の税率プロファイルを正当化できないことを示唆している。

4.結び

SMCFを推計することにより以下のような政策的含意を得られる。まず、不平等回避度が高くなるにつれSMCFが高い値を示すから、配分ウェイトを用いる費用便益分析でSMCFを看過すると誤った結果をもたらしやすい。次に、想定したほとんどのケースで第9分位(年収911~1,184万円)の税率を引き下げるべきことが、ベンサム型社会厚生関数のもとでは上位の限界税率を引き下げ下位の限界税率を上げるべきことが示唆される。他方、不平等回避度が比較的高いケースにおいては最高税率よりも最低税率を引き下げることが含意された。また、6つのケースを想定して現在の政府が持つ分配ウェイトを逆算したところ、いずれのケースでも一部のブラケットに負の値が算定され、パレート改善的な税;本稿で得られた結果はもっともらしい手続きにしたがっているものの、消費者選好パラメタはある意味ではアドホックに算定されている。それゆえにいくつかの感度分析を行っている。また、家計も「標準世帯」に限定されており、集計データしか用いられていない。より信頼性の高い値を得るには、わが国の労働供給関数自体を本格的に推定する必要がある。

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全文の構成

  1. Abstract
  2. 1ページ
    1.はじめに
  3. 4ページ
    2.SMCFの導出
    1. 4ページ
      2.1 モデル
    2. 5ページ
      2.2 税収の変化
    3. 7ページ
      2.3 社会厚生の変化
    4. 7ページ
      2.4 税率変更のパターンとSMCFの特定化
  4. 11ページ
    3.SMCFの計測
    1. 11ページ
      3.1 特定化、データ、及び、パラメーター
    2. 23ページ
      3.2 推計結果
  5. 28ページ
    4.逆最適化問題
  6. 31ページ
    5.結語
  7. 32ページ
    参考文献
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