ESRI Discussion Paper Series No.46
なぜアルゼンチンは停滞し、チリは再生したのか

2003年6月
  • 原田 泰(内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官)
  • 黒田 岳士(内閣府経済社会総合研究所特別研究員)

要旨

1.趣旨および目的

ラテンアメリカ諸国は1820年代に独立し、順調に発展していくものと思われていたが、そうはならなかった。何が起こったのだろうか。

ここでは、ラテンアメリカの中で相対的に豊かな2つの国、チリとアルゼンチンに着目する。チリとアルゼンチンをヨーロッパと比べてみると、豊かであったアルゼンチンとチリが徐々に退歩していく姿(チリの退歩は80年代まで)を見ることができる。1910年には、アルゼンチンの一人当たりGDPはイギリスの8割でドイツを上回っていた。また、当時のアルゼンチンの所得はチリを50%以上、上回っていたが、チリの成長率は80年代以降高まり、2000年には、チリの所得がアルゼンチンを上回るようになった。

アルゼンチンとチリが経済発展において他の国に遅れたのはなぜなのか。また、80年代以降において、チリが力を回復して順調な発展経路を辿ったにもかかわらず、アルゼンチンの停滞がさらに深まったのはなぜだろうか。本稿は、2003年3月9日~16日のチリ、アルゼンチンにおけるインタビューと既存の文献の整理によって、以上の課題に答えることを目的とする。

2.検討結果

介入主義的な経済政策と市場指向的な政策の違いが国の明暗を分けたと一般的には言えそうである。介入主義的な経済政策を採用していた時代にはともに成長率が低下していたが、チリが市場志向的な政策を採用するとともにアルゼンチンの経済成果を凌駕するようになったからである。しかし、それだけではアルゼンチンとチリの違いを説明できない。チリが市場志向的な経済政策を採用した後も、チリもアルゼンチンもともに大きな経済変動を経験するからである。

両国が経験した経済変動の要因として、本稿は、誤った海外資本の流入を上げ、誤った資本流入は固定為替レート制度によってもたらされた可能性を示す。誤った海外資本の流入は、アルゼンチンのペロン大統領が1950年前後に行ったような、過去の富による介入政策よりも経済を傷つける可能性が強い。過去の富による繁栄はその富を費消してしまえば終わりだが、未来から借り入れた富は、より長期にわたって経済を悪化させる可能性が高いからである。1990年代にアルゼンチンでなされた、固定レート制下の資本流入による誤った経済繁栄は、ペロン体制以上にアルゼンチン経済を悩ませる可能性がある。

チリとアルゼンチンを分けたものは、ペロンの作った介入主義による安易な経済的成功という幻想の有無である。幻想を打ち砕くのは難しいが、アルゼンチンでは、90年代に再度幻想が生まれてしまった。これは両国の違いをさらに長期的に際立たせる可能性がある。

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全文の構成

  1. 4ページ
    はじめに
  2. 4ページ
    1.これまでの議論
    1. 5ページ
      誤った政策と政策の不安定性
  3. 6ページ
    2.介入主義と新自由主義の対立軸だけで説明できるか
    1. 6ページ
      決定的な事件は70年代以降に起きた
  4. 7ページ
    3.何が起きたのか
    1. 7ページ
      アルゼンチンの場合
    2. 8ページ
      チリの場合
    3. 9ページ
      アルゼンチンの90年代
  5. 9ページ
    4.兌換法の生み出した幻想
    1. 10ページ
      固定レート制の採用
    2. 11ページ
      なぜアルゼンチンは過去の失敗に学べないのか
    3. 13ページ
      IMFと海外投資家の責任
  6. 14ページ
    5.チリにマーケットシステムは根づいたのか
    1. 15ページ
      経済政策のルール化の重要性
    2. 15ページ
      チリの経済政策は新自由主義一辺倒ではない
    3. 16ページ
      チリの軍事政権だけが成功したのはなぜか
    4. 16ページ
      首都集中をどう考えるか
  7. 17ページ
    結論
  8. 18ページ
    参考文献
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