ESRI Discussion Paper Series No.48
社会資本と地方公共サービス -資本化仮説による地域別社会資本水準の評価-

2003年7月
  • 林 正義(内閣府経済社会総合研究所客員研究員、明治学院大学助教授)

要旨

1.趣旨及び背景

地方税率や地方公共サービスが他の地域特性とともに地代や固定資産価値に反映されるという「資本化仮説(capitalization hypothesis)」は、地方財政研究における古典的かつ中心的なテーマである。Oates(1968)を嚆矢とする一連の実証分析において地方税率や地方公共サービスが固定資産価値に与える影響が検証される一方で、理論分析においては、資本化仮説の資源配分上の含意とともに、地代最大化と地方公共サービスの効率性が関連付けられてきた。特にBrueckner(1982)に始まる研究では、地代の最大化と地方公共サービスの最適性に関する理論命題を応用し、地方公共サービスの効率性が固定資産データを用いて実証的に検証されている。また、資本化仮説を利用した地域アメニティ評価の手法(Roback 1982)を地方財政や地域政策の評価に応用した研究も存在する。

先行研究では社会資本をアメニティの一部とみなし、社会資本の評価が行われてきた。例えば、三井・林(2001)やHaughwout(2002)は、アメニティ変化に起因する地代の限界的変化が当該アメニティの消費者の限界便益(アメニティと基準財の限界効用比)と企業の限界便益(アメニティの生産効果)の総和となる(Roback 1982)ことを利用して、社会資本が消費者と企業に与える便益を合わせて推定している。また、アメニティの生産効果が賃金に反映することを利用し、消費者による社会資本の評価額のみを推定している研究もある(加藤 1991、赤井・大竹 1995、田中 1999)。これらの研究では、社会資本の効果が資本化した地代の変動は消費者と企業への限界便益として解釈され、この意味で、地代に資本化される社会資本の効果は「粗便益」として捉えられている。

しかし、実際の社会資本は地方公共サービスの生産要素として地方財政の生産性や地方支出に影響を与える。また、社会資本による地方財政の変化に応じて地域人口が変化するならば、人口変化を介した地方公共サービスの混雑や地方税収の変化といった更なる地方財政への効果も予想できる。このような社会資本の地方財政への効果を明示的に捉える理論モデルを用いれば、地代へ反映される社会資本の効果は社会資本の地方財政への便益や費用を加味した「純便益」となる。この結果はBrueckner(1982)による地方公共サービスの資本化に関する結果とパラレルな関係にあり、同様の結果が社会資本の資本化についても成立することを示すものではあるが、それは先行研究による実証結果の再考を促すものである。

2.目的及び手法

本稿の目的は、資本化仮説を援用して我が国における社会資本の地域的な整備水準の評価を行なうことである。地方財政理論や都市経済学で用いられている移住均衡モデルを拡張し、社会資本の地方財政への効果を明示的に捉える理論モデルを展開することによって、地代へ反映される社会資本の効果は先行研究において概念化される粗便益ではなく、社会資本の地方財政への便益や費用を加味した「純便益」となることを示す。ここから、Brueckner(1982)に始まる、地代の最大化と地方公共サービスの最適性に関する理論命題を応用した地方公共サービスの効率性を検証する方法が、社会資本の最適性の検証にも応用可能なことが示される。つまり、社会資本を説明変数として含む、地代を従属変数とした関数(地代関数)を推定し、社会資本にかかる係数(=地代勾配)をもってその最適性が判定される。まず、地代勾配がゼロと判断される場合、地代勾配は限界純便益(=限界粗便益-限界費用)に相当するため、ゼロ勾配は「限界(粗)便益=限界費用」を含意し、社会資本水準は最適と推測される。次に、地代勾配が負である場合は、社会資本水準が過大であることが示される。最後に、地代勾配が正であるならば、社会資本の水準が過小であることが含意される。

本稿では、この判定方法を用いて我が国の社会資本の水準を分野別に評価する。具体的には、交通基盤、生活基盤、安全基盤、および、農水基盤に分類された地域別社会資本に関して、地代を代理する2種類のデータ(面積当たり総生産量および面積当たり土地資産額)を用いて地代関数を推定し、社会資本にかかる係数の符号を用いて社会水準の最適性を判定する。

3.分析結果の主要なポイント

  1. (1)既存研究との解釈の違い
    1. 先行研究のモデルと本稿のモデルでは以下のような実証分析上の解釈の相違が生じる。地代勾配がゼロと判断される場合、地価勾配を限界粗便益と解釈する先行研究においては、社会資本に便益が存在しないことになる。一方、本稿の設定では、地代勾配は限界純便益(=限界粗便益-限界費用)に相当するため、ゼロ勾配は「限界(粗)便益=限界費用」を含意し、社会資本水準は最適と推測される。次に、地代勾配が負である場合、先行研究では単に負の効果が示唆されるが、本稿の議論では正の効果をもつ社会資本水準が過大であることと矛盾しない。最後に、地代勾配が正であるならば、いずれの場合も社会資本の正の効果が示唆されるが、本稿の設定では更に社会資本の水準が過小であることが含意される。したがって、社会資本が地方財政に影響を与えるのならば、既存の分析結果の解釈は必ずしも適切ではないことになる。

      また、たとえ社会資本がアメニティとして地方財政に直接的な影響を与えないとしても、実証分析の解釈において社会資本の変化が地域人口に影響を与えるならば、この効果の部分だけバイアスが生じる。この偏りは、人口変化の方向や混雑と税率の相対的な大きさにより正負何れの値もとりうる。また、その値が大きく負になる場合は、限界粗便益が正であっても地代勾配は負と推定されるかもしれない。

  2. (2)地域内社会資本水準の最適性の判定結果
    1. 推定結果は、過剰識別制約条件の検定結果や社会資本以外の変数に関する符号条件が満たされていることから概ね良好なパフォーマンスを示しているといえる。また、土地面積は各ケースとも理論から示唆される有意な負の効果を示している。総生産と土地評価額を用いた結果を比較すると、多くの場合で、社会資本にかかる係数の符号には違いはみられないが、0.10以下のP値をもって「有意」とした社会資本水準の判定については、判定不可を含め、少なくない相違が見られる。したがって、総生産と土地評価額で判定が同一になる「保守的」なケースに絞り、判定結果をまとめると以下のようになる。

      都市・非都市の区分において、「過大」と判定されるのは非都市の交通基盤である。一方、生活基盤は全国的に「過小」と判定される。他のケースでは双方の地代データでは判定が一致しない。全国6地域に関しては以下のとおりである。まず、北海道・東北および中部の交通基盤と近畿の安全基盤が「過大」と判定される。都市圏と考えられる中部の交通基盤が「過大」となるのは意外かもしれないが、名古屋を中心とした道路インフラを想起すれば尤もらしい結果かもしれない。次に、中部を除く全国の生活基盤と中部の安全基盤が「過小」と判定される。上記の都市・非都市の区分と同様に、生活基盤が過小と判定されることは、我々の実感にも一致するところである。最後に、農水基盤については、双方の地代データで一致した判定を得られるケースは存在しなかった。

4.結び

1977-1998年という比較的長い期間を推定対象とする本稿の結果は、同期間の「平均的」な結果として捉える必要がある。つまり、判定結果は同期間における平均的な評価であり、現在の社会資本配分の評価ではない。したがって、今後の政策として、「過小」と評価された地域・分野において公共投資を減額し、「過大」と評価された地域・分野に公共投資を増額すべきという単純な提言を行うことには注意を要する。しかしながら、例えば、非都市の交通基盤が「過大」で、都市・非都市を問わず生活基盤が「過小」という判断結果は、生活基盤の拡充などの既に広く議論されている社会資本配分のあり方について実証的な裏づけを提供するものとして理解することができるであろう。

もちろん、本稿分析には複数の課題が存在する。特に、本稿における「最適性」は、Brueckner(1982)と同様、次の意味で限定的である。まず、本稿では社会資本のみが評価対象である。つまり、他の変数を任意に与えた場合の単一の財政変数に関する最適性が考察され、他の政策変数については考察は行われていない。次に、本稿では地域内部の効率性のみを対象としていた。本稿の分析からは、社会資本の地域・分野間配分について示唆は得られるものの、より根本的な人口配分の最適性は評価することはできない。最後に、静学モデルを用いる本稿の分析では、モデルの設定上、動学的効率性は捉えられていない。これらの要因を十分に考慮した社会資本の評価は、今後の研究の課題である。

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全文の構成

  1. Abstract
  2. 1ページ
    1.はじめに
  3. 3ページ
    2.モデル
  4. 6ページ
    3.資本化と地代勾配
    1. 6ページ
      3.1 地方公共サービス
    2. 7ページ
      3.2 アメニティ
    3. 8ページ
      3.3 社会資本
  5. 10ページ
    4.地域社会資本水準の評価
    1. 10ページ
      4.1 回帰モデル
    2. 12ページ
      4.2 データ
    3. 14ページ
      4.3 結果
  6. 17ページ
    5.結語
  7. 18ページ
    参考文献
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