ESRI Discussion Paper Series No.52
マクロ計量モデルにおける乗数推定値の精度 -確率的シミュレーションによる評価-

2003年8月
  • 堀 雅博(前内閣府経済社会総合研究所主任研究官)
  • 山根 誠(前内閣府経済社会総合研究所)
  • 田邉 智之(前内閣府経済社会総合研究所)

要旨

1.背景

計量モデルによる予測や政策評価といった作業は、本質的に確率的性質を有する。すなわち、予測や乗数分析は、ある外的条件の下で蓋然性の高い経済の一つの姿を描いているに過ぎない。にもかかわらず、モデルの予測や乗数が一旦公表されると、それは決定論的な性格を持つものの如く一人歩きする傾向がある。計量モデルの正しい活用を実現するためには、モデルの確率的側面に対する理解が不可欠である。

2.目的及び分析手法

本稿の目的は、計量モデルのシミュレーションに確率的要素を明示的に導入した事例を示すことで、モデル利用に纏わる誤解(モデルへの過剰な期待と反動としての不信)を少しでも正していくことにある。確率的シミュレーションの必要性は主に米国において80年代中葉から認識されていたが、「信頼区間」等の概念の馴染み難さや、膨大な計算コストが障壁となって、わが国のモデル開発の実務的現場でそれが試みられることはあまりなかった。本稿では、内閣府・経済社会総合研究所から短期分析用の標準モデルとして公開されている「短期日本経済マクロ計量モデル」の修正試作版をベースに確率的シミュレーションを行い、計量モデルにおける乗数推定値の精度を明らかにする。

3.分析結果の主要なポイント

撹乱項及び係数を確率変動させ、繰り返し(1000回)計測した結果からは、

  1. (1) 各種乗数の計測結果は確率変数の実現値に過ぎないこと。
  2. (2) 乗数値は撹乱項の変動には余り影響を受けないが、係数の振れには敏感に反応すること。
  3. (3) 結果として、乗数値は相当の幅(信頼区間)をもって解する必要がある。
  4. (4) 乗数の信頼区間は時間とともに拡大するため、中長期の結果は短期分析以上に割引いて考える必要があること。

等が明らかになった。

4.結び

本稿の定量的結論は、専門家にすれば既知の内容かもしれないが、予測や乗数分析を決定論的に受け取りがちな一般の認識に大幅な修正を迫るものと言えよう。計量モデルによる予測や乗数分析には、ある程度の幅を持った理解が欠かせない。その意味で、計量モデルは完全な道具とはいえない面もある。しかしながら、それは不完全ではあるが、影響のメカニズムを明示しつつ政策評価を行える数少ない手段の一つになっている。乗数等の細かな上下動に一喜一憂することなく、よりよい政策評価を可能にするモデルの開発に努力することが肝要だろう。

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全文の構成

  1. Abstract
  2. 1ページ
    1.はじめに
  3. 2ページ
    2.マクロ計量モデルにおける不確実性の源泉
    1. 2ページ
      2-a) ゼロ制約を含む関数型(理論)F()の不可知性に起因する不確実性
    2. 3ページ
      2-b) 未知パラメータβに起因する不確実性
    3. 3ページ
      2-c) 撹乱項εに起因する不確実性
    4. 4ページ
      2-d) 外生変数Xの経路の不透明性に起因する不確実性
  4. 5ページ
    3.乗数と確率的シミュレーション
    1. 5ページ
      3-1 確定的(非確率的)シミュレーションにおける乗数の定義
    2. 6ページ
      3-2 乗数推定値の精度を求める確率的シミュレーションの方法
  5. 7ページ
    4.主要乗数の標準偏差:モンテカルロ・シミュレーションの結果
    1. 8ページ
      4-1) 実質公的資本形成を実質GDPの1%相当額だけ継続的に拡大したケース
    2. 9ページ
      4-2) 個人所得税を名目GDPの1%相当額だけ継続的に減税したケース
    3. 9ページ
      4-3) 短期金利を1%引上げたケース
    4. 9ページ
      4-4) 円の対ドル・レートを10%減価させたケース
  6. 10ページ
    5.おわりに
  7. 11ページ
    参考文献
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