ESRI Discussion Paper Series No.62
19世紀のデフレーションはなぜ始まり、なぜ終わったのか

2003年9月
  • 原田 泰(内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官)
  • 中田 一良(政策統括官(経済財政-景気判断政策分析担当)付海外経済担当参事官補佐、前内閣府経済社会総合研究所研究官)
  • 相樂 惠美(慶應義塾大学大学院)

要旨

1.背景

現在の日本が経験しているデフレーションに関連して、このデフレは1870年代初から90年代央にかけて欧米諸国が経験したような構造的なもので、金融政策によっては変えることができないものだという議論がある。その時代、イギリスでは、マネーサプライは上昇していたのに、物価は3割も下落していたという。19世紀の欧米の経験が日本の現在のデフレーションを考える上で直接役立たないとしても、何らかの示唆を与えることはできるだろう。本稿は、19世紀のデフレーションの経験を整理し、そこから、今日のために教訓を得ようというものである。

2.分析結果

得られた結論は簡明なものである。マネーサプライの上昇にもかかわらず、物価が下落していたのは、基本的には実質生産がそれ以上に増大していたからである。しかも、マネーサプライを実質生産で割った以上に物価が下落していた。その理由は、豊かになった人々が富の保有手段として、利子の付くマネーを求めたからである。実質生産の上昇および所得に対するマネーの比率の上昇により、マネーの増大ほどには物価が上昇しなかったのである。これは、戦後の日本や発展したアジア諸国にも共通に見られることである。

3.むすび

19世紀のデフレーションは1890年代央には終わり、この期間ほとんど一定だったベースマネーの増大とともに、物価は緩慢に上昇するようになった。ではベースマネーはなぜ増大したのだろうか。答えは、南アフリカとカナダで金が発見され、金の抽出率を高める青化法が採用されたことによる。金の生産の増大とともに、金本位制下でベースマネーも増大した。その結果、30年間続いたデフレーションは終わった。19世紀のデフレーションもそこからの脱却も、まったくマネタリーな要因で生じたのである。金の生産の増大とともに、欧米のすべての国で、デフレが終わった。金鉱の発見は外生的なものであるので、マネーの増大という外生的な要因がデフレを終わらせたことは明らかである。

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全文の構成

  1. 2ページ
    はじめに
  2. 3ページ
    1.検討可能な世界経済
  3. 4ページ
    2.なぜデフレーションが続いていたのか
    1. 5ページ
      2.1 単純な貨幣数量説による物価上昇率と実際の物価上昇率の比較
    2. 5ページ
      2.2 貨幣数量説に基づく物価関数
    3. 7ページ
      2.3 貨幣数量説の推計結果
    4. 8ページ
      2.4 推計結果のまとめ
  4. 8ページ
    3.同時代の経済学者は何を考えていたか
    1. 9ページ
      3.1 デフレがマネタリーな現象であることは理解されていた
    2. 9ページ
      3.2 なぜマネーはより多く保有されるようになったのか
  5. 10ページ
    4.現代の貨幣需要関数の議論
    1. 10ページ
      4.1 貨幣需要関数
    2. 10ページ
      4.2 貨幣需要関数の推計結果
    3. 11ページ
      4.3 なぜ人々はより多くのマネーを保有したのか
  6. 12ページ
    5.なぜ19世紀後半のデフレーションは終わったのか
  7. 14ページ
    結語
  8. 図表
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