ESRI Discussion Paper Series No.64
高齢化社会における社会資本-部門別社会資本を考慮した長期推計-

2003年10月
  • 川出 真清(新潟大学経済学部助教授)
  • 別所 俊一郎(財務省財務総合政策研究所研究官)
  • 加藤 竜太(滋賀大学経済学部助教授)

要旨

1.趣旨及び背景

バブル崩壊後の景気低迷に対処するべく大規模な景気刺激策が次々と打ち出され、その一環として公共投資も行われてきた。これらの公共投資は社会資本の蓄積を進めてきているが、これまでにもわが国の公共投資は欧米よりもはるかに高い水準で行なわれてきている。社会資本の建設には、その便益と負担の世代間での均等化を図るために、建設国債の発行が認められているから、近年の公共投資の増加はプライマリー・バランスの大幅な赤字をもたらし、政府債務を急増させている。もちろん、将来世代の社会資本からの便益と費用がバランスしている場合には、たとえ高齢化が進行している社会であっても、政府債務の増大は必ずしも将来世代の負担となるわけではない。しかし、過剰な公共投資では費用が便益を上回り、現代世代が将来世代に負担を付け回すことになりかねない。高齢化が進行するなかにあって公債累増を伴う社会資本の蓄積を進めることが、経済の成長率や厚生にどのような効果をもたらすのかを分析することは、したがって、現下の重要な課題のひとつである。公債発行によってファイナンスされた社会資本は生産力効果や生活環境の充実を通じて将来世代の租税負担を軽減させ、あるいは直接に便益を与えるし、高齢化のもとでの公債発行は租税の世代間での負担の配分を変化させる。さらにこれらの効果は各個人の最適化行動へ直接間接に影響を及ぼす。これらの効果を評価するには、一般均衡シミュレーションによる包括的な検討が必要である。

2.目的及び手法

本稿では、高齢社会に移行するわが国の社会資本の蓄積と政府債務の累増が経済成長・資本蓄積・将来世代の経済厚生等に与える影響を、世代重複モデルに基づく数値シミュレーションによって分析する。本章の問題意識は、(1) 公債発行や課税を伴う社会資本の蓄積が経済成長や財政状況・家計行動をどのように・どれほど変化させるのか、(2) 所与の公債残高・課税水準のもとで社会資本の構成を変化させた場合にこれらがどのように・どれほど変化するのか、の2点である。本稿の特徴は、(1) 財政赤字・社会資本・公的年金制度を通じた世代間再分配効果を包括的に議論している点、(2) 定常状態を仮定しない現在から高齢化への移行過程に焦点を絞った分析である点、(3) 一般均衡分析であり、かつ、現在の日本の状況に近いモデルを提示している点である。

3.分析結果の主要なポイント

  1. (1) 公債発行を伴う社会資本建設:長期的には公債残高の増加が民間資本ストックをクラウドアウトする効果がわずかながら強く現れる。民間資本ストックがクラウドアウトされるために民間資本の限界生産性が増加して金利が上昇し、家計の供給する総貯蓄は増加するものの、公債によるクラウドアウトを相殺することはできない。一方、公債の利払い費が財政を圧迫するために、長期的には公債残高を高い水準に保つほうが公共投資を抑制されることになってしまう。この結果、長期的には社会資本ストックも公債残高が低いほうが多く蓄積されることとなり、公債発行を伴う社会資本建設によるクラウドイン効果はまったく働かないこととなってしまう。民間資本ストック・社会資本ストックがともに減少するために、実現するGDPも公債残高が低いほうが大きくなる。社会資本ストックが効用にも直接効果を与えるとしても、公債残高が高いシナリオのほうが社会資本ストックも少なくなるために、遠い将来の世代についてみれば、効用水準もまた低くなってしまう。ところが、短期的には、公債発行により公共投資額を増やすことができるために社会資本ストックも公債残高が大きいほうが大きくなる。生産基盤型社会資本ストックの蓄積は総生産を増加させるから家計貯蓄を増加させ、民間資本ストックを蓄積させる。社会資本ストックと民間資本ストックがともに増加するために公債残高が大きいほうがGDPも大きくなることとなる。しかしこのような好循環は2010年代後半までしか持続しない。利子率上昇に伴って公共投資に回る政府支出が少なくなるために、社会資本ストックの伸びが抑制され、公債の民間資本ストックへのクラウドアウト効果がしだいに強まっていくこととなる。
  2. (2) 課税による社会資本建設:長期的には、税率が高いほど公共投資の額が大きくなるので、社会資本ストックの蓄積が進み、民間資本ストックの限界生産性が上昇する。利子率の上昇による民間資本ストックの蓄積の効果が税率上昇による可処分所得減少の効果を凌駕するために、税率が高いほど資本ストックの蓄積が進むこととなる。この民間資本ストックの蓄積と、税率上昇によってファイナンスされた社会資本蓄積のためにGDPも税率が高いほうが多くなる。消費税でファイナンスする限り、短期的には、税率が高いほど家計貯蓄が取り崩される効果が強く出ることになる。
  3. (3) 公共投資の内訳の変化の効果:生活基盤型社会資本を重視するシナリオと生産基盤型社会資本を重視するシナリオを用意した。生産基盤型社会資本が多いほどGDPが大きくなるので、民間資本ストックへ回す生産量も増加し、これらの効果があいまって、生産基盤型社会資本を重視するほうがGDP水準が高くなる。他方、生活基盤型社会資本の充実は直接効用水準を増加させる効果を持つ。ところが、本稿のパラメータ設定においては、生活基盤型社会資本がもたらす効用増加の効果はそれほど大きいものではないので、GDPの増加に伴う消費水準の増加から得られる効用増加の効果のほうが大きく、まとめてみれば生産基盤型社会資本を重視したほうがすべての世代で効用水準が増加することになる。この結果は、生活基盤型社会資本が効用水準に与える効果を示すパラメータに強く依存している。

4.結び

本稿のシミュレーションは過去のマクロ変数の動きをある程度トレースしているから、それほど根拠の無いパラメータに依存しているわけではないが、これらの結論はやはりいくつかのパラメータに強く依存していることに注意したい。すなわち主として、社会資本が生産活動を通してGDPを増加させる効果の大きさ、生活環境を整備することによって直接に効用を増加させる効果の大きさについてのパラメータである。また、本稿の分析では外生的な技術進歩率を2000年以降ゼロと仮定しているが、技術進歩率が変化すれば本稿の量的な結論が大きく変わる可能性もある。本稿は、社会資本・財政赤字・高齢化の進展をある程度現実的な数値を用いて包括的に数量的に評価したという点で相応の意義を有するものである。しかし、本稿のような分析がさらなる現実的妥当性を持つためには、わが国経済に関するより深い実証分析の蓄積が不可欠であろう。

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全文の構成

  1. 要旨
  2. 1ページ
    1.はじめに(本稿の問題意識)
  3. 3ページ
    2.先行研究の概観
  4. 4ページ
    3.モデル
    1. 5ページ
      3.1 家計
    2. 7ページ
      3.2 企業
    3. 7ページ
      3.3 政府
    4. 8ページ
      3.4 市場均衡蓄
  5. 9ページ
    4.データ
    1. 9ページ
      4.1 シナリオデータ
    2. 11ページ
      4.2 パラメータ値
    3. 12ページ
      4.3 計算方法
  6. 13ページ
    5.標準モデル
    1. 13ページ
      5.1 総生産
    2. 14ページ
      5.2 資本ストック
    3. 15ページ
      5.3 租税負担率・年金保険料率
    4. 15ページ
      プライマリー・バランス
    5. 16ページ
      5.5 補償変分
  7. 17ページ
    6.いくつかのシナリオの比較
    1. 17ページ
      6.1 公債発行を伴う社会資本蓄積
    2. 21ページ
      6.2 課税による社会資本蓄積
    3. 23ページ
      6.3 公共投資の内訳の変化の効果
  8. 24ページ
    7.結び
  9. 25ページ
    参考文献
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