ESRI Discussion Paper Series No.69
日本の教育経済学:実証分析の展望と課題

2003年10月
  • 小塩 隆士(東京学芸大学教育学部助教授)
  • 妹尾 渉(大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程)

要旨

1.背景

1960年代に米国の経済学者Th. W.シュルツやG. S.ベッカーがいわゆる「人的資本論」を確立して以来、教育やその成果を経済学の立場から分析する研究が進められてきた。一方、日本においては、教育に関する情報公開がこれまできわめて限定的であったこともあり、教育をめぐる実証分析の蓄積はむしろこれからのようである。そのため、教育をめぐる議論は、実証分析の裏づけがない観念論や理想論にしばしば終始している。

しかし、最近では、研究者が独自に実施した調査などに基づいた、教育に関する実証分析が盛んに行われるようになっている。新学習指導要領の導入をきっかけとする学力問題への関心の高まり、教育現場におけるさまざまな新しい取り組みなどがその背景にある。行政評価の重要性が意識されるようになった現在、教育行政についても、統計に基づく客観的な評価がいままで以上に求められるようになるはずだし、またそうあるべきである。

2.目的

そこで本稿では、1)日本の教育についてこれまで行われてきた実証研究をできるだけ数多く展望し、現時点におけるその"到達点"を明らかにするとともに、2)教育をめぐる現状や教育経済学における理論的な研究、あるいは諸外国における実証研究の蓄積状況から判断して、今後に残された研究課題を整理する。

そのため本稿では、教育の持つ多面的な性格を考慮し、「人的資本論と教育の収益率」「労働市場から見た教育」「教育成果の要因分析」「教育の産業分析」「教育需要の決定要因」「教育と社会階層」という6つのテーマに先行研究を分類し、それらの分析目的や手法、結論や政策的含意を比較する。

3.結果

日本における教育をめぐる実証分析を見ると、次のような特徴が指摘できる。まず、人的資本論の発想に基づいた、教育の収益性をめぐる分析は比較的豊富であると言える。しかし、教育需要の決定要因に関する分析を見ると、親の所得や学歴など家族属性のほうが教育需要を大きく左右しており、人的資本論的な考え方との整合性が問題となっている。労働経済学の分野でも、学歴が就職後の賃金や昇進にどのような影響を及ぼすかという分析がさかんに進められているが、人的資本論の妥当性をめぐっては見方が分かれている。

一方、教育の供給サイドをめぐる分析を見ると、大学教育の生産性や経営効率に関する研究が試みられている一方で、学級規模が子どもの学力にどのように影響を及ぼすかといった、教育成果に関する実証分析はむしろこれからという印象を受ける。塾など補習教育の効果についても、実証研究はほとんど進んでいない。

なお、教育社会学の分野では、教育需要や教育達成に階層性が目立ち始めていることを指摘する実証分析が最近多くなっている。経済学の分野でも、教育を通じた所得格差の親子間継承の可能性を示唆する分析が見られ、今後の研究が期待されるところである。

4.むすび-残された課題

教育の実証研究をめぐる以上のサーベイより、次の4つが今後解決すべき課題として指摘できる。第1に、教育成果に関する実証分析が米国等と比べてかなり不足しており、教育の履歴情報を含む長期的なパネル・データの整備が求められる。第2に、学校教育において市町村レベルにおける自由度がある程度認められるようになっており、教育成果に関するクロス・セクション・データに基づく分析を進める余地が広がっている。第3に、国立大学の独立行政法人化等を背景に、教育の産業組織論的あるいは経営学的分析が今後の蓄積が期待される。第4に、教育と社会階層や所得格差の関連など、経済学と教育社会学による共同研究の成果が期待されるテーマが存在する。

教育をめぐるこれまでの議論は、具体的なデータに基づかない抽象的なものが多かった。教育に関するデータを整備することによって実証分析を進め、教育行政の成果を検証可能なものとするとともに、望ましい教育のあり方をめぐる議論についても具体的な根拠に基づくものにしていく必要がある。

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全文の構成

  1. 1ページ
    要旨
  2. 2ページ
    1.本稿の目的
  3. 4ページ
    2.人的資本論と教育の収益率
  4. 7ページ
    3.労働市場から見た教育
  5. 12ページ
    4.教育成果の要因分析
  6. 17ページ
    5.教育の産業分析
  7. 20ページ
    6.教育需要の決定要因
  8. 24ページ
    7.教育と社会階層
  9. 27ページ
    8.残された課題
  10. 28ページ
    参考文献
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