ESRI Discussion Paper Series No.81
経皮的冠動脈形成術(PTCA)実施後の急性心筋梗塞疾患患者
に対する治療選択と治療成績の定量的検証:
「ESRI・急性心筋梗塞患者データ2003」による実証分析結果

2003年12月
野口晴子
(東洋英和女学院大学)
清水谷
(内閣府経済社会総合研究所)
茅野真男
(国立病院東京医療センター循環器科)

要旨

1.趣旨及び背景

医療技術の高度化や人口の高齢化がもたらす著しい医療支出の高騰に直面し、医療サービスの質を確保しながら、医療コストを抑制していくことは目下喫緊の課題である。そのためには、それぞれの治療が実際にどれだけの成果をあげているかについて実証的な裏づけが不可欠である。

ところが、日本ではそもそも治療選択と治療成績についての実証研究が著しく不足している。さらに、日本では医療技術が医療機関によってかなり異なり、医療技術の標準化が著しく遅れているとされている。

本論文では、日本でも急速に増加している急性心筋梗塞患者に対するPTCA(経皮的冠動脈形成術 Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty)を取り上げ、医療機関によって薬物医療選択にどの程度のばらつきがあるのか、それが治療成績にどの程度反映しているかを、定量的に検証する。

2.分析手法

本論文で用いるミクロデータは「ESRI・急性心筋梗塞患者データ2003」である(詳細については、本ディスカッションペーパーシリーズNo.58「急性心筋梗塞疾患患者へのPTCA施行を用いた医療評価の方法とプロセスの研究(「ESRI・急性心筋梗塞患者データ2003」利用マニュアル)」を参照)。

本論文では、医療機関の間における薬物治療選択と治療成績の間の関係を検証するために、McClellan and Staiger (1999、2000)が用いたGMM法(General Method of Moment)を活用する。

3.分析内容と主な結果

実証分析の結果、得られた主な結果は以下のとおりである。

  • (1)本データに含まれる50施設は高度にハイテク化された大病院であり、規模や機材、人材など構造指標の面で施設間の分散が小さく同質性が高い。しかし、実際には、治療選択のパターンや患者の治療結果が医療施設間で明らかに異なる。たとえば、入退院時におけるある特定の薬物治療に積極的な医療施設は他の薬物治療についても積極的である。また、年間のPTCA実施回数が多い施設ほど薬物治療に対しては消極的な傾向にある。さらに、患者の死亡率については、時間経過とともに医療施設間の格差が拡大する傾向にある。
  • (2)しかし同時に、こうした医療施設間の治療選択のばらつきは、PTCA実施時のステント使用が若干平均入院日数を短縮する傾向にあったものの、死亡率や入院費用については統計学的に有意な結果はほとんど観察されない。

4.今後の課題

医療施設間における医療サービスの「質」の格差を縮小し、効率的な医療供給体制を確立するためには、医療サービスの標準化やEBMに対する社会的コンセンサスが不可欠である。本論文で用いたデータセットは、比較的同質で規模の大きい医療機関から得られたものであるにもかかわらず、治療選択が多様であることがわかった。

今後、更にデータ収集を行うことによって、規模、技術水準、人材などの点で多様な医療施設を対象に分析を行った場合、米国よりも大きな医療サービスの「質」の格差が観察されることは容易に予想できる。これは、おそらく日米両国における医療サービスの標準化やEBM(evidence based medicine)の、社会に対する浸透の度合いの違いが影響している。しかし、その一方で、個々の患者の状態やニーズを無視した形で、医療サービスのガイドライン化が急速にかつ無批判に進むことはかえって医療サービスの質の低下につながりかねない。

したがって、医療サービスの標準化と個々の患者のニーズとのバランスをとりながら、公正なリスク調整が可能となる統計学的手法の確立と検証が十分に有効性を持ちうるようなデータ集積を行う必要があろう。

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経皮的冠動脈形成術(PTCA)実施後の急性心筋梗塞疾患患者に対する治療選択と治療成績の定量的検証:「ESRI・急性心筋梗塞患者データ2003」による実証分析結果別ウィンドウで開きます。(PDF形式 162 KB)

全文の構成

  1. 3ページ
    1.研究の目的
    1. 3ページ
      1-1 医療評価の実証研究の必要性
    2. 3ページ
      1-2 本論文の目的
    3. 3ページ
      1-3 急性心筋梗塞疾患患者に対するPTCAを取り上げ3つの理由
    4. 4ページ
      1-4 本論文の構成
  2. 5ページ
    2.医療評価に関する先行研究
    1. 5ページ
      2-1 医療評価の3つの指標
    2. 5ページ
      2-2 セレクション・バイアスの調整
    3. 6ページ
      2-3 セレクション・バイアスを調整する先行研究-propensity-score法
    4. 6ページ
      2-4 セレクション・バイアスを調整する先行研究-IV法
    5. 7ページ
      2-5 CCPデータによるリスク調整
    6. 8ページ
      2-6 CMMによる推定法
  3. 9ページ
    3.データ
    1. 9ページ
      3-1 「ESRI・急性心筋梗塞患者データ2003」(「融合データ」)の概要
    2. 9ページ
      3-2 生存期間分析による入院後1年以内の死亡率予測
    3. 10ページ
      3-3 生存関数とハザード関数の定式化
    4. 11ページ
      3-4 生存期間分析の推計結果
    5. 11ページ
      3-5 GMM法の有効性
  4. 12ページ
    4.GMMによる推定
    1. 12ページ
      4-1 GMMによる推定法の定式化
    2. 12ページ
      4-2 GMMによる推定方法
    3. 13ページ
      4-3 GMM推定のための基本統計量
  5. 14ページ
    5.GMM法による分析結果
    1. 14ページ
      5-1 経過指標における医療施設間の分散
    2. 15ページ
      5-2 効果指標における医療施設間の分散
    3. 15ページ
      5-3 構造指標が経過指標及び効果指標に与える影響
  6. 16ページ
    6.結論
  7. 17ページ
    参考文献
  8. 図表
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