ESRI Discussion Paper Series No.82
「東アジアの相互依存と通貨制度
~通貨危機後の東アジア経済圏における為替政策の波及効果~

2003年12月
  • 大野 早苗(高千穂大学助教授)
  • 福田 慎一(東京大学経済学研究科教授)

要旨

1.背景

1997年に発生したアジア通貨危機の原因の一つとして、東アジア諸国が米ドルに実質的にペッグした為替制度を採用していたことが指摘されている。東アジア諸国では、域内貿易比率の上昇等に象徴されるように域内における経済面での相互依存関係が高まっている一方で、貿易、直接投資、経済協力、金融取引等の各方面で、日本、米国、欧州とも緊密な関連を有している。このため、東アジアにおける為替制度のあり方については、円、ドル、ユーロによる通貨バスケット制度の有用性が各方面から提案されている。また、長期的には、各国が共通通貨バスケットに合意し、地域通貨単位を導入してユーロのような共通通貨協定を発展させることが期待されている。

2.目的

東アジア諸国の大勢は、通貨危機以前に比べるとより弾力的な為替相場制度に向かう傾向にある。しかし、危機後に変動相場制へ移行した国々でも、為替レートが米ドルや日本円とどのように連動してきたかは、時期によってかなり異なる。実際、簡単な回帰分析を行ってみると、危機直後は米ドルよりもむしろ日本円と強い相関があったこれらの国々の通貨が、99年になって危機以前のように米ドルと再び非常に強い相関を持ち始めていることが指摘されている。本稿の目的は、危機後に変動相場制へと移行した東アジア諸国の為替レートが、その後いかなる原因によって米ドルや日本円との連動性を変化させていったのかを、intra-daily dataというきわめて頻度の大きいデータを使うことによって検討することである。intra-dailyデータは、時々刻々と入ってくるニュースに対する為替レートの反応をより正確に捉えることができるというメリットがある。特に、各為替レートがどの時間帯にどのような反応をしているかをみることによって、各国の時差が為替レートの決定にどのような影響を与えてきたかを検証することができる。分析の対象とした国は、マレーシア、シンガポール、タイ、韓国、および台湾である。分析では、東アジア各国の為替レートと主要国通貨との連動性が、マレーシアを例外とすれば大きな通貨制度の変更を伴うこともなく、なぜ通貨危機後の非常に短期間に大きく変化したのかを分析する。

3.結果

分析の結果、1998年9月のマレーシアの固定相場制への移行と、2000年初めのインフレーション・ターゲットを導入が、東アジア諸国の為替レートと米ドルや日本円との連動性に大きな構造変化をもたらしたこと、またその構造変化は時間帯によって大きく異なることが明らかにされる。これらは、intra-daily dataというきわめて頻度の大きいデータを使うことによってはじめて明確となった結果である。これらの結果は、東アジア諸国間の経済的結びつきが各国の為替レートの決定メカニズムに波及効果をもたらすことを示しており、通貨制度の変更が特定の国でのみ行われた場合でも、それが東アジア経済全体の為替レートの決定メカニズムを大きく変える可能性があることを示していると同時に、アジア通貨危機以降、一旦は米ドルに対する変動を許容するようになった東アジア通貨の多くが、なぜ再び米ドルとの相関を強めるようになったのかについて示唆を与えるものといえる。

4.むすび

東アジア経済地域は、域内における密接な経済相互依存関係という特徴をもつが故に、域内のある国が為替政策を変更すると、当該国のみならず周辺諸国の実効為替レートも不安定化する傾向がある。こうした中にあって、東アジアにおける為替相場の安定を確保し、域内経済の安定的発展を図るためには、日本および東アジア諸国による域内協力の強化を図っていくことが不可欠であるものと考えられる。東アジア経済圏は、経済規模という点では今日世界経済で大きなウエイトを占めているが、経済圏における通貨制度という点では確固とした未来像が描かれていないのが現状である。米ドルの他に日本円や欧州ユーロなどを含めた通貨バスケットへのペッグ制を構築するなど東アジア独自の通貨制度を模索し、東アジア経済圏の安定を図っていくことは中長期的な課題としてきわめて意義が大きいと考えられる。

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  2. 1ページ
    要旨
  3. 2ページ
    1.はじめに
  4. 5ページ
    2.東アジア諸国の為替レート:概観
  5. 6ページ
    3.通貨危機後の構造変化:いくつかの可能性
    1. 7ページ
      (1)マレーシアの通貨制度
    2. 8ページ
      (2)インフレーション・ターゲッティング
  6. 10ページ
    4.推計式とデータ
  7. 11ページ
    5.期間分割による推計結果
    1. 11ページ
      (1)通貨危機以前(1997年1月7日~1997年6月15日)
    2. 13ページ
      (2)危機以降からマレーシアの固定相場制導入まで(1998年2月1日~1998年8月31日)
    3. 14ページ
      (3)マレーシアの固定相場制導入以降からインフレ・ターゲティング導入の時期まで(1998 年 9月 1日~1999 年 12月 29日)
    4. 15ページ
      (4)インフレーション・ターゲティング導入以降(2000 年 1月 4日~2002 年 9月 5日)
  8. 16ページ
    6.構造変化テスト
    1. 16ページ
      6-1.期間分割による構造変化テスト
      1. 17ページ
        (a)通貨危機以前と以後
      2. 18ページ
        (b)マレーシアの固定相場制導入以前と以後
      3. 18ページ
        (c)インフレ目標導入以前と以後
  9. 20ページ
    7.為替レートのボラティリティー
    1. 21ページ
      (1)為替レート水準のボラティリティー
    2. 21ページ
      (2)為替レート変化率のボラティリティー
    3. 22ページ
      (3)結果の解釈
  10. 22ページ
    8.東アジア通貨との連動性を説明するその他の仮説について
  11. 23ページ
    9.おわりに
  12. 25ページ
    参考文献
  13. 27ページ
    (補論 A) ローリング推定
  14. 28ページ
    (補論 B) 円ドル為替レートが東アジア通貨と米ドル・日本円との連動性に与える影響
  15. <1>-表、図、グラフ、付表
  16. <2>-表、図、グラフ、付表別ウィンドウで開きます。(PDF形式 313 KB)
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