ESRI Discussion Paper Series No.90
日本における賃金・物価の決定メカニズムとデフレの考察

2004年3月
  • 牛嶋 俊一郎(内閣府経済社会総合研究所次長)

要旨

1.問題意識

これまでのわが国のデフレ論議においては、賃金の役割について議論されることが少なかったが、中間投入の過程を統合し経済全体で見た場合、賃金は物価の最大の構成要素であり、その動向は物価の動向と密接な関連をもっている。特に、わが国の企業における賃金改定の大半は、いわゆる「春闘」に代表される労使間の交渉等を通じて前年度末から当該年度初めにかけて決定されているが、このことはわが国における賃金決定のみならず、物価の決定においても重要な意味合いを持っている。本稿のねらいは、第1に、春先に賃金の大勢が決定されるという賃金決定の特徴が、賃金・物価の決定メカニズムにどのような影響を与えているかかを明らかにすること、第2に、その分析を通じてわが国のデフレの原因を明らかにし、今後の展望を行うことである。春闘というわが国の慣行、及び、賃金と物価の連動性を認識した上で賃金決定に焦点を当てて分析することにより、従来のフィリップスカーブによる分析では十分に捉えられなかった物価決定のメカニズムが明らかになると考えた。

2.分析手法

日本の特徴を反映した賃金交渉モデルに基づいて賃金決定式を導出した上で、最小二乗法(OLS)を用いて推計した。さらに、賃金決定との整合性の確保、輸入物価の影響の適切な把握を念頭において消費者物価決定式を導出し、同じく最小二乗法(OLS)を用いて推計した。

3.分析結果の主要なポイント

結果として、非常にパフォーマンスの高い賃金、物価の決定式が推計され、当該年度の賃金伸び率は非常に高い精度で、前年度の失業率や一人当たり付加価値伸び率等の当該年度の初めまでに利用可能なデータによって予測できることが示されるとともに、消費者物価の動きは賃金の動きと非常に強く連動していることが示された。このことから日本では、(イ)前年度末から当該年度はじめまでの状況に応じて当該年度の名目賃金の大勢が決定され、(ロ)コストプラス型の物価決定方式によって当該年度の物価の大勢も決定されるという単純化された図式がかなり当てはまることが確認された。さらに、推計された賃金、物価の決定式に基づいて、1)デフレの基本的な原因はバブル崩壊後の長期にわたる需要低迷であること、2)1998年の金融危機がディスインフレからデフレへの転化の直接的な引き金になった可能性があること、3)1999年から2001年にかけての円高に伴う輸入物価の低下がデフレの定着に大きな役割を果たしたと見られることが示された。

4.むすび

本稿の分析結果に基づけば、賃金上昇率に対しマイナスの影響を与えない失業率のレベルは4.8%と推計され、本稿を書き上げた2004年2月現在の時点で、失業率はそのレベルにあと一歩のところまで低下してきている。一人当たり付加価値伸び率等その他の賃金決定要因の動きを勘案すると賃金が消費者物価の下落を止めるに十分なだけの上昇を示すようになるまでにそれほど時間を要しないということも考えられる。その意味でデフレ克服の展望は整いつつあると判断される。しかしながら、消費者物価の上昇率が一時的にプラスに転じたとしても、賃金が持続的に上昇する条件が整わない限り、景気の流れいかんでは再び消費者物価がマイナスに転じる可能性が高い。デフレからの脱却を確実なものとするためには、金融政策は賃金上昇率が持続的にある水準以上を保つようになるまで緩和スタンスを続けるべきであると考える。

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全文の構成

  1. 2ページ
    要旨
  2. 〔要約〕
  3. 4ページ
    (はじめに)
  4. 6ページ
    I.日本における賃金決定のメカニズムと賃金決定式の推計
    1. 6ページ
      1. 賃金交渉モデルに基づく賃金決定式の定式化
      1. 6ページ
        (1)賃金交渉モデル
      2. 7ページ
        (2)賃金交渉モデルの均衡解としての賃金決定式
      3. 7ページ
        (3)参照賃金の伸び率について
    2. 8ページ
      2.賃金決定式の推計
      1. 8ページ
        (1)推計に用いた賃金決定式
      2. 8ページ
        (2)賃金決定式の推計とその結果
  5. 13ページ
    II.賃金決定式と整合的な消費者物価決定式の推計
    1. 13ページ
      1. 消費者物価の基本的な決定式
    2. 13ページ
      2.消費者物価決定式の推計
      1. 13ページ
        (1)実際の推計に用いた消費者物価の決定式
      2. 14ページ
        (2)推計結果
  6. 15ページ
    III.日本におけるデフレの原因と展望
    1. 15ページ
      1. 消費者物価と賃金(所定内給与)の変動要因分析
      1. 15ページ
        (1) 消費者物価と賃金は非常に強く連動
      2. 16ページ
        (2) バブル崩壊後の賃金上昇率低下の要因:バブル崩壊後の長期需要低迷がその主因
    2. 17ページ
      2. 日本をデフレに陥れた要因
    3. 18ページ
      3. これからのデフレ克服の展望について
  7. 〔本論〕
  8. 21ページ
    (はじめに)
  9. 24ページ
    I.日本における賃金決定のメカニズムと賃金決定式の推計
    1. 24ページ
      2. 賃金交渉モデルに基づく賃金決定式の定式化
      1. 24ページ
        (1) 供給関数、需要関数および企業の価格決定式
      2. 26ページ
        (2) 賃金交渉モデル
      3. 27ページ
        (3) 個別企業の賃金決定式:賃金交渉モデルの均衡解とその伸び率での表現
      4. 28ページ
        (4) 産業全体および経済全体の賃金決定式
      5. 31ページ
        (5)賃金決定式の係数の大きさに関する事前の検討
    2. 33ページ
      2.賃金決定式の推計
      1. 33ページ
        (1)説明変数の具体化と期待形成等に関する考え方
      2. 35ページ
        (2)賃金決定式の推計とその結果
  10. 45ページ
    II.賃金決定式と整合的な消費者物価決定式の推計
    1. 45ページ
      2. 消費者物価決定の基本モデル
      1. 45ページ
        (1)独占的競争企業の価格決定式計
      2. 46ページ
        (2)競争的市場における価格決定式
      3. 52ページ
        (2)消費者物価決定式の推計
  11. 55ページ
    III.日本におけるデフレの原因と展望
    1. 55ページ
      4. 消費者物価と賃金(所定内給与)の変動要因分析
      1. 55ページ
        (1) 消費者物価と賃金は非常に強く連動
      2. 57ページ
        (2) バブル崩壊後の賃金上昇率低下の要因:バブル崩壊後の長期需要低迷がその主因
    2. 58ページ
      5. 日本をデフレに陥れた要因
    3. 59ページ
      6. これからのデフレ克服の展望について
  12. 63ページ
    参考文献
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)