ESRI Discussion Paper Series No.113
累進所得税の社会的限界費用-個票データを用いた試算-

2004年8月
  • 林 正義(財務省財務総合政策研究所)
  • 別所 俊一郎(財務省財務総合政策研究所)

要旨

1.問題意識

価格弾力的な課税標準に対する課税は、経済主体の行動に歪みをもたらし、厚生損失を発生させる。このような税で政府支出がファイナンスされている限り、担税者は名目的な税額に加えて厚生損失に相当する費用を負担することになる。歪みをもたらす税収が1単位増加することによる実効費用の追加的変化を「公的資金の限界費用(MCPF:Marginal Cost of Public Funds)」、あるいは、累進所得税を想定した場合にはとくに「公的資金の社会的限界費用(SMCF:Social Marginal Cost of public Funds)」と呼ぶ。MCPF・SMCFは費用便益分析や税制改革の指針に有用な情報をもたらすにもかかわらず、日本においての研究の蓄積は多くなく、SMCF推計のもととなるべき労働供給関数の推定結果すら入手が難しい。

2.分析手法

本稿では「就業構造基本調査」における個票データを用いて働き盛り男子の労働供給関数の推定から作業を行い、その推定結果を用いてSMCFの計測を行う。働き盛り男子に評価対象が限られるにしても、個票データに依拠したパラメータを用いて個人単位で分配ウエイトを算出することが可能となる。また、このように個票データを用いることによって、SMCFの算定において現実の累進課税構造を十分に反映することができる。

3.分析結果の主要なポイント

労働供給関数の推定にあたっては、piecewise linearな予算制約を明示的に考慮したHausman流のstructural estimationを行った。労働供給の賃金に対する補償弾力性は平均で0.104、所得効果は平均で-0.08、労働供給の賃金に対する非補償弾力性は平均で0.018となった。この推定値を用いて地域別にSMCFを試算したところ、東京のSMCFを1に基準化した場合、いずれの道府県のSMCFは1以上を示し、累進度を維持したまま税収を限界的に増加させるときの社会厚生コストは東京都が最も低く、鳥取・佐賀・宮崎・沖縄・青森・岩手といった県のSMCFが相対的に高くなった。また、所得階層別にSMCFを計算したところ、ベンサム型の社会厚生関数を想定した場合、税引前所得が700~800万円のブラケットの税率を引き上げることによる課税の限界費用が最も高いとの結果を得た。

4.むすび

これらの推計結果から、以下のようなインプリケーションを引き出すことができよう。第1に、地域差別的に追加的に税収を上げる場合には東京都から徴収するのが社会的に望ましく、そのような課税が困難であれば東京の地方所得税を増加させ、そこからの税収を他の地域へ移転することが望ましい。第2に、ナッシュ型以上に不平等回避を重く見る社会厚生関数を想定するならば、中所得者層への限界税率引き上げとこれに伴う高所得者層の税負担の引き上げが、低所得者層への限界税率の引き上げよりも望ましい。本稿の分析は多量の個票データを用いたものではあるが、労働供給関数の推定結果と整合的にSMCFを算出するためにサンプルを片働きの働き盛りの男子に限定している。また、各世帯の限界効用についての想定に対して推計結果がどれほど頑健であるかについても確認を行っていない。これらの点についての研究は今後の課題である。

Key words: social marginal cost of public funds, piece-meal tax reform, distributional weights

JEL Classification: D31, D61, D63, H21, H31, J22.

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全文の構成

  1. 概要
  2. 1ページ
    1 はじめに
  3. 3ページ
    2 SMCFの導出
    1. 3ページ
      2.1 モデル
    2. 5ページ
      2.2 税率変化のパターンとSMCF
      1. 5ページ
        2.2.1 単一ブラケット内の税率変化
      2. 6ページ
        2.2.2 累進度を維持する税率変化
  4. 8ページ
    3 特定化
    1. 8ページ
      3.1 労働供給関数: 弾力性と所得効果
    2. 9ページ
      3.2 分配ウエイト
    3. 10ページ
      3.3 キンクポイントにある個人に関する算定
  5. 11ページ
    4 算定
    1. 11ページ
      4.1 累進維持的なSMCF
    2. 11ページ
      4.2 地域別のSMCF
    3. 12ページ
      4.3 単一所得ブラケットごとの税率変更によるSMCF
    4. 14ページ
      4.4 線型所得税体系におけるSMCFとの比較
  6. 14ページ
    5 結語
  7. 15ページ
    補論:労働供給関数の推定
    1. 16ページ
      推定方法
    2. 21ページ
      データとサンプルセレクション
    3. 22ページ
      推定結果
  8. 23ページ
    参考文献
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