ESRI Discussion Paper Series No.115
展望:日本のTFP上昇率は1990年代においてどれだけ低下したか

2004年8月
  • 乾 友彦(日本大学経済学部)
  • 権 赫旭(一橋大学経済研究所)

要旨

1.問題設定、趣旨

日本経済の実質GDP成長率は、1970年代、1980年代において年率平均にして4%弱であったのが、1990年代に1%台に低下したが、このような経済成長の低下は全要素生産性(TFP)上昇率の低下にその一因があるものと考えられる。

そこで本論文では、最近の研究の結果から1990年代の日本経済成長の低迷にTFP上昇率の低下が寄与した程度について明らかにするとともに、TFP計測おけるデータ作成と新古典派的な仮定によって発生する問題を整理することにより、成長会計に基づいた生産性分析の限界と今後の研究の方向性を検討する。

2.手法

1990年代における日本のTFPを計測した論文をサーベイし、各論文におけるTFP計測の方法を比較しながら概観し、1990年代において日本のTFP上昇率低下の程度を議論する。続いて、ソローの先駆的な貢献以来TFPに関する多くの研究が行われているにもかかわらず、TFP計測の基本的な問題についてさえ統一的な意見が見られてないことからTFP計測におけるアウトプット(グロス・アウトプットか、付加価値か、デフレーターの計測方法等)やインプットの扱い(労働の質、稼働率の調整、中間投入や土地等)といった問題に関して最近の研究を中心に展望する。

また、新古典派的な想定に基づいた分析方法の適切性を検討するために、日本産業生産性(JIP )データベースを用い、実際に不完全競争と規模の経済の程度を推計した。

3.結果

1990年代のTFP上昇率を計算している論文を比較した結果、JIPデータベースに基づく研究が、労働や資本の質の変化に関して十分な注意を払われ作成されていることから、現時点では最も正確な1990年代におけるTFP上昇率を推計されているものと考えられる。JIPデータベースを使用した研究例であるFukao、Inui、Kawai and Miyagawa(2003)では、1990年代におけるTFP上昇率の低下幅は小さい。業種別にみると製造業においてTFP成長率は低下し、非製造業においてはむしろTFP成長率は上昇している。これは1990年代の経済成長の低迷の主要因をTFP成長率の低下、非製造業の生産性の低迷とするHayashi and Prescott(2002)、内閣府(2001、2002)等の見解とは大きく異なる。

Hall (1988) やRoeger(1995)の方法に従って産業別にマークアップ率及び規模の経済性を推計した結果、多くの産業においてマークアップ率が1より大きく、また規模の経済性が認められた。そこでマークアップ率の影響を無視し、生産物市場の完全競争を仮定したTFP成長率推計にはバイアスが生じる。加えてマークアップの問題を考慮に入れたとしても、TFP成長率には規模の経済の影響が残ることから、規模の経済がないときに想定されるようなTFP成長率と技術進歩率は一致しない。

そこでマークアップ率の影響や、規模の経済の影響を取り除いたTFP上昇率(技術進歩率)をJIPデータベースを使用して計算した結果、Fukao、Inui、Kawai and Miyagawa(2003)での結果同様1990年代にいおけるTFP上昇率の低下幅は小さく、また製造業でのTFP上昇率の低下幅が非製造業に比して大きいことがわかった。さらに、規模の経済を考慮にいれれば、1990年代のTFP上昇率はむしろ1980年代に比して上昇していたとする結果が得られた。

4.おわりに

TFP上昇率を計測する際は、その計測の基礎となるデータに十分な注意を払う必要がある。すなわち、資本の質、労働の質等の変化を考慮に入れず推計されたTFP上昇率の推計にはバイアスが生じる。ただ比較研究を実施する際に、既存研究の多くはどのように資本の質、労働の質に関して推計されたかが必ずしも明らかでなく、今後はこれらのデータが公開されることが望まれる。

また我々の研究あるいは日本の既存研究では規模の経済があることが指摘されていることから、規模の経済を考慮に入れていないTFP上昇率の研究はバイアスが生じている可能性が高く、今後当該問題に関する研究の一層の蓄積が望まれる。

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全文の構成

  1. 1ページ
    (要旨)
  2. 1ページ
    1. はじめに
  3. 1ページ
    2. 日本経済の1990 年代におけるTFP に関する既存研究
    1. 2ページ
      2.1. マクロのTFP 上昇率の比較
    2. 3ページ
      2.2. 産業別TFP 上昇率の比較
  4. 4ページ
    3. アウトプットの計測
    1. 5ページ
      3.1. アウトプット指標としてグロス・アウトプットと付加価値
    2. 6ページ
      3.2. 付加価値額の範囲
    3. 6ページ
      3.3. デフレータの問題とサービス産業におけるアウトプットの定義
  5. 8ページ
    4. インプットの計測
    1. 8ページ
      4.1. 資本の質の評価
    2. 9ページ
      4.2. 資本の範囲
    3. 10ページ
      4.3. 資本のコストシェア
    4. 10ページ
      4.4. 資本の稼働率の問題
    5. 11ページ
      4.5. 労働投入量の把握および質の評価
    6. 11ページ
      4.6. 労働保蔵の問題
    7. 12ページ
      4.7. 労働のコストシェア
  6. 12ページ
    5. 不完全競争とTFP
    1. 12ページ
      5.1. マークアップ率の測定方法について
      1. 12ページ
        5.1.1. Hall の測定方法
      2. 14ページ
        5.1.2. Roeger の測定方法
    2. 14ページ
      5.2. マークアップ率の測定結果
    3. 15ページ
      5.3. 既存研究との比較
  7. 16ページ
    6. 規模の経済とTFP
    1. 17ページ
      6.1. 規模に関する弾力性の測定方法について
    2. 18ページ
      6.1. 規模に関する弾力性の測定結果
    3. 18ページ
      6.3. 既存研究との比較
  8. 19ページ
    7. 結論
  9. 21ページ
    参考文献
  10. 図表
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)