ESRI Discussion Paper Series No.122
短期日本経済マクロ計量モデル(2004年版)の構造と乗数分析

2004年11月
村田啓子
(経済社会総合研究所上席主任研究官)
斎藤達夫
(経済社会総合研究所研究官)

要旨

1.開発の経緯とコンセプト

内閣府・経済社会総合研究所(旧経済企画庁・経済研究所)では、90年代以降の日本経済から推測される構造変化と最新データに基づくモデルへの要請とに鑑み、随時の改訂が可能な「短期日本経済マクロ計量モデル」を1998年に公表した(堀・鈴木・萱園[1998])。開発のコンセプトは公開性及び機動性の高いコンパクト・モデルである。

その後2001年10月には、「短期日本経済マクロ計量モデル(2001年暫定版)」(堀・田邉・山根・井原[2001])、2003年11月には、「短期日本経済マクロ計量モデル(2003年版)の構造と乗数分析」(堀・青木[2003])を、それぞれ改訂状況として報告している。本資料は、更に改訂を重ねた2004年10月段階のモデルの状況を紹介するものである。本資料の性質より、記述は2001年版、2003年版の形式を基本的に引き継いだ形となっている。我々はこのような形でモデルを随時公開し、また外部情報の変化にも柔軟に対応することで、透明性と機動性を確保し、今後とも、マクロ経済政策に関する議論の素材を提供していきたいと考えている。

2.モデルの基本構造

「短期日本経済マクロ計量モデル」はその前身にあたる「EPA世界経済モデル」における日本経済モデルと同様、四半期ベースの推定パラメータ型計量モデルである。ただし、作業負担の軽減、モデルの機動性確保等の観点から必要以上の複雑化は避け、操作性の高いコンパクトなモデル(方程式総数147本、うち推定式46本)を志向している。推定期間は原則として1985年から直近時点(データの入手可能性により、2002ないし2003年)であり、2003年版と比較して1年程度の更新となった。また、今年4月に93SNAのフロー系列について、分配面を含め1980年までの遡及データが公表されたため、データベースの改訂・更新を行った。

3.シミュレーション結果(概要)

主要乗数シミュレーションの結果は概略以下の通りである(本資料末尾の参考表も参照のこと)。いずれの結果についても、モデルの内挿期間である2000年からの3年間を対象としているが、「短期」分析を意図したモデルの性格上、2年目以降の数字は参考程度に解されたい。

  • 1) 財政支出の拡大
     公共投資乗数(実質ベース)は、1年目1.13%となっている(2年目1.11%、3年目0.91%)。前回公表時(堀・青木[2003])と比べて大きな変化はない。但し、乗数の大きさは金融政策のスタンス如何にも依存しており、例えば、貨幣供給量一定の下で同様の財政拡大を行っても乗数はより小さくなる一方、金利一定の下で行えば、乗数は持続的に1を上回る。
  • 2) 所得減税
     名目GDP1%相当の個人所得税減税(継続減税)は実質GDPを拡大させる(ピークは2年目の0.63%程度)が、その効果は後に緩やかに減衰する。減税乗数は公共投資乗数に比べ小さいことから、税収減が景気拡大を通じた増収で相殺される程度は小さく、財政赤字は減税規模の80%程度増加する。
  • 3) 金融政策
     短期金利の1%引上げによる実質GDP抑制効果は、1年目に0.26%、2年目0.44%となる。この背景には、金利上昇による設備投資、住宅投資の抑制、円高などが影響している。
  • 4) 外生的ショック
     外部環境の変化にかかるシミュレーションとしてa)為替減価10%、b)燃料価格上昇20%、c)世界需要増加1%影響をみる。為替減価の実質GDPへの1年目のインパクトは0.25%、2年目は0.35%となる。鉱物性燃料価格上昇の影響は小幅なマイナスである(1年目0.11%、2年目0.14%)。また世界需要が1%増加した場合の効果は漸進的に生じ、1年目のインパクトは0.09%、2年目のピークに0.15%となる。

4.モデルの応用事例:カウンターファクチュアルシミュレーション(概要)

政策や外的ショックが経済に及ぼした影響を評価するモデルの応用手法の一つとして、カウンターファクチュアルシミュレーション(counter factural simulation)がある。カウンターファクチュアルシミュレーションでは、通常、実際に起こった現実とは別の想定(政策や外的ショック)に基づくシミュレーションを行い、政策や外的ショックの効果を定量的に評価する。

本稿では、(1)2003年におけるイラク戦争開始後原油価格が1年間大幅に上昇していた場合、(2)2001年以降の公的固定資本形成の減額がなかった場合、に経済が現実の経路とどの程度異なる経路を辿ったかについて、中長期的な視点も含めて考察する。もとより本モデルは四半期データを用いた短期経済モデルであるが、ほとんどの構造方程式においては長期的な均衡関係を示す誤差修正項を導入していることから、中長期的な経路についての方向性について検討を行うことは一定の意義のあることと考えられよう。

なお、本作業は、一定の仮説的政策前提をおいて行ったシミュレーション分析であり、また、外挿期間に及ぶ部分については、標準ケースと異なる想定をおいたことにより取りうる代替経路の中長期的な方向についての含意を得ることが目的であり、予測を意図したものではないことに留意すべきである。

  • 1) 鉱物性燃料価格の高騰
     原油価格が一時的にかなり極端に高騰した場合、具体的には、2003年春のイラク戦争開戦後、すなわち、2003年第2四半期から鉱物性燃料輸入価格が50ドル/バレルに急騰し(実績値に比べ約1.8倍)、その後1年間その水準で推移した場合を想定してみた。
     結果は、鉱物性燃料輸入価格の上昇により、実質GDPは標準ケースに比べ減少し、その程度はピークで0.45%に及ぶ。2年後にはほぼ元の水準に戻る。輸入金額の増加によって、経常収支対GDP比は一時的に悪化する。物価は、消費支出デフレーターは1%程度上昇する。
  • 2) 公的固定資本形成(名目)据え置き
     公的固定資本形成(名目)は、1995年度をピークに減少を続けている。ここでは、第一次小泉政権発足後(2001年第2四半期以降)の公的固定資本形成(名目)の減額がなく横ばいであった場合を対象とし、下記の想定に基づくシミュレーションを行った。
標準ケースとカウンターファクチュアルケースのシミュレーション結果
標準ケース 公的固定資本形成(名目)の設定は、2004年第1四半期まで実績値、以後2010年度まで年率3%で減額。
カウンターファクチュアルケース 公的固定資本形成(名目)が2001年第1四半期の水準で以降横ばい。

公的固定資本形成(名目)が2001年第2四半期以降減額されず横ばいであった場合は、需要拡大効果から実質GDPは一時的に増加する。しかし、外挿期間においては標準ケースにおける公的固定資本形成(名目)の減少額が縮小することに加え、金利上昇を通じて設備投資が減少を続けることなどにより、増加幅は縮小に転じ、実質GDPへの追加的効果はマイナスとなる。

一般政府財政バランス対名目GDP比は赤字幅が拡大する。ただし、一般政府累積財政赤字対名目GDP比は、分母である名目GDPが増加することにより、当初は改善に向かう。しかし、やがて名目GDPの効果が減衰する一方、分子の一般政府累積財政赤字は増加していくことから、一定期間を過ぎると累積財政赤字対名目GDP比の改善は縮小し、やがて悪化に転ずる。

なお、公的固定資本形成は短期的に需要を創出して経済を下支えするだけでなく、投資により蓄積された社会資本のストックの効果を通して経済成長に寄与することが考えられるが、その効果の大きさについては、必ずしもコンセンサスが得られていない状況にあることなどから、ここでは考慮していない。

以上

(参考1)主要シミュレーションの概略表1
(参考1)主要シミュレーションの概略表2
(参考2)カウンターファクチュアルシミュレーション結果

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全文の構成

  1. 目次
  2. 1ページ
    第1章『短期日本経済マクロ計量モデル』の基本構造
    1. 1ページ
      第1節開発の経緯とモデルの基本構造
    2. 1ページ
      第2節推定作業上の特色
  3. 2ページ
    第2章モデルの動学的パフォーマンス
    1. 2ページ
      第1節主要乗数シミュレーションの結果
    2. 11ページ
      第2節モデル乗数の対称性
    3. 15ページ
      第3節モデルの応用例:カウンターファクチュアルシミュレーション
  4. 23ページ
    第3章残された課題
  5. 24ページ
    主要参考文献
  6. 25ページ
    研究所でこれまでに出された日本モデル関連刊行物
  7. 付属資料1 短期日本経済マクロ計量モデルの乗数詳細表
  8. 付属資料2 モデルのトラッキング能力
  9. 付属資料3 短期日本経済マクロ計量モデルの変数名一覧
  10. 付属資料4 短期日本経済マクロ計量モデルの方程式体系
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