ESRI Discussion Paper Series No.147
急性心筋梗塞疾患治療における供給者誘発需要:
TAMISデータによる検証

2005年6月
  • 野口 晴子(東洋英和女学院大学国際社会学部助教授)
  • 清水谷 諭(一橋大学経済研究所助教授)
  • 益田 雄一郎(名古屋大学大学院医学系研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学医員)

要旨

1.問題設定、趣旨

現在日本の医療費は巨額に上り、将来にわたっても増加することが見込まれている。そうした状況の下で、医療サービスのコストの適正化と質の向上の両立が求められている。そこで、内閣府経済社会総合研究所では、高度医療について、医療サービスのコスト解析と質に着目し、実証分析に基づいた制度設計のあり方等を研究するプロジェクトを推進してきた。

本研究では、供給者密度が医療費の高騰を招く一因となっている可能性に注目し、医療経済学の分野で「供給者誘発需要」と呼ばれる仮説の検証を行なう。たとえば市場競争の激化により供給者の所得が減少した場合あるいは膨大な医療投資の回収を急ぐといった場合、供給者(医者)は情報の非対称性を利用し、必要以上に医療サービスを過剰供給し、所得を補填するインセンティブが働く可能性がある。本稿では、特に急性心筋梗塞をとりあげ、他の先進国よりも日本で頻繁に施行されているPTCA(経皮的冠動脈形成術 Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty)といったハイテク治療と、ローテク治療である薬物治療の両者を比較し、高度医療における供給者需要誘発の存在の有無を検証した。

2.分析内容と主な結果

本稿では、医師主導による需要(供給者誘発需要)と患者主導による需要とを区別するため、両面から分析を行なう2段階モデル(two-phase model)を用いた。患者主導型の需要とは、たとえばある地域内の人口1人当たりの医師数や病床数が増加することにより、患者にとって医療サービスに対するアクセスコストが低下し、医療サービスに対する需要が増加するといった現象をさす。こうした患者主導型需要と区別するため、供給者密度と医療コストの関係を、受診確率と一人当たりの医療コストの2つに分解し、後者における供給者密度の効果に注目する。

実証分析に使用したデータは、米国の先行研究を踏まえ、病床数が多く高度医療が施行可能な、東海・中部地方にある14医療施設から収集された急性心筋梗塞症患者2,020人の患者単位のミクロデータである。このデータに、WAMNETに登録されている医療施設のデータから、各市町村レベルの医師数、病床数、医療施設数等の人口当たりの供給者密度を加えたものである。

患者属性、副疾患の有無や重症度等を調整すると、供給者密度は、医療費および患者が高度医療を受ける確率の両者に対し統計学的に有意な正の影響があり、高度医療サービスでも薬物治療でも、供給者誘発需要と患者主導による需要がともに観察された。しかし供給者誘発需要は高度医療で顕著にみられることがわかった。更に、市町村レベルでの推定でも同様の結果を得た。

3.今後の課題

今後、日本における高齢化の急速な進展に伴い、高度医療サービスに対する需要の増大と、その結果としての医療費の高騰が予測される。したがって、医療の質を損ねることなく、こうした医療サービス市場におけるモラルハザードを最小化するような医療政策のあり方を模索する必要があろう。

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急性心筋梗塞疾患治療における供給者誘発需要: TAMISデータによる検証(PDF形式 145 KB)

全文の構成

  1. 1ページ
    Abstract
  2. 2ページ
    1. Introduction
  3. 5ページ
    2. Previous Studies on PID
  4. 8ページ
    3. Data
  5. 11ページ
    4. Empirical Specification and Measurements
  6. 14ページ
    5. Empirical Results
  7. 17ページ
    6. Conclusions
  8. 18ページ
    References
  9. 23ページ
    Notes
  10. Tables
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