ESRI Discussion Paper Series No.153
高い成長率、乖離する購買力平価、大きな経済規模
(PPPレート換算の経済規模と高成長率は整合するか)

2005年7月
  • 広瀬 哲樹(内閣府 経済社会総合研究所 特別研究員)

要旨

1.問題設定

経済発展の初期には、国際競争に晒されて来なかったことや伝統部門の比重が高いことなどが主因となり、PPP(購買力平価)レートと市場為替レートが大幅に乖離することがある。この結果、国際的に比較可能な経済規模や一人当たり所得の把握が困難になる。PPPレートを用いて換算することで市場為替レートの持つ歪みが修正でき、観測されるGDPや一人当たりGDPの額を比較可能な経済規模と一人当たり所得に変換できる。それでは、対応した正確な成長率は、公表された成長率のままで良いかというと、必ずしもそういうわけではない。

2.手法

分析のため、簡単なモデルを作成し、主な結論を得た上で、利用可能な統計を用いて、影響度を試算する。まず、PPPレートで換算する操作により、一定の範囲で比較可能な経済規模や所得水準に変換できる*1ようになるものの、変換により経済内部門の比重が変更されることになり、その結果、成長率も必然的に変化することになる。PPPレートの換算には、これを反映した成長率*2が新たに必要となるわけである。特に、ある国の将来時点の経済規模を予測するにあたって、PPPレートで換算したGDPを出発点として、以降の成長率を最近の趨勢的成長率で想定する方法は、重大な問題を含んでおり、このような手法で何十年か先の経済規模を試算することは大きなバイアスを生む*3ことを明らかにする。

3.結果

PPPレートが市場為替レートと大きく乖離(過小評価)する場合、当該国の価格体系を国際価格体系(現実にはアメリカやEU等経済規模の大きな諸国の価格体系)と比較すると、国際競争に晒された貿易部門では相対的な乖離が小さく、非貿易部門では乖離が大きい。このため、PPPレートの換算においては貿易部門(製造業)で価格修正幅が相対的に小さく、非貿易部門(非製造業)で修正幅が大きい(第1節)。つまり、多くの途上国では、市場為替レートが非貿易部門で特に過小評価であるため、PPPレートの換算後、成長率の高い製造業のGDPに占めるシェアは縮小し、成長率の低い非製造業のシェアは高まることになる(第2節)。PPPレートと市場為替レートの乖離が大きく、国際価格対国内価格倍率(以下、内外価格倍率という)が1.0よりはるかに大きい中国やインドなどに、この分析が特に該当する。経済規模をPPPレートで換算し、新たにこれに整合的な成長率を推定すると、内外価格倍率が1.0より大きい諸国では一般的に成長率が大きく低下する。逆に言えば、PPPレートで換算したGDPを基礎に通常用いられる成長率を用いて将来の経済規模を試算すると過大となる。また、内外価格倍率が1.0と比べ小さい(国内価格の方が割高な)日本などでは、PPPレート換算することで成長率が高まることもある(第3節)。

4.終わりに

当論文が指摘する論点は、他分野の研究手法にも影響を与える。たとえば、経済発展の『収斂』仮説の検証に少なからず影響がある。『収斂』仮説は、(1)一人当たり所得水準が収斂する、(2)成長率が所得水準の上昇に伴って収斂するという二つがある。実証分析でこれを確認する場合、PPPレートを用いて換算した一人当たり所得を用いることが多い。しかしながら、この操作を行うことにより、暗黙の内に(成長率が所得水準の上昇に伴って収斂するという*4)帰無仮説を成立させ易くしている。さらに、これまでの繰り返しになるが、PPPレートで換算した経済規模を基に市場為替レートで計測された成長率を用いて何年後かの将来経済規模を推計する簡易手法では、市場為替レートがPPPレートより過小評価になっている場合、将来の経済規模を過大に推計してしまうとのインプリケーションがある(第4節)。

図2 米国、中国経済の将来展望(様々なイメージ)

  1.  PPPレートを用いて、各国間の比較を行う国際プロジェクト、ICP(International Comparison Project)がある。こうしたアプローチには理論的制約があり、投資財の存在や各国間の消費構造の相違等が指摘される。
  2.  通常利用可能な成長率は、市場為替レートで換算されたGDP等の経済規模と整合的なものであり、PPPレートで換算されたものとは相容れない。
  3.  例えば、中国の10年後の経済規模について、このような手法を用いたものに、J. Sachs(2003)やその根拠となったGoldman= Sachs(2003)の試算などがある。Goldman=Sachsでは単純なPPPレート換算後のGDPに準拠した将来展望ではないことには留意する必要がある。基本的に成長会計による成長率の展望を行った上で、為替レートの歪みを修正することにし、修正プロセスは長期間をかけて市場為替レートがPPPレートに収束することを加味している。しかし、為替レートの変化を取り入れることで、問題を取り込んでしまっている。
  4.  PPPレートで換算した所得水準と市場為替レートの成長率を用いた場合、所得水準も成長率も市場為替レートのものを用いた場合に比べ、成長率の分散はそのままであるのに対して、所得水準の分散は、低所得国ほど修正幅が大きい傾向を持つことによって、小さくなる。このため、所得水準の上昇によって成長率が収斂する傾向をより強く持つことになる。

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全文の構成

  1. 目次
  2. 要旨
  3. 1ページ
    はじめに
  4. 3ページ
    第1節価格変化、購買力平価による評価
    1. 3ページ
      (PPP レートの位置付け)
    2. 4ページ
      (定式化による分析)
  5. 6ページ
    第2節PPP レート換算と成長率への影響
    1. 6ページ
      (市場為替レート表示の成長率とPPP レート換算)
    2. 8ページ
      (PPP レート換算の影響-ケース別検討)
  6. 11ページ
    第3節分析のインプリケーションと中国、日本の成長率
    1. 11ページ
      (PPP レート換算で、中国の成長率は低下)
    2. 14ページ
      (PPP レート換算で、最近の日本の成長率は上昇することもある)
  7. 16ページ
    第4節購買力平価への換算と経済分析への影響
    1. 16ページ
      (各国間の、長期的経済規模の比較法)
    2. 16ページ
      (長期的な経済規模の変動要因)
    3. 18ページ
      (「収斂」分析への影響)
  8. 20ページ
    おわりに
  9. 21ページ
    参考文献
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