ESRI Discussion Paper Series No.161
男女間賃金格差縮小についてのバウンド推定

2006年5月
  • 川口 大司(一橋大学大学院経済学研究科助教授)
  • 内藤 久裕(筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授)

要旨

1.問題提起

この20年ほどでフルタイムで働く男女間の賃金格差は縮まった。1987年から2002年の変化を見てみると、おなじ学歴、おなじ職業経験年数、おなじ勤続年数を持つ男女の時間当たり賃金格差は34パーセントから26パーセントに、8パーセンテージポイント縮まった。

この男女間賃金格差の縮小は男女雇用機会均等法の影響や、人々の性別役割分業の意識の変化を意味するのであろうか。この問題に答えるのは実は容易ではない。なぜならば、この期間にかつてならばフルタイムで働いていなかった優秀な女性がフルタイムで働くようになるという変化が起こっている可能性があり、そうであるとするならば、本質的な男女間賃金格差の縮小が起こっていなくても、フルタイムで働く男女の賃金格差が縮小するという現象が観察されるからだ。仮に、1987年の時点では高い技能を持った女性は結婚して専業主婦になっていたとして、2002年の時点ではこの女性は働くようになっていたとしよう。すると、女性フルタイム労働者の構成が変わったということだけで、男女間の賃金格差が縮小するという現象が観察される。

15歳以上65歳未満の非就学者のフルタイム就業率を1987年と2002年で比較すると、男性のフルタイム就業率は64パーセントから61パーセントに低下し、女性のフルタイム就業率は27パーセントで一定である。しかしながら、この期間に女性の就業者の中身は大きく変化した。まず、フルタイム就業者の高学歴化が進み、また、高年齢化、長期勤続化がおこった。これらは高所得を得られるだろう高い技能を持った女性がフルタイム労働をする確率が高まったことを示唆する。

1987年から2002年にかけて観察される男女間の賃金格差の縮小は本当に賃金格差の縮小がおこったから観察されているものだろうか。あるいは単にフルタイム労働者の構成が変わったから観察されているものだろうか。この問いに答えるのがこの研究の目的である。

2.手法

この研究では、賃金格差の縮小の最大値と最小値を求めるという考えを用いて、上記の問題を解決する。これは1987年と2002年の男女の賃金の分布を考えるとき、性別、学歴、職業経験年数で定義されるグループの、それぞれのフルタイム就業率が仮に同じであったとすれば、最大でどれくらいの男女間賃金格差の縮小が起こったのか、最小でどのくらいの男女間賃金格差の縮小が起こったのかを推定しようとするものである。

手法をより具体的に説目するために一つの例を挙げよう。仮に1987年の時点における女性の就業率が30パーセントであったとして、2002年には40パーセントまで上昇したとしよう。そして男性の就業率は一定であったとしよう。1987年と2002年の女性の就業率を同じくするためには、2002年の女性就業をしているものから4分の1を削除することによってあたかも全体の30パーセントの女性が就業しているような状態を人工的に作ってやればいい。このときに実際に就業している女性のうち、賃金が高いものから順番に4分の1を削除すれば、女性の労働者の構成が変化しないとしたときの、1987年から2002年にかけての女性の賃金の伸び率の最低値が計算される。その一方で、実際に就業している女性の中から賃金の低いものから順番に4分の1を削除すれば、1987年から2002年にかけての女性賃金の伸び率の最高値が計算されることになる。

以上の方法で、女性の賃金の伸び率の最大値と最小値を求めてやれば、男女間賃金格差の縮小の最小値と最大値を計算することができる。実際の推定は、性別、学歴、職業経験年数がおなじグループの1987年と2002年の就業率を等しくするようなデータ削除を行いながら行った。

ここまでに説明した推定の手法は世界的に見ても初めて提唱された新しい手法であるが、この手法を1987年、1992年、1997年、2002年に行われた就業構造基本統計調査の個票データに対してあてはめることで、例えば1987年から2002年にかけての男女間の賃金格差の縮小が最小と最大でどの程度であったかを計算する。

以上の上限と下限を求める方法は、データ削除を行う際に性別、教育年数、職業経験年数のグループの中でもっとも高い賃金を得ているもの、あるいはもっとも低い賃金を得ているものを対象に削除を行うという、相当極端な操作を行っている。そのため、上限の値と下限の値はかなりはなれたものとなり、賃金格差の縮小についてあまり精確なことがいえなくなる可能性が高い。

標準的な労働経済学の予想や多くのデータが支持するところによれば、女性の稼得能力をはじめとする他の条件を一定とすれば、配偶者の所得が高い女性ほど専業主婦化するという傾向がある。この追加的な情報を用いると、配偶者の所得が高いにもかかわらず、働いている女性は相当、稼得能力が高い女性であることが予想される。この、経済理論のもたらす追加的な情報をも用いてデータの削除を行えば、上限の値と下限の値の差を相当縮める可能性があるので、この手法も同時に用いる。この手法を用いる際に、当てはめられる重要な仮定は、配偶者の所得と本人の稼得能力が相関しないという仮定である。

3.結果

1987年から2002年の間に働いている人々のなかでは、男女間の賃金格差は8パーセンテージポイント縮小した。しかしながら、経済理論を援用せずに、男女間の賃金格差の上限と下限を求めると、仮に2002年の女性の追加的な労働力参加が、稼得能力の低い層からおこっており、実際にはよりはやいスピードで男女間賃金格差の縮小が起こっているのに、見かけ上は賃金格差の縮小が起こっていないと仮定したもとでの、最大の賃金格差は30パーセンテージポイントと計算された。その一方で、より稼得能力の高い女性が労働力参加をするようになったために、男女間の賃金格差の見かけ上の縮小が起こったとする仮定の下で、男女間賃金格差縮小の最小値の推定を行うとその値は-11パーセントポイントとなり、同期間に実際には賃金格差が拡大していた可能性すら示唆される。

以上のように、経済理論を援用せずに男女間賃金格差の縮小の上限と下限を求めようとすると、その上限と下限の幅が相当広いものとなり1987年から2002年の間に男女間の賃金格差が縮小したのかはわからない。この結果は、男女間の賃金格差の縮小を議論するに当たっては、それぞれの労働者の構成の変化に対して充分な注意を払う必要があることを示唆している。

一方で、配偶者の所得が高いものほど、専業主婦化して、フルタイムでは働きにくいという経済理論の予測を援用して、男女間賃金格差の縮小の上限と下限を推定した結果は以下のとおりである。まず、既婚の男女の男女間の賃金格差は1987年から2002年にかけて働いているものの間では11パーセンテージポイント縮小したが、同期間の賃金格差縮小の下限値は10パーセンテージポイント、上限値は13パーセンテージポイントであった。すなわち、経済理論を援用した推定においては、観察される男女間賃金格差の縮小はほとんど真の賃金格差の縮小と違いがないという結果を得ることができた。

4.終わりに

以上の結果は、1987年から2002年にかけての男女間賃金格差の縮小を実際にフルタイムで働いている男女の平均賃金を見るだけで論じることの欠点を明確に示している。特に経済理論を用いずに、極端なシナリオの下で、ありうる男女間の賃金格差の縮小がどの範囲であったのかを計算すると、男女間の賃金格差が大幅に縮小したという結果と、実際には賃金格差の縮小はまったく起こらなかったという結論と両方が得られた。

一方で、配偶者の所得が本人の観察不能な稼得能力と相関をもたないという仮定、他の条件を一定としたときに、配偶者の所得が高いほど、本人がフルタイムで働く確率が落ちるという仮定、以上二つの大きな仮定の下で推定を行うと、1987年から2002年にかけての男女フルタイム労働者の賃金格差の縮小は、見かけ上のものではなく、真のものであったことがわかった。

以上の結論は、男女間の賃金格差を論じるに当たっては、一定の経済理論上えられる予測を援用することが必要であること、それらの予測をえるに当たって用いられている仮定を充分に吟味した上で議論を行うことが重要であることを示唆している。これらの諸点を明確な形で示すことができたことがこの論文の貢献である。

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全文の構成

  1. Abstract
  2. 2ページ
    1 Introduction
  3. 7ページ
    2 Methodology
    1. 7ページ
      2.1 Bound Estimators
    2. 13ページ
      2.2 Estimation Procedure
  4. 15ページ
    3 Data and Descriptive Statistics
  5. 19ページ
    4 Results
  6. 22ページ
    5 Tightening the Bounds Using the Excluded Variable Assumption
  7. 27ページ
    6 Conclusion
  8. 28ページ
    References
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