ESRI Discussion Paper Series No.163
ロシアの構造改革
-ゴルバチョフの「ペレストロイカ」開始から20年(1986~2006)-

2006年6月
井本沙織
(内閣府経済社会総合研究所客員研究員)

要旨

体制移行

ソ連の中央集権型計画経済から市場経済体制への変貌は、政治・経済・社会分野における大幅な構造変化を伴うものであった。ゴルバチョフ政権の80年代のペレストロイカ(経済・社会の建て直し)によって、古い社会主義的経済体制が壊れ始めるとともに経済状況は悪化したが、90年代初からの「パストロイカ」(新しい建設)により新体制を目指す市場経済への道を開いたことは評価されている。

1991年のソ連崩壊及び1998年の通貨危機によりロシア経済は大きな打撃を受けた。1992年にはショック療法が導入されたが、ハイパーインフレを起こし、また、生産低下に歯止めをかけることが出来なかった。7年余りの期間を経て、ようやく市場経済が根付き始めたころに通貨危機が起きたために、構造改革の実施よりも経済安定化を優先することを余儀なくされた。

しかし、1998年の通貨危機からのロシア経済の回復は、予想以上に早かった。その要因には国際原油価格の高騰、ルーブルの切り下げ及び国内生産の拡大を容易にした既存設備の存在があった。原油価格の高騰に支えられて経済が安定化し、プーチン政権は多面的な構造改革に取り組んでいる。

中・東欧の体制移行諸国との比較

90年代のロシア及び中・東欧諸国の社会主義経済体制から資本主義経済体制への移行は、短期間で実施された価格と貿易の自由化及び民営化を柱にした「ショック療法」の下で行われた。体制移行が開始されてからはほとんどの国が生産低下、財政赤字、インフレを経験したが、2年~3年後には経済が安定し、成長が始まった。

しかし、ロシア経済の落ち込みは他の体制移行諸国より深刻であり、ハイパーインフレ、大幅な財政赤字、また、経済安定化に要した期間の長期化の面においてロシアは大きく遅れた。

他の体制移行諸国との比較では、政治・経済・社会的な初期条件の違い、また、体制移行の開始時期、さらには改革への取り組み姿勢の弱さが経済安定化に時間がかかった要因であることが、比較制度論の研究者から指摘されている。

グローバリゼーションへの取り組み

2006年7月にはロシアのサンクトペテルブルクで主要8カ国首脳会議の開催が予定されている。サミットではロシアが議長国となって、エネルギー安全保障、感染病対策及び教育問題などが議論される。ロシアが資源・エネルギーの安定的な供給面での大きな役割を果たし、他の先進国との間で省エネルギー技術及び新エネルギー開発の分野で長期的な協力関係が築かれることが期待されている。エネルギー分野での各国との協力関係の強化によって、国際市場におけるロシアの大手企業の活動はより活発になっていくであろう。また、これにつれて関連企業が国内経済にもたらすスピルオーバー、つまり国内産業の生産活動の拡大効果が期待されている。

ロシア経済に対する今後のグローバリゼーションの影響は、短期的な面においては国内産業の再編や省エネルギー技術の導入のための投資努力が求められる。しかし、競争力強化に資する経済制度の導入及び後発の利益の効果が、技術の取得を可能とし、長期的には大きな経済効果が期待できる。

今後の展望

政治・経済・社会面における安定化は、2008年に2期目を終了するプーチン政権にとっての最優先の課題である。内政の安定化とともに、国際原油価格の追い風で経済状況が大幅に改善され、構造改革を実施する体制は整っている。そして、税制改革から自然独占、社会福祉分野まで幅広い範囲の改革が行われてきた。しかし、ほぼ完了したと見なされている税制改革以外の改革はスピードダウンの傾向が色濃くなっていることを多くの専門家が指摘している。つまり、2007年の議会選挙及び2008年の大統領選に向かって、この1~2年は社会的安定を揺るがす可能性のある改革が延期されるとの見方がある。

現在、ロシア経済は安定しているが、経済・財政状況が好調であることは主として天然資源の輸出によるものである。国際原油価格への依存を打破するためには、国内産業基盤の強化の産業政策をはじめ、市場インフラ整備の構造改革なくして中・長期的な経済成長の確保が極めて困難である。2005年からの鉱工業の成長率(4.0%)はGDPの成長率(6.4%)を下回る傾向が見られている。産業セクターにおける改革が後回しになるにつれ、このギャップは拡大し、将来の経済成長の妨げになることが懸念される。短期的な面においても、ロシアの経済成長は当面は輸出型成長として継続されると考えられる以上、石油の輸出と共に天然ガスの輸出が重要な役割を担っていくであろう。そのような意味においてもコスト面での不透明で非効率であるガスプロム改革は政府にとって緊急の課題である。

輸出型の経済成長の脆弱さに加えて、少子化・高齢化、また、近年深刻化している公務員の汚職問題などを考慮に入れればより徹底した構造改革の実施が必要である。次期大統領が誰になり、またその政権のもとでいかなる経済・社会政策の路線がとられるかは予測し難いが、基本的には構造改革路線は継承されていくものと考えられる。

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    はじめに
  3. 6ページ
    第1章 ゴルバチョフ政権の「市場経済型の社会主義」構築計画(1986年~1991年)
    1. 6ページ
      1.1986年 ペレストロイカ(経済・社会の建て直し)
    2. 7ページ
      2.1987年 経済改革の実施の本格化
    3. 8ページ
      3.1989年―1991年「社会主義市場経済」モデル採用
    4. 9ページ
      4.ゴルバチョフ改革の成果
  4. 11ページ
    1. 11ページ
      1.ガイダル政府の「ショック療法」経済改革
    2. 12ページ
      2.民営化
    3. 14ページ
      3.1990年代のロシア経済の特徴
    4. 17ページ
      4.1998年の通貨危機及び改革凍結(プリマコフの危機対策)
  5. 21ページ
    1. 21ページ
      1.プーチン政権の課題と改革プログラム
      1. 21ページ
        1.1 プーチン政権の課題
      2. 24ページ
        1.2 プーチン政権の改革プログラム
    2. 26ページ
      2.改革分野
      1. 26ページ
        2.1 税制改革
      2. 28ページ
        2.2 裁判制度改革
      3. 30ページ
        2.3 行政改革
      4. 32ページ
        2.4 自然独占改革
        1. 32ページ
          2.4.1 電力産業改革
        2. 34ページ
          2.4.2 ガス産業改革(ガスプロム改革)
        3. 37ページ
          2.4.3 鉄道改革
      5. 39ページ
        2.5 銀行セクター改革
      6. 41ページ
        2.6 地方自治体改革(中央・地方財政改革)
      7. 43ページ
        2.7 教育制度改革
      8. 44ページ
        2.8 住宅・公共料金改革
      9. 47ページ
        2.9 年金改革別ウィンドウで開きます。(PDF形式 334 KB)
      10. 48ページ
        2.10 郵政改革
      11. 49ページ
        2.11 軍事改革
    3. 51ページ
      3.産業政策
    4. 51ページ
      3.1 概要
    5. 54ページ
      3.2 航空産業の発展戦略
    6. 56ページ
      3.3 経済特区
  6. 59ページ
    1. 59ページ
      1. ロシア構造改革の評価
    2. 59ページ
      2. 中・東欧の体制移行諸国との比較
    3. 60ページ
      3. グローバリゼーションへの取り組み
    4. 61ページ
      4. 今後の展望
  7. 63ページ
    参考文献
  8. 付属表別ウィンドウで開きます。(PDF形式 98 KB)
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