ESRI Discussion Paper Series No.166
日本企業におけるIT関連生産要素の生産性:IT資本、IT労働力の超過リターンの計測

2006年6月
  • 黒川 太(東京大学ものづくり経営研究センター 特任研究員)

要旨

1.問題設定

本稿の目的は、企業レベルデータを用いて日本企業におけるITの生産性に対する影響を分析することである。米国では多くの先行研究が行われており、ITの生産性に対する寄与についてはほぼ合意がなされている。一方、日本についても多くの研究が近年多く行われてきているが、特にミクロデータを対象とした分析については、ITに関する経済統計の整備がいまだ十分ではないこともあり、さらなる分析が必要であると考えられる。

例えば、ITといってもその構成品目は多岐にわたり、ハードウェア、ソフトウェアの区分ですら利用困難な場合が少なくない。また労働に関しても通常の労働とは区別してSEやネットワーク管理者などITに関係した労働の重要性も増してきているが、それらを生産要素として明確に区別して分析に利用することはデータ制約上かなり困難なことであるのは想像に難くない。しかし、ITの生産性に対する寄与を分析する場合、このようなIT関連の生産要素を明確に区別することは重要である。

2.手法

経済産業省「平成15年 情報処理実態調査」では、通常の「情報処理実態調査」に加えて付帯調査という形で企業が保有するIT関連生産要素についてかなり詳細な調査が行われた。具体的には企業のソフトウェア投資や資産、情報処理要員の人数やその年間労働時間、総賃金などである。今回これらの個票データを利用する機会を得ることができたので、本稿では、IT資本をハードウェアとソフトウェア、労働力を非IT労働力とIT労働力に区別して生産性に対する効果を分析している。

手法としては、これらのデータを利用しIT資本(ハードウェア、ソフトウェア)、非IT資本、IT労働力、非IT労働力を含めた生産関数の推計を行い、またそれらのIT関連生産要素がそれぞれ非IT資本、非IT労働力に対して超過リターンを有しているかの検定を行った。加えて補完的なものとして企業のTFP推計を行い、IT関連生産要素とTFPの相関関係についても分析している。

3.結果

まず、全企業、製造業企業、非製造業企業で多少違いはあるが、IT資本・IT労働力の生産に対する寄与はプラスであることが確認された。これらの結果は日本企業のミクロデータを対象とした先行研究とは異なり、米国の実証研究結果と基本的には一致するものである。しかし、非IT関連生産要素と比較した上でIT資本・IT労働力が高い寄与をしているかという問題意識のもとでの超過リターンの検定では、IT資本・IT労働力の超過リターンはゼロ、またはマイナスという結果となり、米国の先行研究が示したような高い正の超過リターンは観察されなかった。このことは、これまで増加させてきた情報化投資・人的資本投資が日本企業においてはそれほど有効に機能していないことを示唆するものである。またTFPとIT生産関連要素の相関関係も極めて薄弱なものであった。

4.終わりに

米国の実証研究結果とは異なり、本稿の分析結果が示すものは、日本企業においてはIT資本、IT労働力の生産に対する経済的効果は依然としてかなり低い水準にあるということである。一つの可能性としては、これまで旺盛に行われてきた積極的な情報化投資が過剰投資の域に達しているということが考えられる。

しかし、もう一つの現実的な可能性としては、IT労働力のスキル向上や企業組織構造の整備などIT投資が効果を発揮するのに必要な環境が不十分だということがいえるであろう。Brynjolfsson and Hitt (2003)で示唆されているように、IT化が経済的効果を十分に発揮するためにはそのような補完的投資のためにある程度時間がかかると考えられる。日本企業においては現段階でまだ十分にIT化に対応しきれていないことが、IT関連生産要素の生産に対する寄与が低い原因となっていることは十分に考えられる。この場合、IT関連生産要素と補完的な投資を十分に行うことが生産性を引き上げるためには必要である。ただしこれらの補完的な投資については長期的側面から捉える必要があり、本稿のクロスセクション・データ分析では十分にとらえられていないということについては注意が必要である。

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全文の構成

  1. [要約]
  2. 1ページ
    1. はじめに
  3. 2ページ
    2. 関連研究
  4. 4ページ
    3. 実証モデルと検定
    1. 4ページ
      3.1 コブ・ダグラス型生産関数
    2. 5ページ
      3.2 超過リターンの検定
    3. 6ページ
      3.3 TFP の推計
  5. 7ページ
    4. データ
    1. 7ページ
      4.1 データソース
    2. 7ページ
      4.2 推計データの作成
      1. 8ページ
        4.2.1 付加価値
      2. 8ページ
        4.2.2 IT 資本、非IT 資本
      3. 9ページ
        4.2.3 IT 労働力、非IT 労働力
      4. 10ページ
        4.2.4 ユーザーコスト
  6. 10ページ
    5. 実証分析結果
    1. 11ページ
      5.1 コブ・ダグラス型生産関数の推計結果
    2. 13ページ
      5.2 超過リターンの検定結果
    3. 14ページ
      5.3 TFP とIT 関連生産要素の相関
  7. 15ページ
    6. まとめ
  8. 19ページ
    References
  9. 図表
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