研究会報告書等 No.2
エコノミストによる教育改革への提言
教育経済研究会報告書

1998年4月
  • [ 研究会委員 ]
  • 小椋 正立(座長・法政大学経済学部教授)
  • 木内 嶢(日本長期信用銀行参与調査部長)
  • 児玉 文雄(東京大学先端科学技術研究センター教授)
  • 白井 正敏(中京大学経済学部教授)
  • 中条 潮(慶応義塾大学商学部教授)
  • 中馬 宏之(一橋大学経済学部教授)
  • 樋口 美雄(慶応義塾大学商学部教授)

(五十音順)


要旨

本報告書のねらい

教育改革については政府与党により各種の提言が取りまとめられ、着実にその実施が図られてきている。本報告書では、これらの方向を補完・側面支援し、教育改革を一層強力に推進するため、経済(学)的な視点を重視しつつ改めて高等教育を中心とした論点整理を行う。

これまでの教育問題についての議論には、経済(学)的な視点に立ったものは多くなかった。教育問題に経済の論理を持ち込むことには「効率万能ではないか」という批判もある。しかし、本報告書の意図する経済の論理とは「限られた資金をもとに、消費者や社会のニーズを最も的確に反映した質と量のサービスを提供する」という意味であり、これは現在の我が国教育に求められている重要な視点の一つにほかならない。

本報告書のアプローチは、教育の持つ経済(学)的な側面への一般の関心を喚起するという点で、啓蒙的な役割を担うこともねらっている。

第I部 教育改革への経済的・経済学的な視点

1.教育への資源投入と経済発展

経済発展における教育の重要性は、歴史的、実証的に確認されているといってよい。明治以来の近代化過程において、初等中等教育の充実や実学中心の高等教育は我が国経済の発展をもたらした。戦後の高度成長期には、技術者の計画的な大量養成がなされ、製造業を中心として急速なキャッチアップに貢献した。また、「新しい成長理論」に基づく実証分析の中には、政府の教育支出が成長率に影響を与えるという結果もみられる。

2.経済構造変化と教育改革

日本経済のキャッチアップ過程が終了し、一層の高齢化が見込まれることは、今後の経済成長のほとんどを人的資本の蓄積向上に求めざるを得ない状況をもたらしている。また、経済の諸分野では、自己責任と透明性を基調とするグローバル・スタンダードが否応なくルールとなり始めている。これらの変化は、賃金構造の多様化、プロフェッショナルの流動化や非正規労働者の増加など雇用システムに大きな変化をもたらしつつある。

経済システムを構成するサブシステム群(企業システム、雇用システム、教育システム等)は相互に密接な関係があり、以上のような変化を展望すると教育システムの改革を急ぐ必要がある。特に、教育と深い関係にある科学技術研究では、国際競争に耐えうるようなナショナル・イノベーション・システムを再構築するという視点から企業、高等教育機関、政府の連携・役割分担を見直すことが必要となっている。

公的部門のあり方も含め、経済システムの変化を促進する契機の一つが現在進行中の「6つの改革」である。したがって、これらの改革が相互に整合性をとれるように教育改革に取り組まなければならない。

教育の中でも特に高等教育は経済との関係が深いが、我が国ではその費用対効果(社会的収益率)がアメリカと比べて低い(図1)。実際、国内においては、「大学の勉強が社会で役に立たない」、「大学がレジャーランド化している」などの声に代表されるように、すでにいくつかの問題が顕在化している。これらの諸問題への対応を図るには、政府の教育に対する政策の根拠に立ち返って考える必要がある。政府の政策のための正当な根拠に照らして、もはや存在理由がなくなっているか、希薄になっているすべての補助や規制は廃止すべきである。

3.高等教育改革への基本的目標

以上を踏まえ、我が国の高等教育改革は、高等教育における政府の役割を明確にすること、競争を活発にしてシステムの効率化を図ること、市場メカニズムにより需要の変化に柔軟に対応できるシステムを構築すること、の3点を目標とすべきである。

第一に、政府の役割は、外部性(研究活動などが社会的便益を生むこと)、資本市場の不完全性(低所得者等にとって教育費の借り入れが難しいこと)という2つの市場の失敗の是正に限定する。しかしながら、高等教育との関係が特に深い科学技術研究については、我が国は「科学技術創造立国」へ向けて、戦略的な研究活動に十分な資金、人材の供給が可能となるよう環境整備に努めることを、国家戦略の一つに位置づけることが必要であることはいうまでもない。

第二に、教育機関や教員の間に競争原理を導入する。現在の規制その他の政策は、既存の教育機関やその教職員の経済的な安定を保証しており、消費者に質の高い教育を供給するための競争をむしろ阻害している。

第三に、市場メカニズムにより人材需要の変化に柔軟に対応できるシステムを構築する。経済構造がダイナミックかつ不断に変化する現在では、たとえ政府であってもその将来の姿を正確に予測することは不可能である。教育サービスを供給する主体(企業、高等教育機関、民間研修機関等)の役割やその重要性を規制によって固定することや、いわゆる「マンパワー計画」や需給計画によって分野や量を特定した人材の養成を政府が主導することは慎む。

例えば、高度成長期とは技術進歩のフェーズが異なる現在、特定分野を選んで技術者の養成枠を設定しても社会のニーズに合致したものとなる保証はない。理工系の大学教育の収益率が低いのは規制産業等の高賃金業種への就職が少ないためであり(図2)、大学教育への政策的対応を考える前に規制緩和を行う必要がある。

4.初等中等教育の改革について

初等中等教育は高等教育と異なり、児童・生徒の将来の適性や能力についての不確実性が大きいこと、本人に費用負担能力がないこと、通学の可能性にも地理的な限界があること等から、カリキュラム等に最小限の規制をしたり、ナショナル・ミニマムの実現のために直接的な補助を行うことは必要である。しかし、現状では政府の規制が強すぎて、多様化する地域や、児童・生徒のニーズに柔軟に対応できない制度となっている。公立学校が初等中等教育市場の競争の主体となることができるように制度改革を進めるべきである。

第II部 高等教育における政策課題

1.公的規制

高等教育への公的規制は、非分配制約(非営利であること)、需給調整規制(参入規制)、質に関する規制の3種類からなる。

規制の根拠としては、地域活性化、将来需要の計画的先取り、医療など教育以外の分野からの要請、情報の非対称性などが指摘される。しかし、地域活性化はその便益を享受する自治体や住民の責任である。将来需要が見込まれる分野はもはや誰にも予測できない。教育以外の分野から規制が要請される場合は、教育を規制の手段として利用することはやめ、グローバル・スタンダードに適合した透明な規制手段を採用すべきである。他方、学生にとって教育機関が提供する教育の質が分かりにくい、評価しにくいという意味での情報の非対称性はありうるが、その多くは現在の政策(規制)が作り出しているものである。

高等教育の消費者は知識も豊かであり、評価システムや学生へのセーフガードが整備される限り、高等教育には基本的に規制は必要ない。教育サービスの質を高める最も効果的な手段は、このような消費者ができるだけ豊かな情報を得て、できるだけ自由に選択すること、すなわち消費者主権である。したがって、長期的には営利法人の参入や、学部や学科の新設、廃止、再編をすべて自由化し、質に関する規制は廃止する。

ただし、そうした改革の前提として、現在の大学基準協会による相互評価への参加を拡大するとともに、マスコミ、受験産業を含め複数の第三者による評価が相互に競い合いつつ行われるよう、必要な情報の開示を促進する。転入時における入学金の減免、単位の認定等を通じ、淘汰される機関の学生に対するセーフガードを確立する。

2.公的補助

高等教育単独でみると、大衆化の進行した現状では追加的な補助に伴う社会的便益の増加はほとんどない。かっての一括採用・長期雇用の時代には、大学による学生の選別(スクリーニング)を通じた情報生産機能が一定の社会的便益を示してきたが、今後予想される雇用システムの変化を踏まえるとそれほど重要ではなくなる。したがって、高等教育への補助の根拠としては、教育と一体的に行われる研究活動が社会的便益を持つことと、低所得者は十分な教育資金を民間から借り入れられないことへの対応の2つが考えられる。

機関補助(私学助成など)と個人補助(奨学金など)では、機関と個人の最終的な受益(帰着)は同じである。しかし、個人補助は学生ごとに異なる所得の状況に対応できるが、機関補助は平均的な所得の違いにしか対応できない。したがって、資本市場の不完全性のため補助が必要な場合は個人補助に重点を置くべきである。現在では私立大学の学生(大学院生を含む)の約1割しか日本育英会の奨学金(無利子貸付)を受けていないが、仮に私学助成をすべて同奨学金に振り替えると、そのカバー率は格段に高まる(図3)。

資本市場の補完のためには、公的貸付けと民間銀行への利子補給等があるが、競争促進のために民間銀行の活用が望ましい。

研究への補助は競争的資金の充実が基本となる。その場合、社会への貢献が見えにくい人文社会科学の研究なども、長期的、マクロ的にみれば効果が期待されることから、応分の資金が配分されるよう配慮する。

計量モデルによるシミュレーション結果をみると(図4)、政府の既定路線を前提とし、私立大学がこれまで同様の行動パターンをとるとした場合、私立大学の授業料は2010年には94年時点の6割程度まで引き下げざるを得ず、学生1人当たりの教職員数で測った教育の質も2割程度低下することが見込まれる。

そこで、2005年までに国立大学への補助を私学助成並みにして授業料を引き上げるという政策をとる一方、公的奨学金の枠を現在の3倍程度に拡大することで、予想される質の低下はかなり抑えることができる。

3.国立大学と私立大学の関係

地域活性化、所得再分配、外部性など補助一般の根拠が国立大学の存在意義にも援用されることが多い。このうち、地域活性化は自治体や住民のイニシアティブで進めるべきである。所得再分配については、一部の国立大学については、むしろ高所得者の家計に補助を交付している結果となっている。関東甲信越圏の大学についてのデータをみると、家計所得は大学の設置形態よりも入試難易度に結びついていることが分かる(図5)。外部性は同時に研究が行われている大学院(職業教育的なものを除く)でのみ明らかである。

組織の運営については、教育研究の評価は容易でないが、事務については職員数をみる限り見直しの余地がある。教員以外の職員数を学生数との対比で私立大学並みにすると、500億円近い節約が可能になる(図6)。さらに、予算・人事面での制約も見直しが必要である。

長期的な改革の方向としては、国立、私立を問わず競争条件は同一とし、低所得者への奨学ローンを拡充した上で「良い教育を受けるためには、そのコストを消費者が負担する」という他のサービスでは当然の関係が成り立つようにする(ここでいう消費者は、卒業生や父兄、寄付者等を含む広い意味である)。これにより、消費者主権が取り戻され、大学は多様な消費者ニーズに応える教育を効率的に提供し、「良い教育を安い学費で受けられる大学」を目指した長期にわたる受験競争はかなり緩和される。

こうした方向へ向けての準備として、当面は、会計上の透明性の向上や予算・人事面での自由裁量の幅を拡大する。また、国立大学は全国的なネットワークではないこと、総合大学に著しい範囲の経済があるとは考えにくいことから、国立大学の改革は個別大学、個別学部などサブシステムを取り出して段階的に行うことができる。

いくつかの国立大学を選んで補助を私学並みに引き下げる等の仮定を設け、学生納付金の必要引き上げ額を試算すると、大学ごとに大きく結果が異なること、必要引き上げ額が少ない大学でも1人当たり90万円程度であることが分かる(図7)。したがって、国立大学を独立採算制に近づける試みは大学ごとに検討すべきであり、各大学の事情に応じてリストラや研究資金への追加的補助を検討する必要がある。

むすび

今後は、教育問題を論ずる際に経済的な発想が一層重要になってくると考えられる。狭い意味での教育関係者だけでなく、ビジネスマンやエコノミストも積極的に議論に参加していくことが期待される。

また、我が国では教育分野における客観的なデータの公開・整備が遅れている。建設的な議論の基礎として、既存の統計を大学別などにブレークダウンしたデータの公開を進めるとともに、人的資本や教育の質に関する新たなデータを収集するための政策的支援が求められる。

図1 大学教育の社会的収益率(日米比較)
図2 産業別の理工系就職割合と賃金プレミアム
図3 私学助成の奨学金への振替(試算)
図4 私大経営についてのシミュレーション結果
図5 関東甲信越圏の大学に通う学生の家計における主たる家計支持者の平均年収
図6 私立大学と国立大学の学生1,000人当たり職員数
図7 国立大学への私大並み補助率等適用時の学生1人当たり納付金(試算)

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  2. 7ページ
    はじめに
  3. 8ページ
    第I部 教育改革への経済的・経済学的な視点
    1. 9ページ
      1.教育への資源投入と経済発展
    2. 14ページ
      2.経済構造変化と教育改革
    3. 22ページ
      3.高等教育改革の基本的目標
    4. 43ページ
      4.初等中等養育の改革について
  4. 46ページ
    1. 46ページ
      1.公的規制
    2. 52ページ
      2.公的補助
    3. 71ページ
      3.国立大学と私立大学の関係
    4. 85ページ
      むすび
  5. 12ページ
    コラム1 教育の収益率
  6. 40ページ
    コラム2 経済学部のあり方
  7. 87ページ
    参考文献
  8. 90ページ
    付論1 機関補助と個人補助の帰着
  9. 93ページ
    付論2 民間金融機関における教育ローンへの取り組み状況
  10. 98ページ
    付論3 計量経済学モデルによる高等教育市場のシミュレーション
  11. 127ページ
    付論4 国立大学と私立大学が併存する制度の厚生経済学的評価
  12. 138ページ
    教育経済研究会委員名簿
  13. 139ページ
    事務局名簿
  14. 141ページ
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