研究会報告書等 No.43
日本経済の主要な対外リスクに関する研究報告書
-概要-

(注) 本概要は、必ずしも報告書本編の表現などを忠実に再現しているものではなく、引用など行う場合には直接本編を参照されたい。

2009年6月

研究の問題意識と検討課題

一国の経済運営を考える際には、蓋然性は必ずしも高くないがもし実際に生起した場合には甚大な影響を及ぼすと考えられる様々なリスク要因について、十分な検討が必要である。本研究は、アジア経済、世界経済に関する標準的なシナリオを描くことではなく、想定される主要なリスク要因について、それが実際に発生した場合の影響や対応策を事前に十分検討しておくことを目的としている。

本報告書の検討課題は以下の通りであり、主に世界金融危機の影響によってアジア経済が不安定化する危険性に焦点を当てたものである。

  1. 世界金融危機のアジア経済、日本経済への影響
  2. 中国経済の行方
  3. 人民元の行方と中国の労働需給
  4. 流動性の危機とそれへの対応

なお、本報告書は本年2月までのデータ、情報に基づいて作成されたものである。

研究結果

1. 世界金融危機のアジアへの影響と求められる新たな成長パターン

(1) 世界金融危機のアジアへの影響

世界金融危機によるアジアへの影響は、金融面・実物面ともに当初の想定を越えて拡大した。金融面では、国際金融市場でドルの需給が逼迫し、流動性としてのドル確保が困難になったこと、加えて国内の株式市場や資産市場で価格が下がり、消費者やビジネスのコンフィデンスが下がる状況が広がったこと、また実物面では、欧米での需要低下によりアジアの対欧米輸出が急減し、アジアの域内貿易も急速に縮小したことがその原因である。

(2) 新しい成長モデルの必要性

米国において、住宅バブル期に作り出された過剰消費による成長モデルは今後望めそうもなく、米国自身、またアジアにおいても、新しい成長モデルの模索が必要である。その点で、オバマ大統領のグリーン・ニューディールは有意義な方向性を示しているが、日本やアジアの財政政策は、中長期的に内需主導型経済への移行を促す方向で使うべきであり、これは世界的な経常収支不均衡の調整を後押しするものでもある。

日本では、バラマキ型公共事業ではなく、1.省エネ・代替エネルギー開発、2.医療・介護・保育などのサービス分野での生産性向上や技術進歩の促進、が必要である。

中国の4兆元にのぼる財政刺激策はハード・インフラに偏っている傾向があるが、むしろ社会保障改革や農村開発により個人消費拡大を促すことが重要である。一方で、インフラ整備が遅れているインドや通貨危機後も投資が低迷するASEAN諸国については、インフラ投資の拡大が有意義である。

(3) アジア域内政策協調の重要性

アジア域内需要型への経済構造の転換のためには様々な域内政策協調が重要である。

第一に、内需主導型成長のためには実質為替レート切り上げによる非貿易部門の成長促進がもとめられ、そのためにも政策協調が必要となる。

第二に、域内市場統合を進めるための政策協調が望ましく、ASEAN+3やASEAN+6など広域的な経済連携の強化が必要である。そのためには日中韓の経済連携協定作りが欠かせない。

第三に、域内金融協力の強化が必要であり、そのためには、チェンマイ・イニシアティブのマルチ化、金額、IMFリンク、発動条件等の改善・柔軟化など、アジア諸国が具体的な行動を示すべきである。

第四に、為替レートの面での政策協調であり、当面は為替切下げ競争を防ぎ、域内通貨間の為替レート変動をチェックしていく仕組み作りが有益である。そこで、課題となっているアジア通貨単位(ACU)を早急に導入し、ACU指標を域内サーベイランスに活用することが考えられる。

2. 中国経済

(1) 中国経済の重要性

2009年の先進国経済の減速の中で、中国経済の行方は世界経済全体の動きに大きく影響する。仮に中国経済が政府目標の8%程度の成長を実現すれば、世界全体の景気下支えに大きく貢献することになるが、もし大幅な減速ともなれば、世界経済はさらなる下方修正を余儀なくされるだろう。

(2) 中国経済8%成長の可能性

中国経済は2008年秋から急速に減速しつつあるが、景気減速への政策対応(とりわけ財政出動)の余地は大きい。実際に、複数回の基準貸出金利の引き下げや、銀行の預金準備率の引き下げが実施され、また、財政政策の目玉として、インフラ投資を中心に4兆元の景気対策が発表されている。また、追加の景気刺激策を発動する自由度も確保するなど、拡張的金融・財政政策に支えられて中国経済は8%成長の目標達成は可能とみる。

また、景気減速で懸念される雇用問題も、農業部門が雇用の安全弁として機能しており、社会の不安定化のリスクは低い。

(3) 4兆元の経済対策のリスク

中国の4兆元の経済対策のリスクについて、まず不良債権増大の可能性が挙げられる。政府は銀行に対し貸出の拡大を指導しており、採算性の低い投資まで実施された場合、将来の不良債権急増につながる恐れがある。また、投資過熱の危険性も持つ。投資中心の景気対策は、政府が目指す消費主導型成長に逆行しており、従来の投資と輸出に偏った成長パターンに拍車をかけかねない。

(4) 消費振興のために

中国の2007年の民間消費の対GDP比は35.3%と、諸外国に比べて非常に低い水準であり、中国経済の均衡ある発展のためにも、グローバル・インバランス是正のためにも、消費の振興が重要な課題である。消費振興策として、以下のような整備が必要である。

  1. 農村部をもカバーする社会保障制度の整備は消費振興の前提
  2. 所得再分配を目指した遺産相続税の導入、地方交付税の強化
  3. 国有企業の利潤の国家予算への組入れにより、減税などを通じた家計への還元
  4. 農地の所有権を認めることによる農民の消費意欲の喚起

(5) 当面の人民元の行方

米国は人民元の切上げを望んでいるが、それが無理ならせめて切下げを阻止したいと考え、一方、中国は人民元を切下げて輸出を拡大したいが、それが無理ならせめて切上げを回避したいと考えている。このように人民元の対ドル安定は双方にとって受け入れ可能な妥協点とみられる。

3. 中国の為替政策と世界経済への影響

(1) 為替制度改革後の人民元の動き

2005年7月の為替制度改革後の人民元の動きに関し、対ドルでは、元高が着実に進んでいたが、名目実効レートでは、2008年半ばまで同じ水準で安定している。改革前は対ドルの安定、改革後は名目実効レートの安定を目指して介入していたと解釈することができる。ただし、2008年半ば以降は、ユーロなどの通貨が対ドルで大きく減価したことにより、名目実効レートは大幅な上昇に転じた。

(2) 為替介入と過剰流動性

中国の外貨準備は2000年代初め頃から急速に拡大している。これは、中国の為替市場において、1.経常収支黒字、2.政府規制による歪んだ(流入以上に流出を規制)資本流出入構造、による強い元高圧力があり、それを防ぐための中国政府のドル買い介入の結果である。

外貨準備の累積は、以下のリスクを持っている。

  1. 将来のドル安や不胎化のために発行される中銀債券の金利上昇を通じた財政コストの増加
  2. 中国経済に過剰流動性をもたらし、高インフレ・資産価格高騰につながるリスク

(3) 人民元割安論と為替政策の在り方

人民元の割安論、切り上げ論がしばしば聞かれるが、理論的・実証的に根拠が弱いものである。例えば、世銀が改訂した新たなPPP(購買力平価)を用いて推計すると、中国の実質為替レートはその所得の低さを考慮すると理論値からほとんど乖離していない。

中国が採るべき為替政策は、基本的に中国の国内経済の安定、とりわけインフレ・資産価格バブルの防止に主眼をおくべきである。

(4) 長期的な為替政策の在り方

中国は、長期的には資本取引の自由化と変動為替相場制への移行が必要だが、国内金融システムが脆弱なまま資本取引を自由化すると金融危機を惹起しかねない。金融システムの強化にはまだ時間がかかるため、当面は資本取引規制の緩和を徐々に進めながら、為替レートの弾力化を行うべきである。

4. 中国の労働需給と今後の展望

(1) 中国の労働需給の変化

中国の労働市場では近年大きな変化が現れている。2004年頃から沿海部を中心に人手不足や離職率の高まりなどが叫ばれ、2007年頃からは賃金上昇率も加速している。こうした労働需給逼迫の要因に、1.過熱気味の景気、2.1995年から2005年頃までの20歳代人口の減少、が挙げられる。

仮に労働力不足時代に突入したのであれば、大量の低コスト労働力を利用した成長モデルが通用しなくなり、中国経済にとって大きな変化を意味する。また、安価な製品の大量輸入によりディスインフレ効果を享受してきた先進国でも、物価動向や金融政策に大きな影響を与える可能性がある。

(2) 労働力不足経済到来の見通し

以下の状況を考えると、現時点で必ずしも単位労働コストが上昇しているとは言えず、また将来的にも、労働力不足時代に到達するまでにはまだしばらく時間がかかるであろう。20歳代人口が再び減少し始める2015年以降になる可能性も十分に考えられる。

  1. 農民工を含めて考えると、工業部門の賃金上昇率は生産性上昇率を下回っていると見るのが 妥当。
  2. 世界金融危機後の景気の減速・後退は、短期的な景気循環の問題ではなく、米国の過剰消費の調整に伴う中期的な問題である。
  3. 20歳代人口が、今後2015年頃まで増加すると見込まれる。
  4. 制度、政策の変更によって、労働供給の増加が可能である。
    • 戸籍制度の緩和
    • 中高年の農村住民に対する職業訓練
    • 農地集約化と農業機械化による農業生産性向上
    • 年金制度の改革による高齢者の労働力率の向上

5. 韓国危機にみる世界金融危機の問題点(流動性不足)

(1) サブプライム危機の捉え方

アメリカの過剰消費というが、過剰消費とは流動性の供給に他ならない。マネーサプライの増加は、「生産を超えた消費」、つまり「過剰消費」という形態を取らなければならない。今後については、「流動性の供給」が経済の行方を決める重要な要素。経済危機の下では「流動性」が不足する。それを拡大する政策が、金融危機克服の鍵となる。「流動性」は、現金、つまり決済手段の供給という側面もあるが、同時に信用創造、つまり貸出しがどれだけ円滑に行われるかという側面が非常に重要。

(2) 韓国の経済危機

世界金融危機の影響をみると、東アジアの中では韓国への影響が最も大きかったが、それは、97年のアジア通貨危機から回復した後、投資活動を旺盛に行った結果、再び海外からの資本の借り手に回っていたことに起因する。興味深いのは、韓国の場合、以下の2点が複合している点である。

  1. 輸出依存である結果として、米国向け輸出の減少による打撃(東アジア型)
  2. 海外からの借入金について借り換えができなくなったことによる打撃(東欧型)

また、韓国の銀行が市場からの資金調達に依存していたことも韓国危機の要因として見逃せない。韓国では2008年2月の新法により、証券会社が銀行の預金と競合する商品を販売可能となったために、銀行は市場性資金に逃げ道を求めたのである。

(3) 危機に対する戦略

サブプライム危機全体の問題のポイントは「ドル不足」、「流動性不足」である。現在がドル不足の状態であるとするなら、ドル以外の通貨を使ってでも流動性を回復すべきだという、経済危機に対する基本的な戦略が浮上する。米国に流動性を流布する能力がなくなった場合に、流動性を流布する代替的なチャネルをどのように形成するのかを考えることが、「リスク管理」の最重要課題である。

6. アジア経済の不安定化と財政破綻確率でみる日本への影響

(1) 対外面からの4つの危機シナリオと日本経済への影響度

日本の政府債務残高/GDP比率は国際的にみて極めて高い水準にある。こうした状況下で、外的ショックの発生による日本経済の悪化は、財政を危機的な状況に追い込む可能性が高い。そこで、アジア経済の不安定化を中心に対外面からの4つの危機シナリオを想定し、各々において日本の財政破綻確率の(ベースラインシナリオからの)変化を確率的動学モデルにより計算することにより、日本経済への影響度を検証した。なお、ここでの財政破綻確率は、将来の公的債務残高/GDPの期待値が初期値を上回る確率と定義される。

  1. 金融危機ショック : IMFの経済見通し(08年11月)におけるアジア各国・地域の08年~09年の経済成長率の低下幅を用いるシナリオ
    この場合、日本のGDPは0.13%減少し、財政破綻確率は、ショックが10年続いた場合(以下、同様)で0.6%上昇する。
  2. アジア危機ショック : アジア危機が発生した97年~98年の成長率の低下幅を用いるシナリオ
    この場合、日本のGDPは0.6%減少し、財政破綻確率は2.5%上昇する。
  3. 中国ショック : 中国の経済成長率が5%ポイント低下すると想定するシナリオ
    この場合、日本のGDPは0.24%減少し、財政破綻確率は1.1%上昇する。
  4. 資源ショック : 原油価格が1バレル20ドル上昇すると想定するシナリオ
    この場合、日本のGDPは0.87%減少し、財政破綻確率は3.4%上昇する。

7. 世界金融危機と流動性供給-日本の経験との比較

(1) 流動性供給の重要性

世界的な金融危機は、流動性の問題の重要性をあらためて認識させるものであった。現在では流動性の危機が発生したとき、「銀行の銀行」としての中央銀行の役割が極めて重要であるという認識が支配的になっている。危機の震源地である米国では、中央銀行にあたるFRBが量的緩和政策を実施し、大量の流動性を供給している。

(2) FRBの金融政策と日本の経験

FRBの金融政策は、「ゼロ金利政策」、「量的緩和政策」、「非伝統的政策」をほぼ同時期に導入したため、それぞれの効果を個別に評価することは困難だが、これらを段階的に実施した日本の過去の経験をみることは有益である。

日本の経験も踏まえると、金融危機下ではゼロ金利だけでは不十分で、量的緩和や非伝統的政策を同時に行うことが当面のマーケットの安定につながる。これにはある種のモラルハザードを伴う可能性も否定できないが、流動性危機の状況下ではある意味やむを得ないことである。

(注)本研究調査は、内閣府経済社会総合研究所が大学法人慶應義塾大学に委託したものである。報告書に示された見解は、執筆者の見解である。

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