第十回IT経済サロン
「戦略的特許ビジネス」

日時
平成14年5月9日
ゲストスピーカー
丸島儀一 キャノン株式会社顧問(社団法人経済団体連合会 産業技術委員会 知的財産問題部会 部会長)

講演概要

(1)プロパテント政策

(特許による独占)

40年前の1960年当時、「知的財産」という言葉はまだなく、「特許」という言葉しかなかった。ただ、メディアに「特許」という言葉が出ることはほとんどなく、「特許」って何ということを言う人が圧倒的に多い時代だった。そういう時代から考えると、随分世の中も変わったなという印象をすごく受ける。特許が、企業の経営に対してインパクトを与えるようになった。

1960年代の日本では基本的には技術を導入して、それを改良して商品を作っていたので、日本の企業が基本特許と称する画期的な技術を生み出して新しい商品をつくるということは余りなかった。そういう時代なので、特許というのは改良技術の特許が多く、改良した技術でいい製品を作り、その製品を保護しようというのが特許の役割だった。

しかし、アメリカのゼロックス本社で開発した複写機等は特許で完全に事業が独占できていた。同じような複写機も存在していたが、品質に差があり、特許で市場独占ができていた。キャノンが特許に本当に目覚めたのは、多角化を決定して、この複写機の分野に入ろうとしたときからである。ライセンスしないで特許で独占している事業の中への参入を決定したので、その特許網というものを乗り越えないと商品を出せない。結果的には、完全にガードし切れていなかったので独占の事業に対して事業参入することができた。

ここで何を学んだかいうと、開発者自身が開発の前提として特許を検討し、それに関係ない新しいものをやろうというところからスタートしたので、開発者自身が最初から特許というものに対して非常に関心を持っていた。その結果、特許と関係ないアイデアを自分なりに生み出したので、今度は自分が開発したものを人に飛び越えられたくないという逆の考えが出た。

今、プロパテントと騒がれてはいるが、開発の人達が本当に真剣にどれだけ特許のことを意識して開発しているかということが一番問われるところだと思う。キャノンが多角化で複写機を開発したときも、時代が時代で新しい技術がどんどん出るような分野だったので、製品をガードするのではなくて、事業を特許でガードしようという感覚が出た。そうなると、自分で開発した製品に使う技術だけを特許で守ればいいということではなく、事業参入を阻止する特許も取らなければいけないので、考え方が大きく変わってくる。

(特許の実施率)

最近、特許の実施率が悪いといろいろ言われるが、実際は製品としては出していないが、事業をガードする特許というのがある。これは遊休ではなく、事業を守っているのであり、十分に活用されていると私は思っているが、データの取り方によっては、実際に商品に使っていないのは全て遊休特許という様に扱われている嫌いもある。

もう一つ、将来の事業のために開発をやっていたその結果としての特許というのは、まだ事業化していないので使われていない。これも将来性のある研究開発志向の高い会社であればあるほど使われない特許をたくさん持っているということで、実施率は低くなってしまう。そういうことも実態を見ないで実施率が独り歩きして、実施率の高い会社だけがいいと、最近はどうもそういうトーンで聞こえてくるが、私は逆に、実施率 100%の会社は将来がないと思うぐらい危ない会社だと思っている。現行製品の特許しか持っていないということで、将来の新製品が出ない会社ということも言えるのではないか。

(アメリカのプロパテント政策)

キャノンは、そういったライセンスをしないで独占できる利益率の高い事業に入ろうというところから知的財産に目覚めたが、一般的に、日本の企業が知的財産に本当に経営のレベルで関心を持たなければならなくなったのは、80年代半ばから90年代にかけてアメリカでプロパテント政策がとられてからだと思う。

例えば、キャノンではアメリカのマーケットというのは売上全体の3分の1を占めていたので、アメリカの動きというのは企業経営に大きな影響を与えた。プロパテント政策は日本がアメリカを事業で圧倒したために、産業競争力を高めようという政策の一環としてとられ、その中で連邦巡回控訴裁判所による判決の統一なども行われた。その結果、権利者が有利になるような判決が続出し、この辺から企業経営者が特許というものを無視できなくなった。

何が起きたかというと、それ以前はアメリカで特許訴訟をやると、だいたい7割位が特許無効になっていたが、プロパテント政策をとったことによって逆転して、7割が有効になってしまった。そこまでならいいが、特許のクレームの解釈が、以前は文言どおりの解釈で、文言から外れたら関係ないという判断が随分されていたが、均等論という言葉が出てきて、文言から外れていても実際は特許の範囲に入るという拡張解釈を裁判所がするようになった。

特に経営者にインパクトを与えたのは、第一審で負けた場合、差し止めが執行されてしまうようになったこと。もう一つは、お金で解決できたとしても、アメリカの場合は懲罰的に損害賠償を取られるので、お金を払って事業ができるほど甘いものではなくなってしまったことである。こういう判決が出ることによって、アメリカの特許というものを意識しないと経営ができなくなってしまった。

このような判決が出るようになって何が起きたかというと、今度は裁判外の話というのが随分出た。要するに、そのような仕組みを背景にして、事前に特許交渉に来る。特にアメリカの個人の発明家などは日本の企業をものすごく攻めてきた。ライセンスを受けなければ訴訟になって負けますよと言われて、結局怖がってライセンスを受けた。何十年かに一度振り子の針のようにプロパテントとアンチパテントを繰り返すのがこの制度だと思っていたが、今はちょっとプロパテントの方に行っている時間が長い、そんな印象を受ける。

(日本の特許政策)

では、日本はどうかというと、たしか平成9年の特許法改正のときに初めてプロパテントということを言われたと思う。ただ、このときは、特許法改正が先行して、産業競争力を強化する施策というのはあまり表に出ていなかった。本来なら産業競争力を高める施策を先に打って、それと並行してプロパテント政策をとるべきだと思うが、実際は後からだが、産業競争力強化の施策もとられて、プロパテント政策を打ちつつあるのが日本の現状だと思う。

それ以前の日本の状況はどうだったかというと、日本特許の価値というのはほとんどなかった。というのも、日本特許で侵害しているという話をしても、「どうぞ裁判をやってください」、この一言で終わってしまった。なぜなら、裁判をやって負けても、差し止められるわけでもなく、損害賠償を高く取られるわけでもない。負けてお金を払うのと事前にお金を払うのとどちらが得かといったら、負けてから払った方が得なので、日本の特許の価値というのはほとんどなかった。

そのため、日本のマーケットで特許に効果を持たせるために、アメリカの特許を使った。日本の企業はグローバルに事業展開するようになり、日本に供給する商品とアメリカに供給する商品は基本的には同じものになり、区別できなくなった。そこで、アメリカにも商品を輸出しているので、アメリカの商品を対象にして、アメリカの特許で日本の企業と話をする。そうするとすぐに話がつくので、結果として、日本の特許もヨーロッパの特許も付属で話をするというような状況がずっと続いていた。これはヨーロッパも、日本の裁判所も、損害賠償額が低く、差し止めが一審で執行されないため、経営者にとって特許制度そのものが苦にならなかった。最近は裁判所もプロパテントという方向に振れてきて、判決の出る期間も短くなり、損害賠償も従来に比べると高くなり、差し止めも執行されるようになったので、これからは日本の特許の価値も高まってくると思うが、いずれにせよ経営にインパクトを与えるような仕組みがないと、特許というものは余り機能しない。

(2)特許の価値

(特許の価値)

特許というと何か独占権のようなもので、特許一件を持っていれば怖いものはないと考えると思うが、これは事業をやっていない人の場合である。例えば大学の先生がいい発明をして、特許を取ると、その特許の価値というのは非常にあると思うが、事業をやるという前提で考えると、一件の特許を取ってもだめである。基本特許一件を取っても、実用化するまでに時間がかかり、事業になるころには特許の存続期間が切れてしまう。

また、事業をやるには事業化に必要ないろいろな技術が伴うが、その特許を第三者に取られてしまったら基本特許を持っている人は基本特許を取っているだけでは、事業ができない。これでは基本特許を取った意味がないわけで、事業を守ろうという発想から特許を取ると、事業化につながる特許を取り続けなければならない。

産学連携ということで、大学の発明に期待する動きになっているが、大学の発明が生まれたときはまだ事業は確定してないので評価もそう明確にできず、恐らく1件出して終わりにしてしまうだろう。これでは実際に事業にしようとしたときに、価値を持たなくなってしまう。だから、早く事業化するかを決定し、事業化のための周辺の必要な特許を取り続けなければならない。企業だと、当然、研究所で基本的な開発をして、研究所である程度成果が出ると、どういう事業を展開するか予測しながら、実際に応用分野のことを想定して特許をどんどんどんどん取っているし、技術改良が進むに従ってどんどん特許も取っている。そのぐらいの特許網を取らないと事業をカバーできないと思う。

最近、特許を証券化して取引をしようという話も出ているが、私は特許を評価するというのは非常に難しいと思う。というのもある特許を見て、単独でその特許の価値観というのはわからない。その特許を実施しようとしたときにほかの先行する上位の特許に拘束を受けるか受けないかということを評価しないとならない。そういう意味で、特許単独での評価というのは本来はないはずで、そういう相対的な関係を全部調べないと特許の価値は分からない。もう一つは、同じ特許でも実施する企業によって価値が違う。そういう意味で、特許を証券化して幾らと価値を決めつけるのは、考え方としてはあるかもしれないが、間違った結果を生むと思っている。

(特許の利用の仕方)

企業にとって相対的な力をいかに強めていくかというのは、これはライセンスの仕方による。私は、あくまでも事業を有利にするために活用するのが知的財産の役割だと思っている。最近はよく、知的財産部門はプロフィットセンターになりなさいと言われるが、自社のいい知的財産を営業と称してライバル会社に売って歩くということはあり得ず、単独でプロフィットセンターになるということはあり得ない。やはり事業を有利にするためにいかに特許を活用するかということが基本である。

開発のときには第三者の権利を検討する必要があり、恐らく開発コストの20~30%はそれに取られてしまっている。特許を調べて侵害しないような開発を毎回毎回やろうとすると、相当開発の自由度も阻害されてしまう。そう考えると、事業を強くするためには、開発に自由度を与えることが必要で、他社の権利を検討しなくても済むようなことができたら一番良く、これはクロスライセンスがいい。しかし、クロスライセンスでお互いに権利を無償で交換したら、みんな同じレベルになってしまうが、設計に自由度を持たせ、差額分のお金を稼ぎ、特徴のある大事な技術はライセンスしないというようなことができれば、競争力がますます高まっていく。

また、同業他社との事業の規模によってライセンスの仕方を考えていくべきである。私もよく使ったが、会社にとって弱い事業部を強くするために、相手がその分野で強い場合、1件の特許でも相手の企業に対して主張できるような特許を持てば事業が10倍あれば10倍以上の効果を持つ。つまり、小さい事業でライセンスするときには、クロスではなく、1件当たりの価値で交渉すべきだと思う。同じ企業の中でも強い事業と弱い事業を持っているので、弱い事業を救うために強い事業の特許を利用して、相手から弱い事業に関係する特許をただでもらってくるというようなクロスのやり方もやった。

(3)デジタル時代の知的財産制度

(特許と標準化)

アナログの時代からデジタルの時代になって、考え方が知的財産上でも随分変わらざるを得なくなってきた。一つは、デジタルの時代になり、開発のときから標準化活動に連動させないと技術開発ができなくなっている。そのため、標準と特許という別の問題も発生した。標準化の特許のポリシーというのは、ライセンスは必ず出す。ところが、標準化技術を使って実質的な独占は起こりうる。というのも、最近は、コンソーシアムを組んで標準化をつくる動きがはやっている。複数の会社が一つの技術を開発するので、恐らくコンソーシアムを組んだ会社それぞれがこの技術を使うのに必須な特許というのを少なくとも一件以上は持っている。すると、開発に参加しなかった人がこの技術を使いたいと思うと、ライセンスを受けなければならない。リーズナブルで無差別にライセンスをしなさいという制約はあるが、幾らがリーズナブルという規定は何もない。また、権利者単位なんで、20社が集まってつくったコンソーシアムの技術というのは、20社からライセンスを受けなければならない。1社1%といっても20%になってしまう。これでは事業にならない。コンソーシアムというのは、もともとその技術を世の中に普及するだけの能力をトータルで持つ会社が集まっている。そのため、それ以外の会社が入らなくても世の中に商品を提供できる。そこがコンソーシアムの狙いである。

デジタルのネットワーク化というのは一つ標準が決まると次の技術もこれに関連させなければならない。そのためどんどん技術が関連を持っていく。このような標準の連鎖があると、ある段階の技術を使おうとすると、過去関係した技術のライセンスを全て受けなければならない。では、どういう会社が有利になるかというと、例えば全部の標準化活動に参加した企業があったとすると、その会社は自分の特許も全部解放しているが、自分は標準化の技術に対しては金を払わなくていい。絶対有利な状態になる。こういうことが起こったときに、今の独禁法で解決ができるんだろうかという疑問を持っている。

(デジタル時代の知的財産)

もう1つは、知的財産というのは、アナログの時代には、特許そのものは技術的思想なのですが、実際に商品に活用されるときは有体物の中に入っていた。そのため、物の概念でとらえてもそう違和感はなかった。ところが、デジタル時代になり、物と言えるのかどうかという問題が出てきた。今回の法律改正によったコンピュータープログラムも、物と定義したが、電送するのも譲渡なのかなど様々な問題が出て来ている。それらをどうやって処理していくのか、つぎはぎでいくのか、根本的に直していくのか、そういう問題を抱えているのではないかと思う。

またネットワークが発展してしまって、国境をまたがって特許が実施されてしまっている。サーバーが日本にあって端末がアメリカにあるとか。こういう実施の仕方に対して、特許権で権利行使できるかという問題がある。少なくとも日本では今の法律では権利行使できないと思う。アメリカではできるのではないかと思う。ハーモナイゼーションと言うが、なかなか実際のハーモナイゼーションというのはできない。せいぜい手続き的なハーモナイゼーションはできているが、裁判制度の問題や、損害賠償の問題などの、ハーモナイゼーションというのはほとんどできていない。これをインターネットのようなワールドワイドで行き来してしまうようなそういう時代にどうやって調整していくのかという問題が非常に大きな問題として出てきていると思う。

主な質疑

  • Q) 中国では、コピーが社会的に横行しているとも言われるが、どうすれば知的財産権を守っていけるか。
    • A) 非常に難しいと思う。まず、中国は潜在的なマーケットが非常に大きい。日本企業も生産コストが安いということで行ったが、将来的にはマーケットを狙っている。その弱みもあって、強い態度に出られなかった。また国自身が非常にしたたかで、産業を誘致するにもこういう技術を持ってこないといけないという政策がはっきりしている。それに対し日本の側は、国家戦略が何もない。企業競争の中で他の日本の企業より自分が有利になろうとしている。また、アメリカと異なり日本のマーケットは小さいので、マーケットを武器にして圧力を掛けることもできない。
       また、中国では司法がほとんど機能していないので、模造品問題は行政的に処置してもらっているが、コストばかりかかって、リターンが入って来ない。WTOへの加入を機に、先進国が揃って言っていかないとなかなか直らないのではと思う。
  • Q) アメリカのプロパテント政策と、強いベンチャーの出現の関係についてどう思うか。
    • A) 基本的に、アメリカのベンチャーが成功したのは、ソフトが中心だったからだと思う。ソフトは著作権で守られていて、人のまねさえしなければ、あとはだれにも拘束されない。それに対し日本のベンチャーというのはハード型ベンチャーが多かった。ハード型ベンチャーは、特許の世界なので、いくらいい発明をしても、周辺の特許を全部解決しない限り事業はできない。また、アメリカのベンチャーは開発したら売ってしまうことが多い。開発して大企業に売って、株価を上げて、また次の開発に入る。こういう人は人の知的財産を気にすることはないから、自由な発想で開発できる。このように、ハード系とソフト系の違い、開発型ベンチャーか事業型ベンチャーかの違い、これらによって成功度が大分違う。
       ベンチャーについては、他に注意が必要なこととして破産法との関係がある。ベンチャー企業が倒産したときにライセンスが破産法によって取り上げられてしまうことがある。そのため、ベンチャーと取引する場合は、一時金による履行契約か特許権を買い取るようにしないとならない。米国では破産法が改正されて、知的財産上の契約は保護されるようになったが、日本ではまだ保護されていない。
  • Q) 産学連携ということが言われるが大学の役割はどのように考えているか。
    • A) 企業は長期的な研究開発が難しいことから自前主義が取れなくなり大学に期待するところが大きくなった。しかし、大学では特許を書くスキルが十分でなく、また、補正の制限の厳しい日本の特許制度を考えると、企業が知的財産の手当てはバックアップする必要がある。
       また、産学連携を真剣にやると、機密保持の問題が出てくる。機密保持契約は厳密で、その技術の利用の仕方は厳しく制約を受ける。また契約の仕方を注意しないと、将来研究ができなくなるような契約をさせられてしまう可能性もある。
       大学の先生は、知的財産は取らないでオープンにすることが国のためだと考えているがそうではない。財産を取ることとどうやって使わせるかは別の問題で、財産を取るということが一番大事。しかも日本の特許ではなく、アメリカで特許を取らないとアメリカの企業はみんな自由になってしまう。つまり、いい発明はまずアメリカで特許を取らないと、日本の企業ばかり苦しめて、アメリカの企業をフリーにしてしまう。
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