住民自治を制度化したまちづくり 北海道ニセコ町

北海道ニセコ町

江戸川大学経営社会学科教授 鈴木輝隆
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【1羊蹄山とひまわり】
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【2ニセコ駅】

町長が変わっても住民が主役

人口4600人のニセコ町の取り組みは全国的に注目され、視察が多い自治体である。理由は、全国に先駆けて、自治体の憲法として「ニセコ町まちづくり基本条例」を策定し、住民との情報共有化と住民参加の取り組みを制度として保障したこと。住民自治から「住むことが誇りと思えるまち」をめざし、さまざまな新しい地域経営を実施してきた。結果、2000年の人口が4553人(国勢調査)であったが、現在は4655人となり、全国的に人口増加率の高い地域となっている。【1】【2】

こうした開かれた行政への取り組みを、積極的に推進してきたリーダーが前逢坂誠二町長である。逢坂さんは、1994年、全国最年少(当時)で町長に就任してから、3期目の2005年8月に町長を辞任し、衆議院選挙に出馬・当選した。任期途中での辞任であったこともあり、住民は困惑した。そうしたなか、10月には佐藤隆一新町長が誕生し、今後のニセコ町の取り組みに注目が集まっている。新町長のもと、「ニセコ町まちづくり基本条例」など、制度がもたらす真のまちづくりの成果が試されることになったからである。

また、2004年に行った内閣府の調査で、ニセコ町は参考にしたい自治体の1位であったことから、2005年11月に、全町民を対象としたアンケートを行った。結果はこの「わがまち元気」サイトに掲載されているので参考にしてほしい。町長選挙のすぐ後ということもあり、町民の気持ちが出ている。すべてがうまくいっているのではなく、住民と行政の不信感は未だ一部に根深く残っている。しかし、情報公開により住民参加が徹底していることがアンケートから伺える。まちづくりは永久運動であり、日本に世界の人に誇れる町がひとつでも多く誕生することを願っている。

はじめに、これまでのニセコ町のまちづくりを振り返ってみたい。

「情報共有」と「住民参加」

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【3町民講座】

逢坂さんが町長に就任して11年間、毎朝職員向けの町長室日記が電子メールで全国に配信され、話題となった。朝6時前には出勤し、夜10時過ぎまで役場で勤務し、時間を作っては全国を歩き、新聞やテレビ、ラジオに積極的に出演し、自分の意見をはっきり言った。コミュニケーションが大事な時代の新しい自治体のリーダーのあり方を示したとも言える。現在も、国会で活躍する逢坂さんの「徒然日記」は続いている。国会で論じられていることが、的確に伝わってくる。ITを活用すれば、情報共有はあらゆる場面で可能になったと実感した。ITの普及によって、社会は明らかに根底から変貌している。

逢坂さんは政治姿勢として「情報共有」と「住民参加」を基本に据え、地域課題を徹底的に議論しようと、「町議会への根回しは一切しない。議員や団体と個人的な取引はしない」と断言し、議員や利害関係者とは、一人で会わず担当者を呼び一緒に話を聞いた。日本の個別利益誘導型政治や公務員の裁量的秘密主義の体質が、住民を政治や行政から遠ざけたから、これを変えたいと思った。

「将来について議論できる環境をつくるには秘密をなくし、行政と住民で情報を共有することが必要。広報誌は行政の一方的なお知らせや行事報告の羅列ではなく、地域の課題提案型にし、これまで行政が奪ってきた自治を住民に返したい」と、町政の基本コンセプトを明快に提示し、これを実行した。

例えば、情報共有と住民参加を実現させる場として、行政と住民による勉強会「まちづくり町民講座」は、1996年にスタートし、2006年3月には100回を迎えた。ノーネクタイが唯一のきまりというのもユーモアがあり、町のセンスを感じさせる。いつも出席する町民は同じだという批判者は必ずいるが、継続して学ぶことで確実に住民自治が育っている。こうした批判者は地域を混乱させるだけで、意欲的な行動者とはならない。【3】

会議はすべてオープン

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【4まちづくり懇談会】
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【5町民講座2】

住民に隠すものは何もないと、役場の管理職会議は全面公開で、職員の傍聴も自由、住民は誰でも聞くことができる。はじめ幹部職員から、住民がいると「本音が言えない」と反論が出たが、「住民に言えない本音とは何か」と議論がなされ、すべてオープンとなった。

住民参加で政策の合意形成をする範囲は広い。各種委員会の委員は肩書きだけに偏らない公募であり、町内13会場で行う予算広聴集会「まちづくり懇談会」や、住民が5人以上集まれば、町長や課長が場所・時間を問わず出かけ直接議論する場「まちづくりトーク」など、さまざまなコミュニケーションの場面を創出している。【4】

月1回、住民は役場に用事がなくても、予約なしで町長に会える「こんにちは・おばんです町長室」。ほかにも課長や外部講師による「まちづくり町民講座」など、すべてオープンで行われ、幹部職員が試される場となった。住民からの質問に対して、町長に聞いてからと判断をしない幹部職員はいなくなった。住民は職員一人ひとりが責任を持って対応する行政の姿勢にびっくりした。こうした行政の意識改革の結果、住民と行政はお互いの立場を尊重し、議論のレベルも高くなった。それでもアンケートの自由回答を見ると、行政不信が複数あり、まだまだ信頼関係を築くには時間がかかるようだ。【5】

住民に分かりやすい予算説明書

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【6予算説明書】

全戸に配布する雑誌スタイルの予算説明書『もっと知りたいことしの仕事』は、ニセコ町の一年間の仕事が住民に分かりやすく掲載されている。【6】

予算の無駄遣いという議員もいたが、3000部の印刷費は38万円(当初)。この一冊で、町でどんな仕事が行われ、どのようにお金が使われるのかを具体的に知ることができる。内閣府のアンケート調査によれば、「ざっと見る程度」35.8%、「ほとんどのページに目を通している」25.3%、「半分位は見ている」19.3%の順で「全く見ていない」は13.2%である。予算説明書の情報は住民の生活必需品となっていることが分かる。

この予算説明書の資料編には、ニセコ町のある後志(しりべし)支庁管内の町村のさまざまな行政データを比較した表が載せてある。周辺自治体の一部から、他町村のデータまで公表するような余計なことをするなと苦情が出たが、統計資料として発表されているものを使用しているだけと反論した。住民には自治体政策の違いが数字で分かる自治体評価表は、自らの行政を客観視できる。今では、この予算説明書スタイルを真似する自治体が全国で100を超えている。

こうした行政のコミュニケーション・デザインの品質はローカルデザイン力となり、地域の個性と表出になる。

「ニセコ町まちづくり基本条例」とは

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【7こどもまちづくり委員会】

ニセコのまちづくりの原則は、「町民と行政との情報の共有」「行政の透明化の確保」「住民主体の行政の実現」の3つ。こうした政策は今ではどこの町でも言っていることだが、スローガンで終わっていることが多い。ニセコ町では、こうしたことを条文化するために、2001年3月に、「ニセコ町まちづくり基本条例」を全国に先駆け施行した。内容は地方自治の本旨、地方分権、住民と自治体のあるべき姿を定めたもの。

条例は、「コミュニティ支援」「意見・要望・苦情等への対応」「オンブズマン等の第三者機関の設置」「行政手続き」「特別職による宣誓」「予算編成の透明化・財政状況公表」「政策評価」「町民投票」など、きめの細かい制度内容となっている。この条例は一度作ったら終わりではなく、さらなる充実をめざして4年に一度の見直しを行っている。2005年12月の議会では、議会の役割や責務、総合計画の進行状況の公表などの条項が加えられた。

条例のねらいは、首長が代わっても、恣意に左右されることなく住民自治のシステムは保障され、安心して暮らせるというもので、この制度が試される時期となった。【7】

30秒での文書検索と「あそぶっく」

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【8机の上はパソコンのみ】
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【9あそぶっく外観】
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【10あそぶっく図書棚】
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【11あそぶっくのイベント】

行政の資料は役場が文書で埋まるほど多い。整理をしないと、死蔵する文書や資料が増えていく。ニセコ町では、情報共有化とコスト削減のため、文書は一つとし、担当者がいなくても、誰でも書類が分かるように、30秒以内に出せる最先端のファイリングシステムを取り入れた。2000年8月から着手し、文書はキャビネットに整理され、机の上は見事にパソコンだけとなった。文書を探す無駄な時間はなくなり、住民との情報共有が容易になった。【8】

このシステムの特徴は、「私物化の排除」「即時検索」「他者検索」。キャビネットは序列分類され、誰でもすぐに検索できる。文書が一つになったことで部屋は片付き、庁舎の建て替えの話もなくなった。どの仕事が重要なのかは優先順序で整理されているから人事異動に伴う引き継ぎも短い。住民の資料請求に対してはすばやい対応が可能。請求された文書がないときには作ることになっているので、機械的に情報提出を断ることはしない。住民に隠している情報がないことを証明した意義は深い。

1、2年目の文書は役場のキャビネットに、3年以上経過した文書は、旧郵便局を再利用した学習交流センター「あそぶっく」に図書とともに保存してある。この図書館は、2年間かけて町民と行政が一体となった検討委員会で案を練り、2003年の4月にオープンした住民の自慢の施設である。年間800万の予算で、図書購入から人件費までまかなっている。総勢67人のお母さんが交代で、毎日、有料ボランティアとして6人が働く「あそぶっくの会」。主権者である住民の元に行政文書は返っている。全住民アンケートで評価の高いのが、「あそぶっく」と道の駅「ニセコビュープラザ」である。【9】【10】【11】

資源循環型社会をめざして

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【12廃棄物最終処分場】
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【13処分場内部】
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【14堆肥センターの内部】
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【15羊蹄山とトラクター】

ごみ処分場の建設などの忌避政策は、住民の理解を得ることが難しい仕事。行政は順調に進まないので、予定通りに進めようと情報を隠して、住民の信頼を失うことも多い。ニセコ町でも、ごみ処理施設の建設に当たって、住民は不信感でいっぱいだった。行政は持っているすべての情報を公開し、施設の必要性と安全性に責任を持って取り組んだ。ごみ処理の最先端の専門知識を住民と共有し、信頼関係の中で施設整備を進めた。2002年、ごみ処理有料化を図るとともに、クローズド型(屋根つき)の一般廃棄物最終処分場を完成させた。【12】【13】

さらに、環境とエネルギーの地域内循環を実現させたいと考え、環境マネージメントを地域に導入した。基幹産業である農業や観光をいっそう魅力あるものにできないだろうか。ニセコは北海道有数の観光地であり、年間観光客数145万人、観光消費額130億円だが、農家数は170戸で、農業生産額は30億円である。一次産業が元気でない地域は魅力がないのである。

日本の観光地が痩せ細っていくのは環境マネージメントがないことも一因と、農業観光課を創設し、農業の持つ環境保全・創造力を重視した観光地づくりを行っている。2003年、住民で組織するニセコの環境を考える会が中心となって、「水環境のまちニセコ」をテーマに、「ニセコ町環境基本計画」を策定し、生態系の保全や生活文化の育成をめざした。結果、ゴミの量は5年前の3分の1に、リサイクル率は73%、生ゴミ堆肥化率100%を実現した。農家は堆肥センターで作られた堆肥を農地に還元し、地域資源循環型クリーン農業が誕生している。また、農業者が元気になることが重要と、「ニセコ21世紀型農業経営塾」を開催し、経営力のある農村ビジネスを育成している。【14】【15】

NPO法人「ニセコまちづくりフォーラム」

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【16綺羅街道】
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【17花は重要な観光資源】
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【18ニセコビュープラザ全景】
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【19ニセコビュープラザで
買物をする観光客】
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【20ビュープラザの農産物直売所】

地域づくりにはコーディネーターの役割は必要である。住民と行政の中間的な位置にいて、自立した住民組織であり、地域社会の中で、社交の場の役割をするものである。

中心市街地から15㎞離れたところに大型店6店舗があり、地域の商店街は厳しい状態。商店街がなくなればお年寄りは困る。もう一度、町民がにぎやかに活躍できる場を作りたいという思いから、地域コミュニティの再生が始まった。

「自分たちの町は自分たちの発想で」と、年間約90日もの話し合いを重ね、13年間の歳月を要し、駅から中心商店街までの1.6㎞の道路拡幅を行った。片側幅6mの歩道整備事業に伴い、各商店や住宅は補償金を得て、四角い門構えに外観を統一して建て直した。広い歩道空間では、電線は地中化、サイン計画によるデザイン化されたストリートファーニチャーやバス停、商店看板は金属工芸作家で住民の沢田正文さんのクラフト作品で統一し、全体がすっきりした空間となった。「綺羅街道」(道道岩内洞爺線)は、2001年度に整備完了した。【16】

現代日本社会の2大課題は、中山間地域の活性化と中心商店街の再生。これらを住民自治から解決しようと、2002年、農業、商業、観光を結びつける「ニセコ21世紀まちづくり実行委員会」を住民135人で組織した。実行委員会の部会には、「フラワーデザイン部会」「農業活性化部会」「観光産業活性化部会」「商店街活性化部会」「地域コミュニティ部会」があり、地域コミュニティの再生と地域産業のクラスター化をめざす。7月の「ニセコ花フェスタ綺羅街道」には10万人が参加、東京の旅行代理店は「ニセコ花ツアー」を企画し、多くの観光客が訪れ、朝市での買い物、オープンカフェなどでにぎわった。【17】

また、道の駅「ニセコビュープラザ」では、60軒の農家による農産物直売所があり、年間100万人以上が訪れる。一軒1m2の販売スペースで、中には年間1000万円を売り上げ、60人の組合員で総額1億6800万円を超える。住民自治から産業クラスターが確実に育っている。【18】【19】【20】

現在、NPO法人「ニセコまちづくりフォーラム」となり、理事長には懐の深い硲學(はざままなぶ)さんがつき、行政の代わりに住民サービスをする第二の役場をめざしている。

NPO法人「しりべつリバーネット」

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【21羊蹄山と尻別川】
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【22道路にミヤギノハギを植栽】

第二の役場をめざす、もうひとつのNPO法人「しりべつリバーネット」の話。牧野純二理事長は論客でスピード感のある実践者。流域7カ町村で組織しているしりべつリバーネットは、尻別川流域を一つの単位と考え、「流域自治」を提唱する民間団体から成り立っている。1996年に設立され、2000年にはNPO法人の認証を取った。その活動内容は、年間に約7000人が参加する、尻別川のゴミ拾いやイベントから、流域連携や流域自治に関する政策提言や調査研究、生活者の視点による適正な河川利用方策の構築、他のNPOとの情報交換、環境保全活動などを行っている。【21】

現在、ニセコ町周辺では、50人以上の雇用規模をもつアウトドア会社などが6社あり、約500人の雇用を起こすほど釣りやカヌー、ラフティングなどの体験観光が盛んである。現在では、冬季のスキーのシーズンより、夏季のアウトドアの観光客のほうが多い。急激に増大した河川利用者の事故が起きないよう、NPOでは「しりべつ川の約束」と題したルールを作り上げた。

また、NPOでは、国土交通省が進める「シーニックバイウェイ」事業に取り組む。1989年に米国ではじまったシーニックバイウェイ法の政策で、観光振興のための道路景観づくりに実績を上げている。【22】これをモデルに北海道では、美しい旅景色の演出による特色ある地域づくりに取り組む「シーニックバイウェイ北海道」事業が始まった。北海道が誇る景観をはじめ、自然や歴史、文化、レクリエーションなど、地域資源を保全・改善し、魅力的かつ個性的な地域づくりとなっている。地域住民と行政が連携し、「美しい景観づくり」「活力ある地域づくり」「魅力ある観光空間づくり」をめざす。この制度の特徴は、NPO等住民団体が申請し、計画や事業に対して国が資金的な支援をすることである。ニセコでは住民自治から、持続可能な美しい国土づくりを実現している。

まちづくりはみんなの夢「ニセコ町ふるさとづくり寄付条例」と「町民提案予算」

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【23有島武郎記念館】

大正11(1922)年、ニセコ町で自らの農地を無償解放した文豪・有島武郎の遺訓「相互扶助」の精神を次世代に引き継ぎ、さらに、ニセコのまちづくりへの共感やふるさとへ想いを持つ人びとに向けて、寄付金によるまちづくりを考え出した。【23】

2004年9月、「ニセコ町ふるさとづくり寄付条例」を制定し、寄付金をニセコ町まちづくり基金として積み立て、「森林の維持・保全」「環境や景観の維持保全」「自然エネルギー・省エネルギー設備の整備」「町ゆかりの作家有島武郎の資料収集・特別展の開催」「住民自治・コミュニティの推進」の5つの事業を実施する。条例施行後、寄せられた寄付金は、302件、150万円になった。住民はじめ国民に社会的投資の意義を問い、これからの地域の精神の継承と自立に向けて全国に情報発信している。

また、住民参加で予算を決定する試みも始まった。住民がまちづくりに夢を持てることが大切と、住民に予算の選択権を渡した。2005年3月、町民税の1%相当額の使途を住民が提案する「町民提案型予算」が町議会で可決された。町民税の1%については、町民自ら考えることにより、自主自立の町民意識の醸成を図っていきたいと制定された。住民が納めた税金を自分たちで選択して使えるまちは、その町に住みたくなる動機づけにもなり、また税金を納める楽しみとなる。

平成17年度は「絵本の読み聞かせ会」(予算7万円)が選ばれた。H18年度は5件の提案があり、ニセコ春の音楽彩オリジナルソングコンテスト(40万円)など3件。検討委員会では、プレゼンテーションを受け、『町の将来が発展できると考えられる事業や町民が夢を持って生活できると考えられる事業』を採択基準として審議している。まだ、内容的にはイベント的なものが多く、疑問は残る。議会からも不要論が出ている。住民自治から、将来に向けて、大局的・長期的な発想は生まれないものであろうか。

どんな優れた制度も、優れた自治体職員の存在があってこそと、人材の育成・獲得にもニセコ町独自の取り組みが成果をみせる。職員研修を充実させ、職員採用は全国公募で、1泊2日の徹底した能力試験採用を実施している。一人の職員に投資する額は、生涯3億円にもなる。自ら責任を持って改革する職員が必要とニセコ町は考えている。

コントロールはなしで、相互作用の起きる地域づくりを

日本の地方が活力を無くしたのは、地域を意志のある生きた組織とみなさず、国や県がお金で自治体をコントロールしようとしてきたことによる。日本の地域に必要なのは、市町村合併や財政難で目標を失ってきた政治と行政。これに不信感を持った住民との関係を変えていくことである。住民自治は行政のサポートを前提としたものでは、真の住民自治を育むことはできない。住民自らが行政のサポートを引き出す主体性をもつことが必要であり、行政はその環境づくりとして、制度や社交の場、人材育成などを行うことだ。

都市住民と違って市場サービスの恩恵を十分に受けられない農山村地域の住民は、大都市並みの市場サービスを行政に期待してきたが、土台無理な話である。 住民と政治、行政が信頼しあえるためには、情報共有とオープンなコミュニケーションの場は必要だが、行政頼りでは何も解決しない。そして自分とは違った価値観を持った人を受け入れる鷹揚な人間関係が築ける自由な社交の場を創出する。そのことが刺激となり、若い人もまちづくりに意欲が持てるようになる。

ニセコ町の全住民アンケートをみると、制度のまちづくりへの評価はそれほど高くはない。しかし、ニセコ町への誇り・愛着は感じている町民は8割近い。住民が安心して、誇りを持って幸せに暮らせるまちづくりは時間が掛かる。住民のコミュニケーションが活発になることによって、相互作用が起き地域づくりに意欲が持てるようになる。自治体は生きた組織であり、住民自治が育つ環境づくりを行うことが重要である。

私は地域経営について、ニセコ町役場職員・片山健也さんからさまざまなことを学んだ。日本や世界の地域について、本当に良く学び、また、しっかり地域で活動している。

片山さんは、「行政は奪った自治を住民に返し、住民が我慢できる限界まで行政サービスを縮小し、最小の経費で自治体経営を行う。自治体は住民にできない最終処分場など忌避政策だけを行う時代だ。改革は未だ途上だが、徹底した行財政の情報共有の取り組みによって、町民の行政依存意識は大きく変わった。行政への過度な期待はなくなり、自ら考え行動する主体的住民活動が増大した。市民自治機構として、自治体は自治の原点に立ち返り、緩やかな自治体解体と再構築をめざして明るく取り組んでいきたい」と、毅然と理想を語る。行政の密室性をなくせば、住民自らが情報共有によって地域課題に気づき、地域を変えようと、さまざまな住民自治の物語が生まれてくる。

これまで、全国各地のまちづくりは、神様や英雄ともいえる優れた地域リーダーを中心として行われてきた。そのため、首長や民間の地域リーダーが交代すると、途端に個性的な地域づくりは継承されなくなる。まちづくりは100年の大計である。ニセコ町の自治基本条例による永続性のある制度化されたまちづくりは、首長が変わったいま、全国の注目を浴びている。 



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