構造問題への「太い思考」を育て、マクロ経済の指令塔へ

  • 岩田 一政
  • 公益社団法人日本経済研究センター理事長
    (内閣府経済社会構造に関する有識者会議座長、元・内閣府経済財政諮問会議議員、元・内閣府経済社会総合研究所長、元・日本銀行副総裁)
  • インタビュアー:内閣府政策統括官(経済社会システム担当) 西川 正郎

< 政策サイクルの基盤となる“Evidence based policy making” >

岩田一政

― 岩田理事長には、経済社会構造に関する有識者会議(注)の座長としてお世話になっています。まず、行政における実証分析、気取って言えば“Evidence based policy making”の必要性についてお伺いしたいと思います。

(岩田) そうですね、“Evidence based policy making”というのは、政策を立案する上で事前に実証分析すること、それから政策を実行した場合の効果をフォローアップすること、その両方が結びついていないと政策の意義が本当にあったかどうかを確かめることができない。その意味では“Evidence based policy making”は、あらゆる経済政策の基礎ではないかと思います。

私が経済社会総合研究所長のときに「バブル/デフレ期の日本経済と経済対策」という7巻にわたる実証分析をまとめた本を刊行しましたが、これも“Evidence based policy making”の一つの典型だと思います。個別政策の分析も当然必要ですが、日本経済が直面している構造的な問題にメスを入れたことがこのプロジェクトの成果だと思います。日本経済におけるバブル発生と崩壊後のデフレという構造的な問題がどうして生じたのかについて深い分析が必要でしたが、ある意味ではそうした要請に応えるものだったと思います。また、内閣府の職員も単にプロジェクトをオーガナイズするだけでなく一緒に執筆もしたことで、人材育成の面でも効果があったし、学会や海外の学者との密接な交流ができたというメリットもあったと思います。

岩田一政

経済財政諮問会議あるいは現在は国家戦略会議という、マクロ経済政策の司令塔に当たる場面での議論において重要なのは構造的な問題です。構造的な問題に対する基本的な考え方を深め、その問題に対する正しい処方箋を探り当てるという太い思考を育てることが必要だと思います。

― 私もバブル/デフレ研究に参加できて大変よかったと思いますが、例えば昔は経済審議会があり、現在は経済社会構造に関する有識者会議がありますが、そういう構造的な問題に対する太い思考を育てる場所を恒常的に持つことが重要だと思います。経済分析、あるいは“Evidence based policy making”を行っていくには、各省ですと個別分野に関するものになりますが、内閣府において構造的な横のつながりを考えていくこと、そういう多面性の意義をどのようにお考えになりますか。

(岩田) 省庁を横断的に鳥瞰して基本的な政策を企画立案し、きっちり実行するところまでやる司令塔として、内閣府は非常に重要な役割を課せられていると思います。

今も日本は危機に直面していると思いますが、かつての経済企画庁のプロトタイプである経済安定本部の時代にはもっと大きな危機に直面していて、その中で安定本部は基本的な政策の企画立案だけでなく実行まで担っていました。宮崎勇さんが安定本部に入った時には、お米の切符を配るところまでやったそうですが、そういう仕事をやってこられた優れた先輩の仕事ぶりを拝見していると、日本が直面している基本的問題について非常に優れたご自分のお考えを持っていて、単に考えるだけではなく、その方向に経済政策全体を動かしたい、動かさないと意味がないというところまでやっておられた。先ほど太い思考と言いましたが、根本に立ち返って日本経済をどっちに持っていきたいのか、良い方向にするにはどうしたら良いかということを、一人一人問題意識を常に持っていることが極めて重要ではないかと思います。特に若い職員の方が歯車の一つになってはいけなくて、日本経済をどうすれば良いかということを自分で考えることが出発点だと思います。

内閣府は、経済安定本部と同様、官邸に非常に近いところにあり、実行まで関与することができます。経済企画庁は、きちんとした分析に立って政策を立案するという、役割としてはシンクタンク的だったとは思いますが、今の内閣府はそれだけではだめで、実行に移すところまでやらなくてはいけない。その意味ではやりがいは倍増していると思います。内閣府の潜在的なパワーとして、経済などの分析をする力と実行する力の両方を発揮することが重要だと思います。

― 冒頭に“Evidence based policy making”は、プランからフォローアップまでPDCAサイクルの全体を通じる基盤となる道具として大事なんだと仰いましたが、そのことと軌を一つにしているわけですね。

(岩田) そういうことです。

< 構造変化への「気づき」が経済分析の出発点 >

― 岩田理事長が以前経済企画庁でご経験されたことが、その後のエコノミストとしてのキャリアにどのようにつながっていますか。

(岩田) 経済企画庁での経験でいうと、私は企画庁に入ってすぐに一回、東京大学に移る前にもう一回、計5年ぐらい経済研究所で仕事をしましたが、私にとってものすごく勉強になる時期でした。一回目のときに、篠原三代平所長がイェール大学から戻ったばかりの浜田宏一先生を呼んで、金融の問題をやってくれと、そして若い人を育てることもやってほしいと仰って、私はマンツーマンに近い形で3年半浜田先生と一緒に仕事をさせていただきましたが、それがものすごくプラスで得がたい経験で、論文をつくる裏側をすべて見せてもらったようなものでした。そのおかげもあって、その後OECD(経済協力開発機構)に3年半行ったのですが、国際機関といっても経済分析で引け目を感じることは余りありませんでした。その意味では、経済分析の出発点が経済研究所だと思っています。

また、1984年に調査局内国調査第一課の総括補佐に就いた際に、経済白書の中で国際収支段階説の紹介を初めて書きました。どうしてそれを議論したかというと、今もグローバルインバランスは問題になっていますが、経常収支の黒字というのは構造問題なんです。アメリカは日本の経常黒字を批判しましたが、資本移動も為替レートも自由にしていて、それでも黒字になっているのを無理に減らす必要があるのだろうかという基本的な問題意識をもって分析を行いました。しかし、今もその議論は続いているわけですが。

― せっかくの機会なのでお伺いできればと思いますが、昨年の貿易収支が赤字になって、世間ではこれから日本は食べていけるのだろうかという不安の声も聞きます。日本の対外収支を構造的な部分と循環的な部分と分けて考えた場合に、昨年の貿易赤字は、ある程度イレギュラーな要素もあったわけですが、それをどのぐらい循環的な部分と見るのか、あるいは将来の構造として懸念すべき問題と考えるのかについてご見解をお話しいただけますか。

(岩田) 1984年の経済白書の中で、貯蓄・投資バランスから考えて、日本は1960年代後半から未成熟の債権国になり、しばらくその状態が続くということを書きました。浜田先生と共著でオープン・エコノミーの成長モデルを用いて日本の経常黒字幅を推計してみたところ、現実よりずっと大きい数値でした。それから、私自身が90年に書いた論文の中で、成長する世代重複モデルで予測すると、2025年ぐらいに経常収支が赤字になるという結果になり、個人的には2020年代半ばぐらいまでは黒字が続くのではないかと20年前に考えていました。昨年7月に日本経済研究センターにおいて中期予測を行いましたが、仮に原子力発電が停止した場合の効果を織り込むと、2017年に経常収支が赤字になるという予測を出しましたので、なかなか感慨深かったのですが、かつて私の思っていた時期より少し早まりましたが、トレンドとして動いている部分はあるわけです。予測というと通常は来年のGDPは幾らになるかといったことが盛んに議論される訳ですが、構造的な変化、将来に向けてどういう方向で動いていくのかという分析も重要だと思っています。

< 次世代の英知を育むグローバル・ネットワーク >

― 経済の問題というのはデフレからの脱却も、経済成長と財政健全化の両立も必要ですし、企業の投資意欲が高まらず内部留保が積まれているなど、問題は多面的に横へ全てつながっているわけです。それを個別に整理して解決しようとしてもおそらく無理で、一挙につなげて解決策を考えるような、マクロ政策運営の全体を総合的に分析して実行していくことが重要なんだと、先ほどからのお話を聞いて思いました。

(岩田) 仰る通りです。そのためにもまず、内閣府の人たちはチャレンジングであるべきだと思います。私が最初に研究所に入った時は、パイロットモデルと世界モデルという2つのモデルを回していて、当時、世界モデルはファッショナブルでした。世界経済全体がこのモデルで予測できると、やや幻想に近いところもありましたが、モデル開発という面ではパイオニアでした。理論的な詰めは必要だと思いますが、そういう新しいものであっても挑戦するという姿勢が求められていると思います。

また、経済安定本部の時に何をしたのかを検証すると、大来佐武郎さんは人集めを一生懸命おやりになって、商工省から金森久雄さん、建設省から下河辺淳さんなど、色々な役所の中でも言ってみると「異能型」の人材、あることに関して非常に優れた知見を持って、意欲がすごくある人を集めてきました。さらに、日本経済の基本問題を解決するために、農業分野の東畑精一先生や傾斜生産方式の有澤廣巳先生といった、それぞれの専門分野のオーソリティーの学者の知恵も結集して仕事を進めました。

いま日本は明治維新と戦後に続く第三の危機に直面していると僕は思っていますが、内閣府で人を育てる場合に、内部を育てるのも大事ですが、そういう外部の人材を活用し、オーガナイズして良い仕事をしていく視点も同時に持つべきだと思います。

― 仰る通りだと思います。英知を結集するために岩田理事長に座長を務めていただき経済社会構造に関する有識者会議を設置したり、バブル/デフレ研究において色々な分野の研究に職員が参加することで日本の英知に触れたりしたことは、内閣府を「知恵の場」としていくために非常に大きな─単なる刺激ではなくて財産になっていると思います。

(岩田) 私は日本銀行にも5年いましたが、中央銀行でも質の高い研究者、エコノミストを集めることについて国際競争が非常に激しくなっています。これは良い意味の競争だと思っていますが、そういう状況も意識しながら人材を育てていくことが必要です。

― 内閣府も「知恵の場」を称するのなら、グローバルに伍して戦える良い英知、人材を育てるように工夫をしないといけないということですね。

(岩田) はい。国内のアカデミックスだけではなく、海外の人とも付き合う必要があると思います。内閣府はアメリカのCEA(大統領経済諮問委員会)ともネットワークを持っているので、単に実務的な会合で経済情勢を話し合うだけでなく、もっと深い問題に関する基本的な政策の考え方を議論するなど、ダイアログの場をもっと拡大していく必要があると思います。建設的な議論を行うコミュニケーションの問題も重要で、グローバルな世界でうまく伝えられること、そして伝える内容がグローバルなスタンダードであることが必要です。OECDのEPC(経済政策委員会)もある種コンペティションの場ですので、ポジティブな貢献を拡大していくべきだと思います。

― 内閣府では経済財政の中長期試算を最近公表しましたが、国際的に見れば、例えばアメリカのCBO(議会予算局)がやっている仕事に近く、オランダでもオランダ中央計画局が選挙のときに各党が出しているマニフェストについて一定の評価の作業を担っていますが、各国の特有の制度の中でマクロ政策運営を担っている人たちがどのような機能を果たしているかということを踏まえながら、コミュニケーションを図るべきだと私も痛感しています。

(岩田) そういうふうに思います。例えば去年の3月に、オリヴィエ・ブランシャールさんがIMF(国際通貨基金)でこれからの成長はどうしたら良いのか議論するため、ノーベル賞クラスの人を五、六人集めるから来ないかとお誘いがあったので私も参加しましたが、そういう時に内閣府の人も来て議論に参加しても良いと思います。構造問題はしばしば先進国共通の問題であるわけです。そういう議論の場を意識すると、人の育て方もどういう人を育てなければいけないかという方向性が明確になると思います。

― 今回、経済社会総合研究所の研修機能を生かして、オン・ザ・ジョブ・トレーニング、それから直接経済分析の仕事に就いていないようなときも研修ができるような仕組みをつくっているところです。やはり若手には第2の岩田理事長を目指して、ぜひ今日いただいたスピリッツも含めて頑張ってほしいと思いますし、我々幹部もそのための環境をつくっていきたいと思います。

(岩田) 私はともかく、他の偉い先輩がたくさんおいでになりますので、そういう先輩のような人をたくさん生み出してもらいたいと思います。

― 今日はどうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月27日に実施しました。)

(注)http://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/k-s-kouzou/k-s-kouzou.html

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