内部専門家の役割と政策分析の基盤

  • 翁 百合
  • 株式会社日本総合研究所理事、公益財団法人総合研究開発機構理事
    (内閣府税制調査会専門家委員会委員、元・内閣府経済財政諮問会議「日本21世紀ビジョン」に関する専門調査会委員)
  • インタビュアー:内閣府経済社会総合研究所次長  堀田 繁

< 政策分析の重要性 >

翁 百合

― 最初に、経済社会がますます複雑化していく中で、政策分析の意義についての先生のお考えをお伺いさせていただければと思います。

(翁) 時代や経済に対する認識ですが、私も非常に複雑化していると思います。リーマンショック、それからリーマンショック後の今の欧州債務問題などを見ましても、金融市場が非常に密接に実体経済に関係を持つようになりました。90年代の不良債権問題では、日本は不良債権が大きな重石になり、いつまでたっても景気回復できませんでした。現在は、それに加えて、金融市場の危機がグローバルに伝わり、また金融市場において複雑な仕組みのデリバティブが普及したり、金融機関のファイナンスが市場化する中で、ショックが外生的なものとして与えられるだけではなくて、内生的に広がっていく性質を持つようになるなど、モデル自体も変容を迫られていますし、こうした金融市場の変化により金融が実体経済に非常に大きな影響を与えるようになってきています。そういう意味からも、非常に密接に相互関係を持つようになった金融と実体経済の関係について、分析的理解なしには体系的な政策の遂行が非常に難しくなってきているという感じを持っています。

それからもう一つ。人口動態が大きく変化していることです。100年かけて3倍程度までこれだけ人口が多くなって、100年かけて元の水準に減っていくという、まさに今が人口動態の転換点です。それも今まで先進国では経験したことのないようなスピードを持って人口の減少と同時に、少子高齢化が確実に日本経済に大きな影響を与えるようになってきています。人口動態はもう見えている変化ですので、どのように経済や社会に影響を与えるか、あらかじめ理解を深めておいて、どういう効果的な政策をとっていくかということについて分析的な裏付けをきちんと与えていくことが非常に重要だと思っています。

翁 百合

その意味で内閣府が、政府全体としてどういう政策を実行していく必要があるかという観点から知恵を出していく、また、客観的なデータ分析により、どのように実施した政策を評価すべきなのかといったことについて発信をしていくことが極めて重要になってきています。経済社会総合研究所のような研究組織には、これからも十分専門家から見ても納得できるような実証分析や、長期的な展望に立った分析に基づいた提言を発信していっていただきたい、と思っています。

― 翁さんの目から見て、今後どういった分野のリサーチを強化していったらいいか、という点について何かありましたらお話し下さい。

(翁) 高齢化社会の中で社会保障をどのように制度設計していくことが持続可能で望ましいのかという問題はきわめて重要だと思います。負担と給付の関係をどのように設計するべきなのか、またどのような制度改革をすることが産業としての医療・介護の育成につながっていくのか、といった論点が挙げられると思います。これから我が国は、2050~2060年に世界でも一番の高齢化社会になっていくことが見えています。今見えている人口動態の変化の中で社会保障をサステイナブルな形にしていくべく、先を見据えた様々な政策を打っていくためのリサーチは、日本にとっても非常に重要なことなので、ぜひ取り組んでいただきたい、ということがまず一つです。

それから、社会保障と大いに関連しますが財政の問題です。最近、内閣府の「経済財政モデル」では、消費税が10%になった場合や、今回の社会保障・税一体改革の関連で、2014年と2015年に2段階で消費税率が変わった場合に財政健全化はどうなるのか、といった観点から様々なシミュレーションを行っていますが、それは一つの客観的基礎として重要な取組です。いずれにしても、財政再建は、私たちの社会、生活のサステイナビリティにとって非常に重要な課題だと思います。今後の民間貯蓄の動向と国債市場の関係はどうなるのか、財政健全化はどのように進めていくのがよいのか、どのような進め方が最も経済成長と両立する形で望ましいのか、といった観点からもリサーチが必要です。財政再建は金融と大きく関係がありますので、最近の欧州の金融情勢についても、金融市場の見方がどういうふうに国債価格に反映されているのか、などの点もフォローしつつ、リサーチを行う必要があると考えています。これからまた金融市場の規制も強化されていき、実体経済に色々な影響を与える可能性があると思います。

最近は、マクロ・プルーデンスという言葉がよく使われていますが、実体経済と金融規制の相互関係について、国際的な監督当局や中央銀行の認識が高まっています。金融システムの安定を図っていくことが、ミクロの話だけでなく、マクロ経済とのリンクという点で非常に重要になってきています。理想的には、内閣府が実体経済の方から見て、日銀等が金融面からアプローチして、それらをうまく組み合わせて、どうすればこれからの日本で予想され得る長期金利の上昇といった非常に難しい事態を乗り越えられるのか、ということについても、データに基づいた分析により、事前的にウォーニングを発信していただければと思います。

< 人材育成 >

― 翁さんがおっしゃった規制の分野はミクロの知識や分析能力が求められる分野だと思いますが、政府の規制が制度を通じて実体経済とどう関わっているのか、といったミクロの分析はなかなか難しい課題だと思っています。民間シンクタンクについては日本でも以前からその役割が注目されているかと思いますが、民間シンクタンクにいらっしゃる立場から、組織の中での人材育成について日頃お感じになっていることをお話し願います。

(翁) まず、ミクロの分析といいますと、私は産業再生機構に非常勤取締役として入った経験があり、事後的に内閣府が個々の企業の事業再生が実体経済にどういう影響を与えたのか、ということを検証されたときに議論に参加しました。その議論は大変興味深かったのですが、その成果は構造改革評価報告書になりました。また、内閣府が個々の産業の規制改革が全体としてどのくらいマクロ経済に寄与したのかといった分析も、類似の分析がないだけに大変参考になりました。そういったミクロの分析が蓄積されていきますと、やはり組織の力になっていく、と思います。どうしても省庁には人事配置のローテーションがありますが、とにかく研究成果をリサーチペーパーとして公表して研究者や政策担当者の議論の素材とすること、それを組織の財産として残していくことが組織としての力になっていくと思います。

人材育成に関しては、リサーチを通じた経験や勉強が蓄積されて、専門分野の知識と考察力を兼ね備えた人材が育成されていく、という流れになっていくことが必要だと思います。民間シンクタンクにおいても、リサーチを実践していく上で、政策オリエンテッドな問題意識を持って、専門分野を深めていくことが非常に重要だと思っています。特にシンクタンクにおいては、正五角形の人ではなく、むしろ専門家としてのキャリア・リサーチャーを育成していくことのほうがやりやすいと思います。

組織にとっては人材が宝ですので、人材の基盤を強化していくことは最大の課題であって、そういった問題意識と分析能力を持つ意欲的な人材を内閣府も民間も組織のコア人材として大事に育成していかなければならない、と思います。

< 統計データの重要性 >

― それから、政策分析を行うに当たって、やはりデータをどう集めていくかが重要でしょうか。

(翁) ミクロのパネルデータなどをより充実していくことが重要です。それから、たとえば消費活動ひとつをとっても、消費者の行動様式が特にインターネットを活用した取引へとどんどんシフトしてきているなど、人々の行動様式の変化をできるだけ迅速に反映したミクロデータの収集を充実させることが大事だと思っています。

統計担当部署の方がアンテナを高く持ち、そういったデータをどのように充実できるのか、という問題意識を持っていると、やはり違うと思います。地味な仕事をされている方々でも、問題意識を持って統計業務にあたっていただいて、経済分析の基礎となるデータを充実させていただきたい、ということが一つです。

また、ミクロデータについても徐々に公開されてきてはいますけれども、研究者もアクセス可能なようにしていただくことや、各省バラバラにやっていることをより有機的に連携してデータの改善につなげていけるように総務省で政府として統計を統一的に充実させようとされる取り組みをなさっておられるようですが、ぜひ内閣府も充実と改善に向けて政府全体として取り組んでいただきたい、と思います。

たとえば、GDP統計も大幅な改定に向けてご努力されていて、なかなか地味で大変な仕事だ、ということは承知しております。データが政策分析の基礎になりますので、ぜひより充実させていく、という意識を持って統計業務を進めていただきたい、と思っています。

― 先般、国民経済計算に関して新しい基準に基づく改定作業とストック編を公表しましたが、日本のGDP統計については、まだ海外がこれから目指すべき方向やレベルからすると、我が国にはいろいろ宿題が残されておりまして、5年後の次の改定に向けてまた作業をしていかなければいけません。

GDP統計もそうですが、やはり統計というのは非常に地味な仕事ですから、各省庁の統計の部署もそうだと思いますけれども、リソースが限られてきています。しかし、その状況でもインフラの部分がきっちりしていないと、分析できないということがあります。

(翁) 日本学術会議でもそういった提言を出しております。やはり研究者、研究者にとっては、データは非常に重要ですので、その充実と公開というのは、ぜひ今後ともご尽力いただければ、と思います。

< 内閣府の役割 >

― 最後になりますが、分析の重要性についていろいろ語っていただきましたけれども、省庁再編が行われて10年経つのですが、今後、内閣府に対して期待されることがあれば、お話しいただければありがたいと思います。

(翁) 民間のシンクタンクも増えてきている中、リサーチの結果などを民間に対していかにわかりやすく伝えていくか、という点が非常に大事だと思っています。今、情報が氾濫している状況なので、もっともっと積極的な情報発信をして存在感を示していかれてはいかがか、と思っています。

例えば、私はアメリカの連銀のホームページをよく見ます。いろんな人が公表データに関心を持ってもらえるように、非常に簡易に経済データを加工してイメージに合ったグラフを書けるようにしたり、非常に難しい論文のエグゼクティブサマリーの部分を一般読者にすごくわかりやすくかみ砕いて提供するシリーズがあったり、調査エコノミストや局長クラスの方がブログを書いて発信したり、もしくは、ゲーム的なものとして、例えばこういう政策を打ったらどうなるでしょうといったシミュレーションを行う、といったさまざまな工夫をホームページ上でしていて、アピールするといいますか、情報発信力を高めようとしています。内閣府のホームページはややおとなしいというか、何かもう少し工夫して、アピールするようなことをされたらいいのではないかな、と思います。例えば、幹部の方がエコノミスト・ブログを書かれるとか。

勿論、政府内で個人の見解を示すことは限界もあるかもしれません。けれども、こういったデータや経済の動向に関心を持ってもらう努力は重要ですし、エコノミストにとっては非常に興味のある論文もたくさん掲載されてはいますが、同時にエコノミスト以外の学生も含めて一般の人たちにも、内閣府ではエコノミスト的な仕事としてこういうことをやっていて、こういう重要な政策課題があるのだ、ということを理解してもらう努力は必要であり、いろいろな議論を喚起する一つのきっかけになるのではないか、と思っています。

いずれにしても、最初に申し上げたように、これからの日本経済は本当にいろいろな意味で、環境は厳しいと思いますが、とにかく成長しながら高齢社会をうまく乗り切っていかなければいけない。そういった中で、客観的なデータに基づく政策分析は非常に重要で、説得力を持ちますので、人材面、情報発信、統計の充実、といった点についてますます力を発揮されるような体制をつくっていっていただければ、と希望しております。

(このインタビューは平成24年1月25日に実施しました。)
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