「ゆるぎない日本」の再構築に向けて -防災に関する政策と人材・組織像について-

  • 河田 恵昭
  • 関西大学社会安全学部長
    (内閣府中央防災会議「防災対策推進検討会議」委員)
  • インタビュアー:内閣府政策統括官(防災担当) 原田 保夫

< 我が国の防災対策と課題について >

河田 恵昭

― 防災分野での政策分析についてお話をお伺いするに当たり、まず、我が国の防災政策の位置付けについてのお考えをお聞かせいただけますか。

(河田) 例えば風水害であれば、2000年以降一災害で100人を超える犠牲者は出ておらず、少々激甚であっても、その被害は局所的にとどまると思っています。

やはり課題となるのは、東日本大震災のような異常な外力が働いたときにどうするのか。これまで余り考えられていなかった問題ですね。これからは国難となるような巨大災害にどのように対応するのかということを、国を挙げて考える必要がある。首都直下地震、東海・東南海・南海地震、それから東京湾の高潮、利根川・荒川の氾濫、こういった災害は想像を絶する被害をもたらすことになると思います。

― とりわけ首都直下地震が他の災害と違うのは、行政中枢とか経済中枢を担っている機関そのものが被災する中で、災害対応業務を進めながら、国を支える仕事に取り組まないといけないということではないかと思います。

(河田) 今、国交省で首都機能のバックアップについて検討されていますが、情報などのバックアップはそんなに難しくない。しかし、行政の要は人で、そのバックアップには移動という難しさがある。このため、余り遠いところに置こうとするのは無理な話ですが、一方で立川では近過ぎるのではないかという議論もある。これまでの想定を少し超えたところにバックアップ機能を持たせるべきだと思います。

― 人的資源、さらには物的資源に限界がある中で、有限の資源を災害時に効果的に振り向けるという観点で言うと、事前にいろいろな備えをしておく必要があると思うのですが。

(河田) 今、私が進めようとしている研究は、致命的な被災シナリオがどのようなプロセスで発生するかを明示してシミュレートする新しいアプローチをとっています。首都直下地震が起きたときにどこがボトルネックになって、被害の大部分が決まる一番のポイントになるのか。災害の側、地震の側からどう東京を攻めたら致命傷になるかというアプローチをとらないと、ポイントを押さえた有効な対策を立てられません。地震の側から見れば、例えば一極集中なんて一番おいしい話です、そこさえ攻めればいいわけですから。その意味で、やはり分散型にはある種のメリットがある。ただし、分散しすぎてあるレベルを超えると、ネットワークが全部ダウンしてしまう。だから、その閾値を見つけるには、最悪の被災シナリオをきちっとあぶり出して、それで被害の例えば6割ぐらい決まるというようなポイントを見出す必要があると考えています。

< 行政とアカデミズムについて >

― これまでの災害シミュレーションは、例えば地震の大きさに応じて被害を算出する積み上げ方式が基本でした。そういった次元の異なる新しいアプローチをとる際に留意すべきポイントについてお話し下さい。

河田 恵昭

(河田) 例えば、現在、内閣府で南海トラフの巨大地震モデル検討会をやっています。あれだって、まだ大震災から1年もたっておらず、プレート境界の沈み込み帯の力学が画期的にわかるわけもないため、非常に限定的な知識で検討せざるを得ない。今の政府の専門調査会の活動は、研究とパラレルで進むという認識が要る。 首都直下地震の問題も、やはり研究をしながらそれを反映していくという形で進めざるを得ない。今までは、研究は行政の10年先に行っていると言っていたが、今はもうカツカツです。互いに刺激し合いながら進めていかざるを得ない。 だから、検討成果はリスクが必ず伴うものと理解する必要がある。加えて、そういうことを国民にアピールしておかないと、また想定外という話になる。

― 内閣府が行政官だけでなく政策分析家を標榜しているのは、政府全体の中でアカデミズムとの接点にいて、常にアカデミズムとの交流をしながら行政の質を高めていく、それが知恵の場としての内閣府の大きな役割とつながっていると考えているからです。そういったアカデミズムとの連携を前提に、我々公務員が持つべき資質について、どう思われますか。

(河田) 災害には現場があり、歴史性と地域性という大きな特徴がある。現場を離れて防災のことは決められない。そういう意味では、大学のアカデミズムは現場というより頭の中の話が中心ですので、それを現場に持ってくるのは、政治と行政の役割と思います。そういうインタラクティブな環境をつくっていくことが重要です。

今まではアカデミズムが先に進んでいた。だから、難しい話をすると、そんなもの現場でどうやって適用するんだと言われるような状況でした。しかし、今これだけの災害が起きている中では、現実の方が先に行っていて、地震学などの分野で、アカデミズムがフォローできていない状態が出てきています。

しかし、もともと防災は人相手の仕事ですから、アカデミズムが行政に先行するよりも1:1の関係で一緒にアプローチしていくことの方が望ましく、見方を変えれば良い機会だと捉えています。

― そうは言っても、やはり行政のこういうことは改める必要があるのではないかということもあると思うのですが。

(河田) 何も考えずに単に改めるというより、政策オプションをどう評価してより良い政策、社会にフィットした政策を選択するかということのために政策分析が要るのです。人口の分布や生活様式など受け皿の社会がどんどん変化している一方で、アカデミズムはそれぞれのアプローチにとどまって、変化についていけていない。やはり政治・行政の場で、社会の変化を踏まえて、どのアプローチを選択するかという形でレスポンスしていく以外の方法はないと思います。

< 個人と組織について ~暗黙知から形式知へ~ >

― 社会の変化に伴って一番変化しているのは政治かもしれませんが、役人の世界はそういう社会の動きや政治の変化についていけていないという批判が多くあると思いますが。

(河田) それは組織としての問題であると同時に、個人の資質の問題でもある。内閣府がどうしなきゃいけないかと言われますが、そこの構成メンバーがどうすべきかということの方が、はるかにモチベーションという意味では大切です。国家公務員になるというモチベーション、内閣府の職員になったときの、自分はここでこういうことをするんだという動機が、組織の方向とうまくつながっていくと、継続的な努力が期待できますから。

内閣府というのは、国交省からも農水省からもすべての情報が入ってくる立場でしょう。それで分析に基づいて総合的に施策に取り組むことができる。具体的に言いますと、5百年~千年に一度来る津波の高さが15mと決まったとします。そのとき、15mの防波堤をつくったら町が生活や仕事の場として成り立たなくなってしまう。必要なのは、あくまでも15mの津波が来たときに被害をゼロにするにはどうしたら良いかということです。当面は毎年台風が来て高波が来るのでそのための防波堤はつくらないといけないが、住宅再建も含めた高さをきちっと考慮したまちづくりや、漁港の位置付けなど、様々な関係省庁の知恵が要るわけで、その真ん中に住民がいないとまちづくりはうまくいきません。それができるのは、やはり内閣府です。

― これからの内閣府防災担当部局の姿として、各省からの出向者も含め、職員の仕事の進め方という点でお考えはいかがですか。

(河田) 資料情報をどう使うかということだと思います。何のために解析を行うかが明確になっていれば、どれぐらいの情報が要るかの見込みが立って、現象をあぶり出すことができる。フルセットで情報がなければできないというものではない。政策決定にはもともとそういうところがあって、情報があるに越したことはないが、たくさんあればいいというものではない。通り一遍の解析ではなく、そこからどういうものを見出すかが大事で、その解析によって何をもたらすのかという明確な方向性がその人間にあれば解は出てくる。そういう職員になるような育て方をしなきゃいけない。

― そこら辺は、役人は、一般的には不得意分野ですよね。東日本大震災について言うとこんな分析がもっと必要ということはありますか。

(河田) 歴史性と地域性が考慮されているかが大事です。例えば被災地の人たちは、皆とても海が好きですので、それを生かすような対応をやらないとどんどん傷ついてしまいます。

― 防災の分野では、歴史性とか地域性を踏まえたある種の物差しをきちっと持って、物事を判断しながら仕事を進めていけばいろんなことが見えてくるということですね。

(河田) だから、内閣府の人材を育てるときには、例えば10年のプログラムで何回か現地へ行って現地の体験をさせることがとても大事です。ある種のセンスは現場でしか得られない。ものの基礎ができたら、あとはちょっとずつ経験させるだけでどんどん大きくなる。キャリアパスの診断表にどういう現場に行きどういうことをしたかを載せ、欠けているところを経験させていくのです。

― 今回の災害対応で、岩手、宮城、福島に現地本部を3つ作ったのですが、我々も60人ぐらいの組織に過ぎないので、内閣府の他のセクションから、若い人を中心に2週間交代ぐらいで行ってもらったのですが、後から聞くと、非常にいい経験になったという職員が多いです。

(河田) それ、帰ってきたら発表させるのです。そして暗黙知を形式知にする努力をすべきです。帰ってきて「よくやってくれました」じゃなくて、「どうだった」という報告会を定期的にやったら良い。他の人の経験をじっくり聞けば、自分が経験したのと同じ効果が得られます。個人が限られた時間、場所で得られる経験には限界がある。でも多くの人の経験も吸収することで、センスは大きく磨かれていく。そういう個人の生の経験、暗黙知を形式知にして組織で共有し、個人的にも組織的にも知識の蓄積を進めなきゃいけない。現場に行くだけでなくて、帰ってからの取組が重要です。忙しくても、少しずつ継続的に取り組んでいけば、それが財産になって、どんな新しい問題が起こっても、個人としても組織としても臆することなく向かって行けるようになります。

僕は途上国の災害調査で海外に400回ぐらい行っているけど、行くたびに若い研究者にいろんなことを教えている。フィールドに出ると危険だからどういうふうに所作しなきゃいけない、どういうところでリスクがある、等を現場で教えてやると、若手は全部受け継いでいってくれる

例えば、川の洪水の被害調査やってこいと言ったら、みんな上流から歩き出して、前ばっかり写真撮って、後ろを振り向かないんですよ。橋なんかは上から見たのと下から見たのと壊れ方が違うのに。一度失敗させて教えてやると、二度とそういうことはしない。そういう意味では、若手こそ連れていって失敗させなきゃいけない。

― 我々、若い人に失敗しない仕事のやり方ばかりを指導しているかもしれません。

(河田)結局、自分で考えないとだめなのです。今は昔と違って、コンピュータで図面を書きますよね。プロセスが短くなり、ローテクの部分が少なくなったので効率は上がりましたが、大切な「何で」と考える時間が短くなっている。解析というのは、時間をかければかけるほどいいものが出てくる。最近の大学院生はパワーポイントを作るのはうまいが、10の時間のうち発表のために8ぐらい使ってしまって、内容を吟味するのに2しか使ってない。ある時、パワーポイントをやめて、OHP1枚で白黒で20分しゃべれと言ったら、OHPつくるのに2で、考えるのに8使えた。自分で考えることが重要なのです。

< “政策”の意義について ~システムと評価~ >

― 防災の分野では、これまで「防災対策」とか「防災行政」といった言葉遣いをしてきていて、「防災政策」という言葉にはなじみがない部分があるのですが。

(河田) 例えば、2001年の同時多発テロの後、FEMA(アメリカ連邦緊急事態管理庁)は、国土安全保障省の傘下に入るという組織再編を行うとともに、連邦対応計画を国家対応計画に改定し、災害の事前対策をきちっとやろうということになりました。

その結果、例えば、アメリカのハイウェーは、それまでは重大事故が起こるまではメンテナンスはほとんどやっていなかったけれども、重大事故が起こってからでは遅いということで、道路の連邦政府予算は3倍になった。でも、ルイジアナで道路が落ちたりなどが続いていた。

要するに、システムを変えても、人間のマインドはなかなか変えられない。すると前のシステムと同じことになる。法律を変えるのは簡単だけれども、それに現場がなじんでいくのかどうかを評価して、本当にうまく機能していくのかフォローしないといけない。それを当事者だけに任せておいたらだめで、それを客観的に評価するというシステムをつくっておく必要がある。

― 我々は法律を作ったり予算を付けたりしてシステムを変えるところを政策だというふうに思っているところがあるのですが、システムを変えただけではだめで、システムがどういうふうに機能するかという評価の部分こそがまさに政策だということですね。

(河田) システムを変えるには、それでどういう効果があるかを評価しなければいけない。
例えば93年に北海道南西沖地震が起こったときに、当時の津波防災まちづくり条例に基づいて、町が高台へ移った跡の土地は何も使われずに更地になっている。

僕に言わせると、町の賑わいを取り戻さなければだめです。近くに空港もあるし温泉もあるから、一大観光産業を引っ張ってきたらと提言しましたが、その条例ではそうした利用はできなかった。高さ11mの防波堤をつくって、町はきれいになりましたが、人口が大幅に減ってしまった。

東日本大震災の復興地域づくり条例も、そこで従来以上に生業が豊かになるような仕組みを盛り込まないといけない。そうでなかったら、結局きれいな港ときれいな町が残って、人はほとんどいないということになってしまう。それを説得材料にして、住民を動かさなきゃいけない。何をもって成功とみなすか。そういうことを今、条例を作るに当たって明確にしておく必要がある。

― 効果があるのかないのか、どういう効果があるか、そういうことをきちっと検証することが政策の真髄だということですね。

< 内閣府とその職員の在り方について >

(河田) EUができて一番うまくいっているのは治水なのですが、その理由は、国際河川について、関係国間で情報を交換する義務ができたためです。かつてはライン川上流のドイツに雨が降っても、中流のオーストリアには一切情報が来なかった。だから、突然水位が上がったりすることがしばしばあった。EUになって、そういう法律の枠組みができて、リアルタイムに情報が集まるようになり、推計精度も上がって、国際河川は随分治水がよくなった。

日本でも、例えば、以前の兵庫県の地域防災計画では、大阪の上町断層が動くとどうなるかは想定していなかった。伊丹市で2,000人死者が出る可能性があることを指摘したら、それまで伊丹市は兵庫県の中の活断層しか見ていなかったから、青天のへきれきだった。関西広域連合になって初めて、どうするかを議論し始めた。

― それを霞が関に当てはめると、今は昔ほど縄張り意識はないですけど、各省ごとの縦割りのやり方では課題に適切に対処できないということですね。

(河田)事あるごとに協議会をつくって情報交換して、そこで障壁をなくして調整したらいい。

― そこにまた、内閣府の役割があるということでしょうか。

(河田)まとめ役が一番賢くなるのですよ。情報が全部入りますから。

― 最後に、内閣府や内閣府防災の職員に期待することとかありましたらお願いします。

(河田)今、日本は非常に厳しい状況に置かれています。東日本大震災と福島の第一原発の問題に力を入れてますが、それで終わらない可能性がある。試されるのは一人一人の実力です。

みんなが一色に染まることはない。ある人間を一つの尺度で評価するのでなく、それぞれが多様な視点を持って、自分の指標に沿って頑張る時代に来ていると思います。

多様さは安定につながります。何かに固まっているということは、そうでないところが弱くなる。内閣府のバランスを一人一人が担うとなれば、「多様な集団」であることが絶対必要です。

― そういった意味では、職員の不均質性はできる限り少なくすべきという気持ちがどこかにあるのですが、そういった多様な人材を抱えていることが強みになり得るということでしょうか。

(河田)多様な人材と共通のコンセプトがあれば良い。自分たちが国を、防災を支えるんだという共通のマインドがそこにあれば、絶対に連携は可能です。

 例えば、大学では、教授のテーマには助教授も助手もみんなで取り組んでいますが、それだけですべてではない。助教授も助手も、それぞれ独自のテーマを持っていて、互いに隣接しながら研究の幅を広げている。大きなテーマだけでは隙間が大きくなり過ぎますが、大小取りまぜて充てんされている状態が一番頑丈になる。

どの組織でも、共通のコンセプトを持ちつつ、各人がそれぞれのところで自分なりのテーマを持って頑張ってくれれば、それが組織全体の力につながっていくということです。

― 本日は、非常に良いお話を聞かせていただきました。どうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月31日に実施しました。)
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