政策分析は大局的に―官庁エコノミストへの期待―

  • 北村 行伸
  • 一橋大学経済研究所付属社会科学統計情報研究センター教授
    (内閣府統計委員会委員、内閣府経済社会総合研究所「経済分析」編集委員・編集評議員)
  • インタビュアー:内閣府政策統括官(経済財政運営担当) 梅溪 健児

< はじめに >

北村行伸

― 初めに北村先生から自己紹介をいただければと思います。

(北村) 私は、今、一橋大学経済研究所で実証研究を中心に取り組んでいますけれども、その前はOECD(経済協力開発機構)や日銀にいて、ある程度、政策に関わってきましたし、その過程でたくさんの官庁エコノミストの方とも出会いました。こちらも学ぶことが多かったのですけれども、今日は良い機会ですので、私の日ごろ思っていることをお話しさせていただきたいと思います。

― 内閣府の役割として、日本の経済政策の企画立案・分析を、現場との接点を持ちながら進めていくことが重要と考えています。計量経済学が専門の北村先生は、日本の政策分析の現状についてどのようにご覧になっていますか。

(北村) 70年代とか80年代の研究というのは、大きなマクロモデルを使って経済を分析するということが多かったと思いますが、90年代、2000年代に入ってからは、ミクロの経済データを使って分析するように変わってきています。その大きな利点は、厳密な政策評価や理論の分析ができるということです。60年代、70年代の研究と比べてちょっと物足りないなと思うのは、大局的な経済分析というか、大きな全体像について分析するものが少なくなってきているという点です。ですから、その辺のバランスをもう少し回復して、詳細なことも分析する一方で、しかし、全体を見失わないような視点というのが必要かなと思っています。

< 個票の公共財としての整備が必要 >

北村行伸

― その議論を深める前に、まず、ミクロの経済データ分析、特に先生がご専門の個票分析と言われる手法について、お気づきの点をお伺いしたいと思います。

(北村) 政府のミクロ統計を研究者が利用するとき、データの加工に結構時間がかかります。例えば家計調査だと、6か月間パネルと言っても、パネルデータとして集計していないので、事後的にこの人とこの人は一緒だとくっつけるのですが、それはデータを借り受けた研究者が個々やらないといけません。

しかし、パネル化した家計調査のデータセットとか、クロスセクションで見るデータセットとか、データ加工に使ったプログラムをプールして、みんなで共有し、そこに加工用プログラムを借りに行けばすぐ利用できる公共財になっていれば、格段に利用者のすそ野を広げると思います。それがないため、ここで止まって使うのをやめてしまう人が結構いて、障壁になっています。加工用プログラムを共有するということは統計法上の問題はないと思うので、そういうことが進められればと思っています。

< デフレ分析への提案 >

― それでは次に、そのようなミクロデータ分析の活用について、このようなことができるというご提案をいただけるでしょうか。

(北村) いろいろなことができると思うのですけれども、例えば5年に1回の全国消費実態調査は6万人ぐらいのサンプル。6万人の消費バスケットが作れるので、その消費バスケットに基づいてそれぞれの財の価格データを作ってやれば、家計ごとに消費者物価指数が作れるわけです。消費者物価指数は全国とか大都市という大きなものが1個あるだけですけれども、それが個々の家計でどうなっているのかを見ると、デフレのときはどういうふうに家計ごとの消費者物価指数が集中したのかとか、分散がどういうふうになったのかとか、そういう分布が全部見られるわけです。コンピューターの計算能力が上がって、個票データに基づく分析が簡単にできるようになったため、今まででは考えられないようなことができると思います。知識はそんなに要らなくて、簡単な計算を大量のサンプルについて行って分布を見るということで、デフレのときにどれぐらいの人が本当にデフレで暮らしていて、どれぐらいの人がインフレで暮らしていて、平均値はどれぐらいか、地域別とか所得別とか年齢別とか、小さい子どもがいる家計と高齢者だけの家計との違いなど、もっと細かくいろいろなことが分かります。

< デフレ脱却に向けた課題 >

― デフレ脱却への課題について実証分析をされている観点からお考えを聞かせてください。

(北村) デフレを家計レベルで見ると、デフレが結構厳しかったと言われる2000年から2002年、2003年頃に、20%も30%も物価が下がって暮らしているような人というのはあまりいなくて、ゼロ近傍というか、あまりインフレでもデフレでもないような状態のところにすごく人が固まって、家計は結構下方硬直性があります。インフレのときは結構ばらつきが出てきて、かなりインフレ的に暮らす人もいればデフレ的に暮らす人もいる。結局、食費、交通費、学費、光熱費は日々の生活で必要で、物価変動に対処できるのは、耐久消費財など限られているため、買い控えで更に物価の下落が生じ、更に買い控えが生じるということにはなかなかならない。

量的緩和については、中央銀行が直接関与できるのは銀行です。銀行から企業にお金が流れて、企業から家計にお金が流れて、初めて消費が刺激されて景気が拡大していく。けれども、家計の可処分所得を増やすようなルートは、企業内での意思決定や企業の雇用形態によるわけですが、そこがうまく機能していない。企業が正社員ではない人を増やしたのは、自分の内部合理性としては良いかも知れないけれども、そうした人の賃金は少なくて、それが結局需要を減らして、自社の製品を買ってくれる人も減らしている。そういうルートが、デフレからうまく脱却できない原因になっているのかなと思います。

― デフレ脱却に向けては、期待インフレを高めることや成長期待を高めることも重要です。

(北村) 企業が設備投資を行うなり、何か将来に対して動きを始めるというメカニズムに期待が働けば、状況は変わってくると思うのですけれども、円高で、人口が減少して、いろいろペシミスティックなことがあるときに、いくら中央銀行やエコノミストがポジティブなことを言っても、それが信用できなければ、期待はやはり醸成されないと思うのです。実体経済がそれに合っているように動いているということを企業家が実感すれば動くのですけれども、そこのマッチングがうまくいっていないから、期待がなかなかうまく働かないということだと思います。

< 格差是正には所得税引上げ >

― 所得格差の問題について多くの研究が行われ、高齢化が拡大の主因であるという分析が示されています。所得格差拡大にはどのような対処が良いとお考えですか。

(北村) 所得税について言えば、再分配機能が落ちてきています。それを補う意味でも、所得税の最高税率を上げるとか、最低税率の水準より低い所得の人に対しては給付も与える形で調整すれば、再分配効果は多少出てくるので、格差拡大を改善できるかも知れないし、消費税に対する逆進性への不満もそれで解決すれば良いので、所得税と消費税を一体で考えるのが大事かなと思います。

これは世界的な流れで、イギリスでもアメリカでも、もう一回最高税率を上げても良いという研究が多く出ています。税金が高くなったら海外に逃げてしまうという人は多くなくて、地方税も含めて大体50%ぐらいの最高税率を55%とか60%ぐらいにしたところで、ディスインセンティブは小さいと思いますし、増やせる余地があるというのが最適課税論の議論で出てきています。

< 政策の検証と学者が陥る間違い >

― 計量経済学の分析手法は、帰無仮説を設定し棄却できるかどうかです。一方、現実の政策では、計量経済学的には棄却される政策であったとしても、様々な議論の中でメニューに入る可能性があります。

(北村) 仮説検定の話でおもしろい質問だと思います。仮説検定の大きな問題点に、本当は仮説が正しいのだけれども棄却してしまう第1の過誤と、仮説は間違っているのだけれども採択してしまう第2の過誤があります。どっちがシリアスかとの観点からは、第1の過誤は変な政策をとるリスクは少なくなっているので、第2の過誤を避けたいところです。その場合、学者がやるのは、棄却したいものを帰無仮説に持ってきて、検定してそれが棄却されるというふうにすると、より現実的な政策が採用される可能性が高くなってきます。

しかし、本当に棄却して良いのかどうか分からないことが多いのが現実です。世の中の人の70%がある仮説に基づくような理論に従って生きていて、30%の人が他の理論に従って生きているとします。統計的に厳密にやると、例えば10%有意水準あるいは5%有意水準において、世の中の90%とか99%の人がこういう行動に従っているというときは棄却できないけれども、70%に下がれば棄却してしまうのです。でも、実際にはその仮説に従っている人が70%いたら、世の中全体でその70%の人たちの行動様式に合わせたほうが良いわけです。統計的な検定を厳密にしてしまうと、帰無仮説も対立仮説も両方棄却されてしまって、何をとって良いか分からないということが起こる。

そういう場合は、それこそ内閣府の仕事だと思うのですが、「検定はうまくいっていないかもしれないけれども、これぐらいの人はこういう行動様式に従っているのだから、総合的に判断すればこの政策でいくのが良い」という議論はできると思うのです。実際にはそういうことがすごく起こっていて、統計理論で簡単に勝負はつかないこともあります。

― そこは、冒頭、先生がおっしゃっていましたが、やはり大局的な判断ができるような経済分析を総合的に行っていくべきですね。

(北村) そうです。それは多分、学界にいる人たちはよく犯しがちな間違いだと思いますが、何か自分の持っている理論が棄却された、されないというところに過剰に反応して、全体でどうなのかということを忘れてしまうことがあるのです。また、内閣府の研究を見ていると、対立仮説が何なのかが分からないことがよくあります。「これではない」と言われたときに、「じゃ、何なの」ということが出てこないというのは、今の学問の大問題なのです。我々もいろいろなことを考えていかなくてはいけないのですけれども、多様化している社会に合わせた理論を個々作るというのは非常に難しくなっていて、だからこそ総合判断が大事というのが私の実感です。

< 政策メニューの在り方 >

― 政策のメニューを作っていくことは、我々の重要な仕事です。現実に政策を選択する場合には、効果の発現時期、そのコストや副作用、そして合意形成の困難度などが明らかであることが望まれます。

(北村) 事前にいろいろなタイプの実証研究をしておいて、メニュー・リストのようなものを作っておくことが非常に大事です。政策メニューとして、理論、実証結果と、どういうふうに実施すればよいのかといったことについて、ある程度、見通しを、どういう障壁、副作用があるかということも含めて考えておくことが非常に大事です。かつては役人も経験からある程度手順が分かっていて、こういう政策をとったらこういう帰結になりますよ、というのが見えていたところがあったと思います。最近は、世の中が複雑になって、多様化しているため、国民全体に同じような効果をもたらすような経済政策は、今はもうあまりないと思うのです。こういうことをやったらこういう帰結が出ますというところが、2手先ぐらいまでは準備していても、3手先を読めていなくて、「そこまで考えていませんでした」ということがあると思うので、できれば事前に考えておくことが非常に大事だと思います。

< 学界における最近の動き:歴史や実験を重視 >

― 北村先生は、経済学会でも大変ご活躍されています。最近の学界の特徴などご紹介いただけるでしょうか。

(北村) 「国家は破綻する」という本をカーメン・M・ラインハート、ケネス・S・ロゴフが書いていますけれども、長期的な歴史的経験から状況を見直すという話があります。例えば、去年ノーベル賞をとったトーマス・J・サージェントもずっと歴史研究をやっていて、歴史的に物を考えるということが一つトレンドとして盛んになっていて、今はマクロ経済学の専門家の人たちがやり始めています。

あとは、実験経済学も結構この頃よく使われています。途上国に行って援助の効果をみるため、ランダムにサンプルを選んで、その人に肥料をあげたりとか、マラリア対策の蚊帳を配ったり、色々な実験をやっている人たちがいて、結構大きなグループになっています。そういう意味では、政策を社会実験に近い形でやり直して、評価するという動きがあります。

< 官庁エコノミストへの期待 >

― 官庁エコノミストは政策分析に対して重要な役割を果たすべきものと考えています。

(北村) 経済政策の基本的な理念とか考え方、理論とか実証結果がどうかということは政策の一部であって、それを実際にどういうふうに予算化・立法化していくか、実施の手続も考えないといけないわけです。官庁エコノミストと言われている人たちは、全体的な枠組みをうまく考えるという意味では非常に重要な役割を果たされたと思いますが、そういう人たちも、政策実務を担当するとか、法律にかかわることもあるはずで、それ全部で、パッケージで政策なわけです。ここで、大学の若手研究者が意識している政策と、実際の官庁で行われている政策議論に、大きな違いが出てくると思います。

交流のようなことが必要であれば、若い時期から、研究者を政策全体の小さな部分について関与させていくということができれば、フィードバックがあるし、おそらく政策を考える上でも、随分違った反応になってくると思うのですけれども、今の学界にいる人たちは、そういう経験があまりないため、その辺が分かっていないかなと思います。

― 最後に、内閣府の若手職員、学生、あるいは大学で研究されている若い方々へアドバイスをお願いします。

(北村) 第一に、繰り返しになりますが、大局的、歴史的、あるいはいろいろな経緯をよく知っておくということが官庁エコノミストにはすごく大事だと思います。何か個別の政策をとるときに、自分がやれと言われていることがものすごく小さなトピックであっても、それが全体の中でどういう意味や効果があって、どういう役割を果たす政策なのか、どういうフィードバックがあり得るのかということを見た上で実施するというところを見て欲しい。

第二に、理論が非常に大事だということ。今までの実証研究は、どちらかというと関係がありそうな変数を入れて効果を見るということですが、私がやっているミクロ計量経済学は、経済的に最適な行動を組み込んだ、理論にかなり近いモデルを実証するため、通常の実証研究に比べて厳密になります。こういう条件の下ではこういう反応が起こるということを埋めていくことにより、分からなかったことが次第に分かってきます。

第三に、実証でここまでは分かったと言うけれども、うまくいかない時に、もう時代が変わったとか、データが変わったから違うんだというような言い方をしていたら、いつまで経っても日本の実証研究の蓄積ができないと思います。いろいろな環境の中で実証しても、この結果だけは結構ロバストに出てくるねということを、特に官庁のエコノミストであれば、共有財産として重ねていくということが大事なので、その辺を意識して次に同じようなことに取り組む人にも役立つように、蓄積型の研究を進めることが大事だと思います。

― 本日は、北村先生から大変有意義なお話を伺いました。日本経済が今、多様化している、一つの政策ですべてのことがうまくいく可能性は極めて小さい、これまでの歴史的な観点も踏まえ総合的かつ大局的に政策の分析を行っていくことが非常に重要であるというご指摘でした。本日の話を活かしながら、内閣府で政策分析を一層深めていきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月20日に実施しました。)
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