アカデミアとの協働を通じて科学技術イノベーション政策の真の司令塔機能の確立を

  • 黒田 昌裕
  • 独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー
    (元・内閣府経済社会総合研究所長)
  • インタビュアー:前・内閣府政策統括官(科学技術政策・イノベーション担当) 泉 紳一郎

― 科学技術イノベーションに関する政策の分野でも、ポリシー・アナリストとしての資質を持ちながら、政策形成に携わっていく人材を育成することの重要性が高まりつつあります。本日は、科学技術分野における政策分析というテーマで、内閣府の経済社会総合研究所長を歴任されると共に、科学技術イノベーション分野における政策分析にもお詳しい黒田先生から、内閣府の組織の在り方と人材育成のあるべき姿についてお話を伺います。

< 司令塔としてあるべき二つの機能 >

黒田昌裕

(黒田) 内閣府というのは、2001年の省庁再編で、行政の中での司令塔というイメージで作られた役所と理解しています。しかし発足から少なくとも数年たって、僕が経済社会総合研究所長に着任したときは、司令塔機能を十分に果たすところまではまだまだ至っていなかったと思います。

司令塔機能といったときに、一つは、まさに政策そのものの司令塔として、各行政をリンクして動かしていくという機能があります。もう一つは、司令塔がぶれないで、きちんとした政策のインプットなりアウトカムなりのエビデンスをきちっと蓄積していくという機能です。

黒田昌裕

前者については、結果を見ると、ある種の縦割り行政をそのまま持ち越してきたようなところがあって、本当の司令塔になり切れていない部分があったと思います。そこは内閣府だけの問題というよりは、行政全体がどういう形で司令塔機能を盛り上げていくかを考えないといけないのだろうと思います。

後者の、司令塔として政策についてのインプットとアウトカムをきちんと捉え評価するということは、やはり内閣府がきちんと取り組むべきで、他の省庁では偏りが出てきてしまうと思います。むろん、そのためには適切な組織と人材が必要ということになります。

― 科学技術分野では、インプット指標はそれなりにありますが、アウトカム指標となると必ずしも十分整備されていないと思います。

(黒田) アウトカムの評価の仕方ですが、例えば単一の見える化指標を作ることは、非常にわかりやすいという意味では良いのですが、科学技術政策一般にわたって一つの指標で表そうとすることは言うまでもなく非常に難しいと思います。むしろ、例えば第4次科学技術基本計画でも、社会として解決すべき課題への対応であるとか、科学技術政策とイノベーションの一体的推進といったテーマが前面に出されたわけですから、各種の施策を計画する段階で、どのような政策手段で、何を目標としているかということをもっとクリアに設定すべきだと思います。設定した上で、何年か後にその目標がどこまで達成されたかについて個別の政策について明確にするのが、一番科学技術政策らしい評価の仕方なのではないかと思います。

そういうことを担う人材は、やはり責任を持った司令塔として、科学技術政策を進めるという役割を担う内閣府の職員には求められるのだと思います。そうした人材はもちろん科学も知らなければいけないですし、社会の動向も知らなければいけないわけですが、そういう人間をつくっていかなければいけない。

< アメリカで進む「政策の科学」 >

― 科学技術の色々なエビデンスに基づいた一定の発言ができるような人材の育成や、科学技術の様々な指標の開発等は、諸外国ではどのように進んでいるのでしょうか。

(黒田) やはりどの国もかなり悩んでいるのが実情のようです。アメリカでは、AAAS(アメリカ科学振興協会)が「科学・イノベーション政策の科学」(Science of Science and Innovation Policy、SciSIP)に強い関心を持っています。OMB(行政管理予算局)が指令を出して、NSF(国立科学財団)を中心として、多くの省庁が連携するワーキンググループができました。最初に彼らが取り組んだのは、SciSIPの最終ターゲットを何に絞るかということも含めてロードマップを作ることでした。そのロードマップに従って今STARマトリックスというデータベースを作っています。先日もこのSTARマトリックスについての国際会議がイタリアで開催され、私も参加して1週間ばかり議論してきたところです。

STARマトリックスというのは、補助金を得た個人なりグループなりの研究者がどんな成果を挙げて、どういうペーパーを書いて、どの分野でどれだけ特許をとったかといった情報をきちんと集約するとともに、その特許が地域の中で、どのように企業で利用され、利用した企業がどれだけアウトカムを得ているか、そのアウトカムが雇用にどこまで結びついたかということをすべてデータベース化するものです。

それをまず化学分野だけを中心にして構築し始めました。科学者にアンケートを出し、科学者もそれが補助金に結びつくということで、一生懸命報告したわけです。それを進めているうちに、今度は企業がその特許情報や他企業との連携の情報を使わないとビジネスができないということになってきたと聞いています。また、科学者の側も企業がどれくらい使ってくれるかということを意識しないと補助金が付かないことに気付き始め、研究者間のネットワークも非常に重要になりました。このように、今では自動的にデータが集まるようになって、イノベーションのエンジンになっているということを言っていました。それを彼らはとても自慢していて、それを国際的にやらないかと、ヨーロッパに積極的に働きかけていましたね。

日本も実は、科学技術政策研究所を中心に、それにほとんど遜色ないくらいのデータベースを既につくっていますが、そのデータが本当に科学技術政策のために使われているかどうかということになると、まだまだなのではないかと思います。そもそもアメリカでも、SciSIPは、エビデンスに基づいた科学技術政策をやりましょうということで始まった取組ですが、そこで言うエビデンスとは一体何なのかという問題に、まだはっきりした見解は示されていません。つまり、SciSIPでは、どういうエビデンスをどういう形で集めていくか、そのことがどのように科学技術政策の科学性を高めるのかということの構造的な解明を進めなければならないと思っています。

― やはり大学等の研究機関が補助金に基づいてやった研究成果が、最終的に先生のおっしゃった企業にとってのアウトカム、そして雇用にどうつながったかは、イノベーションの重要な側面だと思います。

(黒田) これから対象分野をどんどん増やしていくと言っていましたから、まだ全体的にはファースト・ステップという段階だと思いますが、それでも素晴らしい取組です。アメリカ全土のマップの中に、例えば発信拠点とその情報を使った連携拠点のリンクが全部一望出来るような図ができていまして、それがデータベースと対応してコンピューター上で完全に整理されています。最近は企業もその情報を使っており、近隣の大学や企業だけではなく、それまで思いも付かなかったようなところと連携して、仕事の迅速化を実現するなど、まさにオープン・イノベーションを実践しているとのことでした。

< 科学技術政策指標と経済指標 >

― 内閣府には経済社会総合研究所がありますし、そのほかにも元々の経済企画庁以来の経済政策分野での分析の蓄積がありますが、科学技術政策という観点でも、同じ内閣府の中で上手に連携しながらやっていくことが重要と考えています。例えば去年の7月に出た経済財政白書でも、企業の研究開発投資がどのぐらい企業価値を高めたかという分析が行われています。こうした科学技術政策的な指標と経済財政的な指標をどのようにリンクさせて見ていくべきかといった課題について、どのようにお考えでしょうか。

(黒田) 経済のパフォーマンスは、経済モデルなり、GDP統計等を用いて判断するわけですが、経済モデルにおいては、技術と資源賦存、それから人々のテイストは与件とするのが一般的です。その上で、R&Dが投下されたことによって科学技術が進歩して、生産性が変化するところまで内生化する試みは若干行われていますが、一つ一つの科学技術要素にまで密接に結びついている水準にはまだほど遠いのではないでしょうか。

― 政府の研究開発投資の有効性を端的に説明しようとするとき、TFP(全要素生産性)で表現できるのではないかという問題提起が行われることがあります。行政刷新会議が昨年11月に行った提言型政策仕分けの際も議論になりました。

(黒田) ご存知のようにTFPは残差で出すものですから、インプット、アウトプットをどう定義するか、これがきちんと決まっていないと、残差の定義はできないはずです。

ノーベル賞を受賞したロバート・ソローがアメリカのGDPを分析したときには、寄与率の80%がTFPでした。資本や労働のインプットの寄与率は20%に過ぎず、内容が明らかでない残差が80%もあるのでは、科学は何も説明していないのと同じではないかという批判が浴びせられました。そこで、これは労働や資本の測定の方法に問題があるのではないかと、どんどん分析を発展させていったわけです。だから、一つの物差しの下での比較ならともかく、その物差しそのものが何通りもある状況では、結論めいたことを言うことはできないわけです。TFPは、そうした限界を知った上で使えるかどうかが重要です。

また、例えばR&D投資を行った場合に、資本の質がどう変わるかという論点もあります。OECD(経済協力開発機構)が取りまとめた、科学技術活動に関するデータの収集・分析のためのガイドラインであるフラスカティ・マニュアルでは、R&D投資で何か良いものが知識として得られたというだけではなくて、結果として全部失敗したとしても、それも一つの知見の蓄積とみなす計算の方法をとっています。例えば10億円をR&Dに投下して全部失敗だったとしても、すべて知識の蓄積つまり無形固定資産に算入しましょうという評価をするわけです。このように評価方法が少し異なるだけで、TFPは異なってくるわけです。

― 例えば、国家プロジェクトの衛星打ち上げに失敗した場合、巨額の国費が無駄になったといった非難が浴びせられます。失敗の原因究明など、責任の明確化が求められる中で、そうした失敗がこういう価値を生んでいるとは当事者としてはなかなか言えないのですが。

(黒田) 100億円を何かに投資して失敗したとき、その経験自身は収益を生み出さないので、GDPのサービスには算入されませんが、失敗した経験は、次は繰り返さないという意味で、次の機会の収益率を高めているはずです。ただ、そこはそのように説明しても、やはり無駄遣いだと言われてしまうことが多いのも事実ですが。

< アカデミアと霞ヶ関の協働 >

― お話いただいたようなしっかりとした政策分析を行えるような人材を育てていくためには、腰を据えて、仕事に取り組む中で専門性を磨かせていくことが重要と考えられます。一方で、日々の政策運営をする中で、また総合科学技術会議で様々な意思決定をする際に、もう少し掘り下げたインプットなりを行うことができればという問題意識を持っているところです。内閣府は経済財政部局などの分析部門を擁しており、日々の仕事が忙しいことも事実ですが、少し長い目で見て、蓄積ができるような組織運営なり、人事ローテーションに取り組んでいく必要があると考えています。

(黒田) 内閣府経済社会総合研究所の前身の経済企画庁経済研究所は良い組織で、アカデミアとの接点が豊富でした。若手の経済学者で、次の大御所になるような人の多くが主任研究官をしておられました。2年程度の一つの研究プロジェクトの成果は、出版はもちろんのこと、経済計画の策定等にも結実していました。例えば、東京大学の内田忠夫先生も参加されていましたが、自分の出した成果がどれくらい国の経済を良くするかということに対して、非常に強い責任感を持ってモデルの作成に取り組まれておられました。

研究者だけで構成されていたわけではなく、各ユニットに必ず経済企画庁の行政官も加わっていました。若いころからそのようにして付き合うわけですから、もう気心の知れた形で長きにわたって様々な議論ができる関係ができて、そうした業務や議論を通じて力を伸ばした職員がまた次の経済財政政策や分析に取り組むスタッフになっていくという流れが出来ていました。

残念ながら、少なくとも僕が所長に着任したときの経済社会総合研究所には、そうした雰囲気はほとんどなくなっていました。アカデミアとの連携を可能とする体制と、そのための人材について、経済財政分野のみならず科学技術分野も含めて不可欠なものと位置付けて、整備・育成を戦略的に考えていくことが極めて重要と思います。

最初に申し上げたように、ベーシックな知見を着実に積み上げていく人材やデータベース、考え方を整備・確立していくのも行政の中の司令塔に求められる役割で、それは日々の行政に追いかけられている各省庁ではなかなかできない取組です。

― そうした積み重ねが、より政策決定に影響力の高い場面で使われていくという意味で、世の中の方向づけに直接的な影響を与える、そこが内閣府の他の役所とは異なる機能だと思います。

(黒田) 科学技術振興機構研究開発戦略センター長の吉川弘之先生が「公的シンクタンク」という機能をどこかが持つべきだと言っておられますが、私も単なる官的シンクタンクではなく公的シンクタンクとしての役割を果たす存在が必要だと思います。

― 吉川先生にもご参加いただいた科学技術イノベーション政策推進のための有識者研究会で科学技術政策の司令塔機能の強化についてご議論いただきましたが、昨年末にまとめられた報告書では、事務方の役割や在り方について、そういう公的シンクタンク的な機能を持つ必要があることや、そのためにも行政官としての素養に加えて専門家としての素養、言い換えるとキャリアパスの中でアカデミアともうまく調和しながら仕事に取り組むことのできる人々から構成されなければならないこと等が提言されています。

(黒田) 司令塔と、それを支える事務局の役割は重要です。韓国等を見ても、伸びているのは選択と集中がはっきりしているところです。

日本も、科学技術政策に限らない各般の分野で、本当の意味で選択と集中ができるかどうかが重要で、今後は、そういう形の政策の合意形成の仕方を、文字通り科学的につくり上げていく必要があると思います。

― 今日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月16日に実施しました。)
  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)