政策体系を見渡して政策の調整と評価を

  • 樋口 美雄
  • 慶應義塾大学教授・商学部長
    (内閣府統計委員会委員長、内閣府仕事と生活の調和推進官民トップ会議構成員)
  • インタビュアー:内閣府大臣官房総括審議官 前川 守

< 労働政策の連立方程式を解く >

樋口美雄

― 本日は、内閣府における実証に基づく政策分析(EBP;Evidence Based Policy)強化のためにいかにすべきか、EBPを担う人材をどのように育成していくかという問題を主としてインタビューさせていただきます。まず、1番目の質問として、先生のご専門である労働経済の分野に関し、労働行政を所管する厚生労働省に加えて、内閣府が労働市場の分析を行う意義は何でしょうか。厚労省の労働経済白書と内閣府の経済財政白書の違い、労働市場の政策分析を行う手法、さらに、今後重要な研究テーマなどについて教えてください。

(樋口) 労働問題でも、厚生労働省の政策と直接関連するものと、他省庁の政策と関連するものの両方があります。内閣府が知恵の場として総理のリーダーシップを支える時には、各省庁の政策について、政策体系全体の立場から効果や弊害を分析し、コーディネートすることが大きな意義だと思います。

例えば個別企業での雇用管理、失業といった面で、厚労省の仕事は重要ですが、それだけでは問題は片づかない。雇用機会創出の問題一つ考えても、雇用調整助成金等による雇用増や開業、あるいは企業の閉鎖まで考えると、経済産業省、時には財務省等も関連してくるわけで、全体を分析し、どこが不足しているか検証することが必要です。

樋口美雄

労働経済白書でも失業の問題を扱いますが、企業の経営状態、あるいは市場全体における規制の影響について、中立的なコーディネート機関である内閣府が評価・分析するのが重要であり、そういう役割の違いがあるのではないでしょうか。さらには、個別省庁の政策評価についても、内部評価による問題点の指摘は実際には難しく、外部評価の機能を内閣府が担うということもあると思います。

最低賃金の引き上げによって、所得格差、特に貧困層を減らそうという施策が考えられ、厚労省の中央最低賃金審議会で議論をしています。しかし、経営側では最低賃金引き上げで経営が厳しくなり雇用が失われるといった問題が提起され、企業、特に中小企業を中心とする生産性の向上や競争力強化という産業政策・中小企業政策と関わるところがあるため、厚労省の審議会だけでは限界があり、経産省・中小企業庁ともタイアップして、最低賃金の引き上げと同時に生産性向上支援策をセットで考えていかなければならない。

成長の続く時代は、各省がパーシャルな最適化を考えることで良かったでしょうが、成長率が下がった段階ではパイの奪い合いになります。各問題が複雑に絡むので、単一の方程式ではなく連立方程式を解かなければならない。その時に、コーディネートや政策評価の役割を担っていくのも内閣府の重要な課題になってくると思います。

― 今後、労働関係の政策分析のテーマとしては、最低賃金や生産性の問題以外に、準備をしておかなければいけないテーマは何でしょうか。

(樋口) 雇用創出をいかに進めていくか、そしてミスマッチを解消し、性や年齢に関係なく、だれもが意欲や能力を発揮できる状況を作っていくことが、最大の問題になってくると思います。

少子高齢化が進展して、今までと違った労働供給の構造が生まれてくる。さらには、グローバル化の進展がTPPの問題を含めて雇用にどういう影響を与えるのか。これはプラスマイナス両面ありますが、全体の相互関連を考えながら、雇用戦略、新成長戦略といった政策の組み合わせが必要になってきて、そこで内閣府の役割が期待されます。

さらには、経済が成長しても必ずしも良好な雇用機会が増えないという問題が、世界的にも指摘され、日本でも同様の傾向が生まれています。例えば、増加しているのは非正規雇用だけで正規雇用は減少しています。ある意味では経済の合理的なメカニズムで、国際競争のため、人件費の固定費化を回避するために、有期雇用を増やしていく流れがあります。そこで、例えば企業支援によって良好な雇用機会を増やすことも重要ですし、非正規の賃金格差、特に低賃金労働の賃金をいかに引き上げ、生活を楽にしていくかということもありますし、非正規の固定化を回避する政策のあり方も考える必要があります。

規制改革の進展で非正規が増えた面もありますが、一方で雇用機会を増やしたことも事実だろうと思います。規制改革を活用しながら良好な雇用機会をいかに作っていくか、トレードオフを薄め、むしろ相乗効果にするにはどうしたら良いかとなると各省庁だけでは解決できないので、そういうテーマを研究し、政策立案していくことも内閣府にとって必要ではないでしょうか。そして同時に、性や年齢に関係なしに、だれもが意欲や能力を発揮できる状態を作っていくことが、本人はもとより、少子高齢化の進む日本社会において持続可能性を高める上で重要な課題になる。

< 国民目線でワーク・ライフ・バランスを政策分析する >

― 2番目に、ワーク・ライフ・バランスについて、内閣府が関係省庁の中心となって政策分析を行う意義、求められている分析テーマや分析手法について伺います。さらに、関連する他の分野でプライオリティの高い政策分析のテーマについても教えて下さい。

(樋口) ワーク・ライフ・バランスは非常に守備範囲が広く、もちろん仕事の進め方ということも重要なテーマになります。そこは厚労省が中心となると思いますが、一方で、雇用機会をいかに増やし失業者を減らしていくかは産業界へのアプローチとして経産省の職務であり、ばらばらにやっていては限界があり対立することも出てくる、内閣府がそこをコーディネートしていくことは重要です。

かつて内閣府の前身の経済企画庁には、単に労働側からとか、産業界側からという一方的な視点ではなく、国民の目線から見て生活がどう変わっているかを研究・分析し、報告してきました。この国民生活白書が近年なくなったことを非常に残念に思います。「働いている者」と「企業」、そしてそこには直接登場しないけれども働いていない女性や高齢者、若者に対して、働き方が及ぼす影響というような「生活」の問題も重要です。さらには、国民の意識の啓発も大きなテーマです。例えば、育児に関する男性の関与の仕方、地域貢献、自己啓発まで考えていくと、そこにおける意識、特に男性の意識が重要なかぎになってきます。その啓発的な活動も内閣府の役割で、国民生活白書で扱ってきたと思いますが、そこが失われたのは残念という気がします。

さらには、非常に良い政策ながら、国民の目に届かずなかなか利用されないものがあります。政策の広報活動、制度の周知化を進めることも、政策の実効性を高める上では非常に重要であり、白書等を通じて政策が国民に浸透していけばと思います。例えば、シンポジウムなどが減り、広報媒体、紙ベースもネットも含めて、国民の目に触れる場面が増えていないのではないでしょうか、個別の政策によって違うかもしれませんが、専門的な視点から見ると素晴らしい政策と思うものも、利用率が低いということがあります。

少子化対策も、単に働き方だけではなく、自助・公助・共助の全ての面で取り組む必要があり、社会的にどうサポートしていくか、保育サービスの問題等を、国民目線からどう進めていくべきかを、内閣府が議論しコーディネートすることも重要になっているのではないでしょうか。

もう一つ、内閣府自身、役人のワーク・ライフ・バランスの問題もあるのではないでしょうか。ライフを生命という意味でとらえれば、過度に働き過ぎることによって生命に対して危機的な状況を作り出していることもあります。

まず、働いている本人のメンタルの問題、過労の問題、その意味での生命の危機ということがあります。さらに、新しい生命という意味で、少子化に影響を及ぼしている面もあり、例えば不安定な雇用であるために結婚がなかなかできない、子どもも産めないという状況がある。内閣府というよりも世間一般の話として、非正規雇用の不安定雇用が出生率を下げている面もある。夫が働き過ぎで全部妻に家事を任せているため、共働きはなかなかできず、さらには子どもをなかなか持ちたくないということもある。

例えば、夫の休日における家事、育児参加が、第2子の出生率に有意に影響してくるという研究があります。労働時間が長いと家事、育児に参加する時間が短縮されてしまい、間接的に新しい生命の妨げになっているのではないか、そうしたところを社会で見直さなければいけないのと同時に、役所も考えて範を示す必要があるのではないかという危機感を持っています。

― 最後の点は、内閣府としても非常に頭が痛い問題ですけれども、おっしゃるとおりだと思います。

< 実証に基づく政策分析に資する統計整備を >

― それでは、3番目に統計に関してお伺いいたします。政策分析には質の高い統計の整備が必要なことはいうまでもありませんが、内閣府が統計整備に果たすべき役割についてお伺いします。どのような分野・形式のデータを整備していく必要があるか。そういうデータを使うとどういう分析ができるようになるか、教えて下さい。

(樋口) 日本の統計体系は分散型の統計体系で、各省庁が自らの責任で調査を行い、統計を作成しています。統計委員会に期待されているのは、統計のコントロールタワー、司令塔として、例えば、EBPに生かす上で必要な統計調査や調査項目について指揮・指導していくということだと思います。

各政策の評価については、新しい政策を作る時には、確かに現場の状況を把握している者が統計を使いながら評価を行い必要な調査も実施する方が効果的だという面もありました。しかし、行った政策が事後的にどういう効果や弊害を生み出しているかがEBPでは求められます。それに基づいてPDCAサイクルを回し、分析の結果、問題点がわかったら、その政策を改めていくことが必要になってくる。その際、現場では自分たちの政策の問題点は指摘しにくいため、先ほども申し上げた中立的な外部評価を内閣府が行うことも必要になっているのではないかと思います。

統計委員会がどのようにしてコントロールタワーの機能を果たしていくかについては、各大臣からの諮問を受けて答申を出すだけではなく、自ら意見を出す機能を発揮していくべきではないでしょうか。

内閣府の統計の在り方も、国民経済計算(SNA)という重要な統計もありますが、各省庁の政策の評価を内閣府が行うための統計調査も求められていくのではないでしょうか。具体的には、EBPの中で、パネル調査を行うことで、ある政策の前後で企業の行動、国民の生活がどう変わったかを見る。例えば、男女雇用機会均等法、育児休業法といった法律の施行で、女性の働き方にどう影響が現れたかをパネルデータで分析すると、同じ個人ですから変化を見やすく比較しやすいということがあります。また、税・社会保障の変更で、人々の行動にどのような影響が出ているのかを検証するにもパネル調査は有効です。

企業・事業所についても同様に、同じ対象が、ある法律の施行や規制緩和、税制の変更でどう変わったかを調べることができる。しかも、教育や能力開発など政策の成果が現れるまで少し時間がかかるものについても、パネルデータを使うと、同じ対象を長期的に追跡するため、徐々にその施策の効果や問題点が明らかになってくる姿を捉えることができるため、色々な政策評価ができる有効な分析方法の一つかと思います。

現在、慶應義塾大学で我々が行っている家計のパネル調査を使って、例えば最低賃金の引き上げがどれだけ貧困の問題を解決する上で寄与しているか、逆に雇用が失われていないかを分析するということもできます。

また、低所得者の問題を考えても、かつては一時点での貧困者数や、貧困率の国際比較に関心がありましたが、一度貧しかった人たちのその後を追跡することで、貧困のダイナミズム、固定化の進展や、他の国との比較ができます。

政策を考えていく上でも動学的効果が重要になりますので、内閣府でもそういう調査をし、また、パネルデータはふさわしい推計方法や専門的な知識が要求されるので、それを身につけた研究者を育て、活用することも重要になると思います。

< 相乗効果を生むキャリア形成で専門家を育てる >

― それでは、最後の質問ですけれども、EBPの強化のために、内閣府の仕事のやり方をどう変え、人材をどう育成していけばよいでしょうか。内閣府は最近非常に仕事の幅が膨らんできて、経済の分析調査部局と政策の企画立案実施部局も離れている場合があるのですが、両方を経験して、それが相乗効果を生むようなキャリア形成により政策能力を高めていくことが重要になっている気もします。また、内閣府の中の経験の他に、役所と大学やシンクタンクの間を行き来するようなキャリア形成、官と学とのネットワークの構築が人材育成で有益ではないでしょうか。

(樋口) 一つはやはり内閣府になり、守備範囲が非常に広がったことがあります。そのため、少なくとも経済企画庁の時代に比べて色々なところに配置転換が行われ、ある意味では幅広い人間を作るというプラスの面もあると思いますが、それが系統立った配置転換にならないと、一人の人間の中で相乗効果を生み出せず分裂する危険性があり、幅広い、かつ、奥の深い専門家は形成しにくいと思います。相乗効果があって初めて色々な経験が役立ちます。

例えば、日本企業のホワイトカラーの特性として、ジェネラリストであること、必ずしもスペシャリストではないことが指摘されます。しかし、大企業の人事異動を見ると、必ずしもランダムに仕事が割り振られるのではなく、一定のフィールドで配置転換が行われている。例えば、人事という分野では、本社における給与、工場における教育訓練や福祉など、関連する色々なことを経験することによって、能力、技能を高めるということがあると思います。

これが専門的過ぎると一研究者で終わってしまうわけで、行政である以上、現場の経験も重要だと思いますし、またOJTも含めた能力開発も重要であり、それらをうまく合わせることによって行政マンとしての専門性を高めることができるのではないでしょうか。

そこでは、自分がどういうキャリアを形成したいのかが重要であって、単に人数合わせのような配置転換では、人材は伸びてこないと思います。

内閣府の中だけで難しいのであれば、組織を替える、例えば関連する他省庁や民間企業との交流、あるいは政策評価ということならば、大学との交流も人を育てる重要な仕組みではないかと思いますので、ぜひ活用していただきたいと希望します。

かつて経済企画庁に就職した人達は、そこでの仕事が外から見えて、そういう仕事をしたいと応募した人が多かったのではないでしょうか。そこで専門家として能力を蓄積した人が、今度は役所をやめた後もエコノミストとして活躍するというようなことがあったと思います。それが、仕事の守備範囲があまりに広くなると、どういう仕事をするのかやキャリアパスがなかなか見えてこない、現在の内閣府はそういった面があるのではないでしょうか。

― 非常に考えさせられました。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月31日に実施しました。)
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