内閣府「官庁エコノミスト」への期待

  • 吉川 洋
  • 東京大学大学院経済学研究科教授
    (内閣府経済社会総合研究所景気動向指数研究会座長、内閣府経済社会構造に関する有識者会議委員、元・内閣府経済財政諮問会議議員)
  • インタビュアー:内閣府政策統括官(経済財政分析担当) 西崎 文平

― 内閣府が、総理のリーダーシップを支える知恵の場としての機能を発揮していくためには客観的な政策分析が重要です。吉川先生には、特に経済財政の分野でご指導をいただいておりますが、こうしたご経験も踏まえて、政策分析の専門家の集団、あるいは経済財政の分野ですと「官庁エコノミスト集団」としての内閣府にどのような役割が期待されるのかについてお尋ねしたいと思います。

< 月例経済報告の役割 >

吉川洋

― 最初に、短期の景気に関する論点です。私ども経済財政分析担当では、毎月、月例経済報告という形で、政府として統一した景気判断を行っています。また、経済社会総合研究所では、月々の景気判断に資する統計の作成、あるいは事後的な景気の山谷の判定を行っています。景気の判断や分析は、日銀や民間機関でも行われていますが、そうした中で、内閣府が景気判断を行っていく意義について、どのようにお考えでしょうか。

吉川洋

(吉川) さまざまな機関が景気の予測ないし判断をしているということは、それだけ景気に対して世の中で大きな関心が持たれているということだろうと思います。実際、景気は私たち国民すべての人に大きな影響を与えます。私は大学に勤めていますが、例えば学生の就職も景気がいいときと悪いときで全然違うわけです。経済が長期的に停滞すると、経済だけではなくて社会全体の閉塞感が高まります。自殺者数は1997、98年のあたりで非常に増えました。

翻って政府は経済の順調な成長、物価の安定というようなことに責任を持つ立場にあるわけですから、政府として責任ある景気判断をするというのは当然のことだと思います。景気判断は経済政策を行うベースになるわけですから、内閣府の責任は重いと思います。

― 月例経済報告では、膨大なデータを丹念にチェックし、企業からのヒアリングも行い、証拠を積み上げて景気を判断しています。一方で、データやヒアリングにはいろいろな制約や限界があります。こうした中で、タイムリーに景気判断を行うことは、依然大きな課題です。景気判断を行う上で、特に重視すべき視点、あるいはあらかじめ時間をかけて研究しておくべき点について、ご意見をお聞かせいただければと思います。

(吉川) 二つあります。一つは景気判断を行う上でのインフラです。一番底辺には統計の問題があります。統計法が改正され、統計に関する政府の中の「司令塔」として統計委員会が内閣府に設置されました。統計委員会を中心に「いい統計をいつもしっかりつくっておく」ことが当然の前提になります。もう一つのインフラは、内閣府の中の、いわゆるエコノミストの分析力です。景気循環に関する理論も学会でいろいろ研究されていく。あるいは統計的な手法もいろいろ開発されるということがあります。あらかじめ、日本だけでなく、世界に広く目を行き届かせてしっかり勉強しておく必要があると思います。

それに加えて、景気判断というのは、その時々の政治の中でも最も重要な情報になるわけですが、判断そのものは、常に政治から独立性を保って中立的に客観的になされなければいけない。これが内閣府に望むところです。政策というのは総合判断ですから、政治的な判断が入る余地はあると思うんです。医療に例えると政策というのは治療方針みたいなもので幾つかわかれることがあるわけですが、その前にどういう病気で病状がどうかという診断があるわけですね。医療でいう診断に当たる部分が景気判断であって、これはあくまでも客観的になされるべきだと思います。

― 「客観的な景気判断」は、改めて肝に銘じなければいけないと思いました。

< 経済財政白書への期待 >

― さて、月々の景気判断に加え、私どもは経済財政白書を作成し、その時々の重要なテーマを選んでやや突っ込んだ分析をしております。政府の白書は、経済に関するものだけでも、通商白書や労働経済白書など多数ありますが、その中での経済財政白書の意義についてはどうお考えでしょうか。

(吉川) 結論的には非常に意義があると思いますね。旧経済企画庁時代の経済白書は、よく白書中の白書という言い方がされたと思います。各省庁の白書というのはいわば各論だと思うんです。経済財政白書というのは、いわば総合的な日本の経済財政に関する年々の白書ということですから、内閣府がこの白書をつくるというのは当然だと思いますし、意義があると考えております。

― 総合的な視点から経済を見ていくといっても、実際にどういうテーマを取り上げるのかは、なかなか難しいポイントです。例えば昨年度は、景気の部分で震災の影響に重点を置くとともに、トピックとしてグローバル化を巡る問題、人的資本の形成の在り方などについて取り上げました。今後も、問題意識をきちんと立てた上で分析をしていかなければいけないと思うわけですけれども、プライオリティーの高い分野は何だとお考えでしょうか。

(吉川) 白書のテーマを選ぶということ自体が内閣府の大きな役割だと思います。内閣府というのは、やはり官庁エコノミストの集団なんですね。それは、日本経済の医者みたいなものです。「経済は生き物である」とよく言われます。日本経済を取り巻く環境というのも変わっていくわけですから、当然重要なテーマは年々変わっていくわけです。その時々に何が重要かというのを診断するのは、官庁エコノミストの役割です。つまり胃がおかしいと思っているときに「目も大事だ」と目の話を一生懸命していても、これでは的外れなので、やはり今、日本経済の―例えですが、胃がおかしいというのであれば、それを重要テーマとして取り上げるというのは当然ですよね。取り上げるテーマを決めること自体が、世の中に対する大きなメッセージになるわけですから、今年はこういうテーマが大事だということを決めるための議論に大きなエネルギーを割いていただきたいということです。

― 私どもの責任の重さを再認識したところです。

次に、白書で実際に分析する際の、やや技術的な論点になりますけれども、先ほどの医療のように、経済分析の世界も日進月歩でいろいろな新しい手法が出てきています。最近の白書ではそうした状況も取り入れて、個票を使った分析に力を入れてきています。こうすることで、マクロのデータだけではわからない家計、企業の行動メカニズムが的確に把握できると考えているわけですが、逆に、ミクロの積み上げだけでは、例えばデフレとかISバランスといったマクロ的な現象を十分に解明することはできません。こうした分析手法のあり方について、先生のご意見を伺えればと思います。

(吉川) 内閣府、あるいは政府、あるいは世の中の関心は、最後は何らかの形でマクロになるわけです。個票データを用いると確かにより詳しいことがわかるメリットがありますが、最後は、そこからマクロ的なインプリケーションをどうやって引き出してくるかということです。

それでいうと、コストパフォーマンスのいい一つの分析というのは、マクロとミクロの中間のメゾスケールの分析だと思います。マクロではないんだけれども、ある程度集計されている、しかし個票まではいかない。具体的には産業別に見るとか、年齢別に見るとか、地域別に見るとか、そのようなことがまさに「メゾ」です。メゾスケールで見ると非常に有用な、いろいろなことがわかってくるということがあるわけです。大昔、コーリン・クラークという人が、一次産業、二次産業、三次産業を分けたわけですが、経済といっても産業ごとに違うというところに注目して見たわけです。

メゾの場合には、マクロの問題意識は消えないけれども、個票データを用いる場合マクロとの連携が見えにくくなるという問題があります。詳しいことがわかるわけですから、それを活用するのは結構なことだと思いますが、常にマクロの関心を忘れないでいただきたいということです。

― メゾスケールの分析というのは、内閣府が比較優位を持つ分野だと思います。これまでの分析の伝統も大事にしながら、新しい技術とうまく組み合わせて分析を進めたいと思います。

< 有識者会議の有効性 >

― 次に、有識者会議への先生方の参画と、内閣府のスタッフとのかかわりについてお尋ねします。吉川先生には、現在、経済社会構造に関する有識者会議にご参画いただいております。既に中間報告をお出しいただきましたが、その過程で議論の役に立った分析や先生の印象に残っている分析があればご紹介いただけないでしょうか。

(吉川) 一例としては今、最も重要な経済に関する内政上のテーマ、つまり消費税に関する議論について分析を加えたということだと思いますね。

消費税についての世の中の議論を経済学者の立場から見ると、単純に過ぎるとか、場合によっては間違っていると思われるような議論もたくさんあります。しかも、それがかなり影響力を持つということもあるわけです。我々大学にいる人間の役割は、客観的・中立的な立場から論点を整理し、内外のいろいろな研究成果も踏まえて、世の中に情報発信をしていくことだと思うんですね。もちろん個別に論文を書くことや、集団で何か提言をすることもありますが、政府の委員会のようなところで情報発信をすると、政策に一番影響力があると思います。

今回の中間報告でも、消費税について、1997、98年のときのマクロ経済に対する影響や、消費税の逆進性の問題等について重要な情報発信ができたと思っています。新聞の社説等を読んでいると、我々の情報発信もそれなりに利用していただき、世の中にインパクトを与えられたのではないかと思います。もちろんそれだけ責任が重いことは自覚しています。

― この会議に限らず、会議にご参加くださる先生方のご指導の下、討議のための基礎資料として、内閣府のスタッフが政策課題について分析を進めるという仕組みについてどうお考えでしょうか。

私自身の経験ですけれども、昭和59年に経済政策研究会というのができまして、当時、吉川先生は大阪大学の助教授でいらっしゃいましたけれども、その中で、分析スタッフの1人に加えていただいたことが、当時非常に強いモチベーションになり、その後のバックボーンの一つにもなったと考えています。

(吉川) 白書のテーマ選びの話で、現在の日本経済の問題をアイデンティファイするのが重要だというお話をしましたが、それと関係することではないでしょうか。日本経済が抱える大変重要な問題であって、大いに議論する価値があるテーマをアイデンティファイして、そのテーマに関連した有識者の人を集めて内閣府のスタッフの人たちと議論するというのは大変いいことで、今後も続けられるべきだと思います。

< 「官庁エコノミスト」育成に向けて >

― 内閣府における政策分析のための人材育成についてお尋ねしたいと思います。私どもは政策に近いところで分析を行うということで、問題意識が鮮明で、制度についても情報が入りやすいという強みがある一方で、一般の研究機関のように、必ずしも分析に専念できるわけではないという潜在的な弱みもあると思います。こうした強みをさらに強化して、一方で弱みを克服していく道についてご意見を伺えればと思います。

(吉川) 内閣府の経済分析をされる方は「官庁エコノミスト」と呼ばれるわけですけれども、大学に籍を置く経済学者と別に官庁エコノミストには大変大きな役割があると考えています。

戦後長い間、官庁エコノミストと大学の経済学者の間にはさまざまな交流がありました。そうした交流を通して大学にいる経済学者は、今、日本経済はこういう問題を抱えている、政策運営上こういうことに悩んでいる、あるいはこういうデータがある、というフレッシュな問題意識や情報を手にすることができる。逆に官庁エコノミストの方々は大学の経済学者とディスカッションすることによって、有益な知見を得ていたわけです。

内閣府は官庁エコノミストの一つの大きな柱になるような集団だと思いますから、有能な官庁エコノミストの再生産というのは、国全体のためにも今後も絶対必要だと思いますね。

― 今でも、大学関係の研究会への参加とか、大学との人事交流なども含め、交流は続いていると思いますけれども、一方で政府サイドとしては非常に業務が忙しくなって時間がとれない、他方でアカデミズムのほうでは非常に専門化・高度化が進んでいるということもあって、ディスカッションの場というのも、以前と比べると少なくなっているのかもしれません。

(吉川) 両方に問題があるのではないでしょうか。役所のほうは今おっしゃったようないろいろな問題があるんでしょう。学会のほうも、かつてはマクロ経済学は日本経済を理解し分析するための道具・眼鏡だったのが、今では現実の経済に目を向けず経済学の世界の中だけの議論をする「経済学学」に陥ってしまったというのが、経済学の問題として指摘されているわけです。

― 最後に、政策分析の専門家、あるいは官庁エコノミストとして内閣府の人材が身につけるべきスキル、そして内閣府の人材への期待についてお伺いできますでしょうか。

(吉川) 先ほど大学にいる経済学者とは違う官庁エコノミストの役割があるということをお話ししたわけですが、もうちょっと具体的に言えば、大学にいる経済学者は、マクロ経済・日本経済を研究対象とする場合でも、本来あるべき姿として、割く時間の例えば8割は経済学のほうで、あとの2割で日本経済を追ったり、データを見たり、いろいろなことを考え、経済学にそれを生かすということだと思います。官庁エコノミストというのは、わかりやすく言えば、その比率が逆になるべきなんじゃないでしょうか。

もちろん経済学は、ある程度勉強していただかなければいけない。経済学部の出身であれば、経済学を一応勉強しているでしょうが、内閣府に入られてからも大学院レベルの経済学を勉強していただきたいと思います。ただ、経済学を学ぶのは10のうち例えば2か3であって、7、8はやはり日本経済のことを考えて日本経済を追うというのが、官庁エコノミストの役割だろうと思います。

― 今日のお話も踏まえまして政策分析の力をさらに磨いていきたいと思いますので、引き続き先生のご指導をよろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。

(このインタビューは平成24年1月31日に実施しました。)
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