経済の好循環の確立に向けて

  • 白川 浩道
  • クレディ・スイス証券チーフ・エコノミスト
  • 戸堂 康之
  • 東京大学新領域創成科学研究科国際協力学専攻教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政分析担当)付参事官(総括担当) 増島 稔

経済財政の現状と課題について

― お忙しいところご足労いただきましてありがとうございます。

本日は、7月23日(火)に公表しました年次経済財政報告、経済財政白書(注)を題材に、日本経済の現状、課題についてご議論いただきたいと考えております。

今年の白書は、副題にありますように、「経済の好循環の確立に向けて」ということで、三つの好循環を考えているのですが、一つは持続的成長といいますか、需要と生産と所得の好循環です。それから、もう一つは経済再生と財政健全化の好循環。これは、経済再生、経済成長率が高まっていけば財政再建がやりやすくなるし、財政再建が進めば金利の上昇圧力が弱まって経済再生も進みやすい、そういう好循環です。三番目の好循環は、マクロ経済環境の好転と成長戦略の推進ということで、現在、マクロ経済環境は少し好転してきているわけですけれども、そうすると企業が前向きな行動をとる。それから、成長戦略を進めれば企業の行動が変わってマクロ経済も好転していく。そういった三つの好循環を念頭に置いて、それを確立していくためにはどうしていけばいいのかという問題意識でまとめております。

内容は三章構成になっておりまして、第一章が「経済財政の現状と課題」ということで、景気、金融政策、財政、社会保障を扱っています。第二章、第三章は日本経済の成長力をどう高めていけばいいのかという観点から、第二章では、「日本企業の競争力」、この競争力というのは生産性や収益性を向上して付加価値を生む力ということですけれども、それをどう高めていけばいいのかという話。それから、第三章では、企業が活動しやすい基盤をどう整えていけばいいのか、具体的には人材、金融、インフラを扱っております。

まず第一章からご議論いただきたいと思います。第一章では、足下の景気が持ち直してきているわけですけれども、政策に対する期待などもあってマインドが好転し、個人消費主導で景気が持ち直してきたという話を書いています。それから、円安を背景に企業収益が改善してきて、設備投資や賃金、こういったところにも少し持ち直しの動きが出てきて、最初に申し上げた需要、生産、所得の好循環が少し見られているということを書いております。

それから金融政策ですけれども、レジーム転換があって、期待物価上昇率などが上がって、実際の物価も横ばい圏内になってきて、少し上がってくる兆しも見られている。そういった中で家計の行動、低価格志向に変化が見られるということを言っております。

また、企業にこれから賃上げをしていってもらいたいということで、どういう環境が必要なのかということをアンケート調査などで分析していますけれども、ここでは成長期待を高めていく必要があるというようなことを言っております。

財政については、リーマンショック後赤字がかなり拡大しているわけですが、それは基本的に構造的な収支が悪化していて、その大きな要因は社会保障、それから景気対策といったところです。足下の財政の持続可能性に対する市場の信任は確保されているわけですが、債務残高の増加ペースは速く、財政状況は悪いということです。これから消費税増税が見込まれているので、EU諸国の経験をまとめております。付加価値税を引き上げた国では、リーマンショック前はそんなにマイナス成長になる国も多くなかったわけですが、リーマンショック後、景気が悪くなって追い込まれて増税しているような国では、マイナス成長になっている国もあるということで、計画的に中長期的な観点から財政再建を進めていかなければいけないと書いております。

(白川) まず、金融政策の評価で、三点くらいあります。一つ目は、実質金利が下がって円安になったということです。円安からくる企業利益への効果というのは、白書の中では製造業などを取り出して分析されていますけれども、必ずしも安定的に円安でプラスになるかどうかというのは、かなり微妙ではないかと思っています。最近の日銀短観でも、実は中堅とか中小の非製造業は今年減益予想になっていたりしますし、我々の分析でも、円安がかなり急激に進みますと、非製造業の最終価格への転嫁が結構時間を要するので、やはり短期的にはかなり利益率が悪化する可能性もあります。

また、これも我々が分析してみたら、製造業の国内でのオペレーションの利益率へのインパクトと、海外での生産・営業活動の利益率へのインパクトを比べると、実は円安の効果は海外の方が多く出る可能性がある業種がいくつかあります。必ずしも国内企業利益が強く拡大して国内の雇用とか設備投資にフィードバックするというイメージではなくて、もともと海外の方が利益率が高いのですけれども、むしろ格差が広がるイメージなのですね。したがって、金融政策で円安になったことが企業利益を通じて内需を刺激する効果というのは、実はかなり限定的になる可能性があります。

それから二つ目は、ポートフォリオリバランスという話があって、日銀が長期国債をかなり買えば、民間金融部門はその長期国債のリスク、特に今回日銀は残存期間が長い国債を多く買いますので、いわゆる金利リスクが日銀に移転されて、理論的にはその分、民間の金融機関は他のリスクをとれるようになり、貸出しが増えてくるといった議論が多いと思います。しかし、実際今のところ、それが観測されているわけではないということです。

これには、一つは規制の問題があると思います。やはり国債を持つケースと貸出しをするケースでは、やはり金融機関の自己資本へのインパクトが随分違うということです。国債は、国内の格付け機関ですとまだトリプルAのところもあって、リスクウェートゼロだったりしますので、なかなか国債を日銀に売ったからといって金融機関がリスクをとるわけでもなくて、サプライサイドはそんなに改善するわけではないということです。需要サイドはまさにインフレの期待とか所得の期待に影響されると思うのですけれども、ここはやはり工夫が要るのではないかと思っています。

経済の好循環の確立に向けて

例えば、PFIなどの議論が最近よくなされます。単に民間がリスクをとってお金を貸すというパターンに比べて、仮にリスクを何がしかの形で圧縮できれば、日銀の金融緩和の効果が出やすくなる可能性があると思います。ですから、PFIなどで民間が信用リスクをとりやすくする。そういうことをセットで考えると、もっと金融政策の効果が出る可能性があるというのが二つ目です。

三つ目は、期待インフレ率がマーケットでは上がっていて、ブレークイーブンインフレ率などは上がってきておりますが、なかなか個人とか企業の期待インフレ率が上がっているかどうかを読むのが難しい。これはどうしても消費税増税が見込まれていますので、来年にかけての期待インフレ率が上がっている理由が単に消費税を織り込んでいるだけなのか、それとももう少しファンダメンタルズとして期待インフレ率が上がっているのかの判断がなかなかできない状態で、経済見通しをつくる上でも非常に難しいのですね。ですから、持続的に消費とか住宅投資が刺激されるのかどうか、現時点では、来年度の消費税との関係で非常に見にくい状態で、今のところ、やはりそこは簡単に議論できないのではないかと思います。

それに絡んで申し上げると、一部の業種ではかなり需給ギャップがタイト化している一方で、全くそういう兆しのない業種があり、典型的には有効求人倍率なども、職種によってものすごくばらつきがある状態です。今、建設業などは人の面でも非常にタイト化が進んでおり、最近はそれが一般的なサービス業などでも出てきていますけれども、一方で製造業などはまだ労働需給がタイトではないです。むしろまだ非常に緩い状態ですし、普通の企業で働いている管理職とか一般職は、相当労働需給は緩いと思うのですね。そういったことからすると、日本経済全体にまんべんなく期待インフレとか期待所得が上がるとはちょっと考えにくいという感じを持っております。

(戸堂) アベノミクスの金融政策の評価は白川先生のおっしゃるとおりだと思います。そもそも私は、日本の問題は本当にデフレなのかということが非常に疑問です。デフレは、いつの間にか、物価の下落という意味だけではなく景気後退という意味まで含めてよく言われるようになったわけですけれども、本来の定義である物価の下落が本当に日本経済の停滞を引き起こす要因になってきたのかすごく疑問です。というのも、デフレの問題というのは、単純には実質金利が高くなり過ぎるということですけれども、現実には日本の実質金利って、デフレになっているにもかかわらず、そんなに高くはないわけです。

例えば、白書の81ページ、82ページにある実質金利は、政策金利から消費者物価上昇率を引いているもので、これは諸外国に比べてリーマンショック後、高止まりしているとされています。確かにそう見えるわけですけれども、絶対的な数字をとれば実質金利1%です。実質金利1%というのが高いかというと、私は相当疑問があると思うのですね。世銀のデータで、リアル・インテレスト・レートと定義されているものをそのままとってきたら、1970年代では、インフレ率が高かったですから、実質金利はマイナスだったりして低いのですけれども、1980年代に比べれば、むしろ停滞の20年の方が実質金利は低いくらいです。本当に現在のデフレが金利を高くし過ぎているのか、それがあまり議論されないのが、私にはむしろすごく不思議です。

― 確かに水準としてそんなに実質金利が高いわけではないと思いますけれども、期待成長率との関係が問題です。成長率が相当下がっている中で金利が高いというのは経済にとって大きなマイナスですし、特にリーマンショック後、他の国が金融緩和する中、実質金利が相対的に高くなっています。それにより、日本の為替が増価して、それがまたデフレをスパイラル的に悪化させていったという面もあるのではないかと思います。

(戸堂) 今おっしゃったのは、リーマンショック後のことだと思います。ただ、日本の問題はもう20年続いているわけです。円高ではなかった時代にも日本経済は停滞していましたし、リーマンショック前から停滞していたわけですから、やはり日本経済の20年の停滞の問題というのは、金融政策の失敗ということでは絶対に説明できないと思います。そういう意味では、逆に金融政策だけで日本の経済成長を引き起こせるかというと、それは無理だと思います。むしろ、金融緩和し過ぎることによる将来的な弊害とか、第二の矢である財政出動の弊害の方が将来的には大きいのではないかと考えております。

経済の好循環の確立に向けて

ただ、アベノミクスの第一、第二の矢は、やはり人々の期待を変えた効果が非常に大きかったと思います。期待が経済成長に与える役割についてはクルーグマンなどが理論化しています。理論的には、期待を変えることによって、いわゆる「貧困の罠」の状況から経済成長の経路に乗ることは十分に可能なわけです。例えば現在の状況で言えば、潜在的に高い成長が見込めるような産業があったとして、みんながそれを始めれば実際に成長できるわけですけれども、みんなが本当に成長できるのかという疑念を抱いているために、なかなかそれに投資できない。それがために潜在的に高度成長できるような産業が育っていかないという問題があると思います。それをアベノミクスが大きく動かして、ある程度潜在的な産業に投資するという、そういう機運をつくったことは非常に評価できると思います。

そういう意味では、経済の好循環を期待で動かすことはできると思うのですね。ただ、やはり期待だけでは長期的に経済成長できませんので、一番大事なのは第三の矢ということになろうかと思います。

― 白川先生からのご指摘に、簡単にコメントさせていただきたいと思います。円安の効果ですけれども、まず評価益ということで効果が出てきて、しばらくしてから円安で価格競争力がつくことによる効果が出てきます。前者は、白川先生がおっしゃったように業種によって差があります。どういうタイミングで効果が出てくるのか、円安で交易条件が悪化することによる効果の方が大きいのかどうかはちょっと読めない。一方、後者の効果で輸出数量が増えるのはむしろこれからでしょう。不確実性があるというのは、おっしゃるとおりだと思います。

ポートフォリオリバランス効果については、白川先生がおっしゃるように、現状ではあまり出ていないと思います。しかし、金融政策の効果ということでは、一時、日本国債の金利はかなりボラタイルな動きをしていましたけれども、その後、アメリカの金利が上がる中で、かなり低位というか、0.8%台の後半くらいで安定しているということは、リスクプレミアムを抑える効果が出ているのではないかと、そこは評価できると思います。

期待については、戸堂先生からもご指摘がありました。戸堂先生はマインドが変わった、白川先生はまだはっきりしないのではないかという御意見だと思いますけれども、全般的に、アンケート調査などを見るとやはりマインドが変わっているのではないかと思います。期待物価上昇率は、内閣府の消費動向調査とか日銀の調査を見ても、上がる方向が出ていると思います。

(白川) そうですね、確かにそれはある。金融政策の効果というか、為替の効果というのは当然あると思いますね。

― まずは期待が変わり、それから為替を通じた効果、さらにリスクプレミアムを抑制する効果が出ているということではないかと考えています。

(白川) そうですね。多分80円くらいの為替が100円になったという、この20円の変化が物価にも出るでしょうし、期待インフレ率にも出るでしょう。しかし、実はこうした水準の変化で入るショックは、大体3四半期くらいでフェードアウトします。ですから、その意味で私はあまり意味がないと思っています。つまり、断続的にショックを入れ続けることができないと、例えば一回為替が100円になりましたということで終わると、大体一年で効果が終わってしまいます。しかし、その後に二次的な効果が持続的に発生しないと相当苦しいのではないでしょうか。つまり、日本銀行は毎年為替をターゲットにして20%ずつくらい減価させられるかとか、それは本当にいいことなのかなど、議論し始めると多分果てしないと思います。

― 幸いなのは、アメリカの方がどちらかというと出口に近づいていて、金利差という観点では先行き円安が見込めると思います。それは政策効果ではありませんが。足下で円安が進んでいるのも、政策効果というよりは、景気のフェーズの違いと言う面もあるかもしれません。

(白川) そうですね。うまくすれば、日本の方がずっと金融が緩和的であるとマーケットが思い続ければ、じわじわと円安が進んでいくというのはあると思います。

日本企業の競争力について

― 白書の第二章では、成長の原動力、要するに付加価値を生んでいくのは企業なので、その企業の所得を生む力をどう高めていけばいいのかという点を分析しています。

競争力を測る一つの指標として収益性、ROAに着目して、ROAが低い理由を分析しています。一つは企業の活動のしやすさです。「六重苦」などと言われますけれども、企業活動を制約するいろいろな問題があるという話です。それから、リスクテイクに消極的な企業マインドがあるとか、新陳代謝が進まないということです。これは、政策的に保護されていてゾンビ企業と呼ばれる企業が残っているという面もあると思います。それから高コスト構造です。ここで取り上げているのは流通業ですけれども、他にも電力料金など、そういった問題があると思います。

また、デフレの中で設備投資が抑制され、設備の老朽化が進んで生産性が上がってこない。それは製造業だけではなくて、非製造業の例えばICT投資が進んでいないといった面もあると思います。それから、無形資産では、研究開発投資の効率性も決して高くない。日本の企業は、金額としては相当研究開発投資をやっていますけれども、収益に結びついていないという問題もあると思います。

そういった中で、企業はグローバルな活力を取り込んでいかないといけないということで、製造業のみならず非製造業も貿易可能性を高めていくとか、海外進出していかないといけないという話をしています。特に製造業ですけれども、アウトソーシング、特に海外へのアウトソーシングなども生産性を高める一つの有力な手段ではないかという話をしております。

(戸堂) 同じようなことしか言えないのですけれども、とにかく、グローバル化が生産性の成長を促すということは、かなりはっきり実証されているわけです。しかし、日本経済のグローバル化は進んでいないということでして、やはりグローバル化が少ないことによる生産性の停滞がかなり収益性の低さを説明しているのではないかと考えられます。

さらに、グローバル化の負の側面ということで、この白書にも201ページに、海外進出によって国内雇用は縮小すると言われているわけですけれども、実際には、きちんとした計量経済学的な分析をやりますと、必ずしもそうではないという結果が出ています。場合によっては、むしろ海外進出した企業の方が雇用が増えるという結果が出ているのです。これは一つの例ですけれども、海外進出することによって雇用の成長率は、むしろしない企業よりも12%増えるというRIETIの研究があります。こういう研究は、計量経済学的な手法によって、海外投資した企業と、同じような企業だけれども海外投資しなかった企業を比べているわけで、単純に二つの種類の企業の雇用成長率を比べるよりも、直接的に比べていると言えるわけです。ですから、そういう意味で、負の側面があると言われるのはどうかと思いますけれども、いずれにしても、雇用にもそんなに悪い影響はなくて、生産性に対する正の影響があるということで、やはりグローバル化が一つの成長戦略のキーとなるのは明らかだと思います。

ただ、海外進出に当たって注意すべきなのは、やはり進出するためには人材の高度化をしなければならないということです。これは白書の第三章にもつながっていくわけですけれども、日本全体としては、海外進出することによって生産性が増えるとしても、やはり海外との競争に負けて廃業する企業も出てくる。もしくは衰退するような業種も出てくる。そういう人材を再教育して、うまく成長産業に移していく工夫は確実に必要だと思います。ですから、やはり人材の高度化ということを踏まえつつ海外進出をすることが必要だと思いますけれども、しかし、ではどうしたら海外進出できるのか、もしくはグローバル化できるのかという話が次に来るわけです。やはりそれは、まず第一にはTPPを始めとして、自由度の高いEPAをたくさん結ぶことによって門戸を広げていくことだと思います。

経済の好循環の確立に向けて

TPPについても、いろいろな政府の出されている試算があるわけですが、一般的な試算は、TPP、もしくは海外グローバル化に伴う成長効果をほとんど無視しているわけですね。つまり、グローバル化することで企業が生産性を高めていくことを無視して、TPPをして関税が低くなるので輸出が増えるとか、そういう部分に焦点を当てて推計をしている。グローバル化による成長効果も含めた上でTPPの効果を試算すると、ざっくりした試算ですけれども、私自身が試算すると、例えば10年後には1人当たり実質GDPが40万円くらい増えるという結果になるのですね。このかなりの部分は、実は対日投資が増えることに伴う効果です。今、安倍総理は、10年間で名目GNIを150万円以上増やすとおっしゃっているわけですけれども、TPP一つでその4分の1くらいが、もしくはこれは実質GDPですから、名目にすれば場合によってはもうちょっと上がるわけで、いずれにせよかなりの部分がTPP一つで達成できると言えます。ですから、やはりEPAが非常にキーになってくる。

もう一つ大事なのは中小企業の国際化です。実際、日本には技術力の高い、本来は国際化できるにもかかわらず国際化していないようなもったいない中小企業がたくさんありますけれども、そういう企業に対して国際化支援をしていくことが必要です。これも白書で言われていますけれども、国際化支援に関しては情報の支援がキーになるべきです。やはり中小企業はどうしても情報を得るための人手が足りないということがありますし、そもそも情報をとるということ、もしくは海外にネットワークを広げること自体には、いわゆる経済学でいう外部性があるわけですよね。自分で情報をとってきても、その情報がどうしても他の同業者に漏れてしまうと、その情報をただで使われてしまうという面がありますから、市場経済においては情報をとることが十分に行われない可能性があります。ですから、そういう部分はやはり政府がやるべきです。例えば、現在JETROなどがそういうことをされているわけですけれども、より積極的に政府が情報をとってきて、それを皆さんに開示するという支援のあり方が大事だと思います。

あと、その反面、中小企業に対する過度な保護が、逆の意味で海外進出やグローバル化の足を引っ張っている部分があったと思いますので、そういう過度な保護をやめる、能力のある企業にどんどん海外進出にチャレンジしていただくことが大事だと思います。過度な保護をやめることによって、中小企業が、例えばM&Aなどを通じて本当の意味で成長できるという、経済のダイナミズムをつくって新陳代謝を起こして成長できるという環境がつくられていくと思います。

― 先ほどご指摘いただいた、白書201ページの海外進出で国内雇用が減るという話ですが、リーマンショック前をとると雇用が増えるという姿になっていまして、過去の白書でも、戸堂先生のおっしゃったように、グローバル化や海外進出によってグローバルな生産の最適なアロケーションができて、国内の効率性も上がって国内の雇用が増えるというような話をしています。しかし、リーマンショック後だけとってみると、雇用が減っている動きが見られていて、特に海外生産をした企業にマイナスの影響が出ているということを書いています。その背景としては、やはりリーマンショック後の円高が影響しているのではないかという認識でおります。

(白川) グローバル化というのは、なかなか定義が難しいと思いますけれども、私のイメージでは、やはり日本の企業は収益の源泉として海外を求めています。これは、国内の需要が伸びない中で、もう必然として海外の売り上げを伸ばしていくインセンティブがあるということだと思います。

その中で、グローバル化で海外に進出していくことが雇用にどう影響するかはなかなか難しいと思うのですけれども、基本的には国内には資本集約型の産業が残って、海外には労働集約的なものがシフトすることからすると、相対的には雇用が伸びにくくなるだろうと考えています。ただ、それは生産性には多分プラスに寄与するはずですし、収益性にも多分プラスに効くはずなので、海外に進出することは合理的だと思いますし、当然日本経済全体としても、マクロ的に見ればメリットがかなりあるのだろうと思います。

それで、先ほど申し上げたように、円安の効果も実は海外の方が強く出るということもあって、かなり海外に進出しているために利益の拡大がグローバルに起こって、そして、それが株価に反映されたりする形でフィードバックしてきますので、直接的に雇用への効果はないとしても、間接的には海外に進出したことのプラスがかなりあるというイメージを持っています。

経済の好循環の確立に向けて

国内では労働集約的なものが減っていくのは、もう当然起こってくることだと思うのですけれども、非製造業の生産性が低い、なかなか伸びてこないという中で、この非製造業の生産性を上げた方がよいという議論もよく聞きます。直感的には、非製造業はやはり人を切った方がよいと聞こえるわけですね。つまり、製造業がなかなか伸びにくくなっている中で、非製造業も労働生産性を上げるべく努力していくべきということです。非製造業については資本蓄積が不十分か、蓄積されている資本のクオリティーが低いか、のいずれかの意味において生産性が低いということですが、それを改善するということは、非製造業でも資本と労働の代替を促進すべきという議論に発展します。これは、非製造業では労働力が余っているとか、要らないとかいう議論です。ここで、重要なのは、労働のモビリティをいかに高めるかであると思いますが、気になるのは、雇用の受け皿となるような高成長産業をまだあまり思い浮かべられないことです。つまり、製造業を代替して中所得層を増やすような産業が国内に出てくるのかどうか非常に微妙だと思っています。

その中で、日本から外という話ではなくて、外から日本という話が、実はかなり重要になっているのではないかという気がします。ですから、アベノミクスの第三の矢の中でも対内直接投資を増やしていくという議論がありますが、これはいろいろ研究する余地があると思います。対内直接投資を多く受け入れている国は相対的に成長率が高いかどうかという議論は、あまりよい答えがないのですね。日本は供給能力が相対的に落ちていく経済なので、海外からの資本であれ人であれ、もう少し受け入れて、日本の供給能力を上げていくという意味で、対内直接投資はかなり意味があると思っているのですが、いろいろな過去の分析を見てみると、対内直接投資と成長率の関係は、あまりはっきりした関係がない。これは、第一次産業と第二次産業と第三次産業とで違うようですけれども、対内直接投資を促していくことがどのように成長に影響するのか、潜在GDPや供給能力にプラスになるのかなど、この議論は今後もう少し深めていく必要があるのではないかなと思っております。

(戸堂) 私も対日投資が非常に重要だと思っています。白川先生はあまりエビデンスがないとおっしゃいましたけれども、対内投資を受け入れることによって経済成長率が上がるというエビデンスはかなり積み上がっています。ただ、それなりに条件が必要で、例えば金融市場が発達しているとか、教育レベルが高いとか、そういう条件が要るのですね。

(白川) それはGDPそのものというよりも一人当たりGDPの成長率というイメージですね。生産性の効果ですね。

(戸堂) そうですね。一人当たりGDPの成長率が上がるということですね。やはり外から資本とともに知恵もやってくるということで、その知恵が他の国内企業に回って生産性も高まるということですね。

それで、今申し上げたのは、いわゆるクロスカントリーのパネルデータによるものですけれども、さらに私自身がやった研究で日本の企業レベルデータを使ったものもありまして、企業レベルデータで見ても、対日投資を受け入れている産業にいる国内企業の生産性成長率がより高くなることが示されています。それはやはり、いわゆる知識のスピルオーバー効果があってということだと思います。

でも、実はそれにもさらに条件があって、普通の対日投資では効果がなく、研究開発を伴うような対日投資でなければ、そういうスピルオーバー効果がないのです。ですから、やはり研究開発を伴うような外資系企業を受け入れることによって、国内の企業がそれを学んでいく余地があって、それによって成長が加速されるということだと思います。先ほどTPPの効果の分析について申し上げましたけれども、かなりの部分が、対日投資が国内の生産性を上げる効果によるものです。しかし、そうはいっても、やはり対日投資が全然増えないという問題があります。

(白川) それは多分、白書の第三章に絡むのですよね。日本の企業にとって世界的にオペレーションしやすいというのもそうですけれども、海外から入ってくる企業にとって、日本の様々なインフラにあまりメリットがないと思われているかどうか。この問題は多分かなり大きいのですよね。

(戸堂) そうですね。ですから、第三章にいった方がいいのかもしれませんが、JETROのやっている調査などを見ても、外資系企業の言われる一番の障壁は人材がいないということになるわけです。やはりグローバル化に対応した人材がいないということが一つの大きな問題だと思います。

― 第三章の話が出ましたので、第三章にいきたいと思いますが、その前に一言だけお話しさせて頂きますと、雇用が伸びにくくなるというのは、確かにそうだと思うのですね。企業は生産拠点とか本社の雇用は減らして研究開発拠点などを増やしているので、ある意味、高付加価値的なところに雇用が移っていると思います。他方、やはり製造業全体としては人が減っていくので、非製造業に人が移っていかないといけないということですが、資本蓄積で非製造業の生産性が上がらないと給与も上がっていかないということになると思っております。

(白川) この議論は一人当たり給与の話で、やはりどこまでいっても一人当たりGDPの議論でしかなくて、個人部門の所得が日本経済全体で増えるかどうかは、私はやはり微妙だと思っています。むしろ企業や資本に所得が分配されてしまう。一人当たり所得は上がるかもしれませんが、製造業としての所得のパイが減っていく中で、それに対応して増えていくところが、非製造業の雇用者全体としてどのくらいになるかという気がします。

(戸堂) ちょっと前に戻りますけれども、先ほど白川先生は、生産性を上げていけばむしろ雇用が減るから、どうすればいいのか解がないとおっしゃいました。しかし、もしそれが本当に問題であれば、もう生産性を上げないでどんどん人を雇ったほうがいいということになります。

私が思うに、結局、生産性さえ上がっていけば、どこかに雇用が生まれるわけです。みんな資本を何も使わないで全部手書きでやって雇用を増やせば、みんな幸せになるのかというと絶対そんなことはありません。機械を使うことによって余った雇用、人材が生まれる。では、余った人材は永遠に失業するかというと、やはりそうではなくて、そこで何か知恵が出てきて新しい産業が生まれていくといったことが人類の歴史でずっとあったわけです。生産性を上げていく、もしくはイノベーションを起こしていくという土壌が経済にあれば、あるところで雇用が少なくなって一時期人材が経済に溜まってしまっても、それはどこかで絶対吸収できると思うのですね。吸収できないとすると、それこそ規制の問題だとか、企業の新陳代謝が十分でないとか、そういうところにあると思うのですね。

サービス産業も、まだまだ潜在力があって、最近でも観光などの部分でも伸びてきています。

(白川) そうですね。例えば戸堂先生がおっしゃるような観光など、新しく需要が増えそうなところがあるわけで、そこを伸ばしていくことは多分できると、私も思います。

経済活動を支える基盤について

経済の好循環の確立に向けて

― 第三章にいきたいと思います。第三章では、経済活動、企業活動を支える基盤ということで、大きく三つ、人材、金融、インフラを扱っています。人材については、最初は非正規雇用の人的資本の話、それから二番目はICT人材。これは日本的雇用慣行の中で高度専門人材の処遇がなかなか難しいという話をしています。それから、外国人の高度人材を入れていくという話をしています。その過程でTPPなども有用という話です。

金融関係のところは、これからデフレを脱却する中でリバランシングが重要ということ、それから、当たり前ですけれども成長資金の供給が重要で、機関投資家の役割も重要ということ。非製造業の海外展開の関係で、金融機関の海外進出についても触れています。

最後は社会インフラです。大きく三つ、交通インフラと電力と通信を扱っていますが、人が減り、財政制約がある中で選択と集中を進めていかないといけないとか、民間活力を生かしていかないといけないとか、ICTを使ったアセットマネジメントをしていかないといけないとか、もう一つは、人口減少する中でインフラの整備コストが上がっていきますので、コンパクトシティー化などと併せて都市のあり方も見直していかないといけないというメッセージを込めております。

(戸堂) 結局は、この三つのうちの一つの人材に尽きると思います。やはりグローバル化するにも人材が要りますし、人材がいなければ、それこそ結局は研究開発も外に出ていってしまうことになりますので、本当に人材に尽きると。

人材の何が問題かというと、一つにはグローバル対応になっていないということです。例えばどこが悪いかというと、やはり教育が悪いのだと思います。これは教育機関にいる者として自戒を込めて言うわけですけれども、やはり初等教育、中等教育では暗記中心、もしくは問題解決型の教育中心で、問題を発見する、もしくは研究して発表するという教育がほとんど行われていない。これが一番問題だと思います。あと、グローバル化という意味ではどうしても英語が外せないわけですけれども、英語教育においては、やはり日本の英語教師の質が悪過ぎます。例えば、中学の英語担当の教員で英検準一級以上を取っている人の割合は28%。準一級でもなかなかちゃんと英語をしゃべれないと思うのですけれども、これはちょっとひど過ぎるという状況です。

では大学は問題ないかというと、これも大ありで、企業が求めるような、もしくは経済に資するような人材を教育できていないというのが、やはり非常に大きな問題だと思います。最近よく議論になっていますけれども、私は大学のガバナンスが問題だと思っていまして、教授会の力が非常に強くてトップダウンの改革が行えないわけです。さらには教員の業績評価もほとんどやっていなくて、業績に基づくような給与とか職務の配置がされておりませんし、結果、特に文系の学部においてはほとんど研究も教育もしていないような教員がたくさんいますし、産学連携という意味でも十分でない。ですから、やはり研究、教育、産学連携、こういうものをきちんと評価するような体制を大学がつくっていくことが必要だと思います。それがやはり自戒を込めて人材についての問題点だと思います。

金融とインフラについてはあまり専門ではないですけれども、特にインフラについては、どうしても国土強靱化ということで物的なインフラに重点が置かれています。しかし、ソフトなインフラも同時に重要で、例えば、私が東日本大震災の被災地の企業に対して行った研究によりますと、被災地企業でも、いわゆるサプライチェーンネットワークに組み込まれている企業で、例えば地域内、地域外に多くの取引先を持っている企業の方が、むしろ復旧が早かったということが見られています。震災直後には逆のことが言われていて、サプライチェーンがあったから震災の被害が広がったということが言われていたのですが、実はそういうサプライチェーンネットワークがソフトなパワーを発揮して復旧にも役に立ったということがあります。そういう意味では、人のつながり、企業のつながりといったソフトなインフラも含めて、強靱な国土をつくっていくべきだと思っております。

(白川) まず人材のところですけれども、人手不足がかなり明確になっているので、この議論はやはり避けて通るべきではないと思います。医療でも建設でも、さらに資本投資をしていくことによってある程度人手不足をカバーできるかもしれませんが、ロボットではなかなかできそうもないという感じもしますし、かなり人手が足りなくなっている業種が広がってきていると思います。もう少し人材受入れを対外的に開放していくのであれば、現状を見ていると、本当に専門的なホワイトカラーだけを対象にしているように見えるので、ここはちょっと議論の余地があるのだろうと思います。

それから、投資資金の供給基盤についてはずっと昔から言われていて、公的金融が大き過ぎるのではないかとか、日銀も今どんどん国債を買っていますけれども、民間の金融がまともにリスクをとっている世界がなかなか見えずにここまで来てしまったということで、やはり私のイメージでは、ある程度規制の影響が大きいと思います。どうしてここまで資産構成が国債に偏ってしまったのかということについては、やはりそれはリスクに対するバランスが悪いと思います。民間のプロジェクトのリスクと国債のリスクを比較して、本当に国債はゼロで民間プロジェクトは100なのか、根っこから議論した方がよいのではないかと思います。そうしないと、日本の金融機関はいろいろなリスクをとれない。100の民間プロジェクトへの貸出しをするには、100の資本を置かなければいけないというのと、100持っても資本はゼロでよいという国債では極端に差があるので、この問題はじっくり考えていく必要性があると思います。

それから、インフラはやはり生産性に影響します。一つは、海外の企業などから見たときに、日本の問題点として、先ほど戸堂先生がおっしゃった人材のクオリティー、国際化していないという点が非常に重要だと思います。

私も今、外資系で働いているので、みんな国際性が要求されているのですけれども、そんなに特殊な能力を要求されているわけではないと思います。おそらく日本の労働の質の問題は、国際性がないとか英語力がないとかいうこともそうなのですが、やはり自立だと思います。つまり、若いときからいろいろなことを任されて、自分の判断で自分でやると、できなければ首になるかもしれないというリスクを背負って働くという人材がグローバルに要求されていると思いますが、日本ではそうではなくて、入社してくると誰か教育係がいて、一人前にしてから仕事を与えてというところがあります。ヒューマンリソースマネジメントを考えないといけなくて、単に語学ができればいいかというとそうではないのですね。

― 英語教育の話は白書にも書いてあるのですが、戸堂先生の言葉でいえば問題発見型の、白川先生の言葉でいえば自立型の人が育っていないという教育システムの問題があるのかと思います。ただ、企業に入ってから育てられるという部分もあるのではないかと思いますが。

(白川) そうですね。ただ、逆に言うと、今の日本はそういう体質がだいぶなくなってきているようで、最近は会社に入っても誰も助けてくれないといいますから、少し考え方が変わっているかもしれません。

(戸堂) でも、本来は、そこの部分を大学がある程度やらなければならなくて、それを全然果たしていないということだと思います。私が言うのは本当に申し訳ないのですが。

(白川) 人材の議論が高度人材に偏ってしまうのはなぜだろうかと思います。サービス業、広義の非製造業の中でもかなり人手不足がはっきりしてきていると思うのですが、それは別に高度人材が足りなくなっているという意味ではありません。最近は飲食店でも人が足りなくなってきているらしいですから。あとは運輸業などで人が足りなくなってきていて、最近、時々若い女性のダンプのドライバーを見ます。それなりに人手不足が深刻になっている可能性があるのだと思いますが、その議論があまりされないですよね。この白書も、比較的高いレベルの高度人材にフォーカスされています。それはそれで大事なのですが、実はもう少し深刻に供給サイドで議論しなければいけないところとして、スキルセット的にも中度の人材がかなり足りなくなってくる可能性があります。

― 確かに全員が高度人材になれるわけでもありませんし、全員が高度人材で世の中が成り立っているわけでもないので、ミドルエンドの人材が活躍できる場のようなものが必要ということでしょうか。

(戸堂) 高度人材の定義にもよると思うのですが、高度人材というのは必ずしも大学院を出てというイメージではなくて、トラックのドライバーでも、改善活動などで生産性を上げられるような人を含めての話です。例えばイノベーションという言葉も、本当は改善というようなことを含んでいる言葉なのですが、そういうのと同じで、あまり高度人材という言葉自体がよくないのかもしれません。

(白川) 多分印象論の問題が大きいのかと思いますけれども、例えば外国人の方の在留資格の緩和の議論も、Ph.D.で何とかでとなっていますが、それだけではないと思います。

― いろいろと御指摘をいただきましたので、内閣府としても分析を深めていきたいと思います。どうもありがとうございました。

(本インタビューは、平成25年7月26日(金)に行いました。)

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