アジア新興国の経済成長と世界の金融・経済政策の動向

  • 清水 順子
  • 学習院大学経済学部教授
  • 聞き手:内閣府経済社会総合研究所総務部長 桑原進

経済のグローバル化による貿易や投資の拡大による国際競争や産業構造の変化、生産性の向上等を背景として、新興国の経済成長率は先進国のそれを大きく上回ったと考えられます。しかし、足元では、新興国の経済成長も鈍化しているほか、先進国の金融・財政政策による投資マネーの動きなどにより新興国側の経済成長引き下げ懸念などを指摘する向きもあります。

今回は、足元の新興国の動きや、先進国の経済政策の状況と今後の新興国に対する影響等について、これまで国際金融やアジア経済を中心に研究されてきた清水順子先生にお話をお伺いしました。

足元の新興国経済の動き

画像:学習院大学経済学部教授 清水順子

— 新興国経済は概して先進国よりも高い経済成長率を誇ります。先生はアジアを中心に研究をつづけられていますが、これらの経済成長の推移をどのようにご覧になられていますか。

アジアについては、特に2000年代前半以前は経済状況をひとくくりで見られる傾向がありましたが、現在はそれぞれの国の経済指標によって為替・株価などが個々に評価されるようになってきました。2010年以降の世界的な金融危機では、米国や欧州市場での動向に大きく影響を受けたものの、最近は中国のPMI(製造業購買者景気指数 Purchasing Managers Index)等、アジア各国が定期的に情報開示を行うようになり、それによって市場が判断するようになったのです。東南アジア各国も1997年のアジア通貨危機以降、ディスクロージャーの動きが進みましたし、外貨準備高を増やす等の危機対応も進みました。さらにチェンマイ・イニシアチブに見られるように、アジア全体として危機に強くなったといえます。また、アジアに流入する資本フローの中身を見ましても、リーマンショック時にも直接投資のような長期的な資本は持続的に入っていましたし、それをもとに産業育成を進め、各国が独自に成長努力を続けてきました。その結果として、アジア各国の経済基盤は強くなったといえますので、米国の金利引き上げ局面において、短期的にはボラタイルな影響を受け、資本が流出することもあるとは思いますが、本質的なところでの影響はないと考えられます。長期的には、成長途上にあるこれらの国々には、引き続き資本流入は堅調であると考えています。

— 中国の経済成長率が鈍化しているようですが。

中国の経済動向についてはいろいろな見方がありますが、私は比較的楽観的です。8月11日のチャイナショックの直後、ロンドンに行く機会がありました。ロンドン市場における人民元のオフショア市場の現状をヒアリングした際に、中国経済についてもお話を伺ったのですが、市場関係者の見方の多くは、中国の経済成長率鈍化についてはそれほど心配ないというものでした。8月11日以降の株価急落についても、為替相場の切り下げについて、中国政府側の説明不足から、元安誘導しなければならないほど中国経済は悪化しているのか、と市場が早合点した影響もあったと考えられます。

実際、中国の経済成長率が鈍化したとは言っても、先進国と比べれば、依然として十分高い状態です。短期的な情報や報道に左右される必要はないでしょう。他のアジアの国々も、人口は多く、賃金は上昇傾向にあるものの、まだ先進国と比較して安い状態が続き、若い世代を中心に消費余力があります。経済成長が比較的高い状態はまだ続くのではないでしょうか。

先進国の金融・経済政策について

— 金利引き上げ等の金融緩和の縮小について、米国ではこれまでのFOMCで議論されています。近く金融緩和縮小が行われる場合、アジアを中心とする新興国ではどのような反応・影響が想定されるでしょうか。

まず、米国の金融緩和縮小については、金利を引き上げるということも市場が織り込み済みであり、今後は、どれくらいのペースで利上げしていくのかが焦点になると考えられます。足もとでは、米国内でインフレにつながるような情報もありませんので、市場は引き上げのペースは緩やかになると予想しているのではないでしょうか。また、穏やかなペースでの利上げであれば、日本や欧州に対しては大きな影響はなく、特に日本の場合、「ドル高円安株高」という連鎖が働くことを踏まえれば、ドル高が緩やかに進むことで日本の株価も安定して推移することが期待されます。

新興国については、米国が利上げすることで一時的に資本流出が起こることは想定されるでしょう。しかし、先述のとおり、アジアは本質的には成長力の高い地域であり、クレジットクランチに陥るような危険性は高くないと考えます。また、世界中の投資家は、リーマンショックや欧州政府債務危機等の後、資産のポートフォリオを分散する必要性があると考えているはずです。ドルとユーロ以外の第三極の投資先が重要になってきます。そのため、先進国が金融緩和縮小方向に向かったとしても、資金需要が高く成長する可能性のある中国を含めたアジアについては、中長期的には資本流入があり続けると考えられます。ただし、チャイナショックの際に資金の引き上げなどが起こったわけですが、その後の戻り方は各国で異なっており、先述のとおり、市場ではそれぞれの国の経済指標等が個別に判断されているといえます。今後は、各国の状況をみつつ、クレジットクランチが起こらないかどうかについては注視していく必要があるでしょう。

— アジアでは、1990年代の通貨危機、世界金融危機前後に為替動向が大きく動き、また、その為替の動きによって実態経済への影響も大きく受けたのではないかと考えられます。清水先生は、過去のご研究でバスケット通貨を活用してアジア域内の為替環境に関する監視システムを構築することが、アジアの国々や企業にとってプラスになるというご指摘をなさっています。アジアの為替の動きについてはどのように見られていますか。

アジア金融危機前に見られたダブルミスマッチという現象は、投資や貿易の両面でドルに依存していたことが一つの要因でした。アジアがドルだけに依存し、対ドルでアジアの通貨を評価する、という状況が続くのは望ましいことではなく、アジアの通貨がアジア域内でどのような動きをしているのかということを対アジア通貨でとらえる必要があると考え、アジア通貨で構成された通貨バスケット(Asian Monetary Unit, AMU)を提案してきました。通貨バスケットを用いることで、それぞれのアジア通貨のアジア通貨バスケットに対する動きを指標として公開し、その指標を一定のバンド内に収めることで、アジア通貨間の安定を目指すというものです。ただ、これを提案し始めた2000年代半ばは、中国が資本規制緩和をするのはまだまだ先のことであり、したがって元が国際通貨になるのも10年以上先のことであろうと見込んでおり、日本円がこの通貨バスケットにおける唯一のハードカレンシーとして、アジア通貨を安定化させるような役割を果たせるのではないかと考えていました。しかし、先に述べた通り、今や元は世界中のオフショア市場で活発に取引されており、元の国際化が思いの外順調に進んでいる状況となりました。一般的には、元が国際的に流通するためには中国の資本規制緩和が不可欠であると考えられていたのですが、そうした国際金融論における常識を打ち破った中国政府と多くの国々とのスワップ戦略が進められ、予想より早い段階で元が国際化しました。こうなると、円を中心とするバスケット通貨の意義は低くなります。現在のアジア通貨の動きを見ますと、実は円も含めて元に対する連動性は高くなっています。このまま、元を中心にした通貨バスケットという策はあるのかもしれません。

また、タイの経済成長が進み、タイ周辺諸国、特にCLMⅤと呼ばれるアジア・新興国にタイからの関連製造業が進出し、タイの製造業を支える補完工場が設立されるなど、タイを中心としたサプライチェーンが進んできています。この結果、タイバーツで決済を行えるバーツ圏(バーツ化)も一部で広がりつつあります。アジアの一地域の経済統合が深化し、その周辺国を含めて新しい姿を見せている状況です。アジアの通貨バスケットについては、こうした新しい経済圏の形成も反映されていくべきでしょう。日本との関係で見ますと、ミャンマーで証券市場の設立を手掛けたり、新たな工業団地に多数進出意欲をみせているところなど、見逃せない事実ではないかと思います。

画像:内閣府経済社会総合研究所総務部長 桑原進

— 中国は資本規制を残して国際化したというのはどういうことでしょうか。

オフショア市場における人民元取引が活発化し、人々が実際に貿易決済などに利用するようになっているということなのです。資本規制により、オフショア人民元は、中国国内で取引されるオンショア人民元と簡単に交換することはできませんが、海外同士のクロスボーダー決済においては中国本土を介さずオフショア人民元で取引をすることもできます。特に、香港・シンガポールや最近のロンドン市場では、人民元建てで口座を持ち、人民元建ての預金や為替・デリバティブ取引が行われるようになるなど、その取引規模が拡大しています。欧州はそもそも中国との貿易取引の多くをドル建てで行っていたため、ドル対ユーロやポンドの為替リスクを負っていたわけですから、それを元建てにしたところでリスクが拡大するわけではなく、ドル建てを元建てに代える抵抗が少ないわけです。中国から輸入をするだけではなく、欧州製品の中国への輸出も多く、人民元建ての貿易取引も増えています。欧州企業としては中国の売り上げにおける為替リスクをヘッジするためにフォワードやオプション取引を行うニーズも多く、人民元デリバティブ等の取引も始まっています。さらに、2014年6月にはロンドンに人民元のクリアリングバンクが設置され、同年10月にはロンドンで人民元建て債券が発行されるなど、オフショア市場における人民元取引は中国本土の資本規制を残したまま拡がっているものと考えられます。

国際貿易の発展

— 環太平洋各国に該当する東南アジア諸国の数か国は今回の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の枠組みに参加しており、他にも何か国かは今後の参加を希望しているという話もあります。

日本にとってTPPは、長期的視点でとらえていくべき政策でしょう。TPP締結による効果を将来的にいかにプラスに変えるかを見据えて、国内の政策・対策を考えていくことが重要です。たとえば、5年先や10年先といった期間を区切って、対応を考えていく必要があるのではないでしょうか。

アジアの中では、フィリピンやインドネシアなどが交渉参加に関心を寄せており、アジアの経済にプラスとなると見込まれています。日本企業にとっても機械部品の国際的なフラグメンテーションが進んでいる状況を考えると、関税が撤廃されることは大きなプラスにつながると考えられます。さらに、金融や小売といった面で、日本の質のいいサービスをアジアの国々に広めていくことが可能ですし、その取り組みにより、アジア各国とウィンウィンの関係を構築することができると思います。このように望ましい状況を作り出すには、TPP発効までの時間をただ待つのではなく、すでに進められている各国とのFTAやEPAに関する交渉等を加速するなど、できることから進めていくという姿勢も重要だろうと考えます。

中長期的な課題について:持続的な成長のために

アジアを中心とする高い経済成長率を見せる国は、安定的な成長を見せる先進国とともに一緒に世界の経済成長をリードする存在であろうと考えられます。新興国、特にアジア各国では日本が直面しているような少子高齢化の懸念があるなど、長期的な経済成長の抑制要因は考えられませんか。

中国は一人っ子政策の上に晩婚化が進んだため、人口ピラミッドの形状が悪化しています。このことについては最近、一人っ子政策を解除したということからも分かるとおり、生産人口を増やしていくことが重要だという認識に立っているのだと思います。他のアジアの国々も含めて、今はまだ年齢構成が若い国が多く、それほど大きな危惧はないものと考えられます。また、アジア新興国では公共設備等について十分な整備が進んでいないため潜在的なインフラ需要が存在しています。こうしたインフラに投資を行うことで、より経済が活性化することが期待され、その先の経済成長による消費拡大に伴い、日本からの輸出も増加することが期待されます。さらに、アジア各国で高齢化が進んだ将来においても、日本では高齢化が先行していて、それに対応した商品やサービスが充実していますから、高齢化によって広がる新たな需要にも日本は応えられると想定されます。

リスクとしては政治面等の問題はあるかもしれません。たとえば、インドネシアは資源もあって人口が大きい国ですが、州ごとに分権の度合いが大きく、規制も多いためになかなか投資や経済の活性化が進まない現状にあります。

— あまり、大きな懸念はないという理解かと思いますが、それらを踏まえて、日本としてはどう活動していくべきでしょうか。

いずれにしてもアジア各国の日本製品に対する信頼性は高く、それらの国の所得が上がるほど日本製品に対する潜在的な需要も増大すると考えます。実際、アジア通貨に対する円相場は、以前より円安に推移しているため、日本製品等への需要は現在拡大しています。この日本製品への高い信頼は数年で作られたものではなく、20年30年と時間をかけて確立した評価だと思われます。何か新しいことをやって短絡的にビジネスをするというより、質のいいサービスを提供し続けて、ますます日本の商品・サービスの品質に対する評価を高め、需要を拡大することが重要ではないでしょうか。

こうした品質面については、金融サービスについても言えます。例えば、東京市場についてもロンドンのような取引量の多い市場を目指すのは、シンガポールや香港等のアジアのマーケットと競合してしまうこともあって困難な目標と言えますが、スイスのように日本の金融取引は安全という品質面での評価を獲得していくことは可能だと思います。

先述しましたが、アジア全体で流通する商品やサービスの品質の向上に日本が貢献し、新興国の成長に働きかけていくことは、日本自身の安定的な成長を確保するうえで重要になっていくと考えられます。と同時に、新興国の安定的な成長をもたらすことは、世界経済の安定かつ持続的な成長を支えていくうえで重要な要素となります。日本は現在アベノミクス・ステージ2を掲げて、新たな政策を進めようとしていますが、中長期的な視点からの政策対応を進めることが、ひいては、アジア地域の安定化にもつながっていくのではないかと期待されます。

— 本日はありがとうございました。

(本インタビューは、平成27年11月13日(金)に行いました。)

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