成長と分配の好循環の実現を目指して(骨太方針2016)

  • 高橋 進
  • 経済財政諮問会議議員
    株式会社日本総合研究所理事長
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当) 黒田岳士

6月2日に「経済財政運営と改革の基本方針2016~600兆円経済への道筋~」(骨太方針)が決定されました。今回の骨太方針は、少子高齢化といった構造問題に真正面から取り組み、新たな需要と供給を生み出し、その成果を国民一人ひとりに分配する「成長と分配の好循環」を実現することで、600兆円経済を実現していく道筋を明らかにしています。経済財政諮問会議議員として骨太方針の策定に尽力された高橋進氏に骨太方針の主眼やその背景等についてお話しを伺いました。

民需を喚起し、好循環の維持を

— 安倍内閣で4回目の「骨太方針」となりますが、その意義は?

アベノミクスに過去3年間取り組んできて、デフレではない状態まで回復してきています。デフレ脱却、経済再生、財政健全化の柱を掲げてファンダメンタルズは良くなってきており、この改善された状況を維持することが大切です。ただ、中国経済が減速するなど周辺の経済状況の先行きが見通せない状況になりつつあり、国際金融市場が乱高下するなど、それが世界経済全体に波及しつつある。当然日本にも影響が現れてきています。

このように従来の回復の構図が変化しつつある状況下では、安倍政権として今まで以上に内需、特に民需をしっかりとしたものにしていくという課題への対応が問われています。構造問題への対応の深掘りによる潜在成長率の引上げ、新たな市場の開拓、ローカル・アベノミクスの深化など、今までやってきたことを更に強化することで好循環を維持しなければならない、と考えています。

「成長と分配の好循環」は新しい成長のメカニズム

画像:経済財政諮問会議議員 株式会社日本総合研究所理事長 高橋進

— 旧三本の矢により生まれてきた「経済の好循環」と、今回の骨太方針で打ち出した「成長と分配の好循環」とは何が違うのでしょうか。

従来の「経済の好循環」は、構造的な需要不足を金融緩和や財政出動により需要を喚起するというものだったと思います。これは比較的順調に達成されてきたと考えています。

「成長と分配の好循環」は、需要の回復とともに供給面の制約にも取り組むという点が特徴です。特に、人手不足による労働力不足が顕在化してきています。労働力人口減少は不可避であることを踏まえると、それに加えて生産性の向上、特にサービス業の生産性向上が課題です。こうした需要と供給をどのようにバランスよく伸ばしていくかを考えたときに着目したのが「分配」です。働きたいという希望を実現させることで労働供給が生まれ、同時に最低賃金引上げを通じて分配面が強化され、雇用者所得が増加する、さらに結婚したい子どもを作りたいという希望がかなえられれば増えた所得は消費に向かい経済成長を支え、経済成長の果実がうまく分配されれば消費に貢献し、更なる経済成長を支えるというものです。別途決定された「ニッポン一億総活躍プラン」はここに主眼を置いています。

こうした「成長と分配の好循環」は新しい成長のメカニズムです。従来は成長が先か分配が先かという議論にも陥りがちでしたが、そうではなく成長と分配をつなげて好循環を生み出していくのです。その結果として、実質2%、名目3%の成長率と600兆円経済が実現されると考えています。

— まずは結婚、子育て、働き方等の希望を実現させるという一億総活躍というコンセプトと、600兆円経済の実現との関係がわかりづらい、と言われることがあります。

これまでも実質2%、名目3%の成長を続けることで600兆円経済を実現するという発想はありました。そのためには供給サイドの構造問題に取り組まなければならない、という意識はすでにあった。それを深掘りし、どう具体化していくか、ということを考えたとき、特に労働供給を増やすメカニズムとして一億総活躍というコンセプトが生まれ、「分配」に着目したということではないでしょうか。旧三本の矢と一億総活躍とが相乗作用を与え合って600兆円経済を実現するメカニズムを強化していくことになっていくのでしょう。

アベノミクスの成果の活用

画像:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(総括担当) 黒田岳士

— 一億総活躍社会を実現するために、アベノミクスの成果をどのように活用していくべきか、という議論がありました。そもそもアベノミクスの成果とはどのように定義されるのでしょうか。

アベノミクスの成果の確たる定義はないと思いますが、デフレ脱却のプロセスを通じた経済の好循環により税収が増え始めています。消費税率引上げの影響もありますが、アベノミクスの下で経済体質が強化されたことによる税収増だと考えています。それを構造要因、循環要因と分けるのは難しいのですが、過去のデフレの時期に税収構造が傷んで減っていたのと逆のプロセス、つまり構造的な税収増が起きているということは納得できる話だと思います。他にもアベノミクスの成果は歳出面でも起きています。例えば、生活保護受給者数が減る、雇用情勢の改善による失業給付の減少が結果として歳出の減少につながっています。過去3年間歳出改革にも取り組んでその成果も徐々に出てきています。財政でみると歳入と歳出両面で成果が上がっています。経済が順調に回復して増えた税収を財政赤字削減に充てています。アベノミクスでは「経済再生なくして財政健全化なし」と言ってきましたが、それがまさに実現されつつあるのです。政府は中長期試算という形で経済の回復に伴う財政健全化の姿を描いていますが、実際に起き始めていることはそれを上回るペースで歳入が増えており財政赤字がプランよりも加速して縮小してきています。これはまさにアベノミクスの成果です。これは望ましいストーリーですが、ただし先ほど話したとおり、足元で好循環の勢いが弱まってきていますので、財政面で柔軟に対処することにより好循環を途切れさせない、また構造問題に取り組む際に必要な歳出を考えると財政健全化至上主義である必要はありません。成長の果実を必要なところに振り向けることも成長がさらに強化できるのであれば必要な歳出です。経済の好循環と財政健全化の両方を実現させる際にうまくアベノミクスの成果を使うことが必要です。例えば、「ニッポン一億総活躍プラン」でも示された、都市部の介護施設の拡充や介護従事者の処遇改善、同様に保育士の処遇改善等もあります。これは分配面の強化という面から出てきた取組です。その財源をどのように捻出するかは他の歳出を削減する、または増税という選択肢があります。幸いなことにアベノミクスの果実として税収増、歳出減が起きてきており、これは経済体質の改善による安定財源と考えることができます。こうした果実の使い方を実現していくのが今回の骨太方針の考えだと思います。

— 景気は循環するので安定的な経済状況というものはなく、したがって安定財源という考え方に違和感があるという議論もありますが、どうお考えになりますか。

先ほども申しましたが、デフレからの脱却は経済体質の改善によるものです。景気もよくなっていくので企業収益ももちろん増加し、所得も増えるという循環要因があるわけですが、それのみならず、そうした状況の定着により企業部門収益全体のかさ上げや税金を払える企業が増え、雇用が増え、所得が増えます。こうしたデフレからの脱却にともなう体質の改善が一緒に起きてきています。過去の経済体質の悪化により税収基盤が縮んでいたのを取り戻しているのが現状だとも言えるのです。単なる循環要因ではなく、安定的な税収増が生まれてきていると考えていいと思います。安定財源か恒久財源かという議論がありますが、現状の税収増は、循環要因を除いても一定の経済体質改善による税収増と考えられる部分は安定財源と考えられます。ただ、それが恒久財源かというとそうではなく、このまま10年、20年続くとは考えにくく、デフレからの移行期にあるのでこうした税収増が起きているのです。構造改善への歳出に安定財源としての税収増をあてるのはいいのですが、その次のステップとして恒久財源で確保することも考えなければなりません。

— 当初予算は低めに策定し、税収が上回る見込みが立てば、それを財源に回せばいいのではないかという議論については、どうお考えになりますか。

これまで3年間で何が起きているかといいますと、予算策定時の税収見積もりを期中に上回ることが見込まれ、決算で実際に上回っていたのです。予算執行中に税収上振れが見込まれる場合は、規定により上振れ分の半分は国債の減額に充てられ、残り半分は補正予算が組まれてきたというのがこれまでの状況です。補正予算にあてるというもの一つの考え方ではありますが、毎年のように安定財源が生まれてきているのを補正予算のような短期的なことに使うのではなく、一定割合は構造問題の解決、分配上の課題にあてるべきではないかという発想でこの議論は始まっています。とはいうものの、決算まで上振れるかどうか分からないという指摘ももっともです。ただ、現実問題として過去3年間税収の上振れは起き、かつ財政当局も翌年度の予算をつくる際に体質改善を織り込んだうえで新しい税収見積もりを作って翌年度の予算の議論を行っています。つまり、税収の上振れは翌年の歳入増に相当程度反映されているのが実情であって、単なる上振れではなく、経済体質の改善による土台の増加ともいえるのです。そこで、議論当初は上振れという言い方をしていましたが、単なる循環要因による税収増ではなく、体質改善による歳入基盤の強化、土台作りと言っています。これを財政健全化にあてることも重要ですが、当初予算から好循環の維持に不可欠な重要事項に充てることも大切だと思います。

経済再生なくして財政健全化なし

画像:経済財政諮問会議議員 株式会社日本総合研究所理事長 高橋進

— 今回の骨太方針も「経済再生なくして財政健全化なし」という基本方針を堅持しています。

財政健全化のみが目的であれば、歳出抑制と、歳入増つまり増税により達成することになるでしょう。ただ、それだけで経済体質が改善しなければ、歳入の伸びは見込めないし将来の歳出増を余儀なくされます。つまりデフレのもとでは財政健全化は成し遂げられないのです。これが安倍政権発足当時からの基本哲学です。したがって経済体質の改善による税収増と同時に歳出改革にも取り組むことが必要です。しかし実体経済に激しくダメージを与えるような歳出削減は行わない。まさにこれが二兎を追うということになるのですが、経済がよくならなければ財政の健全化はできないという意味で優先順位は自ずと決まっています。つまり、経済再生が最優先ですが、同時に財政構造の改革の取組も一緒に行う経済・財政一体改革を推進するということです。

— 経済・財政一体改革の具体的手法として、「見える化」の有効性が強調されていますが、なぜ「見える化」なのでしょうか。

従来の歳出改革は、主として歳出の伸びを抑制させてきました。中央省庁等からのトップダウンで行われた取組は短期的には有効だったのかもしれません。ただ、無理に歳出抑制すると結局のところ弊害が生じます。歳出の質を変えることにより、結果として無理なく歳出が抑制されることを目指すのです。国と地方の関係でいえば、地方等のより現場に近い方からボトムアップで歳出の仕組みを変えていくことで、歳出の質を変え、中長期的に歳出の抑制につながるのではないかという発想によるものです。それには、具体的にどうやって現場の方の創意工夫を引き出すかと考える際に、どこに問題があって、なぜ改革が必要なのか、どういう方向に改革を進めるか、ということを現場の方に分かっていただく必要があります。そのツールが「見える化」なのです。横比較とも呼んでいます。2つの地域をそのまま比較するのは地域の特性があるので難しいですが、例えば経費も1人当たりの経費にすると比較できます。ある地域の1人当たり経費が多いとすれば、なぜ多いのかという分析につながり、どのように削減するかという動きにつながります。別の地域が削減に成功していれば、その先進事例をどのように取り組んだのかを「見える化」することで他の地域の取組につながっていくのです。つまり、「見える化」とは、実情、問題の所在、解決策をわかるようにすることなのです。

財政健全化で特に重要視されるのは、医療・介護分野ですが、このモデルケースとしてよく引き合いに出されるのは広島県呉市の健康保険組合の取組です。高齢化が進んでいる呉市では医療費が増加していますが、徹底的に分析して、頻回受診・重複受診・ジェネリック薬品の利用状況を分析して医療費の削減につなげました。なかでも月に46回もの頻回受診をしている高齢者の方がいらしたのですが、受診の必要性やジェネリック薬品の効用についてコンサルテーションを行うといった努力の積み重ねで受診回数が11回まで下がったそうです。これは無理やり歳出を削減したのではなく、歳出の中身が変わった具体例だと思います。こうした歳出の革命を起こすきっかけにするのが「見える化」の着眼点であり、「見える化」の工夫も必要で、単純に1人当たりのデータにすればよいのではなく、どうしたら現場の人がわかりやすいデータを示せるのかという「わかる化」まで進んでいく必要があります。「見える化」による財政改革を進めるということを世の中に浸透するように努力しなければならないと思います。また、ある先進事例が拡がることを「横展開」と呼んできますが、今はそれに結びついていないのも実情です。そうした意味から「見える化」とその「横展開」が骨太方針のキーワードとなっているのです。

エビデンスに基づく政策提言と説明責任が経済財政諮問会議の役割

— 諮問会議の発信力が低下しているといった批判もありますが、民間議員と事務局員という高橋議員ならではの双方の経験を踏まえ、諮問会議の果たすべき役割について一言お願いします。

諮問会議の役割は大きく二つあると思います。第一は、時の政権とタッグを組みながら、データの裏付けのある提言を行い、政策に反映させていくことです。第二は、説明責任です。省庁間のやり取りを含めてどういうプロセスを経て政策が決められたのか国民に示すことも大切です。諮問会議の民間議員という立場では省庁とのしがらみもありませんので、予定調和ではなく民間から物申す立場としてチェックすることができます。諮問会議の発信力が弱まってきているのではないかとの指摘は非常に重大で、それは説明責任を果たせていない、ということにつながりかねません。もっと国民にアピールする工夫をしていくことが必要と考えています。

また、発信力の弱まりについての指摘には、経済財政諮問会議以外の、一億総活躍国民会議や産業競争力会議や規制改革会議等の会議とは何が違うのかという疑問が背景にあると思います。経済財政諮問会議は経済全体を俯瞰して意見が言えるという特徴があり、その特徴を活かしながら他の会議と連携し、時には切磋琢磨しながら政策を作り上げていくということなのでしょう。

特に、財政健全化への取組には諮問会議が推進役となることが期待されていると思います。予算が適正に使われ、効果を上げ、次の改善につながっているかというPDCA(計画・実行・評価・改善)が問われます。日本はP(計画)とD(実行)はいいが、C(評価)とA(改善)が弱いとの指摘がありますが、それだけではなく、PDCAが繰り返されているか、つまりAから次のPに結びついているかを諮問会議がチェックしていく。その際に、諮問会議ならではの手法、すなわち民間議員4人が連名で、民間の視点を踏まえながら提言をしていくことが、重要な意味を持つのではないでしょうか。

— 民間議員からの提言を政策として実現し、説明責任を果たせるよう我々も切磋琢磨していきたいと思います。本日はありがとうございました。

(本インタビューは平成28年5月19日(木)に行いました。)

画像:成長と分配の好循環の実現を目指して(骨太方針2016)のイメージ
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