生産性の向上に向けて

  • 大橋弘
  • 東京大学大学院経済学研究科教授
  • 聞き手:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(国際経済担当) 菱山大

世界的にも観察され、現下の政策の主要課題でもある生産性低下の背景や生産性向上に向けて求められる取組、生産性の測定に関する課題などについて、ネットワーク産業等を中心に産業組織、競争政策に造詣の深い大橋教授にお話を伺いました。

イントロダクション

世界金融危機以降、世界経済の成長は鈍化しており、世界経済の現状について、OECDは、「低成長の罠」に陥っていると診断しています。こうした世界的な低成長の背景には、投資の弱さや貿易の停滞といった需要の側面も大きく影響していますが、世界的な生産性の低下がその大きな要因となっており、その引上げに向けて、どのように取り組んでいくかが、各国の政策担当者の共通の課題となっています。OECDでも、昨年、「生産性に関するグローバル・フォーラム」を設置し、現在の生産性低下の要因についての分析を行うとともに、生産性引上げに向けた政策の検討や各国の経験の共有を進めることとしています。

世界的な生産性低下の背景について

画像:東京大学大学院経済学研究科教授 大橋弘

—世界金融危機以降、世界経済の成長に鈍化がみられますが、その背景には、世界的な生産性の低下があると考えられています。生産性については、なかなか上昇が見られませんが、世界的な生産性低下の原因についてお考えを聞かせてください。

(大橋氏)生産性を議論する際に、様々な用途に応用し得る基幹的な技術(General-purpose technology)の役割が重要です。過去には電力や蒸気機関、現在ではICT(情報通信技術)を初めとする技術がそれに相当します。他方で、「生産性のパラドックス」と言われるように、基幹的な技術が導入されてから生産性の上昇に結び付くまでには、技術によっては長い時間がかかります。

ICTを例にとると、業務活用にあたっては、従来の業務の在り方を大幅に見直すことが求められます。中長期的には生産性の向上に資するとは言え、慣れていた従来の業務を改めて、新たな技術を用いた業務に移行しようとすれば、そうした新技術になれるまでにも一定程度の時間を要するでしょうし、従来の業務で蓄えられてきた知見も失われます。そうした点を考えれば、第4次産業革命と言われ始めたからといって、すぐに生産性が上昇するわけではなく、ある程度の時間的な余裕を見る必要があると考えています。

近年、生産性が下がっているという話は、平均的なマクロとしての概念で見たときの話だと思いますが、その分布を見ると、企業毎に生産性の推移にはかなりの差があるとの研究があります。つまり企業の中にも生産性が上がっている組織と停滞している組織とが混在していると考えられます。一般に生産性の分布はラクダの「ふたコブ」のような形状を示している場合も多く、政策的には、生産性分布の中でも下方に属する企業の生産性を、新陳代謝を高めつつどう「底上げ」していくかも重要なように思います。

また生産性について政策的な議論をする場合、生産性がデータおよび推定においてきちんと捉えられていることが大前提となります。インターネットを用いたバーチャルな経済取引が拡大していく中で、ICTやクラウドを用いたイノベーションがどのように企業の生産性分布を変えつつあるのかは、アカデミックとしても大変重要なテーマだと思っています。

—政策努力によって、生産性を引き上げることはできますか?

(大橋氏)イノベーションの普及は、基本的には、民間で進められるべきものですが、イノベーションを取り入れるためには、先ほど述べたように、短期的な生産性低下と中長期的な生産性の向上というトレードオフに企業は直面するものと思われます。中長期的な視点から投資に踏み切れない企業は、中小規模を中心に、多くあるのではないでしょうか。こうした企業に対して、生産性向上の取組をどう促すかは政策的な課題になると思います。イノベーションから得られるメリットと、従来のやり方を変えることのコストとのトレードオフを克服し、新陳代謝を妨げる規制等を排除しつつ、将来性のある企業に対しては、時限的な形で政策的な措置を考える余地も十分に大きいように思います。

生産性の向上に向けて

—生産性向上に向け、イノベーションが重要となりますが、日本において、イノベーションを推進していくために必要とされる取組について、お考えをお聞かせください。

(大橋氏)わが国において、イノベーションが進まない背景の1つとして、リスクマネーの供給が少ないなど、イノベーションを行う際のファイナンス上の課題が指摘されていますが、私もそうした側面があると思います。

加えて、わが国では、イノベーションに必要なアイデアも技術も持ち合わせているにも関わらず、そうしたアイデアが羽ばたかなかった事例も多く見られてきたとの問題意識を持っています。こうした点については、政策的な観点も含めて、反省すべき点もあるかもしれません。そうした点の1つには、国内の法規制の問題もあるでしょう。

—これまで、対内直接投資や規制改革など、海外からの投資を呼び込むための議論を行ってきましたが、その一方で、むしろ国内の企業にとって今ある日本の制度・システムが利用しづらくなっている可能性があるという指摘は示唆に富むものであると思います。

(大橋氏)わが国は、個別の要素技術の水準は非常に高いが、そうした技術を束ね、1つのシステムとして事業化していくといった分野がとても弱いという指摘があります。日本人に、アイデアや技術がないわけではありませんが、そうしたものを横断的にシステムとしてつなげていく人材がなにより求められます。

—日本では、サービス産業の生産性の低さが指摘されますが、その要因、また、生産性の引上げに向けて必要となる取組についてお考えを聞かせてください。

(大橋氏)サービス産業の生産性向上に向けては、「標準化」、「見える化」が重要であると考えています。医療・介護についても、ICTの利活用の余地があると言われていますが、業務の「見える化」が実現されることにより、勤務医や看護師の働き方も大きく変わり得ると思いますし、医療や介護の質も「標準化」と「見える化」の比較を通じて向上する余地が大いにあると思います。もちろん「見える化」等により、業務効率が上がれば、賃金の上昇にも寄与することが考えられます。

業務効率の向上に向け、どのようにICTを活用するかについては、各産業やそれぞれの持ち場で適切な方法を考える必要があると思います。例えば、医療・介護と学校とでは、ICTを用いた業務改善の方法は随分と異なると思います。「標準化」や「見える化」がなされることに反対する人も必ず出てくると思いますし、またICTを提供するベンダーにおける競争性も問題にすべきだと思います。しかしサービス産業の生産性が高まることは、最終的には需要家である私たちの生活水準を向上させることになるわけですから、供給者の目線ではなく、国民の大多数を占める需要家の目線で是非生産性の向上への取組を進めていってもらいたいと思います。

—サービス産業の生産性を議論する場合、サービス産業にはそもそも中小企業が多いという問題があり、そうした中小企業の多くが、先生が指摘するような意味でのICTの活用を行うことができるのかといった課題があります。また、中小企業には、社齢の長い企業が多く、新陳代謝を促進する上での課題ともなっています。

(大橋氏)長い目で見ると、事業承継の問題もあり、中小企業の数が減少する局面の中で、中長期的な観点から生産性向上への投資を行うことが、特に中小企業でやりにくくなっているという指摘は尤もと思います。中長期的な観点から、我が国における中小企業のあるべき姿、例えば企業規模拡大への取組や、中途採用市場の流動化などの議論が自由にできると良いと思います。

画像:生産性の向上に向けてのイメージ

生産性の向上に向けた海外との連携

画像:内閣府政策統括官(経済財政運営担当)付参事官(国際経済担当) 菱山大

—貿易やグローバル・バリュー・チェーン(GVC)への参画が、生産性に与えるプラスの影響については、様々な文献がありますが、中国が製造業からサービスへ、投資から消費への構造転換を進める中で、中国を中心とした貿易の拡大やGVCの形成については、これまでのような伸びを期待できないという見方があります。他方で、TPPをはじめとする経済連携協定を進めることで、とりわけ、中小企業も含めてGVCに参加することが可能になることが考えられますが、日本企業はどのように海外のダイナミズムを取り込み、生産性の向上に努めていくことができるでしょうか?

(大橋氏)TPP等を通じた海外展開は、我が国経済にとって大きな意味があると思います。GVCの拡大も、今後は付加価値の深掘りをする必要があるかもしれませんが、他方でまだ面的には中国内陸、インドやアフリカ、中南米といった地域にも視点を広げていく余地が我が国に残されているように思います。

また、少し別の論点となるのですが、貿易やGVCへの参画が生産性に与える影響について様々な議論がありますが、GVCにおいて何が起こっているのかという点がデータで十分に明らかにされていないと感じています。実態の解明が遅れていることにより、政策を考える上での議論の方向性を見誤ることのないよう、ビッグデータの活用等も含め、実態の把握を進めていくことが重要であると考えています。

生産性の測定に関する課題

画像:東京大学大学院経済学研究科教授 大橋弘2

—生産性の分析に際し、研究者や政策担当者にとって常に課題となるのが、その測定です。とりわけ、ソフトウェア、ビッグデータ、マーケットリサーチなどの無形資産向けの投資が増加していますが、その把握は難しく、生産性の推計に十分反映されているとは言えない状況です。生産性の推計の在り方や改善策についてお考えを聞かせてください。

(大橋氏)生産性の測定については、データと分析手法といった2つの側面があります。分析手法については、従来の計測手法が生産性の捉え方としてベストなのかといった点から、学術的にも深く議論する余地があると思います。例えば、サービス産業の中でも、金融機関については、マッチングを高めることが付加価値だと考えられますが、そうした考え方が現行のTFP(全要素生産性)のフレームワークに反映されていないように思います。

データについては、特にサービス産業における生産性の測定を議論するときに重要ですが、マクロ全体のデータとあわせ、企業レベルでの生産性を捉えていくことが鍵となります。生産性に関するマクロのデータについては、時系列的にある産業のデータを抽出する、または、クロスセクションにより、複数の産業のデータを抽出し、パネル化を行うなど幾つかの見方がありますが、特にサービス産業については、形態の異なる業種の集合体でもあり、一括りにして生産性を論じることが本当に適切なのかという観点があります。

サービス産業の生産性が低いというと、ある人は旅館を思い浮かべ、またある人は物流を思い浮かべるなどイメージは様々ですが、旅館の話に限れば、宿泊客が求めるものは、旅館のもてなしであり、人の数で測ると生産性は低くなるが、享受しているサービスは十分に高いと考える人もいるかもしれず、数値の解釈が難しくなっています。サービス産業の生産性については、異なるサービスを提供する業種、企業の異質性も考慮して生産性の推計を行う必要があります。

また、サービスの提供が複数の業種にまたがる場合、業種別にデータを見ることが難しくなります。さらに、企業レベルでのデータとなると、企業が多角化され、これまで別の業態とみられていたものが、1つの業態として扱われるようになると、そもそも、当該企業が提供するサービスを正確に把握することが困難となります。そのため、そうした複雑な状況にあわせ、これまでとは異なる方法でのデータ収集も重要な検討課題です。

最後に、そもそも生産性をどう考えるかという点につきましては、生産性が国富を表すという観点に立てば、本来は、コスト・オブ・リビング・インデックス(cost of living index)として捉えるのが適当と思います。生産性が低いからといって、必ずしも人々の生活レベルが低いわけではなく、また、各種のサービスから得られる消費者のメリットについても、メリットの享受の仕方が変わっている。そうした点を踏まえると、将来的に生産性の測定方法も変えていく必要があるかもしれません。また、サービス産業が今以上に拡大し、スマートフォンやインターネット上での情報などの取引が主流となると、データの集め方自体も当然に変わっていって然るべきかもしれません。いずれにせよ、最適な手法を試行錯誤しながら探す試みを始める必要があるでしょう。これもいわば生産性の測定における「イノベーション」ですね。

(本インタビューは、平成28年11月7日(月)に行いました。)

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