EBPMの推進に向けて―実証結果に基づく政策形成の重要性―

  • 市村 英彦
  • 東京大学大学院経済学研究科教授
  • 聞き手:内閣府経済社会総合研究所景気統計部長(前政策統括官(経済社会システム)付 参事官(総括担当))松多秀一)

現在、統計等データを用いた事実・課題の把握、政策効果の予測・測定・評価による政策の改善、また、その基盤である統計等データの整備・改善を進めることにより、政府全体として証拠に基づく政策立案(EBPM。エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)を推進しています。今回は、政策評価及び経済行動の個票による実証分析を行うための計量手法をご研究されている市村教授に、実証結果に基づく政策形成の重要性等についてお話を伺いました。

政府におけるEBPMの取組について

画像:東京大学大学院経済学研究科教授 市村 英彦

—昨年より、統計改革とともにEBPMの推進に関する取組が政府全体として進められていますが、そうした動きについて、先生のお考えをお聞かせ下さい。—

(市村氏)非常に良い動きだと考えています。EBPMについては、ある施策や事業を継続するのか、または廃止するのかといった際の意思決定に活用する為の既存の施策・事業の評価に加え、そもそも、様々な政策目的に応じてそれぞれどういった政策が有効なのかといったことを考えていく手段として、政策立案過程で活用されることが、本来目指すべきところではないかと考えています。

昨年、内閣府と共同して、経済・財政一体改革に係るEBPM推進の取組ということで、生活保護受給者への就労支援施策の試行的分析を行いましたが、例えば、貧困対策のための、あるいは人的資本を育てていくための有効な政策を検討する際に、EBPMがより広く活用されるようになることが重要であると考えています。

なお、その際には、適切な評価・分析を行っていくため、EBPMを活用していく側の訓練も重要であると考えています。生活保護受給者への就労支援施策の効果分析を例にとる場合、ある年の6月まで受給していた世帯が7月以降受給をしなくなると、その年の7月から翌年3月までの受給額が削減されたということで、その年の就労支援プログラムの成果であるといった議論をしていましたが、もちろん、就労支援プログラムに参加していなかったとしても、7月以降受給をしなくなる可能性があるわけで、全てがプログラムの成果であると評価してしまうと、その効果を過剰に評価してしまいます。政策の評価・分析を行う際には、通常、政策による影響のみを取り出すことを試みる中で、カウンター・ファクチュアルとして何を想定するかといったことを考えるわけですが、まずは、こうした基本的な考え方を身に付けることが重要です。実際には、ある時点で受給をしなくなったとしても、その後、受給を再開する場合も考えられるわけで、ライフサイクルを通じた評価といったより複雑な手法を検討する必要性もあるかもしれません。トレーニングを受けた人ならば当然気づくべきEBPMの課題が政府内には山積しているのではないかと思います。組織として、EBPMを活用していく上で、安定的に、適切な評価・分析を行うことができる体制を作ることが重要であり、そのためには、自前の訓練に加え、既に経験が豊富な人材を中途採用するなど、より柔軟な仕組みも必要になってくると考えています。

—EBPM推進に向けた学界における動きとして、昨年、東京大学大学院経済学研究科のもとに政策評価研究教育センター(CREPE)が設立されました。CREPEの目的、また目指すものについてお聞かせ下さい。—

(市村氏)従来、政府が行う政策評価などへの学者の関わり方としては、審議会等を通じて関わっていくことが多かったと考えています。しかし、そうした関わり方では、学者の側が組織的にある特定の政策に深く関わっていくということが難しいと感じています。ある政策の評価を行うことや、政策の改善に向けて活動を行う場合、1人や2人といった少人数の学者の力では限界があるため、もっと大きなグループとして参画していくことが必要であると考えています。学者としては、基本的には、自身の専門分野についての知見を活かすことで審議会等に参画していくことになりますが、政策の改善を図るためには、専門分野以外のことも含め広く政策全般に関わっていくことが求められると考えています。現在の仕組みのもとでは、学者が本格的に政策評価に関わっていくことが難しいと考え、学者個人としてではなく、組織として参画できる体制を整えるという目的のもと、研究センターを創設致しました。又、本格的に政策評価に学者が関わっていく為には、研究とは直結しない仕事も引き受ける体制が必要になります。東京大学が指定国立大学になった事を受けて、現在コンサルティング会社を東京大学100%出資で作る準備を進めています。CREPEとこの会社を両輪として組織としての関与とともに、政府側からの要請への対応も含め、より幅広い観点から政策全般に関わっていくことが可能となります。

生活保護受給者への就労支援施策の試行的分析について

画像:内閣府経済社会総合研究所景気統計部長 松多 秀一

—昨年、内閣府と共同で、生活保護受給者への就労支援施策の試行的分析を実施したところですが、EBPMの活用を念頭に置く場合、どのくらいのタイムスパンで政策評価を行っていくことがよいのでしょうか。—

(市村氏)政策評価を行うタイムスパンについては、何を目的として評価を行うのかといった点にも影響を受けると思います。例えば、生活保護の文脈で考える場合、就労を促すためのトレーニングについて、現在行っているトレーニングが良いのか、あるいは、別のトレーニングが良いのかといった評価になると、少なくとも2~3年、場合によっては、5年、10年といった時間をかけて、試行的に様々な評価を行いながら適切なトレーニングのあり方を考えていくことになると思います。その際、現状、どういった方が生活保護を受けているのかといった事実関係を確認する必要がありますが、そのために、仮に、新しくデータ設計を行い、データの蓄積を行っていく場合には、それだけで2~3年を要することになります。

現在取り組んでいるプログラムが、当初の期待通りに機能しているかどうかという点については常に検証すべきであり、こちらなら短期的な評価が可能です。こういう視点は大事ですが、現状の評価とは別に、中長期的に代替的な政策の評価を行っていくことも重要であると考えます。現状の検証と中長期的な設計といった点について、車の両輪として取り組んでいくことが必要であると考えています。

—EBPMを活用していく上で、必要となるデータが十分に得られない場合も多くあると考えられますが、その場合の対応策としてはどういったことが考えられますでしょうか。—

(市村氏)エビデンスとして活用できるデータには、幾つかのレベルがあります。例えば、ランダム化された比較実験に基づくデータや自然実験データの入手が困難な場合においても、回帰分析を発展させたような手法により分析を行うことが可能な状況もあります。もちろん、そうした手法による分析が妥当であると言うためには、実験などにより得られるデータに比べ、追加的な仮定が必要となるわけですが、そうした追加的な仮定を正しく認識した上で、現状行うことが可能な方法によって、その分析結果を報告していくという、そうした姿勢が大事であると考えています。データがないから評価・分析ができないと言ってみても政策の現場では物事は進めて行く必要があるわけで、その際、勘と度胸に頼るよりは分析の限界を正しく認識した上で、セカンド・ベスト、場合によってはサード・ベストかもしれませんが、現状で行うことができるベストな分析に基づいて政策を進めていくことが、重要ではないでしょうか。

今回、内閣府と共同して取り組んだ生活保護受給者への就労支援施策の評価を進めていく中では、当初見込んでいた以上に利用可能な良いデータが存在し、そうしたデータを組み合わせることで、相当に有用な分析を行うことができることがわかりました。エビデンスとして足りない部分があることが明らかとなる一方、足りない部分を補うデータを集めることができれば、より良い政策に繋げていくことができるといった実感を持ったわけですが、一つ一つ丁寧に政策評価を行っていく中で、その過程で明らかになったことを、政策の現場にフィードバックし、更なるデータの整備を促していくことが重要であると考えています。そうした取組を数年続ければ、相当にしっかりしたデータ及びそれに基づく分析が可能になるのではないでしょうか。

—EBPMを活用していく際、政策の中では経済や財政分野などとは異なり、例えば、教育や防衛など、必ずしもデータのみで評価することが難しい分野もあると思いますが、そうした分野でのEBPMの活用策についてお考えをお聞かせください。—

(市村氏)例えば、教育分野については、データで把握できない面は確かに多いですが、学力に限らず、体力や日常行動的な側面も含め数値的に把握できる部分も少なからずあると思いますので、まずは、把握できるエビデンスを収集していくことが重要となるのではないでしょうか。当然、エビデンスとして把握できない部分も出てくるわけですが、そうした問題については、専門家の方々の間で別途議論し、数値的な議論を補完していく必要があります。ただ、そういった議論の中からもさらに数値化できるものが浮かび上がってくるように思います。

教育分野については、個人レベルでのデータが多く存在するので、データ分析に馴染みやすいですが、その一方で、例えば、防衛については、そうした多数のデータが存在しないことから、データ分析には馴染みにくい面があることは否めません。ただし、防衛といった分野においても、物資の調達やコスト的な面など分析の俎上に載せることが可能な分野も考えられるわけであり、全体としての議論が難しい場合でも、分析可能な個別の分野ごとに評価を行うことは考えられるのではないかと思います。

行政と学界との役割分担について

—EBPMの推進に向けては、行政と学界との連携がこれまで以上に重要となりますが、両者の役割分担について、どのようにお考えでしょうか。—

(市村氏)行政の側には、まずは既存のデータ、それもできるだけ評価・分析に活用し得るデータを整理し、まとめた上で提供頂くことが重要であると考えます。その上で、学界側が評価に耐え得る頑健な分析を行うという役割分担が考えられます。そして、そうして得られた分析結果について、役所の方々には、政策を決定する方々に対し、施策の実施に伴われる良い面、懸念点等も含め、わかりやすく、きちんとお伝え頂くことが必要であると思います。学者は、どちらかと言うと、専門的な観点から詳細について分析を進めるわけですが、そうした際に用いられる、分析結果を正しく理解する上での仮定や前提条件等について、役所の方々にも正しく認識頂き、そうした点も含め、政策の策定に向けた議論の材料として提供していく、いわば分析と政策の橋渡しを行うといった点が非常に重要な役割ではないかと考えています。役所の方々に、分析から、分析結果の評価、また説明まで全てを担って頂くよりは、専門的な知識や時間、労力が必要となる分野については、役割を分担した方がよいのではないかと思います。

—現在、内閣府では、経済・財政一体改革の一環として、例えば、地域ごとの医療費の動向など、公共サービスの需要・供給に関係して、関係主体・地域間で比較できて差異が分かる、行政の運営改善や成果の有無・程度が分かる、改革への課題の所在が分かる、という3つの「分かる」に結びつく「見える化」に取り組んでいます。EBPMを進める上でも、できる限りデータ自体を見える化していくべきという問題意識で取り組んでいますが、こうした取組について、どのようにお考えになりますか。—

(市村氏)親の一言や教師の一言が子供や学生を意図せずして振り回してしまうのと同様に、政府のこうした努力は思いがけず各自治体を振り回すことになりかねません。内閣府の皆さんと一緒にやらせて頂いた就労支援事業の評価でも、各自治体がおかれている労働市場の状況によって、生活保護からの脱却状況はかなり異なっており、その要素を勘案するかどうかで、その自治体の就労支援事業の評価は変わります。何をどのように「見える化」するのかによって、「見える化」の努力が意義あるものとなるかどうかが左右されると思うのです。しかし一方で、何もしないと進歩はないわけです。専門家の知見を十分聞き取るなどベストを尽くしてできる限り適切な指標を設定するならば、「見える化」を図ることはデータや分析面での難しさはありますが、基本的な方向としては、良いことであると思います。

EBPMが重要であるといった問題意識が政府から聞こえてくる中、偶然ではありますが、私どももCREPEを設立致しました。EBPMの推進に係る機運が一時で終わることなく、地道に、長期間にわたって、続いていくという形にしなければならないと考えているところです。

—本日はありがとうございました。—

(本インタビューは、平成30年2月9日(金)に行いました。)

画像:インタビューの様子
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