ESRI通信 第20号

平成22年 4月20日
内閣府経済社会総合研究所 発行
Cabinet Office, Government of Japan
Economic and Social Research Institute

【巻頭言】

中国経済の台頭には目覚しいものがある。GDPは市場為替レートベースでみて世界第三位となり、第二位の日本とほぼ肩を並べる水準に達している。商品に限れば世界最大の輸出国であり、また製造業の生産規模も世界第二位となっている。

発展著しい中国の今後の中長期的な成長力を考える際に一つの大きなポイントとなるのがその労働力の推移である。これまで増加を続けてきた労働力人口は2015年前後にはピークを迎えるとみられている。また、製造業や建設業の現場で最も必要とされる20歳代の人口も2015年前後には本格的な減少期に入るとみられている。それと同時に、従来は農村に無尽蔵に存在するとされていた余剰労働力も、実際には枯渇しつつあるとの研究成果(例えば、Cai Fang社会科学院人口・労働経済研究所長)も出てきている。また、現地に進出している外国企業からも、世界金融危機の影響で一時おさまっていたものの、沿海部を中心に賃金上昇率の加速、必要労働力の確保の困難さを指摘する声が再び高まっている。こうしたことから、中国は既に労働力過剰時代を終え、労働力不足時代に入ったとの議論もしばしば聞かれるようになってきている。

もし仮に中国経済が労働力不足時代に入ったのであれば、このことは中国の経済成長にとって非常に大きな転換を意味する。中国はこれまで安価な製品を大量に生産・輸出することにより高い成長を遂げてきた。これを支えてきたのが豊富な労働力であり、特に農村における余剰労働力の存在であった。無尽蔵ともいえる余剰労働力を農村に抱えるため、従来輸出産業は、安い賃金で必要なだけ労働力を確保することができ、それを強みにして、労働集約的な製品を中心に高い国際競争力を維持することができた。仮に労働力過剰の時代が終わり、不足の時代に入ったとすると、こうした従来の成長モデルも終焉を迎えることになる。

また、このことは中国以外の国にとっても非常に大きな変化を意味する。国際経済学上有力な仮説であるバラッサ・サムエルソン仮説によれば、中国のような途上国は、経済発展を遂げるにつれて、国内物価の上昇か自国通貨の増価、あるいはその両方により、実質為替レートが切り上がり、物価水準が徐々に先進国に近づいていくものと考えられる。しかし、中国の場合には、国内、とりわけ農村に膨大な余剰労働力を抱えていることから、賃金・物価上昇圧力がなかなか強まらず、また実質為替レートもなかなか増価しないという状況が続いてきた。仮に、中国経済が労働力過剰から不足へと転換したのであれば、国内の賃金にも上昇圧力がかかり、国内物価上昇か元高を通じて中国の実質為替レートの増価スピードも高まることになる。そうなれば、中国発の世界的ディスインフレ圧力にも大きな変化が生ずる可能性がある。

しかし、2007年までの公式統計からみる限り、中国の工業部門の賃金上昇率は労働生産性上昇率を有意に上回るには至っていない。さらに、今後の労働需給についてみると、地域ごとにもちろん異なるものの、総体としてみた場合、戸籍制度の変更などによる都市部での労働供給増の可能性や、世界金融危機後における欧米の過剰消費修正による輸出の減少などを考慮すると、本格的な労働力不足の時代が到来するのは数年後ないしそれ以上先になる可能性が高いように思えるが、いずれにせよ労働市場をはじめとする中国経済の動向からは目が離せない。

以上、筆者の最近の関心の一端を御紹介したが、経済社会総合研究所では、数多い研究テーマのひとつとして、中国をはじめとする新興国の台頭などの国際経済環境の変化とその中での日本の対応を取り上げ、様々な研究成果を世に問うてきたところであり、今後ともタイムリーかつ有益な研究成果を発信していきたいと考えている。

平成22年4月

  • 内閣府 経済社会総合研究所
    総括政策研究官 法專 充男

【最新の研究発表】

  • 経済環境の変化と日本的雇用慣行(濱秋 純哉、堀 雅博、前田 佐恵子、村田 啓子)(平成22年3月)(本文は英語)

    バブル崩壊後の長期不況や高齢化など,近年の我が国における雇用を取り巻く環境には劇的な変化が指摘されている。しかし,いわゆる“失われた10年”(1992–2002年)が日本的雇用慣行に与えた影響を検証した多くの研究では,これまでのところ,年功賃金制や終身雇用制に大きな変化は見出されていない。このことは,日本的雇用慣行が外的ショックに対して容易には変化しないことを意味しているのかもしれない。そこで,本論文では,男性常用労働者における,年功賃金制と終身雇用制の最近年の変化を明らかにするために,直近20年間(1989–2008年)の『賃金構造基本統計調査』の個票データを用いた分析を行った。

    まず,年功賃金制については,新卒採用後同一企業に勤務し続けている労働者の賃金プロファイルの変化を調べた。その結果,彼らのプロファイルの傾きは1990年代を通じて徐々に緩やかになり,その後直近年(2007–2008年)において,40歳以降では賃金がほとんど上昇しないという,プロファイルの屈曲が生じたことが分かった。この変化は,特に非製造業で働く大卒の労働者で顕著に見られる。一方,終身雇用制については,年齢別の終身雇用者比率と,同一コーホートにおける5年後の終身雇用者の残存率の変化を分析した。終身雇用者比率は,1990年代後半以降,大卒の若年層で明確な低下傾向が見られるが,中高年層においてはそのような傾向は見られない。また,残存率も,2000年代に入ってから大卒の若年層で大きく低下していることが確認された。

    これらの結果は,近年の高齢化による労働者の年齢構成の変化や成長率の鈍化により,年功賃金制と終身雇用制がともに維持困難になっていると考えると理解し易い。同じ企業で働き続けても賃金の上昇が期待できないと感じた若年労働者は,より良い条件の職に就くべく,現職を離れる選択をするだろう。一方,中高年の労働者は,転職先を見つけるのが容易ではないため,賃金の低下を受け入れても現在の職に留まる選択をせざるをえない。

  • 「経済分析第183号(ジャーナル版)」(平成22年3月)
    (論文)
    多部門世代重複モデルによる財政再建の動学的応用一般均衡分析(木村 真、橋本 恭之)
    失われた10 年と日本企業の雇用調整行動–企業の規律付けメカニズムは変化したのか–(野田 知彦、平野 大昌)
    企業犯罪における「企業利益目的」と「個人利益目的」の違いは量刑に影響を与えるか–法人税法違反の量刑因子に関する計量分析–(白石 賢、白石 小百合、山下 篤史、村上 貴昭)
    地方交付税におけるソフトな予算制約の検証:経常経費における補正係数の決定(宮崎 毅)
    (資料)
    我々は日本の経済予測専門家のサーベイ調査から何を学んだか–ESPフォーキャスト調査の4年間を振り返る–(小峰 隆夫、伴 金美、河越 正明、吉田 博)
  • 法人所得税の限界実効税率–日本の個別企業の実証分析–(林田 吉恵、上村 敏之)(平成22年3月)

    本稿では、投資家である家計の税制と法人所得税が企業の設備投資に与える影響を分析する。そのため、設備投資の資金調達手段の違いを考慮した個別企業ごとの租税調整済み資本コストと限界実効税率を計測して投資関数を推計し、投資率に対する法人実効税率の弾力性を求めた。本稿は、これらの分析結果の分布の推移に注目する。

    限界実効税率の平均は1970年代から1990年代までにかけて高く推移し、その後に低下する。この動きは、法定税率の変遷や景気の変動によっておおむね説明できる。限界実効税率の分布は、1970年代から1990年代にかけて広がりを見せるが、2000年代になれば分布が小さくなる。

    本稿で推計された投資関数は、理論的な符号条件を満たしている。租税調整済み資本コストの係数は、1970年代から1990年代まではさほど変わらないが、2000年代は小さくなった。推計された係数を用いれば、限界実効税率の投資率に対する弾力性を計測できる。弾力性の分布の推移をみると、1970年代と1980年代は弾力性の値は大きいものの、1990年代から2000年に入ると低下している。

    本稿の分析により、以下の示唆を得ることができよう。過去の法人所得税は設備投資に対して影響力を持っていたと考えられるが、2000年代に入ってからは、法人所得税の設備投資への影響力はとても小さくなったことが指摘できた。

    この背景には、低迷する経済、グローバル化の急激な進展など、企業と取り巻く環境が大きく変化していることがあるだろう。もはや、法人所得税が企業の設備投資に与える影響は小さく、他の要因が拡大してきたことを示唆している。

  • 新卒時就職活動の失敗は挽回可能か?家計研パネルの個票を用いた女性就業の実証分析(前田 佐恵子、濱秋 純哉、堀 雅博、村田 啓子)(平成22年3月)

    本論文では、財団法人家計経済研究所の『消費生活に関するパネル調査』から得た女性に関する個票データを活用し、就職活動時におけるマクロ経済状況が後々の就業状況に与える影響を分析した。とりわけ、個々人が新卒時に常勤職に就いたか否かが、その個人の後年における就業状態に与える影響(初職効果)に注目している。

    個票から得られる情報を最大限に活用し、個々人について新卒時から最近時点に至る就業履歴データを構築したことにより、単に初職効果を検出するに止まらず、初職効果が卒業年以降減衰していく経時的パターンを示すとともに、初職効果がその後数年の就業経路に依存しているか否かについての検討も行った。

    実証分析の結果、先行研究同様、新卒時に常勤職で雇用されたか否かの履歴は、その後の個人の就業状態に有意に影響することが確認できた。また、初職の影響は、当初2–3年間が最も大きく、その後次第に減衰しやがて消滅する形になった。更に、こうした形で検出される初職効果は、その後数年の個人の就業経路に依存しており、新卒時に常勤職に就けなかったとしても、卒業後2–3年のうちに常勤職を見つけることができれば、その後は新卒時に常勤職に就いた人とかわらない就業状態の経路を辿れていることが分かった。

    本論文の結果は、結婚や子育て等の理由により常勤職への定着性が小さい女性の場合でも、新卒時に常勤職に就く機会を逃がし、その状態が一定期間続いてしまうと、後々の人生において安定的な職業に就く機会が相当程度損なわれることを意味している。景気後退期、とりわけ「就職氷河期」のような長期の就職難に遭遇し、就職活動で不利益を被った世代に対しては、新卒時から数年が経過した後でも望ましい就業への再挑戦が可能となるような何らかの政策措置(環境整備)が検討されるべきだろう。

<報告書の掲載>


【最新のシンポジウム・フォーラム】

<報告書の掲載>

<議事次第(配付資料)の掲載>


<景気動向指数> 2月速報(平成22年4月6日)

  • 2月のCI(速報値・平成17 年=100)は、先行指数:97.9、一致指数:100.7、遅行指数:85.4 となった。
    先行指数は、前月と比較して1.0 ポイント上昇し、12 ヶ月連続の上昇となった。3 ヶ月後方移動平均は2.20 ポイント上昇し、11 ヶ月連続の上昇、7 ヶ月後方移動平均は2.12 ポイント上昇し、8 ヶ月連続の上昇となった。
    一致指数は、前月と比較して0.4 ポイント上昇し、11 ヶ月連続の上昇となった。3 ヶ月後方移動平均は1.56 ポイント上昇し、10 ヶ月連続の上昇、7 ヶ月後方移動平均は1.56 ポイント上昇し、7 ヶ月連続の上昇となった。
    遅行指数は、前月と比較して0.5 ポイント上昇し、3 ヶ月連続の上昇となった。3 ヶ月後方移動平均は1.17 ポイント上昇し、3 ヶ月連続の上昇、7 ヶ月後方移動平均は0.54 ポイント上昇し、2 ヶ月連続の上昇となった。
  • 一致指数の基調判断
    景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。

<機械受注統計調査報告> 2月実績(平成22年4月8日)

  • 機械受注総額(季節調整値)の動向をみると、22年1月前月比3.7%減の後、2月は同0.4%減の1兆9,006億円となった。
  • 民間設備投資の先行指標である「船舶・電力を除く民需」の動向を見ると、22年1月前月比3.7%減の後、2月は同5.4%減の6,846億円となった。このうち、製造業は同0.3%減の2,899億円、非製造業(除く船舶・電力)は同4.0%減の3,913億円となった。

<消費動向調査> 3月調査(平成22年4月19日)

  • 平成22年3月の一般世帯の消費者態度指数(原数値)は、2月の39.8から1.1ポイント上昇し40.9となった。
  • また、消費者(一般世帯)を対象に、世帯として「日頃よく購入する品物」の価格について1年後の見通しを調査したところ、「低下する」と思うとの回答割合が前月に比べ減少し18.9%となった。一方、「上昇する」と思うとの回答割合は増加し33.3%となり、「変わらない」と思うとの回答割合も増加し38.2%となった。

<法人企業景気予測調査> 1~3月期調査(平成22年3月18日)

  • 22年1~3月期の「貴社の景況判断」BSIを全産業で見ると、大企業は2.4%と2期連続「下降」超となった。製造業は「上昇」超幅が縮小したものの、3期連続プラス、非製造業は「下降」超幅が縮小しているものの、引き続き「下降」超となっている。
    先行きを全産業で見ると、大企業、中堅企業は7~9月期に「上昇」超に転じる見通し。
  • 設備投資(ソフトウェア、土地除く)は、21年度実績見込み25.3%減の後、22年度見通しは5.5%減となった。

【参考】<月例経済報告>4月(平成22年4月16日)

  • 景気は、着実に持ち直してきているが、なお自律性は弱く、失業率が高水準にあるなど厳しい状況にある。
    • 輸出は、緩やかに増加している。生産は、持ち直している。
    • 企業収益は、改善している。設備投資は、下げ止まりつつある。
    • 企業の業況判断は、改善している。ただし、中小企業では先行きに慎重な見方となっている。
    • 雇用情勢は、依然として厳しいものの、このところ持ち直しの動きがみられる。
    • 個人消費は、持ち直している。
    • 物価の動向を総合してみると、緩やかなデフレ状況にある。
  • 先行きについては、当面、雇用情勢に厳しさが残るものの、企業収益の改善が続くなかで、海外経済の改善や緊急経済対策を始めとする政策の効果などを背景に、景気の持ち直し傾向が続くことが期待される。一方、海外景気の下振れ懸念、デフレの影響など、景気を下押しするリスクが存在することに留意する必要がある。また、雇用情勢の悪化懸念が依然残っていることにも注意が必要である。

<統計調査公表予定一覧>

<統計調査公表予定一覧>
景気動向指数
速報
景気動向指数
改訂状況
機械受注統計
調査
消費動向調査
(全国・月次)
法人企業景気
予測調査
4月6日
(2月分)
4月21日
(2月分)
4月8日
(2月分)
4月19日
(3月分)
5月12日
(3月分)
5月21日
(3月分)
5月17日
(3月分)
5月18日
(4月分)
6月8日
(4月分)
6月17日
(4月分)
6月9日
(4月分)
6月10日
(5月分)
6月14日
(4~6月期)

ご意見・ご感想はこちらから

新着情報メール配信の登録内容の変更・停止等はこちらから

  • 〒100-8914
    東京都千代田区永田町1-6-1 中央合同庁舎第8号館
  • 電話 03-5253-2111(代表)