ESRI通信 第24号

平成22年 8月17日
内閣府経済社会総合研究所 発行
Cabinet Office, Government of Japan
Economic and Social Research Institute

【巻頭言】

2007年にサブプライム問題を契機に顕在化した世界的な金融危機とそれに伴う経済の悪化は依然として困難な政策課題として残っている。2009年春以降は異例の政策発動により金融市場や経済活動が持ち直したかのように見えたが、政策発動の結果としてもたらされた各国中央銀行のバランスシートの拡大、財政状況の悪化などをみると出口戦略に至るまでの道のりは遠い。

今回の金融危機については、行き過ぎた金融緩和を容認したマクロ経済政策運営、リスク評価を麻痺させた金融工学手法の進展など様々な原因について指摘されてきた。今後の対応としてはこれまでの規制緩和の流れから逆転して、バブル発生を回避するための規制強化へと向かいつつある。

こうした金融を廻る議論はそれほど目新しいものではない。むしろ戦後の長期的な金融ビジネスの流れについては小規模なバブルが発生するたびに様々な警告が出されてきたが、不思議なことにいつの間にか沈静化し、さらに大きなバブルへと向かう繰り返しであった。こうした金融業の変遷を分かりやすく説明し、その未来に対してやや不愉快な警告を発する読み物として1987年にマイケル・トーマスによって書かれた「アメリカ経済破壊計画」というサスペンス小説がある(原題は"The Ropespinner Conspiracy"となっており、これはレーニンの「資本主義は共産主義にロープを売るが我々はそのロープで資本主義の首を絞める」という言葉を意識したものらしいが、直訳では理解不能なので邦題はかなり物騒なものとなっている)。

この小説の中では大恐慌以来資本主義を破壊するためには金融業を自由奔放に活動させることが最強の武器となることを理解したソビエト政府が、アメリカ内部に高名で影響力のある天才経済学者と彼の多数の教え子の中から厳選して極めて優秀な銀行家として育てあげたやり手実業家の二人だけにしぼってエージェントとして活用し、30年以上の年月をかけてアメリカ経済の崩壊を企てるという展開となっている。

小説とはいえ戦後のアメリカ金融史に関する記述と理論的な評価の部分については極めて説得力のある内容となっている。フィクションでありながら短期金利の自由化、ユーロダラーの環流、証券化技術の開発など、ますます貪欲の深みにはまっていくアメリカ金融の歴史の生き生きとした描写が、あたかも悪意によって準備された一貫したシナリオに基づく結果であるかのような臨場感をもたらし、単純な娯楽作品以上の興味を感じさせる出来といえる。

今年の6月にアメリカがロシアの経済関係のスパイとして11人を摘発したものの即座に服役中のアメリカスパイとの交換で唐突で不思議な幕引きとなってしまった事件をみると、この小説も全く根拠のない妄想とは言い切れないところが不気味なところである。

この小説の終盤の山場が、ついに長年の破壊活動の成果として「グラス=スティーガル法」の撤廃までこぎ着けてアメリカ金融システムの崩壊の準備が整ったという場面となっているところは、今回の金融危機と重ねてみるといろいろと考えさせられるところがある。残念なのは、結末はいかにもハリウッド的なわざとらしくて騒々しい展開による強引なハッピーエンドとなってしまい、肝心のアメリカ経済の崩壊過程の詳細なシミュレーションが見られないことだが、英語圏の読者を想定する以上はここが限界なのかもしれない。

現実の世界に戻ってみると、金融システムの有用性とその裏返しとしての危険性についてこの小説は極めて貴重な警告を発していると言えよう。確かにIT化の進んだ現代では各種の金融指標を瞬時に把握することも出来るし、財務情報も公開されている。しかしバブル発生時に公開データがそれほど信頼できるものではなかったということは日本のバブル崩壊の時の経験から我々には感覚として残っているし、恐慌の歴史を振り返ってみても常に繰り返されている問題である。経済理論を通じてそのようなデータの整合性はある程度検証することは可能であるが、今回の様な規模の金融危機についてはむしろ歴史的な感覚の重要性が強調されるべきではないだろうか。

最後に本書にちりばめられた多数の含意のある警告の中からひとつだけ引用してみたい。登場者の一人がバジョットの書物からの引用としてこのように語っている。「不正行為より錯誤の方がはるかに手強い。悪辣な経営者がはたらく不正行為よりも自信家の経営者がもたらす間違いの方がずっと恐ろしい」

政策担当者が過度の自信に目を曇らせて善意による取り返しの付かないような政策判断の過ちを起こすようなことがないことを期待したい。

平成22年8月

  • 内閣府 経済社会総合研究所 
    前 総括政策研究官 井上 裕行

【最新の研究発表】

  • 首都直下地震における地方財政への影響(宮崎 毅)(平成22年8月)

    中央防災会議による首都直下地震(東京湾北部地震)の被害想定では、最悪の場合、死者数約11,000人、建物全壊棟数・火災焼失棟数約85万棟の被害規模が予測されている。このような未曾有の大災害に対して、国や自治体、研究者は震災の復興費用や事業の国費と地方負担額等を推計しているが、団体別、震災後の経過年別に地方負担額や一般財源負担額、さらに普通交付税増減額を推計した研究はほとんどない。そこで、本稿では、阪神・淡路大震災の直接被害額と震災財政の関係をもとにして、首都直下地震が地方財政に及ぼす影響を推計した。推計の結果、次のことが明らかになった。第1に、首都直下地震による震災関連事業における地方負担額は24.3兆円だが、そのうち地方債充当額が12.6兆円で一般財源負担額が11.7兆円となる。さらに、地方税収の減少を考慮すると、震災による普通交付税増加額は14.1兆円に達する。第2に、首都直下地震における復旧・復興事業費負担は、特に東京都において大きい。第3に、首都直下地震では特に震災後3年目、4年目に地方財政と普通交付税への負担が大きくなる。

  • 公共政策のためのマイクロシミュレーション:スウェーデンのダイナミックマイクロシミュレーションモデル“SESIM”の経験をもとに(アンダース クレブマルケン)(平成22年8月)(本文は英語)

    本論文は、スウェーデンのマイクロシミュレーション・モデル“SESIM”による政策分析への応用を図ったものである。これまでSESIMによる政策分析では、学生に対する奨学金・貸付金にはじまり、公共部門を通じての再分配、とくに人口高齢化の結果生じる状況の研究が進められてきている。本論文では、“SESIM”の構造と特性について述べ、このモデルが、種々の政策の評価にどのように用いることができるかを示す。

  • 情報資本ストックを組み入れたマクロ計量モデルのシミュレーション—民間部門のIT投資拡大による中期の経済成長率—(篠崎 彰彦、飯塚 信夫)(平成22年8月)

     本稿では、日本経済研究センターのマクロ計量モデルを一部改定し、民間部門のIT投資が活発化した場合に、日本経済の中期成長率がどの程度加速し得るかを、情報資本ストックを組み入れた3つのマクロ計量モデルによってシミュレーションした。その結果、構造変化を促す民間部門のIT投資が活発化すれば、基本予測では1%程度にとどまる2010年代の平均成長率が1%台半ばから後半にまで加速するとの試算値が得られた。また、ハード面の情報資本ストックの蓄積のみならず、ネットワーク上の情報流通が持続的な成長のカギを握ることも明らかとなった。

<報告書の掲載>


【最新のシンポジウム・フォーラム】

<開催案内>

<報告書の掲載>

<議事次第(配付資料)の掲載>


【最新の統計】

<SNA統計>

  • 四半期別GDP速報(2010(平成22)年4–6月期・1次速報)(平成22年8月16日)
    1. 平成22年8月16日に公表した22年4-6月期四半期別GDP速報(1次速報)では実質GDP成長率が、0.1%(年率0.4%)と3四半期連続のプラス成長となった。
    2. これは、外需、民間企業設備、政府最終消費支出などの需要項目がプラスに寄与した一方で、民間在庫品増加、輸入等がマイナスに寄与した結果である。

<景気動向指数>6月速報(平成22年8月6日)

  • 6月のCI(速報値・平成17 年=100)は、先行指数:98.9、一致指数:101.3、遅行指数:83.4 となった。
    先行指数は、前月と比較して0.3 ポイント上昇し、3 ヶ月振りの上昇となった。3 ヶ月後方移動平均は1.00 ポイント下降し、15 ヶ月振りの下降、7 ヶ月後方移動平均は1.12 ポイント上昇し、12 ヶ月連続の上昇となった。
    一致指数は、前月と比較して0.1 ポイント上昇し、2 ヶ月振りの上昇となった。3 ヶ月後方移動平均は0.27 ポイント上昇し、14 ヶ月連続の上昇、7 ヶ月後方移動平均は0.92 ポイント上昇し、11 ヶ月連続の上昇となった。
    遅行指数は、前月と比較して保合となった。3 ヶ月後方移動平均は0.47 ポイント下降し、3 ヶ月連続の下降、7 ヶ月後方移動平均は0.38 ポイント上昇し、6 ヶ月連続の上昇となった。
  • 一致指数の基調判断
    景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。

<機械受注統計調査報告>6月実績および7~9月見通し(平成22年8月11日)

  • 機械受注総額(季節調整値)の動向をみると、22年5月前月比10.8%減の後、6月は同9.2%増の1兆9,027億円となった。
  • 民間設備投資の先行指標である「船舶・電力を除く民需」の動向を見ると、22年5月前月比9.1%減の後、6月は同1.6%増の7,040億円となった。このうち、製造業は同9.9%増の2,816億円、非製造業(除く船舶・電力)は同3.9%減の4,192億円となった。
  • 4~6月をみると、受注総額は前期比3.9%減の5兆5,988億円となった。「船舶・電力を除く民需」は同0.3%増の2兆1,589億円、製造業は同8.6%減の8,342億円、非製造業(除船舶・電力)は同5.8%増の1兆3,192億円となった。
  • 7~9月見通しをみると、受注総額は前期比14.0%増の6兆3,844億円の見通しになっている。「船舶・電力を除く民需」は同0.8%増の2兆1,759億円、製造業は同1.6%増の8,475億円、非製造業(除船舶・電力)は同0.6%減の1兆3,113億円の見通しになっている。

<消費動向調査>7月調査(平成22年8月12日)

  • 平成22年7月の一般世帯の消費者態度指数(原数値)は、6月の43.5から0.2ポイント低下し43.3となった。
  • また、消費者(一般世帯)を対象に、世帯として「日頃よく購入する品物」の価格について1年後の見通しを調査したところ、「低下する」と思うとの回答割合が前月に比べ増加し11.9%となり、「上昇する」と思うとの回答割合も増加し44.7%となった。一方、「変わらない」と思うとの回答割合は減少し34.8%となった。

【参考】<月例経済報告>8月(平成22年8月10日)

  • 景気は、着実に持ち直してきており、自律的回復への基盤が整いつつあるが、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況にある。
    • 輸出は、緩やかに増加している。生産は、緩やかに持ち直している。
    • 企業収益は、改善している。設備投資は、下げ止まっている。
    • 企業の業況判断は、改善している。ただし、中小企業を中心に先行きに慎重な見方となっている。
    • 雇用情勢は、依然として厳しいものの、このところ持ち直しの動きがみられる。
    • 個人消費は、持ち直している。
    • 物価の動向を総合してみると、緩やかなデフレ状況にある。
  • 先行きについては、当面、雇用情勢に厳しさが残るものの、海外経済の改善や各種の政策効果などを背景に、企業収益の改善が続くなかで、景気が自律的な回復へ向かうことが期待される。一方、アメリカ・欧州を中心とした海外景気の下振れ懸念、金融資本市場の変動やデフレの影響など、景気を下押しするリスクが存在することに留意する必要がある。また、雇用情勢の悪化懸念が依然残っていることにも注意が必要である。

<統計調査公表予定一覧>

<統計調査公表予定一覧>
景気動向指数
速報
景気動向指数
改訂状況
機械受注統計
調査
消費動向調査
(全国・月次)
法人企業景気
予測調査
8月6日
(6月分)
8月18日
(6月分)
8月11日
(6月分)
8月12日
(7月分)
9月7日
(7月分)
9月21日
(7月分)
9月8日
(7月分)
9月9日
(8月分)
9月9日
(7~9月期)
10月7日
(8月分)
10月20日
(8月分)
10月13日
(8月分)
10月12日
(9月分)

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