ESRI通信 第102号

平成29年2月20日
内閣府経済社会総合研究所 発行
Cabinet Office, Government of Japan
Economic and Social Research Institute

【王国の崩壊と興隆】

ギボンならずとも、かつて栄華を誇った王国の廃墟には郷愁を感じさせるものがある。私の場合はゲッティンゲン大学とその象徴たるヒルベルトであった1。20世紀初頭のドイツ数学界の栄光は、ナチスによるユダヤ人の迫害や追放により急激に失われた。「ヒルベルトの死は老いた老木の倒れるがごとくであって、ヨーロッパを中心とした数学の終焉を象徴的に示しているようであった2」という文章を読んで感慨に耽っていた。これが論文のネタになるとは思いもしなかった。

Waldinger3は、ナチスによる科学者の追放を外生的な操作変数として、研究者の集積が研究の生産性に及ぼす影響を検証した。この論文を読んだ時は「やられた」と思うと同時に「これは使える」と心が躍った。ソ連の崩壊とそれに続く数学者の流出が直ぐに頭に浮かんだからだ。しかし、Borjas and Doran4がソ連崩壊の(アメリカの)数学研究に対する影響を徹底的に分析したことを発見して、これはかなわないと諦めた。

その後、第1次世界大戦中の数学者の死による教育・研究の空隙を埋めようとしたブルバキの活動に触れた時、数学王国の崩壊でなく興隆を研究対象とすることも面白いのではないかと方向転換した。さらにInstitute for Advanced StudyやIHESなどを調べるうちに、学際的な研究組織の設立が学術研究に及ぼす影響が研究テーマとして重要と考えるようになった。学術研究の生産性を決定する要因として、研究者間の交流やネットワークのあり方は重要である。特に、学際的研究など異質の分野間の交流や、拠点となる(有形無形の)組織の有無がどのように影響するかは重要な検討課題と考えられる。近年の数学と物理学の相互作用は、学際的な拠点の設立が見られるなど、こうした研究にとって絶好の題材を提供する。

数学と物理学との関係というと、物理学が既に用意されている数学を利用して理論を作るという姿が思い浮かぶ。確かにこうした事例は多いが5、逆に、物理学が数学の発展を誘発した事例もかなりあることに気が付く。これには3つのタイプがあるように思われる。1つは、物理理論を定式化するために新たな数学が生み出されたというもので、一例としてフォン・ノイマンが量子力学を記述するものとしてヒルベルト空間論を構築したことがある6。2つ目のタイプは、数は多くない(と思う)が、物理理論を数学に適用したもので、ドナルドソンがヤン・ミルズ理論を利用して4次元多様体を分析したものが有名である7。3つ目のタイプは、物理的アイディアが数学者に新たな定理や概念等についてのインスピレーションを与えるというものだ8。特にこの20年ほどは、このタイプの影響が爆発的に強まった。近年、物理学において双対性が前面に出てきたが、それが数学者の嗜好にマッチしたようだ。

双対性とは、あるものが見方を変えると別のものと同じものであるということだ。数学者は、一見何の関係もないものの間に実は深いつながりがあることを発見すると無上の幸福を感じるらしいが、物理学で発見された双対性が数学の一見無関係な領域の間の関係を示唆することに魅了され理論を発展させていった9。画期となったのは90年代半ばで、電場と磁場を入れ替える電磁双対性を使って強い結合(相互作用)の領域での理論が弱い結合の領域での理論と等価になることが示されて、あるタイプのゲージ理論の厳密な解が得られ、さらに空間を特徴付ける不変量の計算が容易になりトポロジーの理論的な発展を促したという10。また、同時期以降物理学を席巻した超弦理論には様々の対称性が見つかっているが11、数学者に最も大きな影響を与えたのはミラー対称性であろう12。直接的な効用は正則曲線の数の計算という技術的なものであったが、ホモロジー(あるいは圏論)的な定式化を通じて複素幾何学とシンプレクティック幾何学という異なる(でも素人的にはなかなか違いが実感しにくい13)分野の間に思いもよらない関係があることが見いだされ、様々な概念・理論等が相互に結び付く壮大な「地図」が構築されつつあるらしい14。なお、以上のような発展において日本の数学者も中心的な役割を果たしていることを付言しておこう。

このような形の物理学と数学の相互作用は、Conlonが言うように、それまで物理学と数学が同じことを別々にやるという疎遠な関係にあったところに15、両者を橋渡しできる稀有の才能の持ち主たちによって実現された、歴史の流れの一つの局面に過ぎないのかもしれない。現在のような関係が今後も続くのかは分からないが、少なくとも、過去20年の経験から学術研究の発展について学ぶことは多いはずだ。

学術研究における学際的交流や研究拠点の役割を研究する時に、近年の数物連携に着目する利点はいくつかあるが、物理的アイディアから数学的理論化という流れが明確なことがその一つだ。起点となるアイディアを特定することにより、因果関係も識別しやすいと期待される。また、数物連携を明示的に目指す研究機関が設立された(日本のKavli研究機構やアメリカのサイモン・センターなど)ことも、因果関係の識別を助けるだろう。そうしたイベントの前後での研究者ネットワークの変化などを調べることにより、学際的交流や研究拠点の意義を検証していきたいと考えている。

平成29年2月

  • 内閣府 経済社会総合研究所
    次長 杉原 茂

1ゲッティンゲン大学が文字通り廃墟になったわけではなく、あくまで心象風景としてなのだが。

2志賀浩二『固有値問題30講』。

3Peer Effects in Science. 集積の利益を検証しようとすると、集積があるから生産性が上がるという効果と生産性の高い人がお互い引き付けあうという両方向の因果関係が混在してしまうが、そうした因果関係を外生的な変動を使って識別した論文である。

4The Collapse of the Soviet Union and the Productivity of American Mathematicians.

5例えば、一般相対性理論はリーマン幾何学を使って定式化された。なお、ゲージ理論は数学におけるファイバー束の理論とは別個に発展したようだが、小林昭七『接続の微分幾何とゲージ理論』などを眺めると、両者は見事なまでに統一体を成しており、由来が別とは信じられないくらいだ。

6新井朝雄『ヒルベルト空間と量子力学』。

7Donaldson and Kronheimer, The Geometry of Four-Manifolds.

8VafaはOn the Future of Mathematics/Physics Interactionにおいて面白いことを言っている。「数学者は数学的アイディアを動機付けるためにしばしば図を描く[が、]…将来は物理学を新しいアイディアを喚起する図として使うだろう。」

9物理学 ⇒ 数学 ⇒ 物理学 ⇒…というキャッチボールの具体的な姿を垣間見させてくれるものとして、深谷賢治『これからの幾何学』や古田幹雄「数学から見た場の理論」がある。

10江口徹「場の理論の発展」;中島啓「ミラー対称性を越えて」。

11T-対称性やS-対称性とDuality Web(杉本茂樹「超弦理論の魅力」)及びAdS/CFT対応(Conlon, Why String Theory?)など。

12深谷賢治(編)『ミラー対称性入門』。

13もちろん、小林昭七『複素幾何』と深谷賢治『シンプレクティック幾何学』を並べて見るとずいぶん違うのではあるが・・・。

14戸田幸伸『連接層の導来圏に関わる諸問題』。

15素人眼には、60~70年代の素粒子論が対称性(平行移動や回転などの変換に対して物理法則が不変であること)を理論的な要請として課すことにより標準理論を構築していった過程では群論が大きな役割を果たしたので(Hooper, Nature's Blueprint)、そんなに疎遠な関係だったのかという気もするのだが。


【研究紹介】

社会指標に関する自治体の取組

  • 内閣府 経済社会総合研究所
    主任研究官 市川 恭子

社会指標や主観的指標は、社会経済の発展や政策を評価するツールの一つとして国際機関、各国政府機関等において開発が進んでいる。我が国においても内閣府経済社会総合研究所では社会指標ユニットにおいて「生活の質に関する調査」を平成23~25年度にかけて実施したり、国際機関が開発した指標のフォローを行っている。こうした取組は自治体でも行われており、昨年から今年にかけてこうした取組を行っている自治体(京都府、福岡県、三重県、荒川区、長久手市)についてヒアリングを行った。

ヒアリングポイントは1.社会指標(幸福度)に力を入れて取り組むことにした経緯、2.その際に実施している意識調査等の概要、3.研究会等の概要、4.政策への反映状況、5.他の自治体への応用可能性(アドバイス)等である。

1.については、首長のリーダーシップが大きい。「県民幸福度日本一」「県民幸福実感日本一」「区政は区民を幸せにするシステム」等を政策推進の基軸に掲げて施策立案を行っている。2.については、意識調査を既に5~6回実施している自治体があり、時系列データが蓄積されている。幸福度等の主観的指標はそれ程大きく変化しないという特徴がどの自治体でも指摘されている(ただし、熊本地震後の筑後地方の幸福実感度の低下等大きな出来事の影響は反映される)。3.研究会については有識者による研究会を設置して意見を求めた場合や有識者に個別に意見を求める場合、また自治体内の職員によるワーキンググループでの議論など方法は多様である。4.については、幸福度等を直接施策の評価や予算策定のウェイト付けに利用するような自治体は見られない。他方、意識調査の結果等は「なぜその項目が低くなるのか」といった観点から政策課題を見つけるため、また、長期的な政策のビジョンの全体的な方向性がずれていないかといった観点からフォローするためのものと位置づけている自治体が多かった。5.については、意識調査の設計時点での十分な検討が重要といった点や、その自治体の地域特性を踏まえた調査とすべきといった意見が指摘された。

概観すると都道府県レベルでは5か年等の総合計画に関連して意識調査や研究会を位置づけている印象がある。一方の基礎自治体では、より地域の特性を踏まえた具体的な取組を行っている。例えば、荒川区では「幸せリーグ(住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合)」を創設し、毎年首長の情報交換と実務者会議を開催し基礎自治体間の連携を図っている。2016年12月時点で99の基礎自治体が参加しており、自治体間の相互連携による取組が深まってきている。

ヒアリングの概要は今後リサーチノートとして取りまとめる予定である。こうした自治体での取組を踏まえつつ、経済社会総合研究所においても社会指標に関する研究に取り組んでいきたいと考えている。


【経済社会総合研究所からのお知らせ】

  • 消費者マインドアンケート(試行)の2月分の実施(平成29年2月)

    内閣府経済社会総合研究所景気統計部では、消費者の皆さまの「暮らし向き」や「物価の見通し」について、「だれでも」「自由に」回答できるアンケート調査(試行)を行っております。当面毎月20日を締切として調査を行っています。初めてご回答される方も、2回目以上のご回答の方も大歓迎です。質問の数も少なく、ごく簡単なものですので、ぜひ毎月(一回)ご協力ください。

    (URL:http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/shouhi/open_chosa/open_chosa.html


【最新の研究発表】

<報告書の掲載>


【最新の統計】

<SNA統計>

<景気動向指数>平成28年12月速報(平成29年2月7日)

12月のCI(速報値・平成22(2010)年=100)は、先行指数:105.2、一致指数:115.2、遅行指数:114.2となった。

  • 先行指数は、前月と比較して2.6ポイント上昇し、3か月連続の上昇となった。3か月後方移動平均は1.80ポイント上昇し、3か月連続の上昇となった。7か月後方移動平均は0.79ポイント上昇し、5か月連続の上昇となった。
  • 一致指数は、前月と比較して0.1ポイント上昇し、4か月連続の上昇となった。3か月後方移動平均は0.90ポイント上昇し、5か月連続の上昇となった。7か月後方移動平均は0.70ポイント上昇し、4か月連続の上昇となった。
  • 遅行指数は、前月と比較して0.8ポイント上昇し、2か月連続の上昇となった。3か月後方移動平均は0.10ポイント上昇し、2か月連続の上昇となった。7か月後方移動平均は0.20ポイント上昇し、12か月ぶりの上昇となった。

一致指数の基調判断

  • 景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。

<機械受注統計調査報告>平成28年12月実績および平成29年1~3月見通し(平成29年2月9日)

  • 機械受注総額の動向をみると、2016(平成28)年11月前月比20.6%増の後、12月は同3.1%減の2兆5,108億円となった。
  • 民間設備投資の先行指標である「船舶・電力を除く民需」の動向をみると、2016(平成28)年11月前月比5.1%減の後、12月は同6.7%増の8,898億円となった。このうち、製造業は同1.0%増の3,670億円、非製造業(除く船舶・電力)は同3.5%増の5,002億円となった。
  • 10~12月をみると、受注総額は前期比15.2%増の7兆2,510億円となった。また、「船舶・電力を除く民需」は同0.2%減の2兆6,018億円、製造業は同0.5%増の1兆615億円、非製造業(除く船舶・電力)は同2.1%減の1兆5,172億円となった。
  • 2017(平成29)年1~3月見通しをみると、受注総額は前期比6.4%減の6兆7,841億円の見通しになっている。また、「船舶・電力を除く民需」は同3.3%増の2兆6,878億円、製造業は同11.6%増の1兆1,844億円、非製造業(除く船舶・電力)は同2.3%減の1兆4,818億円の見通しになっている。

<消費動向調査>平成29年1月調査(平成29年2月2日)

  • 平成29年1月の消費者態度指数(二人以上の世帯、季節調整値)は、12月の43.1から0.1ポイント上昇して43.2となり、2か月連続の上昇となった。消費者態度指数を構成する4項目のうち、「雇用環境」が前月から上昇した。
  • 「日頃よく購入する品物」の1年後の価格の予想(二人以上の世帯)は、「低下する」が5.0%(前月差 -0.5%)、「変わらない」が16.5%(同 -0.7%)、「上昇する」が74.9%(同 +0.7%)となった。

【参考】<月例経済報告>平成29年1月(平成29年1月23日)

景気は、一部に改善の遅れもみられるが、緩やかな回復基調が続いている。

    • 個人消費は、持ち直しの動きがみられる。
    • 設備投資は、持ち直しの動きに足踏みがみられる。
    • 輸出は、持ち直しの動きがみられる。
    • 生産は、持ち直している。
    • 企業収益は、高い水準にあるものの、改善に足踏みがみられる。企業の業況判断は、緩やかに改善している。
    • 雇用情勢は、改善している。
    • 消費者物価は、横ばいとなっている。

先行きについては、雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかに回復していくことが期待される。ただし、海外経済の不確実性や金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある。

<統計調査公表予定一覧>

<統計調査公表予定一覧>
景気動向指数
速報
景気動向指数
改訂状況
機械受注統計
調査
消費動向調査
(全国・月次)
法人企業景気
予測調査(四半期)
平成29年 3月8日
(1月分)
平成29年 2月23日
(12月分)
平成29年 3月13日
(1月分)
平成29年 3月3日
(2月分)
平成29年 3月10日
(1-3月期)
4月7日
(2月分)
3月24日
(1月分)
4月12日
(2月分)
4月6日
(3月分)
6月13日
(4-6月期)
5月10日
(3月分)
4月24日
(2月分)
5月17日
(3月分)
5月8日
(4月分)
9月13日
(7-9月期)
6月7日
(4月分)
5月下旬
(3月分)
6月12日
(4月分)
6月2日
(5月分)
7月7日
(5月分)
6月下旬
(4月分)
7月10日
(5月分)
7月3日
(6月分)
8月7日
(6月分)
7月下旬
(5月分)
8月10日
(6月分)
8月2日
(7月分)

※ 消費動向調査の上に掲載した調査以降の公表予定については、こちらのページに掲載しています。

「平成28年度企業行動に関するアンケート調査」は平成29年2月28日14:00に公表予定

国民経済計算(GDP統計)公表予定はこちらから


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