ESRI通信 第110号

平成29年10月20日
内閣府経済社会総合研究所 発行
Cabinet Office, Government of Japan
Economic and Social Research Institute

【ミクロの経済分析の力】

私は、今夏の異動で研究所に着任しました。主な担当は、「家計部門の経済行動に関する研究」です。これまでの公務員人生の前半ではいわゆるマクロの経済政策やその調査・分析、後半では消費者法などの消費者に直結する法制度の創設や見直しに携わってきました。研究所では、家計の経済行動等に関する最新の学問的知見を吸収しながら、進行中の研究に少しでも貢献するとともに、これまでの実務経験を研究テーマの設定などに生かしていきたいと考えています。

家計の消費は、SNAベースでみると経済全体の約6割を占めており、景気情勢の判断や経済展望にとって極めて重要な位置を占めています。そうした観点から、これまでは消費をマクロで捉えて色々な議論を考えてきたことが多かったのですが、現職に赴任して以降、消費の分析に当たっては、我が国において従来必ずしも取組みが十分でなかった個票データの幅広い活用や、最近の理論動向をしっかり踏まえた精緻なミクロ分析が必要であるとあらためて認識するようになりました。

ごく最近の話題として、家計の選択行動の研究と密接に関連する行動経済学の分野から、2002年のダニエル・カーネマン教授に続き、本年はリチャード・セイラー教授がノーベル賞を受賞されました。これらの受賞に象徴されるように、行動経済学や隣接の学問分野への注目度も年々高まっています。現実の政策への適用についても、欧米を中心に公共政策にその知見が活用され、成果をあげているようです。政策に携わる多くの政策担当者と同様、私も、消費者・個人は実際には情報の不完全性(情報収集のための取引費用の存在)に直面しており、合理的経済人を前提とした制度設計は現実的でない場合が多いと実感してきました。行動経済学の受賞は、まさにこのような実感にこたえる形での学問的な発展を評価するものだと考えます。

我が国においても、EBPM(証拠に基づく政策立案)推進の観点から、これらの学問分野の一層の発展やその成果の政策への応用が望まれるでしょう。また、政府の政策への反映のみならず、消費者の満足度の増大を目指す民間ビジネスの場においても適切に活用されることが期待されます。

翻って、担当の研究分野の進め方についてあらためて考えると、これまで広く用いられてきた合理的経済人を前提とするライフサイクル仮説・恒常所得仮説の妥当性に係る実証分析に加え、単純化した合理性を必ずしも前提とは考えない習慣消費仮説の妥当性等についての検証も重要になると考えています。

加えて、ITの活用などによる個人対個人のビジネスの拡大など、従来とは違った新たな市場形態の動きにも目配りが必要ではないでしょうか。たとえば、シェアリング・エコノミーが進展すると、家計の消費行動と同時に、労働供給の姿にも大きな変化が生じるものと見込まれます。これらの活動を適切に把握・分析するために有効な分析手法の模索・確立や、それを支えるためにどのような統計の整備や見直しが必要になるかといった、一歩進んだ検討も重要になると考えています。

平成29年10月

  • 内閣府 経済社会総合研究所
    総括政策研究官 井内 正敏

【研究紹介】

「中央銀行員のための上級ワークショップ」を受講して

  • 内閣府 経済社会総合研究所
    研究官 川本 琢磨

平成29年9月5日から12日にかけ、米国ノースウェスタン大学で、金融政策をテーマの中心に据えつつDSGE(Dynamic Stochastic General Equilibrium:動学的確率的一般均衡)モデルを始めとしたマクロ経済理論や実証分析を学ぶ「中央銀行員のための上級ワークショップ(以下、AWCB)」に参加する機会を得た。DSGEモデルとは、経済主体の通時的な最適化行動(家計の効用最大化、企業の利潤最大化等)を原則としつつ、価格の硬直性等を生み出す様々な摩擦を導入することで、現実経済を描写する現代版のマクロ計量モデルである。本稿では、折角の機会を頂いたので、筆者が経験したAWCBの一端を紹介したい。

AWCBは、各国の中央銀行員や政策担当部局職員を主な対象としつつ、例年ノースウエスタン大学で開催されており、DSGEモデルの基礎から応用を、特に各国中央銀行が直面している金融政策・金融規制などに焦点を当てながら、学べる構成となっている。期間中は、教授陣による1週間にわたる講義のほか、大学外からの招いた講師による特別テーマについての講義・講演等も行われる(図表1参照)。

講義の中心はChristiano教授によるDSGEモデルのセッションである。教授が強調していた問いは、「なぜモデルを用いる必要があるのか」であり、その答えを一言で述べれば「Answer to policy question is numeric(政策課題に関する回答は定量的でなければならない)」ということだった。例えば、政府支出の拡大は需要の増大を通じ産出量を拡大することが期待される一方、増税の可能性や不確実性の高まりにより生じる負の資産効果により産出にマイナスの影響を与える可能性も否定できない。こうした相反する効果を扱う場合には、様々な市場の相互作用を包括的に取り扱うことが必要になるため、モデルの中で定量的に分析することが必須だ、というのである。講義では、そうした意義を強調した後に、基本モデルとしてのニューケインジアンモデル(New Keynesian Model)の導出から、モデル内での金融政策の役割の理論的解説、更には金融市場への(情報の非対称性に由来する)摩擦の導入等の応用例の概説まで、幅広い内容の話を聞くことができた。

限られた紙面でAWCBの内容を網羅的に論じることは不可能なので、特に筆者が興味深いと感じた「資産価格と金融政策に関する議論」を紹介する。古いタイプの経済理論で考えると、資産価格の急騰(バブル)はインフレ期に生じそうに思えるが、現実の経済において、バブルは低インフレ期に生じていることが(過去の経験として)知られている(日本の実例は図表2参照)。「バブルと低インフレの共存」は、ニューケインジアンモデル(DSGEモデル)において、価格の硬直性に加え、将来の技術ショックに関する事前シグナル(ニュースショック:t-1期に生じるショックでt期の技術ショックに影響する項)を導入することで描写可能になるという。一方、このタイプのモデルでは、金融政策は一般的なテイラールールに従って運営されることになっているため、低インフレの下で金利が引き上げられることはなく(実際、日本の経験では金利は引き下げられていた)、バブルは助長されてしまう。このことは、金融政策の運営においては、クレジット(信用)市場や株式市場も考慮する必要があることを示唆するものだろう。

現実の経済事象を観察し、それをモデル化する。更に、モデルから得られるインプリケーションに基づいて政策を再考する。こうした取り組みは(金融政策に限定されず)多様な分野に適用可能なはずであり、今後も更なる発展が期待できる。

図表1 「中央銀行員のための上級ワークショップ」(2017年)の講義内容

図表1 「中央銀行員のための上級ワークショップ」(2017年)の講義内容
テーマ 講師(敬称略)
<Course Lectures>
VARsの利用 Martin Eichenbaum
DSGEモデルの基礎と推定 Lawrence Christiano
開放経済モデル Sergio Rebelo
経済予測 Giorgio Primiceri
マクロプルーデンス規制 Thomas Philippon
<Special Topic Lectures>
量的緩和 Ricardo Reis
政府支出乗数 Valerie Ramey
危機後の金融規制 Jeremy Bulow
金融危機時のインフレーションの動き Simon Gilchrist
米国経済と金融政策 James Bullard

図表2 日本における株価、物価(CPI)および金利の推移

推移グラフ


【経済社会総合研究所からのお知らせ】


【最新の研究発表】

  • 構造変化の下での景気循環の動向:「定型化された事実(Stylized facts)」の再検証(浦沢 聡士)を掲載しました。(平成29年10月)

    一般に、「景気」と失業率や物価といった「マクロ経済変数」との関係から見出される景気循環の基本的な特性(「定型化された事実」)については、一定程度普遍的と考えられる。一方で、経済に構造的な変化が生じた場合などには、その影響を受けてそうした特性にも変化がみられると指摘できる。景気循環の特性にどのような変化が生じたかを明らかにすることは、適切な景気判断を行い、また、効果的な経済政策の企画立案を行っていく上で、極めて重要である。

    我が国経済については、2000年代に入り、供給面では少子高齢化が進展する中で生産年齢人口の減少が定着する一方、需要面では慢性的な需要不足を背景にゼロ金利やデフレの持続がみられた。経済構造をみてもサービス化の一層の進展とともに、労働市場では賃金の低下、非正規雇用者の拡大、また企業部門では貯蓄の高まり、さらに、国外に目を向ければグローバル化の進展など、様々な構造的な変化を経験してきた。このような経済の構造的な変化の下で、景気循環の特性にはどのような変化が生じているであろうか。

    本研究では、まず、経済に構造的な変化が生じる下での景気循環の動向を分析するため、日本経済に構造変化が生じたと考えられる時期を2000年前後と特定した上で、GDPの需要項目に加え、労働・雇用、賃金、物価、金利、マネー、金融市場、海外経済等の多岐に渡る分野の60以上のマクロ経済変数を基に、構造変化の前後で、景気循環の特性に変化がみられた分野、また、変化がみなれなかった分野を明らかにした。

    その上で、次に、特に顕著な変化が観察された企業による労働投入の調整メカニズムについては、経済の構造やショックが時間とともに変化するといったより現実的な分析枠組みの下、時変パラメータVAR(time-varying parameter VAR)モデルを用いた分析を行った。その結果、景気の変動に応じた、企業による所定内労働時間を中心とした時間調整の役割が拡大している可能性を示した。

  • 日本の家族形成と居住選択(高山 直樹)を掲載しました。(平成29年10月)

    居住選択と結婚は家族形成の根本的意思決定であり、親の庇護と結婚の利得の間にトレードオフが生じる。本研究は、異質的な主体による簡潔なマクロ経済モデルを提示し、日本のマイクロデータを用いて双方を同時に分析する。意思決定メカニズムを支配する要素として、本論文では、高い居住コストによる規模の経済の強さ、居住選択に係る女性の結婚時の交渉力の低さ、男女の賃金格差とキャリア中断費用の3つの可能性を取り上げる。シミュレーションの結果からは、高い居住コストは結婚と親からの独立を遠ざけ、交渉構造は独身と親との同居を後押しする一方、賃金構造は相対的に弱い影響しか持たないことが示唆される。また、選好パラメタの推定値からは、人々は義理の親と同居しないことを好み、実家を出ることを望む一方、配偶者との結婚は選好することが示唆される。

  • 日本における住宅資産効果:マイクロデータによる実証分析(堀 雅博、新関 剛史)を掲載しました。(平成29年9月)

    本稿では、1983-2012年の約50万世帯のマイクロデータを用いて、家計消費が住宅資産の変化にどの程度影響を受けるかを検証した。住宅資産に関しては、自己申告値または地域平均値を用いる代わりに、いくつかの公式統計を照合することによって、各世帯レベルの住宅資産を直接推定したのが本稿の特徴である。クロスセクションデータと疑似パネルデータによる分析の結果、住宅資産からの限界消費性向(MPC)は、非耐久消費については約0.0008-0.0013であり、総消費については約0.0059-0.0082であることがわかった。また、高齢世帯の消費の反応は若年世帯よりも大きく、これは純粋な資産効果仮説と整合的である。


【最新の統計】

<SNA統計>

<景気動向指数>平成29年8月速報(平成29年10月6日)

8月のCI(速報値・平成 22(2010)年=100)は、先行指数:106.8、一致指数:117.6、遅行指数:116.5となった。

  • 先行指数は、前月と比較して1.6ポイント上昇し、2か月ぶりの上昇となった。3か月後方移動平均は0.70ポイント上昇し、2か月連続の上昇となった。7か月後方移動平均は0.32ポイント上昇し、13か月連続の上昇となった。
  • 一致指数は、前月と比較して1.9ポイント上昇し、2か月ぶりの上昇となった。3か月後方移動平均は0.60ポイント上昇し、2か月ぶりの上昇となった。7か月後方移動平均は0.61ポイント上昇し、13か月連続の上昇となった。
  • 遅行指数は、前月と比較して0.5ポイント上昇し、2か月ぶりの上昇となった。3か月後方移動平均は0.13ポイント上昇し、3か月ぶりの上昇となった。7か月後方移動平均は0.16ポイント上昇し、9か月連続の上昇となった。

一致指数の基調判断

  • 景気動向指数(CI一致指数)は、改善を示している。

<機械受注統計調査報告>平成29年8月実績(平成29年10月11日)

  • 機械受注総額の動向をみると、2017(平成29)年7月前月比4.9%増の後、8月は同8.5%増の2兆5,839億円となった。
  • 民間設備投資の先行指標である「船舶・電力を除く民需」の動向をみると、2017(平成29)年7月前月比8.0%増の後、8月は同3.4%増の8,824億円となった。このうち、製造業は同16.1%増の4,130億円、非製造業(除く船舶・電力)は同3.1%増の4,869億円となった。

<消費動向調査>平成29年9月調査(平成29年10月3日)

  • 平成29年9月の消費者態度指数(二人以上の世帯、季節調整値)は、8月の43.3から0.6ポイント上昇して43.9となり、2か月ぶりに前月を上回った。消費者態度指数を構成する4項目全てが前月から上昇した。
  • 「日頃よく購入する品物」の1年後の価格の予想(二人以上の世帯)は、「低下する」が4.9%(前月差 +1.4%)、「変わらない」が15.8%(同 -1.5%)、「上昇する」が76.2%(同 +0.1%)となった。

【参考】<月例経済報告>平成29年9月(平成29年9月25日)

景気は、緩やかな回復基調が続いている。

    • 個人消費は、緩やかに持ち直している。
    • 設備投資は、持ち直している。
    • 輸出は、持ち直している。
    • 生産は、持ち直している。
    • 企業収益は、改善している。企業の業況判断は、改善している。
    • 雇用情勢は、改善している。
    • 消費者物価は、横ばいとなっている。

先行きについては、雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかに回復していくことが期待される。ただし、海外経済の不確実性や金融資本市場の変動の影響に留意する必要がある。

<統計調査公表予定一覧>

<統計調査公表予定一覧>
景気動向指数
速報
景気動向指数
改訂状況
機械受注統計
調査
消費動向調査
(全国・月次)
法人企業景気
予測調査(四半期)
平成29年 11月8日
(9月分)
平成29年 10月23日
(8月分)
平成29年 11月9日
(9月分)
平成29年 11月2日
(10月分)
平成29年 12月11日
(10–12月期)
12月7日
(10月分)
11月24日
(9月分)
12月13日
(10月分)
12月4日
(11月分)
平成30年 3月12日
(1–3月期)
平成30年 1月11日
(11月分)
12月25日
(10月分)
平成30年 1月17日
(11月分)
平成30年 1月9日
(12月分)
6月12日
(4–6月期)
2月7日
(12月分)
平成30年 1月24日
(11月分)
2月15日
(12月分)
2月2日
(1月分)
3月7日
(1月分)
2月26日
(12月分)
3月14日
(1月分)
3月5日
(2月分)

「企業行動に関するアンケート調査」は例年2月下旬~3月上旬に公表

 (平成28年度調査の公表日: 平成29年2月28日)

国民経済計算(GDP統計)公表予定はこちらから


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