「アジアモデルに関する国際ワークショップ」の議事概要

I.趣旨

経済企画庁経済研究所では、現在、合理的期待を取り込んだアジア経済モデルの構築を進めており、そのプロトタイプが出来上がったことから中間報告の場として国際ワークショップを開催した。

ワークショップでは欧米の研究機関から計量モデル開発の専門家を招き、当研究所が開発中のアジア経済モデルについて議論するとともに、各機関が有する合理的期待モデルの構造及びシミュレーション結果等についても報告を受け、モデル開発に関して意見交換を行った。また、当研究所において別途取り纏めた構造VARモデルによる金融政策の効果分析についても併せて議論を行った。

II.開催期日及び出席者

日時
平成12年3月2日(木)、3日(金)
場所
経済企画庁官房特別会議室
出席者
(敬称略、所属・役職名はワークショップ開催時点のもの)

<海外からの招聘者>

Stephen G. F. HALL
英国インペリアル大学教授
Raymond John BARRELL
英国NIESR上席研究フェロー
Gerald HOLTHAM
Norwich Union Investment Management顧問
Andrew LEVIN
米国連邦準備制度理事会国際金融課長
Jan Willem IN 'TVELD
EU委員会経済局課長
Pete RICHARDSON
OECD経済局総括課長

<経済研究所>

浜田 宏一
顧問(イエール大学経済学部経済成長センター教授)
貞広 彰
所長
加藤 裕巳
次長
法専 充男
総括主任研究官
渡邉 清實
主任研究官
伴 金美
客員主任研究官(大阪大学大学院経済学研究科教授)
宮尾 龍蔵
客員研究員(神戸大学経済経営研究所助教授)

III.議事概要

  1. アジア経済モデルの開発について
  2. 構造VARモデルによる金融政策の効果分析について
  3. OECD small linkedモデルについて
  4. 政策反応分析のための計量モデルについて
  5. 金融危機、資産バブルと為替レートの変動について
  6. FRB Global マクロ計量モデルについて
  7. 株式市場と為替市場のリスク再評価について

1.アジア経済モデルの開発について

1.1 報告の主旨 [報告者:伴 金美 客員主任研究官(大阪大学大学院経済学研究科教授)]

  • アジア通貨危機の発生により、アジア各国は自国通貨の急速な下落とともに、消費、投資の大幅な減少を経験した。従来の多くのモデルでは、為替の下落は輸出の増大を通してGDPを拡大させる構造となっており、今回のアジア危機の分析に適しているとは言えない。そこで注目されるのは次のような指摘である。第1は、先進国の金融機関の間でアジア向け融資に対する貸倒れ懸念が発生したために先進国金融機関のバランスシートに影響を与え、リスクとポォートフォリオの再考を促した結果、アジア各国のリスクプレミアムの上昇、さらには資金の流出をもたらした(Barrell, 1998)1)。第2は、設備投資の決定に際してはバランスシートと資本流入が大きな要因(Krugman, 1999)2)であった。こうした観点を取りこむにはforward-looking型のモデルが適しており、また、アジア危機を分析するモデルとしても従来型モデルよりもforward-looking型モデルの方が望ましい。
  • 現在開発中のモデルはIMFのMULTIMOD Mark IIIを参考にしている。Mark IIIが実物・金融のforward-looking行動を捉えていること、財政・金融政策の影響、ショックの伝播メカニズムを見ることができること、等が参考とした大きな理由である。
  • 今回は日本、韓国、タイの3カ国についてプロトタイプモデルを作成し、各国モデルにおいて消費と投資にforward-lookingを取りこんでいる。消費については、家計は将来にわたって期待効用を最大化する、と仮定して以下の関数とした。

H : 将来にわたる可処分所得の総和、W : 金融資産、PC : 消費デフレータ

また投資については、将来の期待企業価値の最大化、資金調達の可能性に強く依存しているとして以下の関数とした。

V : 企業価値、FIN : 海外からの直接投資

本モデルを用いて3つのショックを与えてシミュレーションを行った。第1は為替の大幅下落、第2は世界輸入の減少とリスクの増大、第3は海外からの直接投資の減少で、この3つのショックについて予期したケースと予期しないケースをシミュレーションした。

  • このうち、為替を50%減価させる第1のショックについては、ショックが無かった場合に比べてショックが発生した場合には、それを予期したケース、予期しなかったケースの2ケースともに投資は減少するものの、GDPは拡大した。為替の下落は自国通貨建対外債務の増大をもたらすため現在及び将来における企業の債務負担の増加を意味し、設備投資に負のインパクトを与える。一方で、経常収支改善の効果があり、これは経常収支改善幅が債務の増大よりも大きいためである。投資については、為替下落のショックを予期するケースでは韓国、タイ共にショック前には企業価値の増大から投資は増加していたが、ショック以降は減少に転じている。ショックを予期しないケースでは、タイでショックと同時に投資は減少し、韓国ではショック後に期を追って投資が鈍化している。消費については、タイでは予期したケース、予期しないケース共に増加しているが、韓国ではショックと同時に両ケースで減少している。両国の相違は為替下落の物価への影響がタイより韓国でより大きいためである。 経常収支への影響を見ると、韓国、タイ共にショックと同時に改善しているが、タイの方が改善幅が大きい結果となった。
  • また世界輸入が20%減少するという第2のショックについては、韓国、タイの輸出減少を意味し、GDPの低下を通して人的資産と企業価値の縮小をもたらす。ショックを予期するケースでは投資、消費ともに両国において既にショック以前から減少を示している。リスクプレミアムの高まりは企業価値の低下、さらに設備投資に負の影響を及ぼすと考えられる。リスクプレミアムを5%引き上げてみると、タイではインパクトが弱く、韓国では強かった。ショックを予期するケースで設備投資への影響はタイで6%程度であったのに対して韓国では15%程度となった。

1.2 出席者からの主なコメント

  • 民間部門の行動を予測するには期待をモデルに組み込むことには賛成であるが、MULTMODモデルは長期間の分析には適するが、数四半期の分析に適切かどうか疑問である。アジア地域では輸出のための輸入が多いと思われるので、輸入を輸出向け原材料の輸入と最終需要向け輸入とに区分して推計するのも一案である。消費デフレータ、輸入デフレータの推計式はもう少し検討した方が良いと思われる。
  • 対外資産は年金基金が保有しているケースが多く、これを非金融法人に分類すべきではない。また、外生となっている為替、資金の移動、リスクプレミアムなどは、今後、内生化を検討することが望まれる。

2. 構造VARモデルによる金融政策の効果分析について

2.1 報告の主旨 [報告者:三平 剛(経済企画庁経済研究所研究官)]

  • 構造VARモデルの手法を用いて、80年以降の日本における金融政策の効果を定量的に計測することを目指しており、識別条件の異なる多数のVARモデルを推定し、論文ではそのうち5つを比較している。主要な結論は以下のとおりである。
  • (1)日本銀行は国内WPIを注視して金融政策を運営: 日本の金融政策は短期金利(コール・レート)のコントロールを政策手段としていると考えて日銀の政策反応を定式化し、予期しない金利変動に対する経済の反応によって金融政策の効果を測定しているが、推定されたモデルの多くで、金利上昇ショックに対して物価が上昇するというおかしな反応が見られる。これは金利を政策変数として定式化した構造VARによく見られる現象で、物価パズル(Price Puzzle)と呼ばれている。物価パズルの原因のひとつと考えられているのが、当局が金融政策を決定する時に参照する情報セットの定式化の誤りである。報告論文は、情報セットに国内WPIを含めた場合に物価パズルが大幅に解消されることを示している。これは、日本銀行が金融政策を決定する際、将来のインフレ圧力を測る上で国内WPIの動きを注視していることを示唆している。
  • (2)金融政策(金利の変動)が実体経済に及ぼす影響は小さい: 論文では、最も妥当性が高いと判断された国内WPIモデルによって、日本の金融政策の効果を計測している。それによれば、金融政策は80年代後半には緩和基調、90年代前半は引締基調、後半は緩和から中立と一般的認識と合致する動きとなっているが、その効果は小さく、金融政策がバブルの盛衰や90年代の停滞の主因であるという見方は支持されない。
  • (3)通貨の変動が実体経済に及ぼす影響は大きい: (2)の結論に対し、金融政策を金利変動で測るという仮定に異を唱える者もあろう。実際、推定結果では、通貨(M2+CD)の予期しない増加が所得や物価を大きく押し上げることが示され、こうした通貨ショックが金融政策の変化を現しているとの立場をとれば、それにより測られた金融政策の効果は(2)の結論よりもはるかに大きなものとなる。
  • (4)日本の金融政策は金利操作を政策手段としている: (3)の懸念に関して、金融政策によってコントロールされているのは「金利」か「量」かということを、中央銀行のコントロールの出発点である準備預金市場を組込んだモデルによって統計学的に検定し、日本の金融政策については準備預金コントロールよりも短期金利コントロールが妥当するとの結果を得ている。これは、金融政策が経済に与えた影響は大きくなかったとする(2)の結論に一定の正当性を与えるものである。ただし報告者らは、通貨(M2+CD)コントロールについて直接的に検定したわけではないこと、金融当局が金利と量どちらか一方ではなく、双方を一定のバランスでケアしている可能性もあることなどから、推定された通貨ショックに金融政策の変更が部分的に含まれていて、従って金利ショックのみで測った(2)の金融政策効果は過少評価となっている可能性を留保している。

2.2 出席者からの主なコメント

  • 通貨ショックが正の所得・物価の反応をもたらすことについては、通貨ショックが信用や資産の変動を反映しており、それらの正の効果が通貨需要による負の影響を上回っていることも考えられる。信用や資産は金融政策の影響を受けるため、通貨ショックに金融政策ショックが部分的に反映されている可能性がある。
  • 共和分と変数間の長期的関係については、変数間の長期的関係ではなく同時点の関係に制約を用いて構造を識別しているが、全ての反応が同時点に生じるというのは信じがたい。変数間の共和分を調べて長期的関係の識別に用い、ダイナミクスの部分は別に特定すべきである。システム内の共和分の数をいくつと定式化するかはインパルス応答関数の形状を支配することから、適切な構造モデルの識別のためには共和分をまず調べて長期的な関係を考慮することが重要である。

3. OECD small linked モデルについて

[報告者:Pete RICHARDSON(OECD経済局総括課長)]

  • アジア危機が及ぼした影響やそのメカニズムの分析、さらに株価調整が起きた場合の世界経済への影響について、OECDのマクロ経済予測モデルを用いて分析した。
  • 貿易面において、アジア危機が他国へ及ぼした直接的影響は、主に次の4つの経路をたどったものと考えられる。(1)危機当事国の国内需要及び輸入需要の急減と、それに伴う貿易相手国の輸出の減速。(2)相対的な物価及びコスト競争力の影響に伴うアジア各国の為替の減価。(3)輸出拡大最優先で取り組んできたアジア各国の経済活動の停滞。(4)原油価格の低下による産油国の収益性の低下と、それに伴うOECD諸国へのプラス効果。
  • 政策的な観点からアジア危機に関する分析結果を考察すると、第1にアジア危機の規模の想定や世界経済への影響については、貿易動向ではなく国際資金循環の重要性に関する認識が欠如していたために過少評価となったこと、第2にアジア5カ国及び日本における実質的な信用市場の非効率性が実物経済への初期の金融危機の影響を増幅させるという重大な役割を果たしたこと、第3に国際的な危機の伝播に結びつく機関投資家のバランスシート上の調整に金融市場への信頼状態が作用したことの以上3つのポイントが指摘される。

4. 政策反応分析のための計量モデルについて

[報告者:Stephen G. F. HALL(英国インペリアル大学教授)]

  • 政策への反応をみるために、ゲームの構造をシンプル・フィードバック型モデルに適用し、インフレ抑制に重点を置く金融当局と失業の防止に重点を置く財政当局の両者を参加者として分析を行った。
  • 最初のシミュレーションは、財政当局は財政収支の対GDP比という目的関数を、一方金融当局はインフレ見通しを最小とするような目的関数を有しているが、同じインフレ率を目標としている場合で、両当局が一致した目標を追求しているケースである。このケースでのショックへの反応を見ると、インフレコスト、GDPコストともにNash解と協力的解との間でほとんど差異は見られなかった。
  • もう一つのシミュレーションは、金融当局は前回と同じインフレ率を目標としているが、財政当局がインフレよりも成長により重点を置いたケースである。このNash解は財政当局の拡大政策に反応して金利は急上昇し、為替も増加幅が大きかった。また、需要項目も外需から国内消費へのシフトが見られた。協力的解では金利は急上昇とはならず、インフレ・コントロールもスムーズであった。

5. 金融危機、資産バブルと為替レートの変動について

[報告者:Raymond John BARRELL(英国NIESR)]

  • 世界経済における金融危機の影響と伝播メカニズムと為替相場の変化を観点に、NIESRの世界経済モデルを用いて行ったシミュレーション結果をもとに考察した。
  • 株価の高騰は純貯蓄率の増加と低い実質利子率がもたらした結果であり、米国における貯蓄の増加は、行動様式の変化というよりもむしろ国民経済計算上での変化が貯蓄率データに影響したものである。米国の公的部門は黒字であり、仮に今後ともこの状態が持続されるならば現在の実質利子率と資産価格に影響することとなるであろう。一方、欧州や日本の貯蓄率は高い水準を維持しており、加えて両者とも国際収支は大幅な黒字であることを鑑みると、貯蓄率の変化の影響と同様に長期的な公的債務の変化の影響を考慮することが重要である。
  • 資産価格の上昇は投機的なバブルの結果であるという位置付けのもとで、バブル崩壊の影響について様々な金融政策の前提に米国株価下落に関するシミュレーションを行い、さらに他の株式市場への伝播影響についても評価を行ったところ、それらの影響は金融危機に対する米国連邦準備制度理事会の対応にある程度左右され、逆にその対応は米国の堅調な資産価格をもたらした要因に依存することとなった。こうした結果から、米国株価の下落が及ぼす世界経済への伝播影響は、政策当局間の調整により部分的には相殺可能である。

6. FRB Global マクロ計量モデルについて

[報告者:Andrew LEVIN(米国連邦準備制度理事会国際金融局課長)]

  • 米国株式市場での株価下落影響の予測と、メキシコ及びタイにおける危機発生時の財政・金融政策の効果について、FRBの世界経済モデルを用いて考察した。
  • 米国株価が20%下落するシミュレーションでは、(1)下落ショックに対して米国及び諸外国の金融当局が政策対応を講じないケース、(2)米国のFFレートをカットするケース、(3)米国の金融政策がTaylor’s ruleに準じるケース、(4)米国のFFレート及び短期ユーロ利子率をカットするケース、(5)米国のFFレート及び短期ユーロ利子率の決定にTaylor’s ruleを用いるケース、の以上5ケースを設定し、国内総生産や物価水準等への影響について試算した。この結果から、株式市場の収縮に伴い、米国と欧州が利下げを行う一方で日本の金利に変更がないと仮定した場合、実質利子率の格差から円の増価を引き起し、結果的に日本経済に大きなマイナス効果をもたらすことが窺える。
  • メキシコのケースでは、実質政府消費支出が基準を2.5%ポイント上回るシナリオと為替(peso/$)が25%減価するという2つのシナリオを想定し、財政・金融刺激策の効果をみた。シミュレーション結果の一例として、財政面での刺激による乗数効果はGDP比プラス1.5%程度となる。同様の観点でタイについてみると、モデル構造の影響もあり、タイの財政乗数はメキシコの4倍以上という結果が得られた。

7. 株式市場と為替市場のリスク再評価について

[報告者:Jan Willem IN’ TVELD(EU委員会経済局課長)]

  • 米国経済は持続的に景気拡大している一方で、貯蓄率の低下や対外債務の増加などの不均衡が拡大しており、大きなリスクを内包している。現在、株価の急激な調整が懸念されているが、調整が発生した場合に考えられる影響について、QUESTモデル(EU15カ国、米国、日本及びその他の地域を対象としたシンプルな構造モデル)を用いて試算した。
  • その結果、米国株価の急激な下落は米国国内の消費支出を急減させ、投資に関してもリスクの再評価による調整と証券に対するプレミアムの上昇が大きな影響を与えることとなる。また、米国の対外債務不均衡の拡大は、景気拡大に対して為替の急激な調整につながる危険性があり、為替の急激な変化はドルの大幅な減価に結びつく。
  • 国内需要が急減した場合に金融政策が及ぼす影響力についてシミュレーションを行うと、状況に応じた的確な政策は景気低迷への転落を防ぐことが可能であるという結論が得られる。その際、金融緩和政策は有効な手段であり、株式市場の崩壊に対して金融当局が直ちに反応し、利子率を下げることで景気後退は回避可能である。1987年のウォール街での出来事など株価調整に関する過去の経験は、金融政策は株価急落の厳しい影響を相殺可能であることを示唆している。また、財政赤字削減努力の成果により、現在の米国の財政状態は良好で、財政政策の機動性は他の国々に比べて優位な状況にあるため、経済的なショックによるマイナス影響を財政政策により緩和することが可能である。

以上

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