第10回ESRI経済政策フォーラム
「少子高齢化社会に向けた年金制度あり方」(概要)

経済社会総合研究所

平成14年9月30日

本フォーラムの概要について、事務局の責任により以下の通りとりまとめましたので、ご参照下さい。なお、議論の正確な内容については、議事録(PDF形式 131 KB)別ウィンドウで開きます。を参照頂ければ幸いです。

  • (開催日時)
    平成14年9月30日(月)14:00~17:00
  • (パネリスト)
    • 小塩 隆士
      東京学芸大学助教授 (基調講演)
    • 橘木 俊詔
      京都大学教授 (基調講演)
    • 八田 達夫
      東京大学教授
    • 山崎 泰彦
      上智大学教授
  • (モデレーター)
    • 喜多村 悦史
      経済社会総合研究所総括政策研究官

冒頭、小塩隆士助教授、橘木俊詔教授より基調講演をそれぞれ頂き(ホームページ掲載の基調講演をご参照下さい)、その後パネルディスカッションを行った(パネルディスカッションの後半は、パネリスト以外の参加者の方々からの質問、ご意見にパネリストが回答しつつ議論を行った)。

1.基調講演(小塩隆士東京学芸大学助教授)(PDF形式 39 KB)別ウィンドウで開きます。

(現状認識と改革の基本方針)

  • 主として厚生年金について議論したい。
  • 現行の公的年金は、著しい世代間格差を引き起こしていると同時に、財源の裏づけのない巨額の年金純債務を生み出している。現行制度の最大の問題は、政府が人々に対して、現役世代が無理なく負担できる以上の年金給付を公約している点にある。2000年度末において、年金純債務は全体で644兆円(厚生年金は552兆円)に達している。このままだと、年金純債務はさらに拡大しかねない。また、それは世代間格差の一層の拡大をもたらす。
  • 年金改革の目指すべき目標は、公的年金の規模縮小に尽きる。政府は、守れる見込みのない約束を国民にし続けてはならない。「ない袖は振れない」ことを正直に示すべきである。 理想的には、公的年金は基礎年金部分だけとし、その財源は高齢者医療・介護とともに消費税(福祉目的税)で徴収すべきである。
  • 2004年の改正に向けての現実的な案としては、スウェーデン方式(後述)を選択肢の一つに入れてよい。

(公的年金の財政方式のあり方)

  • 積立方式への移行は、年金収支を世代ごとに均衡させるので年金純債務を新たに発生させず、しかも世代間格差を是正できるという点で理想的である。しかし、足元の年金純債務は残るから、それをどう償却するかという重要な問題が残る。この問題の対策については、これまで多くの議論がなされてきたが、いずれの方法でも現役以降の世代が負担を引き受けることになる。国債発行により負担を分散させる方法については、年金で発生した問題を国債で解決するのは問題があるとして、財務省が反対している。
  • 一方、最近注目されているスウェーデン方式は、新たな年金純債務を発生させず、保険料率を固定すれば、世代間格差も是正される。ただし、ここでも、過去の年金純債務をどう処理するかという問題が残る。保険料率を足元で固定した上で、政府が「ない袖は振らない」方針を貫徹することは、政府が過去に約束した借金を踏み倒すことを意味する。これは憲法違反の可能性もある。
  • どちらの方法をとるにせよ、公的年金の規模縮小が目指される。また、移行期に追加的な負担が発生するという点でも同じである。老後の所得が不安定になるというリスクも共通である。優劣は定まらないが、スウェーデン方式のほうが実施しやすいという面はある。積立方式への移行は、即座に行おうとすれば受給者への年金額の手当てがただちに大問題となる。

(財政方式以外の論点)

  • 積立方式への移行だけなら理論的に正当化しやすいが、さらに民営化することまではなかなか正当化しにくい。実際、運営コストやリスク処理の問題を考えると、政府による一括運用のほうが望ましいとしばしば指摘される。ただし、それは積立方式に移行したあとの話であり、公的年金が現行のまま維持されるとすると、そこに加入すれば確実に大幅なマイナスの収益率(2000年生まれなら生涯賃金に対してマイナス10%前後。国庫負担を負担に含めず)が待っている。
  • 社会保障制度に所得の再分配機能をあまり期待すべきではない。あえてやるとすれば、定額の基礎年金と所得比例の、又は累進的な税の組み合わせがいい。
  • 公的年金が賦課方式であれば、子どもは外部経済効果を発生させる「公共財」となる。したがって、子どもは過少供給となる傾向があり、子育て支援は正当化される。しかし、これは、賦課方式の公的年金という、市場メカニズムに対する歪みを、子育て支援という逆方向の歪みで相殺する試みであり、政策としては"second best"にすぎない。"first best"の政策は、賦課方式の公的年金という、市場メカニズムに対する歪みをできるだけ縮小することである。
  • 子育て支援は、子どもを生み・育てるという人間的営為に対する支援であるべきである。社会保障財源の担い手を増やすことを目的とするのはいかがなものか。子どもが少なくなっても、社会保障制度がきちんと機能していれば問題はない。
  • 自営業、公務員、民間サラリーマンを渡り歩く、あるいはそのいずれを選択しても、中立的に作用する年金制度が望ましい。そのためには、一階部分をこれまで同様に全国民共通の基礎年金、二階部分は積立方式・拠出建ての個人勘定とし、税制上のインセンティブをつけるなら個人勘定に集中させるという方式が究極的な理想像である。
  • 公的年金を「年齢中立的」にする必要がある。現行制度が中立的でないという実証分析がある。積立方式ならすぐにでも中立的な制度ができる。賦課方式ならば、年金数理的に公正な削減・上乗せ率を設定する必要がある。
  • 女性のライフスタイルの選択に対するバイアスを取り除くため、「第3号被保険者問題」の解消を急ぐべきである。
  • 年金改革は、経済の活性化について副次的な効果が期待できるにしても、それを目的とするものではなく、少子高齢化や潜在成長力の低下に対して年金制度をより頑健で持続性のあるものにすることを第一の目標とすべきである。

2.基調講演(橘木俊詔京都大学教授)(PDF形式 18 KB)別ウィンドウで開きます。

(現行制度の課題)

  • 公的年金制度は死亡時期不確実性や、引退後の所得不足に備えたものである。リスク・シェアリングが目的なので、国民の連帯感に信頼をおかないと制度は成り立たない。従って、世代間や世代内の損得は本来ならば入り込まないものである。しかし、現実には人間は損得に敏感なので、できるだけ損得が目立たない制度はよい。そのためには財源を税にするのがよい。義務教育あるいは高等教育も含めて、教育への公費支出に損得論議はさほど起きていないのである。
  • 我が国のような個人の特性別の社会保険制度は、哲学・倫理学からは共同体主義と呼ばれるが、対立する概念としてユニバーサリズムがある。国民全員が唯一の制度に加入する普遍主義に基づく社会保険制度を理想とみなすので、これが達成されれば制度の乱立の問題は消える。わが国の社会保険制度の最大の難点は、制度の乱立にある。医療保険制度がその典型例である。ヨーロッパでは、出発点は共同体主義であったが、現在の流れは普遍主義に向かっている。イギリスのnational health serviceが良い例である。これは税が財源になっている。また、ライフスタイルの多様化という流れが、制度の統合への道を阻害することがあってはならない。

(持続可能な年金制度と移行策)

  • 私の制度改革案は、普遍主義の考えにそって、公的年金は基礎年金制度だけに限定し、それを確定給付で給付するというものである。従って、賦課方式による税方式が望ましい。給付額は15~17万円で、財源は累進消費税とする。累進支出税も考えられるが、直接税であって、資源配分に対して中立的でない可能性が指摘されている。二階部分は徐々に廃止するか、少なくとも政府は関与しない。
  • 来年度から基礎年金の国庫負担(税財源)が1/3から1/2になるはずだが、今どうなっているのか知りたい。
  • 税方式のメリットとして(1)国民に最低生活保障の安心を与えられるし、損得論議を語る余地を小さくする。(2)財源を広く薄くかつ確実に徴収できる。(3)徴収を一本化するので費用の節約可能。(4)企業負担の保険料がなくなるので企業の活性化に貢献。(5)間接税は保険料よりも、労働供給や貯蓄への影響が小さいので、経済成長率の低下を招かないことがある。
  • 税方式のデメリットとしては、(1)生活保護制度とどう異なるのかという批判があるが、私はその批判はあたらないと思う。(2)負担と給付が連関しないので、インセンティブを損なう。(3)財政制度を硬直化させることがある。
  • スウェーデン方式は、確定拠出制による(みなし)賦課方式で、原則所得比例型なので、私の案とは相容れない。なぜならば、この方法だと給付額が大きく変動する可能性があるので、低所得者へのリスクが大きい。イギリスの失敗例が参考になる。スウェーデンの最低保障部分は私の主張する額(夫婦で月15万5千円~17万円)よりはるかに低い。ちなみに、私の案だと消費税率は10%を超えて、15%前後になる。保険料拠出はなくなるが、この負担を国民が嫌がるのであれば、私の改革案は成立しない。
  • 年金・医療・介護の各保険制度は、年金と医療それぞれの制度内での統合は必要である。中期的には医療と介護の統合はあってよい。
  • 新しい制度への移行過程で、既に給付を受けている人の給付を減らすのは憲法違反である。また、既に保険料を払った人の給付が大幅に削減されないよう、手当てが必要である。
  • 年金制度を含めて社会保障制度改革は、税方式か保険料方式か、確定給付か確定拠出か、賦課方式か積立方式か、といった問題は、国民投票を必要とするほどの国民的課題である。

3.パネルディスカッション

(八田)

  • 年金制度の歴史的経緯や既得権に対しどれだけ配慮するかという問題があるが、制度成立当初は、経済学もまだ発展しておらず、市場と政府の関係はあまりはっきりしていなかった。厚生経済学が発展し、市場と政府の役割について本格的に経済学的分析ができるようになったのはこの20年ほどである。最終的目標をどうするか経済学に基づいて年金制度を根拠付ける必要がある。
  • 基礎年金の存在意義は生活保護との関連で考える必要がある。老後のための貯蓄は、所得の低い人では一生貯蓄してもまだ足りないことがありうる。そういった人は生活保護に面倒みてもらうのが当たり前になり、モラルハザードがおきる。それを防ぐためには、生活保護程度の額は強制的に積立させることが必要。少なくとも基礎年金は生活保護と連動した水準にすべきである。
  • 基礎年金は一種の負の所得税と捉えることができる。老後は、全ての人が定額の援助を受け取る。低所得の人は差し引きお金を国からもらい、高所得の人は差し引き国にお金を払うことになる。生涯を通じた再分配の方法としては素直ではないか。基礎年金の税方式は自然である。
  • 税と保険料の言葉の定義については、自分としては国税庁がとるのが税、社会保険庁がとるのが保険料という整理をしている。基礎年金は今でも給付と拠出は関係がなく、税方式のようなもので、保険料方式のメリットは最初からないと言える。もしそういうメリットを持たせたいならば現行制度とは全く違ったものとなるはずだ。
  • 別の観点から言えば、社会保険庁が徴収にうまくいっておらず、空洞化が生じていることからも、税方式にすべきである。
  • 厚生年金は、小塩先生は積立方式は良いが、完全民営化は留保という意見であったが、所得比例年金を公的に持つ意味は、逆選択があるためである。民間に任せると長生きすると思う人だけが入ることになる。純粋な終身年金は実はあまりないのだが、調べてみると収益率が悪い。これは逆選択が相当効いているためである。従って、強制加入させる必要があり、短命と思う人も入ってもらわなければならない。それにより、平均的な年金を用意できることになる。なお、基金の具体的な運用を民間に任せるべきか、国が行うべきかはまた別の話である。強制加入にして運用の自由度を与えるべきである。
  • 積み立てた年金を運用する時の最大のネックは、利息の変動リスクへの対処ができないことだ。退職した人は今までの積立を終身年金に換えるのだが、退職した時の利子率によって給付が全く変わってくる。国の運用では単純なことしかできない。民間なら様々な工夫をしてリスクを緩和できる。制約の中でフレキシビリティを作るべきである。従って、強制加入の上、民間運用とすることが必要である。
  • スウェーデン方式については、橘木先生と同じ危惧を持っている。スウェーデンよりも日本は高齢化の進展が急速なので、給付の切り詰めが急になるのではないか。それは政治的に受け入れられないだろう。積立方式への移行に際しては、各人が払う保険料のうち、どれだけが自分に戻ってきて、どれだけが過去の大判振る舞いの後始末のための部分なのかを明らかにさせるべきである。両者の会計区分をきちんとするのが中心的課題である。スウェーデン方式ではそれをやらないことになるのだが、きちんと両者を区分して、各世代が今までの世代に対しどれだけ移転するのかを明らかにするのが筋ではないか。

(山崎)

  • これまでの方と比べて私だけ毛色が違うが、八田先生の最後のご意見には共鳴する。
  • 現行制度の課題で、世代間の公平性は大きな問題である。今の高齢者の年金水準が現役と比べてバランスがとれているのかというと、やや過剰だと思う。ただ、年金だけでなく、医療、介護も含めた社会保障全体でみる必要がある。医療、介護とも高齢者の負担を求めるようになってきており、今の年金水準のままでも、実質的な給付カットの道を歩みつつある。
  • 厚生年金は、戦時中に出来た制度だが、戦後には高インフレ時代があったため、明治、大正、昭和一桁生まれの世代の年金については別途考えなければならず、債務の償却は別途考えるべきである。将来期間分については、現在相当いい保険料をとっているので、むしろ過去期間をどう処理するかである。この点については八田先生と同じ考えである。
  • 賦課方式か積立方式かで議論があるが、20~30年ほど前は賦課方式が脚光を浴びていた。議論には流行があることには留意すべきである。
  • 賦課方式の社会保障制度のもとでは、子育ては保険料拠出と同じ価値をもっている。ドイツでは子供の有無に関わらず介護保険料が世帯ごとで同額であったことに対して、違憲判決があった。更に年金や健保についてもこれまでの子育てへの配慮では不十分だということになり、ドイツの社会保険の世界に激震が走った。なお、積立方式に切り替えれば、次の世代に依存しなくなるので、子育てには配慮しなくてよくなる。
  • 積立方式を唱える人の多くは、二階部分を指している。しかし、現行の年金制度では一階部分が占める部分の方が大きい。老人医療や介護も積立方式がいいと唱えている人はほとんどいない。ほとんどの方は基礎年金、老人医療、介護は賦課方式を前提にしている(八田先生は別のようだが)。従って、将来世代に対して責任を持たなければいけない。ドイツの著名な法学者が述べていたが、これは社会正義の問題ではないか。子供を産む、産まないは個人の自由で干渉すべきではないが、子供を産み育てることの価値をきちんと評価しなければ国は滅びる。
  • 世代内の公平性については、サラリーマングループと自営業者グループ間の公平性の確保という問題が大きい。強制力のない自営業者グループとサラリーマングループの公平性の問題がある。また、応能負担か定額負担かどうか、二階部分があるかどうか、などの問題がある。
  • 実質的な世代内の公平を図るには、2つある。一つは、サラリーマングループも国民年金の1号被保険者と同じように一階部分を定額負担、定額給付にすることである。社会保障の考えからは好ましくないが、一階を自営業者に合わせて完全に一本にすると、3号被保険者の問題はなくなる。
  • もう一つの方法はスウェーデン方式にして、自営業者、サラリ-マングループの垣根をはずし、所得に応じて負担し、給付することである。問題は所得の把握である。
  • 就労形態やライフスタイルの変化への対応については、最近では、被用者か自営業者か、正規かパートかといった垣根がつきにくくなってきている。この点を考えてもスウェーデン方式は魅力がある。
  • 事業主負担について、今は、被保険者として適用し、その半分を事業主が負担している。つまり、適用してしまえば、事業主としては負担をかぶることになるので、適用を逃れようとする。特にパートなどについてはそうである。20時間以上、65万円以上というようにパートの適用を増やそうとしても、ある程度は効果はあるとしても、その手前で就業調整されてしまうことが現実にはある。また、正規の社員についても、資格喪失の届けを出せばいいということで、空洞化現象が起きている。従って、事業主負担については、どのような人を雇おうと、払った賃金に対して全て保険料を課すべきである。いわば、人件費を総額とする外形標準課税を提案する。そうしないと適用の拡大は進まない。
  • 女性の年金問題については、税の世界がついてきてくれるかは分からないが、少なくとも社会保障の世界では将来的に2分2乗方式、つまり所得分割方式を目指すべき。
  • 高齢者の就労については、高齢者の適用が一番うまくいっていない。その促進にとっても外形標準課税方式の導入は必要。
  • 平成6年以降の在職老齢年金については、賃金が上がって年金が下がっても、全体として収入が増えるというように、働く側にインセンティブを設けたが、それ以上に重要なのは、高齢者を雇うインセンティブである。60才以上の高齢者を雇えば、賃金に応じて支給制限されるので、年金財政に貢献する。その貢献をきちんと評価しなければならない。現在の年金制度では退職させる方が都合のよいシステムになっており、その退職のコストをみんなで持つという、いわば外部不経済が生じている。そのコストを内部化しないといけない。
  • 積立、賦課方式はそれぞれメリット、デメリットがあるので、それらを適切に組み合わせ、厚生年金のなかで積立部分を明示的に組み込むべし。
  • 厚生年金の過去債務の償却に国税を使うことは理屈が合わない。もし使うならば、国民年金の基礎年金の過去債務の償却に使うということだ。
  • 税方式か社会保険料方式かについては、年金、医療、介護を税で賄っている先進国はほとんどない。
  • スウェーデン方式は所得比例で、最低保障を税で行うことに注目する人と、保険料率を固定し、自動調整する点に注目する人がいる。前者については確かに魅力を感じるが、すぐにできることとは思っていない。後者では、今のレベルで保険料率を固定すると、八田先生がいわれたように急激な給付削減となってしまう。まず保険料を引き上げる努力をしておいて、その上でスウェーデン方式を考えるべきである。

(小塩)

  • 橘木先生の言われた、税方式だから損得勘定が出てきにくくなるというのは違うのではないか。たとえ税であったとしても、払った分が戻ってくるかはきちんとみないといけない。今の仕組みは税と社会保険料がごっちゃになっているので、役割分担が不明確になっている。基礎部分を税にすることで、その点はすっきりとする。
  • 年金水準は15-17万円といわれたが、そこまで出すと、ミーンズテストをしなければいけなくなる。一つの現実的な方策としては、公的年金等控除といった高齢者向けの税制改正を行って、ミーンズテストの代わりに、世代内の公平性を確保することが考えられる。
  • 私のスウェーデン方式の評価は、厚生年金だけを念頭に置いて話をした。一階部分は確定給付でいい。一階さえしっかりしていれば、二階部分で金利リスクがあっても大丈夫かと思う。
  • 一階部分も強制積立という八田先生への意見については、理論的にはすっきりするが、私は強制貯蓄の効果は不明と思っている。貯蓄をしてもあとでお金を借りるなど、抜け穴は多いのではないか。実際に人々の行動をどこまで縛れるのか疑問である。
  • 民営化は、諸外国の例をみると、デリバティブの運用でフレキシブルに対応できるメリットはあるが、ハンドリングコストの問題があって、積立か賦課かとは違うところで議論が交錯している。
  • 過去債務の明確化が必要という点はその通りで、厚生年金債務550兆、年金全体では640兆円という数字はしっかりある。問題はどう処理するかである。
  • スウェーデン方式では、550兆円の過去債務は将来世代が負わざるをえない。すると積立に移行するメリットはない。むしろ、憲法違反かもしれないが、現在約束している人たちの財産権を切り崩さないといけない。どの程度切るかという試算(図表2)を行った。山崎先生は保険料を引き上げる努力をしてからと言われたが、私は現行の2階部分は既に重すぎると思うので、逆に料率を少し下げて15%に固定して試算した。最終的には半分くらい切らないといけない(ケースIII)。二階部分はスズメの涙となる。積立金の運用収益を加味しても40何%切らなければならない(ケースIV)。しかし、保険料は上がらずに15%に固定されているのでプラスの面もある。積立方式と比べると現在よりも給付額は少ないが、とりあえずすぐにお金を出すことができるという意味で、現実的な方策と言える。
  • 山崎先生の言われた、子育ては社会正義として位置付けるべきという点に賛同する。

(橘木)

  • 自分の提案している基礎年金給付額15-17万円というのは、現行制度で夫妻それぞれが6.5万、計13万円もらえるのだから、驚くような額ではない。無論、実際に全額受け取っている家庭は多くはないが。この数字は、どの程度あれば生活できるかという高齢者の生活実態からはじき出したものである。この場合、消費税は15%にまで引き上げないといけない。その代わり保険料はなくなる。どちらがいいかは国民の選択の問題である。
  • 基礎年金の国庫負担は1/3で、それを政府案では1/2にすると決めたが、それが実現しそうにない。それを100%税にすることが自分の考えである。医療、介護等を全部税方式にしている国はないという話が出たが、基礎年金を全額税方式にしている国は結構ある。カナダ、オーストラリア、デンマークなどの小国では、基礎部分を全て税にしている。ただG5のようなメジャーな国にはないという批判は真剣に受け止める。私としては、むしろ、税方式は厚生年金の空洞化に対して良い方式だと思っている。

(山崎)

  • 基礎年金を税方式にするならば、医療保険や介護保険も同じ論理で税方式でなければならない。その3つを全部税方式にしている国はほとんどない。英国、スウェーデンは医療、介護は税でも、年金は保険方式である。
  • 税方式にすると空洞化が防げるというのは間違いである。所得税にしても結局自営業者からは国民年金の同程度の3/4くらいしか徴収できない。税と保険料では決定的に異なる。税については収めなくてもサービスを受けられるが、保険料は納めないと給付を受けられないので、負担してもらえるのである。増税は難しく、現実には基礎部分の国庫負担を1/2に上げることさえ見通しは大変暗い。
  • 保険料引き上げも難しい。将来世代にツケは回すのはやめたいが、現実には前回改正では保険料引き上げを凍結するなど、ますますツケを増やす改正が続いている。
  • 税方式で消費税を財源にすると、消費税率を上げることになるが、年金給付は物価スライドで改定されるので、結局高齢者は負担を免れ、現役世代が負担することになる。これを防ぐには、年金を引き上げる時に消費税の上昇分は控除しなければならない。現役世代は消費税が上がっても給与が増える保証はないのだから、高齢者にも負担を分かちあってもらわなければいけない。

(八田)

  • 消費税上昇分を年金給付引き上げ分から控除するべきという山崎先生に賛成である。
  • 保険料と税の違いだが、基礎年金の保険料方式の場合、支払わなければ受け取れないというが、それではそもそも何のための基礎年金か分からなくなる。そういう人たちは結局は生活保護で救われることになり、どの道救われる。払わない人があとで給付をもらえないならば、経済学的にみた基礎年金の元来の目的に反する。従って、税方式でしかありえない。
  • 税の積み立て方式はおかしいというが、頭割りでない消費税、所得税でまかなって、世代内全体では積立方式になる。そうすることで、平均的にほかの世代に迷惑をかけない。積立方式では、若年人口が多いと財政の余剰が生じ、高齢化すると積立を切り崩すことになる。個人をみると、消費税、所得税で払って、定額を給付されるので連携がないが、世代でみると、財政的にほかの世代に迷惑をかけないというメリットがある。
  • 17万円については、例えば柏のタクシー運転手の年収と同じくらいで、いい線を行っている。一生懸命働く人と同じ位の金額である。生活保護と比べてどうかというと、やはり、生活保護の水準を低くして、ネガティブインカムタックスの要素を取り入れるべきだ。働けば、今のように全額生活保護を減らされるのではなく、一部分だけ減らされるようにすべきで、それに伴って基礎年金の額は下げる方向でよく、少なくとも増やす必要はないのではないか。
  • 子育てについては、「子供に依存するシステムを作っておいて、子供を産めよ増やせよとやると、世界のエネルギー資源はどうなるのか。全ての国がそうやっていると、世界がもたない。そういう事態を避けるには少子化社会でもやっていける積立方式しかない。」というのが持論であったが、「子供には社会的、文化的価値があり、メリット財だ」と言われ、自分も考えなおした。子育ての支援を正当化する根拠は次のとおりである。
  • 雇用に当たって、女性が採用されているのは、その人が優秀だからである。女性には結婚、子育てでやめるかもしれないので、同程度の能力ならば男性を雇うのは自然である。そうすると、女性の賃金が低くなり、キャリア指向の女性も家庭に入ってしまうようになる。結局キャリア指向の女性のための市場がなくなってしまう。結局女性がやめるのは子育てがあるからで、子育てに補助を出すならば、逆選択による女性の労働市場の喪失を防ぐことができる。そういう理屈ならば成り立つ。年金制度を維持するために子育てを補助するのではなく、市場の失敗を避けるために補助するべきだと思う。

4.フロアー・オープン・ディスカッション

(フロアー1)

  • 第1に、給付建てか掛け金建てかという問題と積立方式か賦課方式かという問題は区別した方がよいのではないか。前者はショックが発生したときの負担を高齢者と現役のどちらが負担するのかという問題であり、後者は純債務を異時点間でどう配分するかという問題である。いずれも政治的なバインドがあり、これを考慮するならば結論は決まっている。前者については、政治的にはこれ以上は保険料を上げられないという前提があり、給付建てはありえない。後者については、政治的には給付を減らせないので、問題を先送りするしかない。つまり、現在の積立を取り崩しながら負担を平準化するということである。スウェーデン方式は、政治的に処理済となってしまう。ここでは、そうした政治的なバインドを取り払って経済学的に議論してみるべきではないか。実際にどの程度まで負担を上げることが可能なのか、そしてその想定の下でのリスクにどのような制度設計で対応するのか、ということを考えるのが経済学的に意味のある議論ではないか。
  • 第2に、税と保険料の違いについては、経済学からはみ出してしまうが、結局はラベリングの問題で、それによって政治的なバインドがどれだけ緩くなるかということではないか。

(山崎)

  • 第1点については、各方式を適切に組み合わせることと、その中で過去の債務と将来の債務を明確に区別することが重要だ。
  • 第2点については、ラベリングの問題だけだとは思わない。税だと拠出意欲を確保できるかどうかが重要だ。保険料を払わないと給付を受けられない制度でも、生活保護があるのでモラルハザードが生じうるという指摘があったが、問題なのはそういう低所得者よりも、自営業者で納める余裕があるのに納める義務を果たさない人がいることである。これが不信感を生む最大の原因となっている。税についても同じことが言える。

(八田)

  • 税方式か保険料方式かについては、山崎先生と同じ意見である。アメリカのpayroll tax(給与税)は、社会保険料に充てられることで支払い意欲を高めていると言われている。基礎年金については、消費税か所得税の何%かを充てるということを明確にして議論してもよいのではないか。また、会計区分を明確にすることが必要だ。払ったうち返ってこない部分は過去債務の負担であり、この部分が自分の世代だけ特に多いのではないということが明確になって、オープンな議論ができるようにすることが重要だ。現在の制度ではそれが全くできていないことが問題だ。

(橘木)

  • 私の案は資料2ページ目に書いてあるが、各政党が具体的な提案をして、国民が決めればよい。

(小塩)

  • 税か保険料かという問題については、山崎、八田両先生と同じ意見である。保険料は保険数理に基づいて運用できる部分、それから外れる部分は税で賄うのがよい。方式の選択に関する質問については、それ以前の問題として現行方式が本当の賦課方式でないことを問題にする必要がある。積立方式では給付建てはありえず、リスクは利子率の変動である。これは将来の高齢者が直面する。一方、賦課方式のリスクは名目賃金の上昇率に伴うものであり、現役時に発生するのが給付建て、退役後に発生するのが掛け金建てということになるが、これを割引現在価値で計算したら大きな違いはない。結局は、積立方式の場合の利子率のリスクと、賦課方式の場合の名目賃金上昇率のリスクとの大小関係で決まる。少子高齢化が進むと、固定利子率の場合、収益率でみると利子率のリスクの方が高いだろう。変動利子率の場合はわからない。収益率の差をどうみるか、リスクをどうみるかをというようなポートフォリオ理論に従って考えると、積立方式と賦課方式のバランスが出てくるが、賦課方式の部分が大きくなることはないと思う。

(フロアー2)

  • 経済学者は税も保険料も同じと考えがちだが、回答で指摘されたように、それはやや乱暴な考え方である。
  • 先ほどの指摘のうち、今日のお話はあまり経済学的ではなかったということには同感である。たとえば、橘木先生が税方式のメリット、デメリットについて列挙しておられるが、経済学者としては、それで結局どういうインセンティブが与えられて、社会がどう変わるのかを示す必要があるのではないか。
  • もう1点、今の日本経済は、豊かな高齢者が消費しないことが問題になっている。どうすれば彼らが消費を増やすか、短期的な話ではあるが、皆さんがどう考えておられるか伺いたい。

(橘木)

  • その点については、配布資料の4ページに、効率性と公平性の観点からどういう調達方式がよいかについて自分が研究した文献を載せている。一般均衡財政モデルによるシミュレーションで累進的消費税が良いという結論を得ている。

(八田)

  • 保険料が高いことは経済を歪め労働インセンティブをなくすといわれるが、そういうことはない。積立方式の最大のメリットは、たとえ保険料が高くても給与の一部、貯蓄の一形態と考えられるので、労働のインセンティブをゆがめることはないということである。積立方式の保険料を越えた部分、つまり自分に戻ってこない部分が、労働のデスインセンティブとなると考えればよい。しかし、現行制度ではそれが全くわからないのが問題で、不信感を生んでいる。明確にしないことで非常に大きなデスインセンティブが生じている。積立方式で会計区分を明確にすれば、その不確実性をなくすことができる。
  • 高齢者の消費を促進するためには相続税を上げればよい。高齢者が生前にお金を使うとすれば介護に使うのだろうが、実際には逆選択が起こり、家庭に頼ることになる。その見返りとして家などの遺産を与えているのが現状だろう。相続税を上げてこの部分を取ってしまうと、市場化された介護に移行することになるだろう。また、高齢者が大きな家から小さな家に移り住んで消費を増やすことができるようにするため、譲渡益課税を改める必要がある。節税を考えなくてすむように、死ぬまで延納できるようにして、死んだときに持っていた財産に課税すればよい。

(小塩)

  • 普通の人の場合、経済学者が考えるほど労働供給は伸縮的でない。むしろインセンティブは給付に関係している。高齢者の消費喚起よりは若い人にお金を使ってもらうことが重要で、そうなると、社会保障制度の不確実性に起因する不安を減らすことが重要だろう。

(八田)

  • 普通の人の場合は、年金制度は労働供給のインセンティブと関係がないと思われるが、細かく見るとそうではない。女性が働くかどうかの決断には大きな影響を与えているし、退職時期の選択にも大きく影響する。こうしたことを中立化することは重要。にもかかわらず、世代間の公平性とシステムの安定性を確保するため、会計区分を明確にする必要がある。

(フロアー3)

  • リスクに対して、個人や家族の自己責任でどこまで対応するのかということを国民一人ひとりが考える必要があると思う。皆さんが社会保障における公私の役割についてどう考えているか、どういう社会を理想と考えているか伺いたい。

(小塩)

  • 公私の対立は昔と比べて弱くなっている。年金の財源としての「公」は将来の「私」である。つまり、「公私」の対立は現在の「私」と将来の「私」の対立ということになる。人口動態的な観点から政府がうまく機能して役割を果たしているのかどうかを考えると、現在の「私」を重視していかざるをえないと思う。

(橘木)

  • 公私の関係について言えば、最初にお話したように、共同体主義か普遍主義かを日本人が選択する時期にきている。普通主義の考えにたって、ミニマムの保障を個人が「公」に期待するというのが私の主張である。ミニマムレベルは国と個人が契約を結び、それ以外は「公」は関与しないというものである。

(八田)

  • 経済学的に社会保険を正当化できるのは所得の再分配と市場の失敗のケースだけである。前者については、生活保護と基礎年金が該当するが、報酬比例部分についても逆選択がある場合には社会保険にせざるをえない。逆選択は経済理論の中だけでなく、実際に存在する。事例としては、1990年頃のアメリカで美容師が医療保険に入れなくなった経緯がある。年金についても、本当の終身保険は数が少なく、異常に収益率が低いことをみると、逆選択が起こっているものと考えられる。

(山崎)

  • 公的な仕組みの中にも市場原理、自己責任原則など民間の良さ・工夫があってよい。二階部分は財政を透明にしてそういう仕組みで運用することが考えられる。

(フロアー4)

  • 保険料が今後も段階的に上がる見込みになっており、民間企業は事業主負担が増えて苦しい状況にある。福利厚生的意味合いもあって企業は10兆円もの事業主負担をしているが、従業員の公的年金制度への信頼がなくなり、意味合いが薄らいでいるのが現状。将来的に信頼のできる制度であるべき。
  • また厚生年金に9.4兆円拠出しているが、第1号被保険者の部分までかぶっているという問題がある。厚生年金は基礎年金と切り離して整備する必要がある。その際、基礎年金の国庫負担は全額であることが望ましい。その上で、厚生年金はこれから受給者が増加していくなか、対応策として、積立金を少しずつ取り崩しながら保険料率をフラットにしていくことが考えられる。厚生年金が赤字のなか、現在のような巨額の積立金を持っている必要があるのか。

(山崎)

  • 現在の積立金は必要額を満たしておらず、深刻な事態だ。積立の要素を引き上げるべきであって、取り崩す段階ではない。運用益も使っている段階で、本来ならばもっと増やさないといけないぐらいだ。

(八田)

  • 積立金をはるかに超える債務があるので、取り崩すことはできない。取り崩せば後の税負担が大きくなる。

(小塩)

  • 政府が保有すべきかどうかについては議論があるが、いずれにせよ取り崩すのはまずい。ただし、スウェーデン方式に移行するか、一階部分だけに限定するのなら、巨額の積立金は必要ない。

(フロアー5)

  • 年金財政のシミュレーションでは50年間の想定をおくが、実際には想定したことがその間に変わってしまう。そもそもどのような想定をすべきか。また、起こりうるマクロ的なショックを前提とした制度設計が必要ではないかと思うが、どうすればよいか。

(小塩)

  • 私の試算では、利子率、物価上昇率、賃金上昇率等を厚生労働省の試算と比較可能なように設定した。想定の妥当性を保つためにはマクロのフィードバックを考慮すべきである。先ほどのような変数を内政化し、できれば出生率も内生化する必要がある。そうなると、マクロモデルの手法自体を考えなければいけない。パラメーターの推定も過去10~20年のデータで行っているが、過去の構造をそのまま50年先まで引っ張ってよいかという問題がある。効用最大化モデルを前提に、世代重複モデルを入れて、カリブレーションを行い、政策変数は外生的に与えるというような方法もあるかと思う。
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