第12回ESRI経済政策フォーラム
「インフレ目標政策を巡って」(概要)

経済社会総合研究所
平成15年2月26日

本フォーラムの概要について、事務局の責任により以下の通りとりまとめましたので、ご参照下さい。なお、議論の正確な内容については、議事録(PDF形式 135 KB)別ウィンドウで開きます。を参照頂ければ幸いです。

  • (開催日時)
    平成15年2月20日(木)14:00~17:00
  • (パネリスト)
    伊藤 隆敏
    東京大学先端科学技術研究センター教授(基調講演)
    岡田 靖
    CSFB証券東京支店経済調査部長
    加藤 出
    東短リサーチ取締役・チーフエコノミスト(基調講演)
    浜 矩子
    同志社大学マネージメントスクール教授
  • (モデレーター)
    牛嶋 俊一郎
    経済社会総合研究所次長

冒頭、伊藤、加藤両氏よりそれぞれ資料に基づき基調講演をそれぞれ頂き(ホームページ掲載の基調講演資料をご参照下さい)、その後パネルディスカッションを行った(パネルディスカッションの後半は、パネリスト以外の参加者の方々からの質問、ご意見にパネリストが回答しつつ議論を行った)。

各パネリストの主な主張は以下のとおり。なお、各パネリストとも、現在は厳しいデフレ状況にあり、何もしなければ状況はより悪化すること、財政は非常に厳しい状態にあることの現状認識では一致した。

1.伊藤隆敏氏(インフレ目標賛成)([資料参照](PDF形式 56 KB)別ウィンドウで開きます。)

  • (1) 現状認識:デフレ(消費者物価下落)は悪化しつつあり、デフレ・スパイラルが発生。伝統的な金融政策は(ゼロ金利政策)最大限使われており、限界。財政赤字を拡大させる財政政策は債務・GDP比率(既に140%)の面で危険。不良債権処理が終わらず、銀行の財務体質が極めて脆弱。
  • (2) デフレ対策:インフレ目標政策を含めた政策パッケージが必要。具体的には、(1) 国債購入増額やETF購入などの非伝統的金融政策、(2) インフレ目標政策の導入、(3) 乗数効果の低いプロジェクト(道路、橋など)から高いプロジェクトへの歳出項目の組替え(財政赤字は歳出面では増やさない)、(4) 短期的な減税(住宅・設備投資)と中期的な増税(消費税の段階的引き上げの可能性も含む)の組み合わせ、(5) 不良債権の迅速な処理である。これらは互いに補完的な政策であり、シークエンスとしても同時に実施する。デフレ対策で市場に一時的に介入することはあっても、それは市場機能を阻害することにはならない。機能していない市場を救い出すのは政府の役割である。
  • (3) 具体的なインフレ目標:たとえば、「二年後にインフレ率を1-3%になるように金融政策を行う」と宣言して、政策パッケージを実行すること。日銀と政府の両方のコミットメントが必要。なお、1-3%というのは、プラザ合意後の一時期を除いて82年以降93年まで達成できていた値である。相対価格については、結果としては変化するが、インフレ目標政策が相対価格の好ましくない変化を生み出すということはない。
  • (4) インフレ目標の必要性:(1) 期待に働きかける効果(実質金利を低下させて金融政策の効果を高める。また、上限を画することで、ハイパーインフレーションの懸念を払拭)、(2) 政府と日銀が目標を共有することにより、適切な距離を保ちつつ協力することが可能となる、(3) 日銀の説明責任が明確化され、マーケットとのコミュニケーションが容易になる。なお、平時(インフレ対策)のインフレ目標とデフレ対策の目標とは基本的には同じだが、初期条件が異なるため、採用する手段も異なる。また、インフレ目標政策によって実質金利が下がるより先に名目金利が上がることは、現在のような弱い経済では起こらない。
  • (5) ETFの購入:日銀によるETFの購入は、銀行による貸し出し機能が機能していないなか、株を売って現金を受け取った者が消費・投資するという新たな資金のチャネルとして期待している。物価が上昇すれば、いつまでもETFを持ち続ける必要はなく、売却すればいい。なお、政府がETFを購入し、日銀が国債を引き受けてファイナンスするよりも、日銀自身がETFを購入する方が、政府からの独立性を保てることになる。
  • (6) 為替レート:適切なデフレ対策を実行すれば円安になるので、それを放置すればよい。その結果、円安批判がでても、それは無視すればよい性格のものである。ただし、介入だけで円安にしようとするのは、外債市場を錯乱させる要因になるので不適切。
  • (7) 有効な対策を採らない場合:現状のままで、上記政策パッケージを実施しなければ、神風でも吹かない限り、デフレ・スパイラルは続き、永遠にデフレから脱却できない。また、財政は破綻する。2年前にインフレ目標を含めた政策パッケージをとっていれば、今よりも傷は浅くすんでいるはずだ。
  • (8) 戦前の高橋財政:当時は為替の切り下げによる利益を享受できたし、現在のような財政赤字はなかった。これらの点が現在と大きく異なる。

2.岡田靖氏(インフレ目標賛成)

  • (1) 現状認識:デフレが続くことで、財政は破局的な事態となる。今の毎年の財政赤字30~35兆円のうち、2/3はデフレによるものと考えられる。たとえ1%のデフレであっても、長期的に続けば年金保険などに対し破壊的な影響を与える。デフレ阻止についてコンセンサスが得られない理由の一つは、雇用の保証された高所得者にとっては、物価が下がる一方で名目賃金は下がらず、減税の恩恵も受けられるので、実質所得が大幅に増加し、快適な状態だからである。その一方で、失業率は実質的に10%、若年層は公表値でも10%という惨状にある。
  • (2) 具体的なインフレ目標:消費者物価を2-4%とする。実現するためにはコミットメントの担保が必要である。「効果がない」と言いながら実施するのはデフレにコミットメントしているようなものだ。日銀は2年前に、国内の反対や世界的な傾向に反して利上げを行ったが、こうしたことが今後ないようにするためにも、金融政策を法律で縛るべき。なお、インフレ目標政策が相対価格に悪影響を与えることはない。むしろ、デフレこそ相対価格の本来の変化を抑制し、市場機能を阻害している。
  • (3) インフレ目標のための手段:インフレ目標を達成するまで、600兆円発行されている国債を日銀が無条件で買い付けることを提案する。もしも物価が上がらず、需要の増加が起こらないようなら、600兆円を全部買い切ればよい。現在日銀は毎月1.2兆円購入しているが、それを5兆円に増やす。国債の買い切りでは、日銀の利息収入は政府に還元されるので、政府の金利負担はなくなり、また、借り換えを続ければ事実上の償却と同じになる。
  • (4) インフレの必要性:昨年末の現金残高は70兆円と史上最高であったが、これはデフレ予想が強いために生じている。デフレ期待がなくなれば、現金などの低リスク低リターンの資産を持つことにロスが生じ、リスク資産への大規模なシフトが起こるはずである。
  • (5) 財政によるデフレ対策について:仮に失業率が現在の5.5%から3%になるまで、財政出動によってデフレ脱却を図るには、日本ではGDP1%に対して失業率は0.1~0.2%しか反応しないため、63兆円以上の財政支出が必要となり、これを3年続ければ財政は破綻する。したがって、財政に期待することはできない。
  • (6) 有効な対策を採らない場合:名目金利が名目成長率より高い状態があと5年続くと、財政が破綻し、ハイパー・インフレになる。
  • (7) 戦前の高橋財政:今言われているようなデフレ対策への批判は70年前の高橋財政の時代にもあった([資料参照](PDF形式 22 KB)別ウィンドウで開きます。)が、すべて間違いであった。大恐慌後、日米ともに銀行貸出はまったく出ていないが、デフレから回復した。また、ゼロ金利でないから金利機能が働いて回復したわけではなく、貸出金利(証書貸付金利)は昭和7年以降二二六事件まで1%も低下していない。

3.加藤出氏(インフレ目標反対)([資料参照](PDF形式 81 KB)別ウィンドウで開きます。)

  • (1) 現状認識:現在のデフレは、海外からの低価格製品の流入、規制緩和の進展による高コスト構造の是正、雇用・年金などの将来不安から生じる消費の萎縮、不良債権問題による金融仲介機能の低下、人口減少に伴う経済規模縮小のイメージなどの複合要因による。
  • (2) 短期金融市場の問題:短期金融市場はゼロ金利政策の下で深刻な機能不全を起こしており、20兆円もの巨額な日銀当座預金があるにもかかわらず、流動性が低下している。また、国債買い切りオペで供給した資金がコール市場に流れないケースがある。金融システムを健全化する必要がある。
  • (3) 金融緩和とデフレ対策:日銀はこれまでも十分な金融緩和政策をとってきたが、非伝統的な金融政策だけでは効果が一時的であり、デフレギャップがある限り刺激し続けなければならない。当局が市場に一時的に介入することを否定するものではないが、市場は実体経済の鏡であり、鏡を歪める(市場を管理相場化するような)政策は反動を呼ぶ面があることも我々は認識する必要がある。むしろ、不良債権処理のように用途を絞った集中的な財政出動は市場でも認められるし、一時的に日銀がファイナンスすることもありうる。
  • (4) インフレ目標政策の問題点:ゼロ金利による流動性の罠が大規模化している状況で国債買い切りオペの増額やETF購入を行っても、日銀当座預金増加という経路からの金融緩和効果は期待できない。また、消費が増えないのは、デフレによる買い控えよりも年金などの将来への不安が主たる原因であるから、物価が上昇しても需要増加、賃金上昇には結びつかない。
  • (5) ETF購入の問題:日銀がETFを購入しても、物価への影響は小さい。資産価格を上げることが目的の場合は、(1) 企業収益と乖離した株価を長期間維持できるか、(2) 決算期ごとに株価対策を迫られるのではないか、(3) ヘリコプターマネーとなり国民の経済モラルを低下させる(国会の議決を経る国の勘定で行うべき)、(4) 償還がなく売却は困難である、といった問題がある。結局、株式市場において日銀が最大のプレイヤーになり、株式市場も現在の短期金融市場のように死んでしまう可能性がある。
  • (6) 外債オペによる円安誘導の問題:大規模に実施することは難しい。また、NY連銀の金融調節に問題が生じる可能性がある。むしろ、ストレートな円売り介入の方がよい。
  • (7) 何年でデフレから脱却できるか:財政破綻を起こさないような取り組みが必要だが、人口減少や世界的なデフレ傾向などを考えると、10年くらいは本格的なデフレ脱却は難しい。新たなビジネスモデルを作り上げて対応していかなければいけない。
  • (8) 戦前の高橋財政:高橋財政は財政支出拡大、金利引下げ、円安のパッケージである。当時の日銀は引き受けた国債を次々と市中に売却して余剰資金を大規模に吸収したため、短期金利はゼロ%ではなく、市場が機能していた(低下する余地があった)。高橋財政は長期金利上昇に対して安全網(国債標準価格制度)を設けていたが、現代においても対応は必要で、無策のままでのリフレ政策は場当たり的な財政支出拡大につながる。また、同時期、実体経済において軽工業から重工業へ、地方から東京へとダイナミックに産業構造転換が進んでいた。現在、同じ政策を採用することは、現在の政府債務が巨額のため無理だが、財政資金の使途を見直し、国際競争力のある産業を育成すべし。

4.浜矩子氏(インフレ目標反対)

  • (1) 現状認識:これから非伝統的な政策が必要なのではなく、逆に、伝統的な政策への回帰が必要。ゼロ金利政策自体は非伝統的な政策であり、このような市場を殺すような政策をあまりにも長く続けたために、市場が経済実体の鏡とならない、不健全なものとなっている。
  • (2) デフレ対策:これまで金融政策に負担をかけすぎており、財政出動といった伝統的政策に回帰すべき。問題が需要不足である以上、財政支出に期待するしかない。ただし、財政は厳しい状態にあり、財政出動には大きなリスクが伴うので、リスクを踏まえて、期間を限定し、政府が説明責任を果たすような透明な形で財政出動すべきである。また、金融政策を異常な状態から救い出して市場の機能を回復させ、正常なポリシーミックスに復帰することが重要である。
  • (3) 財政出動と失業率の関係:失業率をある水準まで低下させるためにどのくらいの財政出動が必要かという試算は、やり方によって結果が異なる。
  • (4) インフレ目標政策の問題点:インフレ目標を設定することは、市場の生命力を否定することである。しかし、市場は生き物だから、インフレ目標に上限を設定していても、一旦インフレになったら目標内に収まるとは思えない。実際にはインフレ期待が生じるとは思えないが、仮にインフレ期待が生じたとしても、需要不足の原因が構造問題や失業などにある以上、期待によって需要が喚起されることはない。また、今の日本は豊かであり、物価が上がったからといって買い急ぐことはない。物価の変動は結果であり、それを目標にするのは間違っている。
  • (5) ETF購入の問題点:政府や日銀がETFを購入することにより個人が現金を入手しても、結局はタンス預金になる可能性もあり、効果は疑問である。
  • (6) 何年でデフレから脱却できるか:構造改革の成否に依存する。米国、イギリス、オランダ等諸外国の構造改革の例をみると、成果が出るまでに10年はかかっている。日本の状況はもっと厳しいので、失われた10年の後、10年から15年はかかるのではないか。

5.会場からの主な質問の内容

  • 物価を引き上げる際に、産業ごとにばらつきは生じないのか。
  • 消費税を毎年2%ずつ引き上げていく政策についてどう考えるか。それよりもインフレ・ターゲットの方が優れているのか。
  • 実質為替レートが高すぎるのではないか。日本は為替レート調節に消極的であるが、こういう厳しい経済状況である以上、外国の反発を恐れずに、円安にするべきではないか。
  • デフレ期待のなか、インフレ目標は家計のポートフォーリオと企業の投資行動にどういう影響を与えるのか。
  • 日銀は物価の引き上げに消極的な印象を与えており、政策とは逆の期待を植えつけているのではないか。
  • 高橋財政はデフレからインフレへの転換を行ったので、名目金利で議論するのは適当でない。実質金利は昭和6年のプラスから7年にはマイナスになっている。
  • 提案されているインフレ目標は、平時(インフレ抑制)の場合と異なり、補完的な役割しかない。なぜインフレ目標が必要なのか議論の余地がある。
  • 経済政策にはコストがかかり、できるものからするとなると、必要な政策は最後まで残る可能性がある。完遂するためにはどうしたらよいか、政策パッケージのシークエンスが大切なのではないか。
  • バブルの時でもCPIは3%程度であったことを考えると、インフレ目標1-3%は達成困難ではないか。
  • 政府と日銀を一体として考えると、ETFを日銀が直接購入するよりも、政府が購入し、そのファイナンスのため日銀が国債を買うほうが、民主的なチェックが働くのでいいのではないか。
  • 実質金利が下がるより先に名目金利が上がることはないのか。
  • 構造調整が進展していると思うが、このままの金融政策を続けると、デフレを脱却できるまで何年かかると考えるか。
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